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冬の話

六 僕の愛しい人(※)

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 仕事を終え、ルイスの自宅にやってきて、玄関のドアを閉めた瞬間にキスをした。
 待ちきれない。
 口づけながら、荷物を置いたりコートを脱いだりする。舌を絡ませたり、上唇や下唇を食んだりする。頬は冷たいのに吐息は熱い。触れている部分は痺れるように熱い。どちらの熱かわからない。
 午前一時半。
 客足は少なかったが、レンはいつものおじさんを待ち、いつもどおりの時間に店を閉めた。
 ルイスは、家族を見送った後、閉店まで待っていた。
 夕方から雪が激しく降った。いまは、しんしんと音もなく降り続けている。傘を差さずに二人で歩いて帰ってきた。レンのダウンジャケットも、ルイスのコートも濡れている。
 あちこち濡れて冷たい。レンの髪や鼻、耳を、ルイスは両手で確かめ、口づける。ダウンジャケットを脱がせる。
 ルイスもコートを脱ぎ、スーツの上着を脱ぐ。ネクタイを解く。レンはタートルネックの黒いセーターだ。レンにはモノトーンが似合う。ルイスはそう思う。首元も雪のせいで冷たい。靴を脱ぐのさえもどかしい。
 ワイシャツごしのルイスの体温が生々しいとレンは思う。
 レンがスニーカーを脱いで廊下にあがると、ルイスも革靴を放り出す。そのまま、ルイスはレンを廊下に押し倒した。レンはルイスの身体に縋りつく。

「ほんとに、ルイスさんですか」
「他に誰だっていうんですか」

 レンは思わず吹き出した。まだ嫉妬しているのか、この男は。

「夢じゃないんですねってことです」
「夢に出ますか? それだったらいいです」

 腕を立てて、玄関の明かりを背負うルイスは、レンの目に本物に見える。先ほど、小さな少女に扮した彼の写真を見たせいで、ずいぶん大きくなったなどと思う。

「滑稽だと思ってるんでしょう。七つも年上なのに、嫉妬深くて情けないと」
「そんなことないですよ」

 ルイスは真剣だがレンは笑いをこらえなければならない。

「なんて白々しいんですか。笑わないでください。いや、笑っていてください。レンが笑うと可愛いし、嬉しいし、幸せになるので、僕は馬鹿にされてもいいですよ。ですが、覚悟しておいてください」

 ルイスはレンの髪をくしゃくしゃと混ぜながら口づける。

「ん、ん」

 身体をまさぐってすぐにルイスは気づいた。レンはセーターの下になにも着ていない。

「またこんな薄着をして。風邪を引いたらどうするんですか。背中冷たいでしょう」
「すみません、雪かきをしたら汗をかいてしまって……」

 汗をかいたときいたらルイスは嗅ごうとするだろうな、とレンは思い、案の定、ルイスはレンの身体を起こしながら、レンの首に鼻を寄せる。変態的だ。吐息が熱い。
 ルイスはレンのにおいが好きだ。

「欲しい。レン」
「……俺もです」

 ルイスはベストを脱いでそのへんに投げた。ワイシャツの首をゆるめて、ネクタイをとる。ベルトを外す。レンのベルトも外して下を脱がせる。

「初めては流血沙汰になったのでしたか」
「早めに忘れてください。話すべきじゃなかったです」

 自分の過去について、これ以上話すつもりはない。ルイスの嫉妬心を煽ることもしたくないので、口を噤むのが一番だ。
 レンはルイスの過去について知りたいとは思わない。もしもレンがルイスのように嫉妬したら、ルイスはどう思うのだろう。とレンは想像して、ルイスは嫉妬されることに喜びを感じそうだと思う。
 ルイスは、レンを知りすぎると優しくできないとわかっている。だったら聞かないでいるべきだと思いながらも、レンの過去を知りたい。
 もし自分が過去の恋愛について訊ねられたとしても言わないであろうが、レンが嫉妬するのであれば嬉しい。
 お互いのことを案外よくわかっている。
 ルイスはレンを連れて、寝室に向かう。ベッドに押し倒す。上になってレンに跨り、慌てて残りのものを脱ごうとするとカフスなどが引っかかる。

「ああ、もう、じれったい」
「ルイスさん、袖が破れますよ、落ち着いてください」
「落ち着いていられません。いったいいつから抱きたがってるのかわかってますか?」
「店に来たときですか」
「不正解。ずっとですよ」

 ずっととはいつからなのか、ルイスは言わなかった。いつからなのか、よくわからなかったためだ。レンを抱きたい衝動は、いったいいつ始まったのだろうか。自分で問いかけておきながら、そんなことどうでもいい。
 口づけに始まって、肌を合わせる。冷たい部分はすぐになくなって、熱いばかりだ。指先まで熱を持つ。
 レンの両足を抱え上げ、ルイスはレンの陰茎を扱きながら、レンの中にローションを塗って指でゆっくりとほぐす。
 レンは喘ぎ声を洩らす。

