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Black Switch
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人を危めると罪を償わなければならない。
誰もが知る理屈だ。けれど、僕の日常に殺人はまだない。平凡で平和な毎日を過ごしている。
「達也おはよう」
僕が教室に入ってすぐに、クラスメイトの望が一声掛けてくれた。
「おはよう」と返すと、
「昨日はごめんね」
と萎れた顔を向ける。
「昨日?」
「ほら、私がちょっとふざけて、達也凄い怒ってたから」
「怒ってないよ。もしかしてツッコミ激しかった?」
と笑い飛ばして見せた。
望はそれを聞いて安堵したのか、笑みを浮かべ、「良かった」と呟いた。
僕も愛想笑いをし、場を乗り切った。
よくあることだった。この前まで仲の良かった友人たちが、一変して無視あるいは嫌悪の眼差しを向けてくる。
確かに感情的にはなる方だ。けれど、友人に激怒したり、況して暴力を振るったりなんて一度もない。昨日の記憶だってある。鮮明に覚えている。おそらく望はちょっとした苛立ちさえ繊細に反応してしまうのだろう。
そうこう考えるうちに放課後が来た。
今日も記憶は全部残っている。
「達也、ちょっといい」
突然、僕は望に引き止められ、人気のないところへと連れられた。
「今日の達也なんかちょっと怖い」
「え!? 僕なんかしたっけ?」
「いや、なんか怖いこと言ってたから」
「怖いこと?」
「うん。『殺す』……とか」
言った覚えがない。今日の記憶はあるのに、心当たりが全くない。
「私は!」
僕は思わず肩が少し上がった。
「私は、達也に人を殺して欲しくない!」
「落ち着いて望!」
「わかるよ! 両親の仇を討ちたいのはわかる。でもやっぱり良くないよ!」
望が途中から泣き出してしまっていた。
「だから、私は、全力で止めるから!
ーーーー意味がわからない。
雲行きが怪しくなってきた。
案の定、雷雨になり、ずぶ濡れで家に帰ると、親戚の叔母さんが今でテレビを見ていた。
「ただいま」と呼びかけても、「おかえり」は返ってこない。
叔母さんにとって僕は邪魔でしかなかった。
僕はシャワーを浴びた。
湯気で曇った鏡を手で拭き、自分の顔を覗き見た。
「君は誰なんだ?」
返事はない。我ながら恥ずかしい。
だが、また鏡が曇り始めたときに異変に気付いてしまった。
ーーーー笑った?
気のせいか。と思いつつも気になってもう一度鏡を拭う。
「わぁああぁあ!」
僕は思わず後方へ飛び退けてしまった。
そこには、不気味なほどの笑みを浮かべた『僕』がいた。
「よぉ」
鏡の中の『僕』が僕に話しかけてきた。
ただただ震えが止まらなかった。
「身体よこせよ」
僕の首が絞まっていく。自ら両手で締めていた。
涙が止まらなかった。
必死にもがくが一向に自分の手が首から解けない。
藁にもすがる思いで、風呂場の戸を破り、叔母さんのいる今に向かう。
ーーーー叔母さんは廊下で倒れていた。
背中のナイフを中心に服が赤に染まっている。
ーーーー何で……。
声はもう出ない。
次第に意識が遠くなり、やがて視界が暗くなった。
だが、刹那に視界が白くなった。
一面真っ白の空間に立っていた。
「よぉ。また会ったな」
いつの間にか、目の前には鏡の中にいた『僕』がいた。『僕』は怖い笑みで僕を睨んだ。
「君は誰なんだ?」
恐る恐る、震える声で問うた。
「俺は本当のお前だ」
「言ってる意味がわからない」
「お前は親が目の前で殺された。にもかかわらず、父さんと母さんのために動こうとしない」
「違う!」
白い空間に僕の叫びが響く。
震えを抑えながら、懸命に反論した。
だが、『僕』には届かなかった。
「綺麗事ぬかしてんじゃねぇ!」
僕は髪を掴まれた。
「お前に大人たちの何がわかる! 大人の本性を教えてやるからよく聞け。大人ってのはなぁ、ガキやバカにルールを押しつけて、自分に害がないように、自分のために世界をつくったんだ」
「それでも、復讐なんて……僕が人殺しになっちゃうじゃないか!」
「人を殺して何が悪い!」
「ダメに決まってるじゃないか!」
