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春の話
プロローグ 「あなたを食べてもいいですか……?」
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「あなたを食べてもいいですか……?」
問われて、レンは動けなくなった。
金色の睫毛に縁取られたアーモンドアイ。大きな青い瞳。真っすぐに見つめられたら、拒否できない。
いまレンを押し倒しているのは、レンにとって素性など何一つ知らない男だ。ほんの数時間前に初めて会ったばかりで、ルイスという名前しか知らない。
先ほど深く口づけされたとき、ルイスからアルコール成分が移ったのかもしれない。レンはそう思った。レンはアルコールに強くないため、少量でもすぐに身体が火照る。
酒に酔うと判断能力を失ってしまうものだ。そうでなくては、こんな状況には陥っていないのではないか。
うっとりするディープキスや、やさしく背中を撫でる手のひらの心地好さに、このまま流されたら、さらに気持ちいいのではないかと期待してしまう。それではいけないと頭のどこかで冷静さを取り戻そうとするものの、悪魔が耳元で囁いてくる。
お店はいつもどおり午前一時に閉店して、普段どおり、閉店後の後片付けは終えた。食事は十分摂ってはいないが、店に立ちながらつまんで済ませるのはいつものことだ。シャワーは浴びていないがすぐそこにある。
だが拒否する理由もある。まず、レンが経営している店の二階は、和室が二室と台所と風呂場があり、倉庫兼休憩所として使っている。職場で、酔った勢いで、しかも男同士で、淫らな行為に耽るなんてどうかしている。
手つきはひどくいやらしくレンの身体をまさぐっているのに、ルイスのテノールは優しくて甘い。春にちょうどいいと思っていつも着ている長袖パーカーはどこへ行ったのだろう。半袖のシャツすらもいつの間にか脱がされた。素肌に粗い畳の目が触れる。
断れないことはないだろうとレンは思う。畳についている手で彼の胸を押して、身体を遠ざけ、やめてくれとひとこと言えば、彼はやめる。だがもしここで拒絶すれば――きっと彼はもう二度と、レンにこうしてはくれない。
ふと時計を見ると、午前一時半を過ぎていた。真夜中だが、室内は蛍光灯が灯っていて明るい。
明かりの下で見ると、ルイスと名乗った青年の美しさは格別だった。白金色の髪に空色の瞳、彫りは深く、しかしくどくない顔立ちは、いかにも外国人だが、こう見えて日本育ちだとは知っている。
上気したように赤い頬。微笑む唇もきれいな色をしている。ブランドものと思しきスーツがよく似合う体型だった。細身だが、脱ぐと意外と筋肉質だ。
シャツを脱ぎ、肌着を脱ぐ。あのシャツはてきとうに置いておいても大丈夫なのだろうか、とレンは思った。ハンガーにかけておかないと皺になる気がする。
「あの、ルイスさん」
「レン。イエスかノーかで答えてください」
レンが言葉を詰まらせていると、ルイスはことを進めていく。レンのデニムに手をかけ、一気に脱がせた。下着もずり落ちてしまう。そこでは、すでにレンのものが半ば固くなっている。
ルイスはそれを見て微笑んだ。レンは羞恥心に顔が熱くなる。
ルイスの手が身体をまさぐるせいだ。アルコールの味のキスをしたせいだ。深く口づけて、舌を吸われたせいだ。ルイスの色気に当てられたせいだ。
「……せめて明かりを消してください……」
「可愛いです。レン。すごく可愛い」
そう言いながら、ルイスは明かりの紐を引いて消した。部屋は一瞬にして暗くなる。ルイスもスラックスや下着を脱いだらしく、レンは肌が重なる感覚に慄いた。ルイスに抱きしめられる。優しい口づけにくらくらする。
「おいで、レン」
「は、はい……」
レンはルイスの背に腕を回した。
どうしてこんなことになったのだろう、と思いながら。
問われて、レンは動けなくなった。
金色の睫毛に縁取られたアーモンドアイ。大きな青い瞳。真っすぐに見つめられたら、拒否できない。
いまレンを押し倒しているのは、レンにとって素性など何一つ知らない男だ。ほんの数時間前に初めて会ったばかりで、ルイスという名前しか知らない。
先ほど深く口づけされたとき、ルイスからアルコール成分が移ったのかもしれない。レンはそう思った。レンはアルコールに強くないため、少量でもすぐに身体が火照る。
酒に酔うと判断能力を失ってしまうものだ。そうでなくては、こんな状況には陥っていないのではないか。
うっとりするディープキスや、やさしく背中を撫でる手のひらの心地好さに、このまま流されたら、さらに気持ちいいのではないかと期待してしまう。それではいけないと頭のどこかで冷静さを取り戻そうとするものの、悪魔が耳元で囁いてくる。
お店はいつもどおり午前一時に閉店して、普段どおり、閉店後の後片付けは終えた。食事は十分摂ってはいないが、店に立ちながらつまんで済ませるのはいつものことだ。シャワーは浴びていないがすぐそこにある。
だが拒否する理由もある。まず、レンが経営している店の二階は、和室が二室と台所と風呂場があり、倉庫兼休憩所として使っている。職場で、酔った勢いで、しかも男同士で、淫らな行為に耽るなんてどうかしている。
手つきはひどくいやらしくレンの身体をまさぐっているのに、ルイスのテノールは優しくて甘い。春にちょうどいいと思っていつも着ている長袖パーカーはどこへ行ったのだろう。半袖のシャツすらもいつの間にか脱がされた。素肌に粗い畳の目が触れる。
断れないことはないだろうとレンは思う。畳についている手で彼の胸を押して、身体を遠ざけ、やめてくれとひとこと言えば、彼はやめる。だがもしここで拒絶すれば――きっと彼はもう二度と、レンにこうしてはくれない。
ふと時計を見ると、午前一時半を過ぎていた。真夜中だが、室内は蛍光灯が灯っていて明るい。
明かりの下で見ると、ルイスと名乗った青年の美しさは格別だった。白金色の髪に空色の瞳、彫りは深く、しかしくどくない顔立ちは、いかにも外国人だが、こう見えて日本育ちだとは知っている。
上気したように赤い頬。微笑む唇もきれいな色をしている。ブランドものと思しきスーツがよく似合う体型だった。細身だが、脱ぐと意外と筋肉質だ。
シャツを脱ぎ、肌着を脱ぐ。あのシャツはてきとうに置いておいても大丈夫なのだろうか、とレンは思った。ハンガーにかけておかないと皺になる気がする。
「あの、ルイスさん」
「レン。イエスかノーかで答えてください」
レンが言葉を詰まらせていると、ルイスはことを進めていく。レンのデニムに手をかけ、一気に脱がせた。下着もずり落ちてしまう。そこでは、すでにレンのものが半ば固くなっている。
ルイスはそれを見て微笑んだ。レンは羞恥心に顔が熱くなる。
ルイスの手が身体をまさぐるせいだ。アルコールの味のキスをしたせいだ。深く口づけて、舌を吸われたせいだ。ルイスの色気に当てられたせいだ。
「……せめて明かりを消してください……」
「可愛いです。レン。すごく可愛い」
そう言いながら、ルイスは明かりの紐を引いて消した。部屋は一瞬にして暗くなる。ルイスもスラックスや下着を脱いだらしく、レンは肌が重なる感覚に慄いた。ルイスに抱きしめられる。優しい口づけにくらくらする。
「おいで、レン」
「は、はい……」
レンはルイスの背に腕を回した。
どうしてこんなことになったのだろう、と思いながら。
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