「あっ、あ、あ」
「可愛いレン。気持ちいいですか」
「は、はい」
「僕が一番だって言ってください」
「そういうのやめましょう、お互いのためによくないです」
「すみません。忘れたいけど忘れられないんです」

 レンに真面目に言われて、ルイスは反省した。ルイスだって当然ながらレンが初めてではない。レンよりも色々している。
 だが、こんなに好きなのは初めてだと強く思う。
 これまでの恋の淡さに比べると、この恋はあまりに濃密に感じられた。あらゆる汚い感情がかき乱される。執着だとルイスは思う。レンがいい。レン以外はいらない。レンにも、自分以外いらなくなってほしい。
 レンに自分のことを刻み込みたい。支配したい。なかなか手に入れた実感を持てないからだろうか。いつも不安になる。
 ルイスはレンの後孔に自身の先をあてがう。ローションのせいでぬるりと先端が入る。少しずつレンを犯す。いつもこの瞬間だけは、レンはきっとこのことしか考えられないと思って安心する。

「っ、ん」
「レン。こっちを向いてください」
「あ、は、い」

 レンは涙目になってルイスを仰ぐ。ルイスはレンを見つめ、レンの様子を見ながら挿入をすすめる。痛がられるよりもよがられるほうがいい。

「あ……ああ……」
「レン、レン」

 すべてを入れてレンの身体を抱いて揺らす。
 素肌が気持ちいい。先ほどまで冷たかったのに、いまは肌が温かい。汗ばんでいるほどだ。レンの皮膚はすべすべしていて気持ちいい。ほくろの位置を確かめたり、素肌を撫でたりするだけでルイスは満たされる。

「ルイスさん、気持ちいいです」

 ルイスは言いたいことをぐっとこらえる。

「僕も気持ちいいです」

 濡れているレンの前髪を分けて額を出したり、うるんだ瞳を見つめる。揺さぶられながら、レンはルイスに縋りついた。腕を回して、背中をたしかめる。

「ルイスさんが好きです」
「一番?」

 やっぱり我慢できなかった。
 レンは呆れながらも笑う。

「今の俺にはあなたしかいないってこと、どう言えば伝わりますか? 誰とも比べたくないのに」
「レンが考えてください。僕はもうだめです」

 レンの首元にルイスは顔を押しつける。過去のことなんて聞きたくないのに知りたい。だけど知りたくない。言わないでほしい。なのに訊いてしまう。せめぎ合ってどうしようもない。

「俺のことそんなに好きなんですか」
「好きどころじゃない。僕の愛しいレン。きっと君は全然わかってない」

 ルイスはレンの気持ちいいところを擦る。レンがいつも嬌声をあげる場所はすべて把握している。レンを悦ばせたいと思う。

「っ、んん」
「レン、おいで」

 深く口づけて、舌を絡ませ、お互いに生温かい唾液を飲ませたりする。
 しばらくのあいだ、つながっているのを確かめるように擦り合わせる。

「ルイスさん、俺、いきそう……」
「一緒にいきますか」
「はい……」

 ルイスはレンに覆いかぶさって、口づけながら、レンの雄を体重をかけて擦る。密着するのが好きだ。

「ん、ん、っ、あっ」
「っ、レンっ」
「あ、ルイスさんっ、あっ、あっ、イく、ああっ」
「……っ」

 同時に射精して、お互いにきつく抱きしめ合う。縋りつくレンの髪を撫でながら、ルイスは呼吸を整える。
 レンの息も荒い。息すらも欲しい。
 何度も口づけながら、ルイスはそう思った。
 お互いの呼吸が整ったころ、レンはルイスに抱かれながら、ぼそりと呟いた。

「ルイスさん、前に、『マシェリ』って、寝ぼけてるときに口走ってました」
「『愛しい子』です。レンのことです。僕の愛しい人です」

 寝言に覚えはなかったが、ルイスはすかさずそう言った。ルイスがそう言うのならそうなんだろう、とレンは苦笑しつつ安堵する。
 ルイスはレンの手を握る。

「僕はレンの夢ばかり見てますから。レンは?」
「俺あんまり夢見ない方です」
「そこは、嘘でもいいので、僕の夢を見るって言ってほしいんですよ」
「あはは」

 レンが笑う。ルイスは嬉しい。屈託のない笑顔は、いつもの笑顔とは違い、少しだけ子どもっぽくなる。甘くて朗らかで、心からのものだ。
 レンはルイスを見つめる。本物のルイスだ。妄想でも写真でもない。一番も二番もない。

「あなたが思ってるよりも、僕はあなたに会いたいと思ってました」

 そう言って、レンの方から、ルイスに口づけた。
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