溺愛社長とおいしい夜食屋

みつきみつか

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夏の話

五 指で、舌で

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 レンにとって、何もかもに現実感がない。
 コンシェルジュが常駐するタワーマンションなんて、エントランスすら入った経験がない。前を通ることしかない。高層階専用エレベーターというものの存在すら知らなかった。レンの暮らす古いマンションは、アパートなのかマンションなのかわからない規模だ。四階建てでエレベーターすらない。
 エレベーターからフロアに出ると大理石の床だった。ルイスはレンの手を握っている。手を繋いでいる。
 エントランス以外では他人に会っていない。この状況を見られて困るのは住人であるルイスではないかとレンは心配した。だがルイスは気にしない素振りだ。レンの視線に気づいて先回りする。

「大丈夫ですよ、このフロアは僕だけです」

 そんなことがあり得るのか、とレンは慄いた。

「こちらです」

 ルイスに案内されて、玄関ドアを入る。広い玄関だが、見慣れた感じの間取りに安心した。靴を脱ぐ。ルイスも隣で靴を脱いだ。ルイスはキャリーケースを、玄関から続くウォークスルーのクローゼットに置く。

「こちらへどうぞ」

 そして廊下で立ち尽くすレンを、手洗いに案内した。広い洗面台がふたつ並んでいる。
 洗面台には大きな鏡がある。そこに映るルイスは、少し痩せているようにレンには思えた。疲れている様子だ。
 上着を脱ぎ、ネクタイを外す。その仕草が余りにも色っぽい。
 仕事柄、サラリーマンをよく見る。だがレンが知っているサラリーマンとはまったく異なる人種だ。疲れている表情ですらも、他の男性と違っている。
 三十五階のフロアごと、ひとりで住んでしまえるのは、雲の上としか言いようがない。

「シャワーを浴びましょうか。搭乗前に浴びたんですが、フライトが長くて汗臭いです。着いてから急いでこちらに来たので時間がなくて」

 ルイスはワイシャツを脱ぎ、スラックスを脱ぐ。汗よりも香水のかおりがする。
 ルイスはついでと言わんばかりにレンのTシャツやズボンも脱がせる。一緒に入るつもりだろうか。

「フライトって、海外に行っていらっしゃったんですか……?」
「そうです。パリとブリュッセルに三ヶ月」
「そうだったんですか」

 初めてのときは三ヶ月前だった。あのあとすぐに発ったということだ。会えないのも無理はない。

「連絡を取ろうと思っていたんですが、どうしても時間が合わなくて、ごめんなさい」
「いえ」
「なんというか、僕たちは接点がなくて」
「はい」

 レンもそう思う。

「クリスティナ以外に共通の知人がいないし、だからといって僕がクリスティナに対してレンの名前を出すのは少しおかしいし、というか、僕の天使のクリスティナは僕の電話を無視するし、直接会ったほうがいいと思ってたら、仕事が延びて長引いてしまいました。クリスティナ、元気かな」
「クリスティナさんはお元気です。毎日晩ごはんを食べにいらっしゃってます」
「ずるい。あれ? クリスティナに嫉妬するなんて、自分に驚いています。でも毎日レンに会ってレンのごはんを食べていたなんて、クリスティナが羨ましいな」

 ルイスは手早くレンの黒のボクサーパンツを脱がせようとする。レンは慌ててしゃがみ込んで、あらわになりかけた前を隠した。

「どうしました?」
「あの、すみません、その」

 赤面するレンを覗き込んだルイスは、前を隠すレンの両手をとって、背後から両手を揚げさせた。その姿を洗面鏡に映す。

「レン」
「やめてください……」
「レン。やめません」

 脱がされかけのボクサーパンツには染みができている。レンの雄はすでに下着の中で十分膨らんでいる。洗面所は明るく、鏡は水滴ひとつなく綺麗で、その痴態を余すことなく鮮明に映し出している。

「ああ、もうこんなになっていたんですね」

 ルイスはレンを羽交い絞めにし、胸の突起をつまんだりしながら、レンのうなじや首筋を舐める。

「んっ、んっ」

 先ほどマンションの前でおこなったように、ルイスはレンの耳の穴をなぞった。指で、舌で。レンの頭の中を粘着質な音が支配する。抗えない音だ。
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