溺愛社長とおいしい夜食屋

みつきみつか

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夏の話

十 同棲について

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 レンは目覚めた。
 分厚い遮光カーテンのおかげで、時間がわからない。
 夜の遅いレンは、いつも八時過ぎに目覚める。感覚的に、それくらいだろうとレンは思った。
 ベッドサイドの目覚まし時計は、予想どおり八時を示している。クイーンサイズの見慣れぬベッドには、レン以外はいなかった。隣に寝ていたはずのルイスの姿がない。

「あ、起きましたか」

 と、寝室にルイスが入ってくる。レンはほっとした。こんなに大きなベッドでひとりになると心細い。居場所がなさすぎる。

「お、おはようございます」

 ルイスはすでにスーツに着替えていて、袖口やネクタイを調整している途中だった。

「おはよう、レン」

 仕立てのいい、紺にストライプの入ったスーツ、ベストも着ている。水色のワイシャツに、高級ブランドのグレーのネクタイ。スーツもこの人に着られたら本望だろうとレンは思う。どこからどう見てもスーツ会社が指名したモデルだ。ビジネスマンとしては美しすぎる。
 レンも寝る前にはルイスのTシャツをもらって着ている。彼と裸でおこなったことを思い出すと恥ずかしい。
 だが恥ずかしがっているのはレンだけのようだ。ルイスはそれどころではない。

「すみません、午後からのつもりだったんですが、今から出勤します。急ぎの用ができてしまって」

 レンは慌てた。ルイスは出勤するらしい。おそらく数時間しか寝ていないのに。

「あ、じゃあ俺も出ます」
「いいえ。すぐ出ないといけないので、一緒には出られないんです。レンはゆっくりしていてください。寝不足でしょう。もうひと眠りしてください。ああ、レンの服は全部洗濯しておいたから、そろそろ乾いている頃です」
「洗濯……! すみません、そんなお手間をおかけするなんて」
「気にしないでください。洗濯自体は洗濯機がしますから。ただ、あいにくしばらく家を空けていたので、冷蔵庫が空っぽで、食べられそうなものが何ひとつありません。ミネラルウォーターはあるので飲んでください。すぐ下の裏側にスーパーがあるので、何か朝食を買うならこのカードキーを店員に見せて、僕につけておいてください。部屋番号は3501。ルイス・J・アーヴィン。カードキーは持って帰ってもいいし、一階でコンシェルジュに預けても構いません」

 ルイスは早口で言い、カードキーをサイドテーブルに置く。どうやら急いでいる様子だ。
 レンは大人しく頷いた。

「承知しました。速やかに預けておきます」

 こんな重要そうなもの、一刻も早く返したい。
 レンの回答に、ルイスはやや複雑そうな表情になる。
 少し考えたうえで、苦笑した。

「ああ、もどかしいな。時間がなくて。本当は朝食も昼食も、一緒に摂りたかったんですが。それに、今日は夜中まで帰れないんです。レン、カードキーは持っておいてください。いっそのこと、一緒に住みましょうか。部屋ならたくさん余っているし。たぶん僕たちは、時差がなくても生活時間帯が異なるんですよ。このままじゃすれ違いになってしまいます」

 情報量が多い、とレンは思った。
 ルイスは何を言っているのだろう。レンの寝起きの頭では処理しきれない。

「えっと」

 ルイスのスーツのポケットの中で、バイブ音が鳴る。携帯電話がルイスを急かすように震えている。

「ああ、ごめん。行かなきゃ。これ、連絡先です。あとでかならず掛けてください。できれば僕が電話に出るまで掛けつづけてください」

 ルイスはメモ用紙をレンに掴ませる。

「は、はい」

 メモ用紙には、携帯電話の番号と、走り書きで『レン。おはよう、起きたら電話をください、L』と書いてあった。レンがまだ寝ていたら、これを置いて出るつもりだったのだろう。
 寝室を出ていくルイスの後を追ってレンは玄関へ向かった。オートロックだから見送りはいいですよと言われて、オートロックだと勝手に閉まるんだと別のところで納得する。
 靴を履くルイスの背後に立ち、小さな声で言った。

「あの、行ってらっしゃいませ」

 ルイスを見送ったらすぐに出ようと思いつつ、出ていくルイスにそう言う。
 ここはレンにとって場違い過ぎて、長居できない場所だ。急いでいたルイスは、靴をはいて靴ベラを立てかけたあと、振り返って、目が覚めたようにレンを見た。
 それから、レンの肩に片手を伸ばしてレンを引き寄せる。
 どう考えても行ってきますのキスをする。
 キスのあと、とても愛おしそうに微笑まれて、レンは顔が熱くなった。

「行ってきます、レン」
「は、はい」
「こういうのいいですね。では、前向きに考えておいてください。同棲のこと」

 そう言い残して、ルイスはにこにこしながら出て行った。広い部屋にひとりきりになって、レンはしばらくのあいだ、途方に暮れて、立ち尽くしていた。


<秋に続く>
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