11 / 136
夏の話
三 謎のモデル
しおりを挟む
「レンくん、この店に、女性のモデルさんが来てるってほんと? すごい美人らしいじゃん」
裏口から入ってきた卸問屋の営業である中年男性の中島が、調味料の入った段ボールをカウンターに置きながら前のめりになって、カウンター内のレンに言った。
「こんにちは、中島さん」
午後一時。いつもこのくらいから仕込みをはじめるので、配達も午後からしてもらっている。
野菜の皮むきをしていたレンは、きょとんと中島を見る。クールビズ仕様でネクタイのないスーツ姿、長袖のワイシャツを肘までまくりあげている。今日も暑そうだ。
中島は四十代前半でルート配達と営業をしている。親の代からの付き合いだ。レンのことも可愛がってくれる。レンは中島用に冷たい麦茶を用意して差し出した。中島は美味しそうに麦茶を飲み干した。
「あー、ありがと。生き返るわ」
「外、暑かったでしょう」
「もうカンカン照りだよ。外回り辛いわ。そうじゃなくて、モデル! モデルが来てるって話!」
「モデルですか? 聞いたことがないのですが、どなたでしょうか」
レンが首を傾けていると、中島は小脇に抱えた雑誌をレンに見せつけるように開いた。用意してきていたらしい。
「この子!」
「……?」
そこに映っているのは外国人の女性モデルだ。金髪碧眼でほっそりとしている。口紅の宣伝だろうか。この女性が塗ったらなんでも美しいのではないかとレンは思った。
マリアと書いてある。彼女自身の名前だろうか。それともブランド名だろうか。
思い当たることはある。なにしろその風貌は、クリスティナによく似ているのだ。姉妹だろうか。
ルイスにも似ている。血縁者であることは間違いない。ルイスとクリスティナのあいだくらいの顔立ちだ。この娘は、十代後半のように見える。クリスティナがもう少し成長したら、こんな感じになるのだろうか。
「この方は来たことはないですよ」
「え、そうなの?」
「はい」
中島はレンの答えを咀嚼し、だよなあと笑った。
「……よく考えたら、マリアって大富豪の娘らしいし、ここは商店街の中の食堂だもの。めっちゃ美味しいけど。なんだよー、仕入れの野木ちゃんがこないだここにごはん食べにきたときに、このモデル似のすっごい美少女がいるって言っててさあ」
「野木さん、お越しでした。ありがとうございました。宜しくお伝えください」
「また行くって言ってたよ。まあ、そうだよな。常連なんてあり得ないよね」
「マリアさんというんですね。すみません、疎くって。あと、お客さんのプライバシーには踏み込まないので」
「たしかにね。ごめんね、じゃっ、また今度!」
「はあい、ありがとうございました」
裏口から出ていく中島を笑顔で見送り、カウンターの段ボールと空っぽのコップを持ってキッチンに入る。
クリスティナの身内がモデルをしていたと聞いても、さもありなんと納得するだけだ。クリスティナは美少女で、ルイスも美形だった。
考えてもせんのないことを考えてしまうことがある。そういうときには野菜の下処理をするに限る。工程は手が覚えているし、無心になれるからだ。
裏口から入ってきた卸問屋の営業である中年男性の中島が、調味料の入った段ボールをカウンターに置きながら前のめりになって、カウンター内のレンに言った。
「こんにちは、中島さん」
午後一時。いつもこのくらいから仕込みをはじめるので、配達も午後からしてもらっている。
野菜の皮むきをしていたレンは、きょとんと中島を見る。クールビズ仕様でネクタイのないスーツ姿、長袖のワイシャツを肘までまくりあげている。今日も暑そうだ。
中島は四十代前半でルート配達と営業をしている。親の代からの付き合いだ。レンのことも可愛がってくれる。レンは中島用に冷たい麦茶を用意して差し出した。中島は美味しそうに麦茶を飲み干した。
「あー、ありがと。生き返るわ」
「外、暑かったでしょう」
「もうカンカン照りだよ。外回り辛いわ。そうじゃなくて、モデル! モデルが来てるって話!」
「モデルですか? 聞いたことがないのですが、どなたでしょうか」
レンが首を傾けていると、中島は小脇に抱えた雑誌をレンに見せつけるように開いた。用意してきていたらしい。
「この子!」
「……?」
そこに映っているのは外国人の女性モデルだ。金髪碧眼でほっそりとしている。口紅の宣伝だろうか。この女性が塗ったらなんでも美しいのではないかとレンは思った。
マリアと書いてある。彼女自身の名前だろうか。それともブランド名だろうか。
思い当たることはある。なにしろその風貌は、クリスティナによく似ているのだ。姉妹だろうか。
ルイスにも似ている。血縁者であることは間違いない。ルイスとクリスティナのあいだくらいの顔立ちだ。この娘は、十代後半のように見える。クリスティナがもう少し成長したら、こんな感じになるのだろうか。
「この方は来たことはないですよ」
「え、そうなの?」
「はい」
中島はレンの答えを咀嚼し、だよなあと笑った。
「……よく考えたら、マリアって大富豪の娘らしいし、ここは商店街の中の食堂だもの。めっちゃ美味しいけど。なんだよー、仕入れの野木ちゃんがこないだここにごはん食べにきたときに、このモデル似のすっごい美少女がいるって言っててさあ」
「野木さん、お越しでした。ありがとうございました。宜しくお伝えください」
「また行くって言ってたよ。まあ、そうだよな。常連なんてあり得ないよね」
「マリアさんというんですね。すみません、疎くって。あと、お客さんのプライバシーには踏み込まないので」
「たしかにね。ごめんね、じゃっ、また今度!」
「はあい、ありがとうございました」
裏口から出ていく中島を笑顔で見送り、カウンターの段ボールと空っぽのコップを持ってキッチンに入る。
クリスティナの身内がモデルをしていたと聞いても、さもありなんと納得するだけだ。クリスティナは美少女で、ルイスも美形だった。
考えてもせんのないことを考えてしまうことがある。そういうときには野菜の下処理をするに限る。工程は手が覚えているし、無心になれるからだ。
64
お気に入りに追加
1,198
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる