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夏の話
三 謎のモデル
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「レンくん、この店に、女性のモデルさんが来てるってほんと? すごい美人らしいじゃん」
裏口から入ってきた卸問屋の営業である中年男性の中島が、調味料の入った段ボールをカウンターに置きながら前のめりになって、カウンター内のレンに言った。
「こんにちは、中島さん」
午後一時。いつもこのくらいから仕込みをはじめるので、配達も午後からしてもらっている。
野菜の皮むきをしていたレンは、きょとんと中島を見る。クールビズ仕様でネクタイのないスーツ姿、長袖のワイシャツを肘までまくりあげている。今日も暑そうだ。
中島は四十代前半でルート配達と営業をしている。親の代からの付き合いだ。レンのことも可愛がってくれる。レンは中島用に冷たい麦茶を用意して差し出した。中島は美味しそうに麦茶を飲み干した。
「あー、ありがと。生き返るわ」
「外、暑かったでしょう」
「もうカンカン照りだよ。外回り辛いわ。そうじゃなくて、モデル! モデルが来てるって話!」
「モデルですか? 聞いたことがないのですが、どなたでしょうか」
レンが首を傾けていると、中島は小脇に抱えた雑誌をレンに見せつけるように開いた。用意してきていたらしい。
「この子!」
「……?」
そこに映っているのは外国人の女性モデルだ。金髪碧眼でほっそりとしている。口紅の宣伝だろうか。この女性が塗ったらなんでも美しいのではないかとレンは思った。
マリアと書いてある。彼女自身の名前だろうか。それともブランド名だろうか。
思い当たることはある。なにしろその風貌は、クリスティナによく似ているのだ。姉妹だろうか。
ルイスにも似ている。血縁者であることは間違いない。ルイスとクリスティナのあいだくらいの顔立ちだ。この娘は、十代後半のように見える。クリスティナがもう少し成長したら、こんな感じになるのだろうか。
「この方は来たことはないですよ」
「え、そうなの?」
「はい」
中島はレンの答えを咀嚼し、だよなあと笑った。
「……よく考えたら、マリアって大富豪の娘らしいし、ここは商店街の中の食堂だもの。めっちゃ美味しいけど。なんだよー、仕入れの野木ちゃんがこないだここにごはん食べにきたときに、このモデル似のすっごい美少女がいるって言っててさあ」
「野木さん、お越しでした。ありがとうございました。宜しくお伝えください」
「また行くって言ってたよ。まあ、そうだよな。常連なんてあり得ないよね」
「マリアさんというんですね。すみません、疎くって。あと、お客さんのプライバシーには踏み込まないので」
「たしかにね。ごめんね、じゃっ、また今度!」
「はあい、ありがとうございました」
裏口から出ていく中島を笑顔で見送り、カウンターの段ボールと空っぽのコップを持ってキッチンに入る。
クリスティナの身内がモデルをしていたと聞いても、さもありなんと納得するだけだ。クリスティナは美少女で、ルイスも美形だった。
考えてもせんのないことを考えてしまうことがある。そういうときには野菜の下処理をするに限る。工程は手が覚えているし、無心になれるからだ。
裏口から入ってきた卸問屋の営業である中年男性の中島が、調味料の入った段ボールをカウンターに置きながら前のめりになって、カウンター内のレンに言った。
「こんにちは、中島さん」
午後一時。いつもこのくらいから仕込みをはじめるので、配達も午後からしてもらっている。
野菜の皮むきをしていたレンは、きょとんと中島を見る。クールビズ仕様でネクタイのないスーツ姿、長袖のワイシャツを肘までまくりあげている。今日も暑そうだ。
中島は四十代前半でルート配達と営業をしている。親の代からの付き合いだ。レンのことも可愛がってくれる。レンは中島用に冷たい麦茶を用意して差し出した。中島は美味しそうに麦茶を飲み干した。
「あー、ありがと。生き返るわ」
「外、暑かったでしょう」
「もうカンカン照りだよ。外回り辛いわ。そうじゃなくて、モデル! モデルが来てるって話!」
「モデルですか? 聞いたことがないのですが、どなたでしょうか」
レンが首を傾けていると、中島は小脇に抱えた雑誌をレンに見せつけるように開いた。用意してきていたらしい。
「この子!」
「……?」
そこに映っているのは外国人の女性モデルだ。金髪碧眼でほっそりとしている。口紅の宣伝だろうか。この女性が塗ったらなんでも美しいのではないかとレンは思った。
マリアと書いてある。彼女自身の名前だろうか。それともブランド名だろうか。
思い当たることはある。なにしろその風貌は、クリスティナによく似ているのだ。姉妹だろうか。
ルイスにも似ている。血縁者であることは間違いない。ルイスとクリスティナのあいだくらいの顔立ちだ。この娘は、十代後半のように見える。クリスティナがもう少し成長したら、こんな感じになるのだろうか。
「この方は来たことはないですよ」
「え、そうなの?」
「はい」
中島はレンの答えを咀嚼し、だよなあと笑った。
「……よく考えたら、マリアって大富豪の娘らしいし、ここは商店街の中の食堂だもの。めっちゃ美味しいけど。なんだよー、仕入れの野木ちゃんがこないだここにごはん食べにきたときに、このモデル似のすっごい美少女がいるって言っててさあ」
「野木さん、お越しでした。ありがとうございました。宜しくお伝えください」
「また行くって言ってたよ。まあ、そうだよな。常連なんてあり得ないよね」
「マリアさんというんですね。すみません、疎くって。あと、お客さんのプライバシーには踏み込まないので」
「たしかにね。ごめんね、じゃっ、また今度!」
「はあい、ありがとうございました」
裏口から出ていく中島を笑顔で見送り、カウンターの段ボールと空っぽのコップを持ってキッチンに入る。
クリスティナの身内がモデルをしていたと聞いても、さもありなんと納得するだけだ。クリスティナは美少女で、ルイスも美形だった。
考えてもせんのないことを考えてしまうことがある。そういうときには野菜の下処理をするに限る。工程は手が覚えているし、無心になれるからだ。
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