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二年目の夏の話
六 ルイスの仕事について
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午前0時。
二人でシャワーを浴びたあと、寝間着に着替えて、リビングの奥にある書斎に誘われ、レンは初めて書斎に入った。
「失礼します」
「どうぞ」
十畳程度の長方形の洋室だ。窓がふたつの二面採光になっている。
一番奥に、北向きの大きな窓に向かって、デスクが置いてある。その上にはパソコン。壁は一面本棚で、デスクの手前に、四人掛けの応接セットがある。調度品はいずれも高級路線だ。今更だが。
レンは自分のノートパソコンを持っている。一応、出勤退勤時はいつも持っている。
レンはまめなほうで、納品があればすぐに伝票を入力するし、一日の売り上げはその日のうちに入力を心掛けている。
後回しにするとわからなくなるからである。
「えっと、どうすれば……?」
レンは何をしていいのかわからない。
ルイスはレンからノートパソコンを受け取る。デスクに掛けて起動した。手早い。
「財務諸表はどこに入っていますか?」
「ざいむしょひょう……?」
「税理士に任せているんですよね。決算書の控えがありませんか」
「あ、決算書。そのフォルダの中です」
フォルダの中のPDFファイルを開くと、昨年度の決算書が出てくる。税理士から送られてきたものだ。日常の記帳以外はすべて任せてしまっている。
他にも二、三の資料の場所を教え、ルイスがそれらを読むうちに、レンはコーヒーを淹れることにした。
「アイスコーヒーでいいですか?」
集中すると何も聞こえなくなると言われていたとおり、ルイスは画面に映る資料に集中すると本当に何も耳に入らなくなったようで、返事をしなくなる。
瞬きもせずに画面を見つめ、時々キーを押したり、タブを押して画面を切り替えている様子を見ると、精巧な人形みたいだとレンは思う。
黙ってアイスコーヒーを持って戻ると、ルイスはそこで気づいて目をあげた。
ルイスはグラスを受け取って微笑む。
「ありがとう」
「いいえ、その、なんか緊張します」
「先に寝ていていいですよ。少し時間がかかりますし。疲れているでしょう? 一週間働いて、土日も朝から晩まで働いて、そのうえ二回もセックスしたら」
「それはまあ……」
リビングのソファの上と、シャワーを浴びながらの二回。体力的に限界がきている。
しかし、自分の経営に関する資料を読んでもらっているのに、おちおち寝られない。
「あの、申し訳なくて、本当。ルイスさんにこんなことさせられないです。俺の仕事のことなのに」
傍らに立つレンの腰を、事務椅子に沈みながら、ルイスは抱き寄せる。レンの胸の下あたりに、頬を押しつける。
石鹸のいいにおいがする。
「レンにとって大切なことを、僕にも大切にさせてほしいです」
「でも、せっかくプライベートな時間なのに、仕事をさせてしまうのは」
「僕の仕事がレンの役に立つなら、そんな嬉しいことは他にないんです。僕は、君の力になりたいんです」
「……だったら、やっぱり、お金払います」
「んー、それはお気持ちだけで……」
「いえ、ちゃんと請求してください」
ルイスは苦笑する。
「ですが、レン。ちゃんと請求したら、お店の数ヶ月分の売り上げが吹き飛んじゃいますよ」
レンは絶句した。
数ヶ月分の店の売り上げが吹き飛んでしまう請求金額について、想像するだけで青ざめる。
「だからレンは何も気にしないでください」
ルイスの会社の柱のひとつは、コンサルタント事業である。
ルイス自身は、大手コンサルティングファームに就職し、何度かの転職を経て、二十代で親の会社を継いでいる。経歴を生かすべく、コンサルタント事業に力を入れている。
ルイスの相談料は、安く計算できるタイムチャージ方式でも一時間あたり数十万円を下らない。
それを聞き、気にするなというほうが無理がある、とレンは思った。
二人でシャワーを浴びたあと、寝間着に着替えて、リビングの奥にある書斎に誘われ、レンは初めて書斎に入った。
「失礼します」
「どうぞ」
十畳程度の長方形の洋室だ。窓がふたつの二面採光になっている。
一番奥に、北向きの大きな窓に向かって、デスクが置いてある。その上にはパソコン。壁は一面本棚で、デスクの手前に、四人掛けの応接セットがある。調度品はいずれも高級路線だ。今更だが。
レンは自分のノートパソコンを持っている。一応、出勤退勤時はいつも持っている。
レンはまめなほうで、納品があればすぐに伝票を入力するし、一日の売り上げはその日のうちに入力を心掛けている。
後回しにするとわからなくなるからである。
「えっと、どうすれば……?」
レンは何をしていいのかわからない。
ルイスはレンからノートパソコンを受け取る。デスクに掛けて起動した。手早い。
「財務諸表はどこに入っていますか?」
「ざいむしょひょう……?」
「税理士に任せているんですよね。決算書の控えがありませんか」
「あ、決算書。そのフォルダの中です」
フォルダの中のPDFファイルを開くと、昨年度の決算書が出てくる。税理士から送られてきたものだ。日常の記帳以外はすべて任せてしまっている。
他にも二、三の資料の場所を教え、ルイスがそれらを読むうちに、レンはコーヒーを淹れることにした。
「アイスコーヒーでいいですか?」
集中すると何も聞こえなくなると言われていたとおり、ルイスは画面に映る資料に集中すると本当に何も耳に入らなくなったようで、返事をしなくなる。
瞬きもせずに画面を見つめ、時々キーを押したり、タブを押して画面を切り替えている様子を見ると、精巧な人形みたいだとレンは思う。
黙ってアイスコーヒーを持って戻ると、ルイスはそこで気づいて目をあげた。
ルイスはグラスを受け取って微笑む。
「ありがとう」
「いいえ、その、なんか緊張します」
「先に寝ていていいですよ。少し時間がかかりますし。疲れているでしょう? 一週間働いて、土日も朝から晩まで働いて、そのうえ二回もセックスしたら」
「それはまあ……」
リビングのソファの上と、シャワーを浴びながらの二回。体力的に限界がきている。
しかし、自分の経営に関する資料を読んでもらっているのに、おちおち寝られない。
「あの、申し訳なくて、本当。ルイスさんにこんなことさせられないです。俺の仕事のことなのに」
傍らに立つレンの腰を、事務椅子に沈みながら、ルイスは抱き寄せる。レンの胸の下あたりに、頬を押しつける。
石鹸のいいにおいがする。
「レンにとって大切なことを、僕にも大切にさせてほしいです」
「でも、せっかくプライベートな時間なのに、仕事をさせてしまうのは」
「僕の仕事がレンの役に立つなら、そんな嬉しいことは他にないんです。僕は、君の力になりたいんです」
「……だったら、やっぱり、お金払います」
「んー、それはお気持ちだけで……」
「いえ、ちゃんと請求してください」
ルイスは苦笑する。
「ですが、レン。ちゃんと請求したら、お店の数ヶ月分の売り上げが吹き飛んじゃいますよ」
レンは絶句した。
数ヶ月分の店の売り上げが吹き飛んでしまう請求金額について、想像するだけで青ざめる。
「だからレンは何も気にしないでください」
ルイスの会社の柱のひとつは、コンサルタント事業である。
ルイス自身は、大手コンサルティングファームに就職し、何度かの転職を経て、二十代で親の会社を継いでいる。経歴を生かすべく、コンサルタント事業に力を入れている。
ルイスの相談料は、安く計算できるタイムチャージ方式でも一時間あたり数十万円を下らない。
それを聞き、気にするなというほうが無理がある、とレンは思った。
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