溺愛社長とおいしい夜食屋

みつきみつか

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春の話

七 記憶がない

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 ルイスは物音で目が覚めた。
 まったく見知らぬ天井に、二日酔い特有の頭痛。運動したあとのような身体の疲労。どうも誰かを抱いたあとのようだと思う。ビールを飲んだことは覚えているが、酒に酔うと記憶が飛ぶほうだ。

「ここは……」

 どうも、どこかの古い建物の和室だということはわかる。布団に寝かされているが、昨日の服装のままだ。といっても、肌着と下着。スーツやワイシャツは和室の鴨居にかけてある。窓の外はすでに日の光。今、何時だろう。

「起きましたか。ルイスさん」

 和室の襖が開いて、階段をのぼってきた青年が微笑んだ。

「……君は?」

 目の前の青年には見覚えがない。いや、ある。昨日の居酒屋の店主だ。こげ茶色の髪に、同じ色の瞳。全体的に線が細い。背が高くて柔和な雰囲気の青年だ。たしかクリスティナに食事をとらせてくれた。
 青年は頬を染めつつ、戸惑ったように首を傾げて訊ねてくる。

「もしかして、記憶なくなるタイプですか?」
「いかにも、そのとおりなんですが……。ただ、僕はとんでもないことをしでかしたような気がします」

 下着の中は拭われているが、なんとなく射精した痕跡がある。それに、まったく記憶がないわけではない。自分はたしかに目の前の青年を抱いたと思う。昨晩。しかも、普段は言わないような甘い言葉を囁きながら。
 青年は苦笑しながら、ルイスの目の前に盆を差し出した。器によそわれているのはお茶漬けだ。炊き立ての熱い白米の上に焼き鮭と刻みのり。器の端に少量のわさび。白だしのふんわりとしたいい香り。とたんにおなかがすいてくる。

「いただきます!」
「はい。どうぞ、おあがりください」

 ルイスは一口食べた。
 二日酔いの胃に美味しいお茶漬けが沁みる。ほっとした頃にはもう空だった。食後のお茶をもらって、部屋を見回すと時計がある。六時だ。まだ夜が明けたばかりだ。

「ごちそうさまでした。美味しかったです……」

 お盆に器を置くと、レンといっていたはずの青年は、にこにこしながら受け取った。昨夕に見たときも、あどけなくて可愛いと思ったのだが、やはり柔和そうな雰囲気が好ましい。
 接客業だから笑顔が上手いというのではなく、なんとなくほっとする笑顔なのだ。警戒心丸出しのクリスティナが打ち解けていた様子なのも納得がいく。悪意や下心を一切感じさせない聖母のような微笑みだ。男なのに。

「あちらにシャワーがあるので、よかったら浴びてください」
「はい」

 部屋から出て階段を降りようとするレンを、ルイスは腕をとって引き留めた。

「わっ」
「レンさん、あの」

 ルイスはレンを見つめた。
 こうして見つめると、だんだん昨夜の記憶が蘇ってくる。初めて重ねた身体の相性は信じられないほど合い、気を失わせるまで犯した。思い出すともう一度抱きたくなるのは、吸いつくような肌だからか。もっと触れたい。触れていたい。
 恥ずかしそうに俯くレンの表情を見ているとたまらなくなって、ルイスはレンに軽く口づけた。

「んっ」
「あの、忘れてないです。レン」

 とルイスが言うと、レンは胸を撫でおろす。
 もし自分が昨夜の情事をすべて忘れていたとしたら、何も言わないつもりだったのかとルイスは思った。もう一度、より思い出すために唇を奪う。

「ル、ルイスさん」

 我慢できない。身体が反応してくる。ルイスはレンに口づけながら、高揚してくるのを感じていた。同時に申し訳ない気持ちにもなる。

「すみません、お茶漬け味かも」
「ぶ」

 たしかに、キスからは白だしの味がする。
 レンは笑いながら、ルイスのキスに答えた。


<夏の話に続く>
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