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夏の話
一 からあげ祭り
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七月第一週の月曜日。午後六時。
藍染の暖簾を早くに掛けて店内で支度をしていると、
「ただいまー!」
と、引き戸を開けてクリスティナの明るい声が店内に響く。カウンターキッチンに立っていたレンは顔を上げ、クリスティナを笑顔で出迎えた。
「おかえりなさいませ」
「あっつーい」
「また暑くなりましたねえ」
梅雨が明け、半袖の夏服になった。さいきん暑いので、外を走ってきたであろうクリスティナは汗だくだ。切ったばかりの前髪が汗で額に張りついている。片手でぱたぱたと顔を扇ぐ。
クリスティナの指定席に温かい濡れタオルと冷たい麦茶、お箸を用意する。クリスティナはいつも通り、一階のお手洗いで手を洗い、うがいをして席についた。ひとここちついたようだ。
「日替わりでよろしいですか?」
「うんっ。今日はなあに?」
「今週はからあげ祭りなので、からあげ定食です」
レンがそう言うとクリスティナは目を輝かせる。
「からあげ祭り!? 何その素敵な響き!」
「でしょう」
レンは微笑みながら頷いた。
商店街を含むこの付近にはいわゆるからあげ専門店がない。そこで、定期的にからあげ祭りと称して、からあげ週間を設けている。男性人気も高いが、女性も意外と訪れる。働き盛り層に人気だ。
よぞらはメニューが多くない。レンはひとりで仕込みも調理もして、提供や片づけもすべてひとりなので、たくさんのメニューに対応しづらい。メニューを絞るほうが向いている。
「ふつうのと、のり塩、梅ごま、ねぎチリ甘辛、タルタルソース。ふつうのからあげは、タツタ風もありますよ。衣がサクサクしているものです」
揚げたてのからあげが入ったバットを見せる。
「ふあ~」
クリスティナはうっとりと幸せそうだ。
レンは日替わり定食用に作成したA5サイズのメニュー表を差し出した。
「はい。どうぞ。ごはんとみそ汁、お好きなからあげを五個です。あとは夏の小鉢ふたつをお選びください」
夏の小鉢は、夏野菜を使った煮びたしや、温冷のサラダ、または冷麺だ。
クリスティナが来店するようになってから、レンはメニューにフリガナを振るようになった。
「じゃあ、からあげは、全種類ひとつずつ。全部サクサクしてるの。あと、すだちの冷麺と、あ、どうしよう。水ナスの煮びたしと、ミニトマトと玉ねぎとパプリカのマリネって悩む。マリネって酸っぱいのでしょ?」
「そうですね。甘酸っぱいです。さっぱり系です。おそらくお好きな味だと思います」
「じゃあ今日はそれにしよっ」
「承知しました」
「はー、からあげ祭り……!」
注文を承ったレンは手早く用意をすすめる。クリスティナは午後六時半から進学塾で授業がある。いつも平日の開店と同時に入店して、ささっと食べて帰っていく。まるで忙しいサラリーマンのような、小さな常連さんだ。
藍染の暖簾を早くに掛けて店内で支度をしていると、
「ただいまー!」
と、引き戸を開けてクリスティナの明るい声が店内に響く。カウンターキッチンに立っていたレンは顔を上げ、クリスティナを笑顔で出迎えた。
「おかえりなさいませ」
「あっつーい」
「また暑くなりましたねえ」
梅雨が明け、半袖の夏服になった。さいきん暑いので、外を走ってきたであろうクリスティナは汗だくだ。切ったばかりの前髪が汗で額に張りついている。片手でぱたぱたと顔を扇ぐ。
クリスティナの指定席に温かい濡れタオルと冷たい麦茶、お箸を用意する。クリスティナはいつも通り、一階のお手洗いで手を洗い、うがいをして席についた。ひとここちついたようだ。
「日替わりでよろしいですか?」
「うんっ。今日はなあに?」
「今週はからあげ祭りなので、からあげ定食です」
レンがそう言うとクリスティナは目を輝かせる。
「からあげ祭り!? 何その素敵な響き!」
「でしょう」
レンは微笑みながら頷いた。
商店街を含むこの付近にはいわゆるからあげ専門店がない。そこで、定期的にからあげ祭りと称して、からあげ週間を設けている。男性人気も高いが、女性も意外と訪れる。働き盛り層に人気だ。
よぞらはメニューが多くない。レンはひとりで仕込みも調理もして、提供や片づけもすべてひとりなので、たくさんのメニューに対応しづらい。メニューを絞るほうが向いている。
「ふつうのと、のり塩、梅ごま、ねぎチリ甘辛、タルタルソース。ふつうのからあげは、タツタ風もありますよ。衣がサクサクしているものです」
揚げたてのからあげが入ったバットを見せる。
「ふあ~」
クリスティナはうっとりと幸せそうだ。
レンは日替わり定食用に作成したA5サイズのメニュー表を差し出した。
「はい。どうぞ。ごはんとみそ汁、お好きなからあげを五個です。あとは夏の小鉢ふたつをお選びください」
夏の小鉢は、夏野菜を使った煮びたしや、温冷のサラダ、または冷麺だ。
クリスティナが来店するようになってから、レンはメニューにフリガナを振るようになった。
「じゃあ、からあげは、全種類ひとつずつ。全部サクサクしてるの。あと、すだちの冷麺と、あ、どうしよう。水ナスの煮びたしと、ミニトマトと玉ねぎとパプリカのマリネって悩む。マリネって酸っぱいのでしょ?」
「そうですね。甘酸っぱいです。さっぱり系です。おそらくお好きな味だと思います」
「じゃあ今日はそれにしよっ」
「承知しました」
「はー、からあげ祭り……!」
注文を承ったレンは手早く用意をすすめる。クリスティナは午後六時半から進学塾で授業がある。いつも平日の開店と同時に入店して、ささっと食べて帰っていく。まるで忙しいサラリーマンのような、小さな常連さんだ。
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