溺愛社長とおいしい夜食屋

みつきみつか

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秋の話

九 よぞらにて

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 しばらくウィンドウショッピングを続けていたものの、あまりにも目立つので諦めて、ふたりでよぞらに入った。表はシャッターが閉まっているので、裏口から入る。
 レンはキッチンに立ち、ルイスはカウンター席に座った。
 レンは冷蔵庫をごそごそと漁る。

「何にしましょうね。何が食べたいですか?」
「レン」
「そういうのは置いといて」

 ルイスは唇を尖らせた。

「では、簡単なもの。すぐできるもの」
「じゃあ、ありもので鍋にしましょうか」

 二、三人用の土鍋を出し、野菜を切っていく。すぐに用意できるし、野菜もとれる。

「レンは、日曜日にここにくるんですか」
「そうですね。わりと。メニューを考えたり下ごしらえしたりしてます」
「ふむ」

 自分で商売をしていると休みも何もない。

「そういえば、ここって、二階に和室がありますよね」
「ええ」

 ルイスには何の他意もなかったが、レンはルイスの言葉に、少し恥じらう素振りをみせる。初めてセックスした場所だからだ。

「たしかキッチンやお風呂がついていましたが、マンションを借りているとか」
「そうですね……。最初はここで暮らしていたんですが、なんだか、一階と二階を行き来するだけで人生を終えてしまいそうだと思って、落ち着いてからは、あえて分けました」

 ルイスは笑った。

「わかります」

 ルイスも、長時間会社にいるほうだ。会社に住んでいるひとという扱いを受けている。実際、自宅マンションに帰らない日も多い。会社の床に敷きっぱなしのシュラフで眠ってしまう。
 ルイスはレンの様子を眺めている。
 エプロンをして、野菜を切っている。包丁の軽快な音がする。皮を剥く音。水を流したり、火をつける。冷凍してある水餃子を出したり、出汁の香りがする。
 レンが仕事をしている姿を見るのは久しぶりだ。動きに無駄がなく、ずっと見ていたい。ルイスは頬杖をつき、ただ黙って眺めることにした。
 忙しい者同士の恋愛には時間が足りない。
 レンにはこうして仕事がある。自分も仕事をしている。
 自分たちの時間がどこかで重なるように努力しているものの、一ヶ月に一度会う程度しか実現しておらず、これ以上は約束できない。
 足らない。もっと会いたい。
 生活を見直さなければならない。仕事の量を減らす必要がある。理屈の上では可能だ。自分が一所懸命働かなくても構わない。従業員がいるし、他にも役員がいる。もともと器用なほうではないので、自分で処理しがちだ。結果、効率化できず、キャパオーバーになった。
 そこで、自分の時間を削ることで仕事の時間を捻出している。やがて寝る時間にも大幅に食い込んでしまった。そして慣れてしまっている。
 仕事が楽しくなってきてからは、それでいいのだとばかり思っていた。

「ルイスさんは苦手なものやアレルギーは?」
「アレルギーはありませんが食わず嫌いです。でもレンが作るものならば何でも食べられる自信があります」
「無理しなくても、苦手なものは俺が食べますよ」
「レンは苦手なものはありますか?」
「ありません。アルコールは飲めませんが、味は好きです」
「そう」

 レンが好き嫌いなくなんでも食べることをルイスは知った。何気ない会話の中でレンの情報が得られ、ルイスはそれだけで満足する。

「レンの好きなものは?」
「野菜全般です。とくに好きなのは根菜です。にんじん、大根、ゴボウ、レンコン、長芋。なんでも好きです。葉物も好きです。葉物で一番好きなのはネギです。ルイスさんの好きなものは?」

 ルイスは、訊ねながら何気なく顔をあげたレンの目をじっと見た。
 ルイスは、何も答えない。
 肘をついて頬を寄せ、微笑みながら、レンを見つめながら、ゆっくりと瞬きをする。
 レンは、んん、と喉の奥を鳴らして、目をそらし、手元に集中する。ルイスの言わんとすることに気づいている。
 ルイスは目を閉じて、音に耳を澄ませる。
 ふたりきりだ。湯気が立つ。いい香りがする。レンが調理をしている。
 静かだとルイスは思った。
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