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春の話
二 春野菜のカレー
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明かりをつけた店内のカウンターの椅子は少女には少し高いだろうか。椅子を引いてエスコートする。明るいところで見ると、絶世の美少女だった。名札に一年二組と書いてある。本名の明記がないのは時代の流れだろう。レンが小学生のころはまだ書くルールが残っていた。とレンは思った。少女は一年生だが、受け答えはしっかりしていた。背筋も伸びていて、大人向けの個人店でも堂々とした居住まいだ。
「ありがとう。あの、すぐ食べられるものだと助かるのだけど……」
「わかりました。苦手なものやアレルギーはありますか?」
「ありません」
「承知しました」
レンはカウンターキッチンに立つ。塾が始まるまで。たいていのものはできる。彼女にとってどんなものがいいだろうかと考える。小学校一年生なのに、これから遅くまで勉強するのだろう。コンビニはなんでも揃っているしそれなりに美味しいが、添加物は避けられないし、栄養は偏りがちになる。
レンは冷蔵庫で寝かせてあった大鍋からお玉で二回ほど中身をすくい、手鍋に入れた。火にかけ、牛乳を少し入れてのばす。牛乳を使うとまろやかで子ども向きの味になる。
大人には雑穀米で提供しているが、子どもには消化によい白米のほうが向いているだろうと考え、白くて丸い深皿に、炊飯器から白米をよそった。そこへ、手鍋で温めたカレーをかける。煮卵と塩茹でしたブロッコリーを添えてできあがりだ。
「はい、どうぞ」
「カレーだわ!」
そこで初めて子どもらしい表情になった。普段は成人の男女しか来ないし、身の回りに子どもがいない。子どもの笑顔というのはエネルギーがあるのだとレンは知った。
「春野菜のカレーです」
「いただきます!」
「どうぞおあがりください」
少女は大きなスプーンでばくばくカレーを食べた。ときどき水を飲む。すべてが一所懸命で微笑ましい。
「ゆっくりお召し上がりください。喉に詰まらせるといけませんから」
「だって美味しいんだもの。何が入っているの? 春野菜って、せりなずな~ってやつ?」
「よくご存じですね、それは春の七草のことです。カレーに入れたのは、たっぷりの新たまねぎ、朝にとれたグリーンアスパラガス、春キャベツと豚バラ肉。あとトマトとマッシュルームとにんじん」
「ママのごはんとは比べものにならない」
レンは苦笑した。世の中に食事が美味しくない家庭があることは知っている。
少女に提供した春野菜のカレーはあっという間になくなった。
「おかわりしますか?」
「したいけど、時間がないから大丈夫です。なんか、ほっとしたら眠くなってきちゃう。いまから勉強しなきゃなのに」
伸びをしながら少女は席を立つ。ランドセルを背負う。小学校一年生なのにもう進学塾とは。この頃に何をしていたのか、レンは覚えていない。おそらく友達とゲームばかりしていたと思う。
「がんばってくださいね。寒いから風邪ひかないように」
「はい、あ、お会計――」
「いや、今日はお代はいいです。まだ未完成なので」
店のドアを開けて、次の客が入ってくる。常連のサラリーマンだ。見慣れない少女の姿に目を丸くして驚いている。
「わあ、びっくりした。なんだ、レンくん。娘さん? 大きい娘さんがいるんだね」
「いえいえ、お客様ですよ。少々お待ちくださいね」
と少女を店の前で見送ろうとした。少女は遠慮がちだ。
「じゃあ、今度はちゃんとメニューを頼むことにするから、お兄さんも遠慮しないでね。ご飯代はママにもらってるから」
「わかりました」
そのときだ。
「クリスティナ! やっと見つけた!!!」
アーケードの南口からずんずん近づいてきて、ふたりの前に立ちはだかった青年がいたのは。
「ありがとう。あの、すぐ食べられるものだと助かるのだけど……」
「わかりました。苦手なものやアレルギーはありますか?」
「ありません」
「承知しました」
レンはカウンターキッチンに立つ。塾が始まるまで。たいていのものはできる。彼女にとってどんなものがいいだろうかと考える。小学校一年生なのに、これから遅くまで勉強するのだろう。コンビニはなんでも揃っているしそれなりに美味しいが、添加物は避けられないし、栄養は偏りがちになる。
レンは冷蔵庫で寝かせてあった大鍋からお玉で二回ほど中身をすくい、手鍋に入れた。火にかけ、牛乳を少し入れてのばす。牛乳を使うとまろやかで子ども向きの味になる。
大人には雑穀米で提供しているが、子どもには消化によい白米のほうが向いているだろうと考え、白くて丸い深皿に、炊飯器から白米をよそった。そこへ、手鍋で温めたカレーをかける。煮卵と塩茹でしたブロッコリーを添えてできあがりだ。
「はい、どうぞ」
「カレーだわ!」
そこで初めて子どもらしい表情になった。普段は成人の男女しか来ないし、身の回りに子どもがいない。子どもの笑顔というのはエネルギーがあるのだとレンは知った。
「春野菜のカレーです」
「いただきます!」
「どうぞおあがりください」
少女は大きなスプーンでばくばくカレーを食べた。ときどき水を飲む。すべてが一所懸命で微笑ましい。
「ゆっくりお召し上がりください。喉に詰まらせるといけませんから」
「だって美味しいんだもの。何が入っているの? 春野菜って、せりなずな~ってやつ?」
「よくご存じですね、それは春の七草のことです。カレーに入れたのは、たっぷりの新たまねぎ、朝にとれたグリーンアスパラガス、春キャベツと豚バラ肉。あとトマトとマッシュルームとにんじん」
「ママのごはんとは比べものにならない」
レンは苦笑した。世の中に食事が美味しくない家庭があることは知っている。
少女に提供した春野菜のカレーはあっという間になくなった。
「おかわりしますか?」
「したいけど、時間がないから大丈夫です。なんか、ほっとしたら眠くなってきちゃう。いまから勉強しなきゃなのに」
伸びをしながら少女は席を立つ。ランドセルを背負う。小学校一年生なのにもう進学塾とは。この頃に何をしていたのか、レンは覚えていない。おそらく友達とゲームばかりしていたと思う。
「がんばってくださいね。寒いから風邪ひかないように」
「はい、あ、お会計――」
「いや、今日はお代はいいです。まだ未完成なので」
店のドアを開けて、次の客が入ってくる。常連のサラリーマンだ。見慣れない少女の姿に目を丸くして驚いている。
「わあ、びっくりした。なんだ、レンくん。娘さん? 大きい娘さんがいるんだね」
「いえいえ、お客様ですよ。少々お待ちくださいね」
と少女を店の前で見送ろうとした。少女は遠慮がちだ。
「じゃあ、今度はちゃんとメニューを頼むことにするから、お兄さんも遠慮しないでね。ご飯代はママにもらってるから」
「わかりました」
そのときだ。
「クリスティナ! やっと見つけた!!!」
アーケードの南口からずんずん近づいてきて、ふたりの前に立ちはだかった青年がいたのは。
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