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春の話

五 突然のキス

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「あ、起きました?」

 店の片づけを終えて二階に上がっていったレンが和室の襖を開けると、ルイスが起き上がったところだった。明かりをつけてあったので、熟睡しなかったらしい。
 コップに汲んだ水を渡すと、「ありがとう」と受け取って飲み干す。頬は赤らんでいるが、あまり酔っている風には見えなかった。空っぽのコップを受け取る代わりに温めた濡れタオルを渡すと、顔を拭いて、よりさっぱりして見える。
 先ほどのクリスティナの父だろうか。ずいぶん嫌がられている様子だったが、やはりふたりとも美人だ。

「すみません、僕、酔ってしまって」
「いえ、大丈夫ですよ。終電は終わっているのですが一駅ですよね。一緒に帰りましょうか。近くなのでお送りします」

 店からレンの自宅のあるマンションまで徒歩で十分程度だ。ぼそぼそ呟いた住所は、レンの自宅からおそらく一分以内だ。肩を貸して送らないといけないと覚悟していたが、ルイスのこの様子ならば歩けるだろう。

「クリスティナが出てくるまで待とうと思ってたら、置いてけぼりをくらいました。情けないです」

 ルイスは立ち上がる。ふらつかないだろうかとレンは支えた。

「カレーを美味しそうに召し上がっていましたよ。だから大丈夫です」

 何が大丈夫なのかわからなかったが、そう言ってみた。ルイスは少し笑った。

「そうでしたか。あの子、ちゃんと食事を……」
「はい」

 レンが支えている手をルイスは取った。

「美しい手ですね」
「えっ、いや、洗い物で手荒れがちです」
「いいえ。あなたは美しいです」

 ルイスに言われて戸惑う。ナンパでもされているかのようだ。

「そんなことはないです」

 ルイスのほうが明らかに美男子だ。今夜、カウンター席を埋めた常連さんたちは、全員がルイスを見て、さらに二度見、三度見していた。どこかのファッションモデルが抜け出してきたのかと思い、その場所だけ異次元だった。
 ルイスがふらついて、レンは抱きとめる。やはりまだ酔っているらしい。ルイスが抱きついてくる。

「ありがとうございます。クリスに嫌われて、落ち込んでしまって、こんなに飲むなんて。カレーは美味しいし」

 親子の間でも何かいろいろと問題事があるのだろう。クリスティナの厳しい瞳を思い出す。何か事情がありそうだと思ったが、聞かないことにした。
 レンはルイスの背をぽんぽんと撫でた。大丈夫だと伝えると、ルイスのレンを抱く力が強くなった。

「レンさん」

 と呼ばれて身を離した瞬間、レンは深い口づけに襲われていた。

「……!」

 舌を絡め取られ、あまりのことに硬直する。ひとしきりキスしたあと、なんとか唇を離した。ふたりとも息があがっている。

「あの、ルイスさん、娘さんがいるってことは既婚者では」
「クリスは姪です。僕は独身なので問題ありません」

 そう言って、ルイスは微笑んだ。
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