「大人ってのはなぁ、自分たちのルールに抜け道をつくって守ってるフリをしてんだよぉ! その抜け道を自在に使って、バレないように人だって殺せる。大人は全員、都合の悪い人を殺して生きてんだよぉ! 父さんを殺したようになぁ! 愛した父さんと母さんは帰ってこないんだぞ。お前は許せるのか! あぁ!」
「許さない」
不思議と涙は止んでいた。
「僕も、父さんと母さんを殺したこの世界を許さない」
「なら、俺と代われ」
「いや、その必要はないよ」
僕は『僕』の首を絞めた。
「色々とありがとうな。おかげで憎しみを取り戻したよ」
「お前……」
「僕が全てを殺す。僕は全てを終わらせた後にいく」
僕は『僕』を殺した。
「達也、疑い晴れて良かったね」
「ああ、ありがとう」
「で、こんな夜遅くに呼び出してどうしたの?」
僕は少し寂れた公園に望みを呼び出した。
望が嬉しそうに達也を見つめてくる。
「望のお父さんってあの大企業の……」
「部長だよ。凄い偉いんだって」
「そうか」
「どうしたの、急に」
「いや、渡したい物があるんだ」
僕は少し大きめのプレゼントボックスをカバンから取り出した。
「ちょっと遅れたけど誕生日おめでとう」
「えぇ、こんなに大きいの!? 開けていい?」
「いや、帰ってから開けて。照れる」
「わかった」
望はとても幸せそうな顔で箱を抱えた。そして、帰り際に僕は、
「好きだよ、望」
と一応伝えた。
望は頬を赤らめ、それを見られまいと箱で顔を隠すし、そのまま手を振り、角を曲がって帰って行った。
「ただいま」
望の家はマンションで、居間には望の父と母と兄弟がいた。
望は自分の部屋に入り、すぐに箱を開けた。中身は兎のぬいぐるみだった。
「可愛い」
望はぬいぐるみを持ったまま、ベットに寝転がった。
居間から家族の笑い声が聞こえる。
暫くぼうっとして、望は達也の言葉を思い出した。
『好きだよ』
望は嬉しさにぬいぐるみを強く抱きしめた。
僕は帰り際に大きな爆発音を聞いた。
上手くいったか。念を押しておいて良かった。
まずは一人。次はもっと丁寧に、テンポ良く、そして、鮮やかにーーーー殺す。
「僕は『僕』を殺した罪を償う」
そう決心し、僕はあの不気味は笑みをこぼした。
誰もが知る理屈だ。けれど、僕の日常に殺人はまだない。平凡で平和な毎日を過ごしている。
「達也おはよう」
僕が教室に入ってすぐに、クラスメイトの望が一声掛けてくれた。
「おはよう」と返すと、
「昨日はごめんね」
と萎れた顔を向ける。
「昨日?」
「ほら、私がちょっとふざけて、達也凄い怒ってたから」
「怒ってないよ。もしかしてツッコミ激しかった?」
と笑い飛ばして見せた。
望はそれを聞いて安堵したのか、笑みを浮かべ、「良かった」と呟いた。
僕も愛想笑いをし、場を乗り切った。
よくあることだった。この前まで仲の良かった友人たちが、一変して無視あるいは嫌悪の眼差しを向けてくる。
確かに感情的にはなる方だ。けれど、友人に激怒したり、況して暴力を振るったりなんて一度もない。昨日の記憶だってある。鮮明に覚えている。おそらく望はちょっとした苛立ちさえ繊細に反応してしまうのだろう。
そうこう考えるうちに放課後が来た。
今日も記憶は全部残っている。
「達也、ちょっといい」
突然、僕は望に引き止められ、人気のないところへと連れられた。
「今日の達也なんかちょっと怖い」
「え!? 僕なんかしたっけ?」
「いや、なんか怖いこと言ってたから」
「怖いこと?」
「うん。『殺す』……とか」
言った覚えがない。今日の記憶はあるのに、心当たりが全くない。
「私は!」
僕は思わず肩が少し上がった。
「私は、達也に人を殺して欲しくない!」
「落ち着いて望!」
「わかるよ! 両親の仇を討ちたいのはわかる。でもやっぱり良くないよ!」
望が途中から泣き出してしまっていた。
「だから、私は、全力で止めるから!
ーーーー意味がわからない。
雲行きが怪しくなってきた。
案の定、雷雨になり、ずぶ濡れで家に帰ると、親戚の叔母さんが今でテレビを見ていた。
「ただいま」と呼びかけても、「おかえり」は返ってこない。
叔母さんにとって僕は邪魔でしかなかった。
僕はシャワーを浴びた。
湯気で曇った鏡を手で拭き、自分の顔を覗き見た。
「君は誰なんだ?」
返事はない。我ながら恥ずかしい。
だが、また鏡が曇り始めたときに異変に気付いてしまった。
ーーーー笑った?
気のせいか。と思いつつも気になってもう一度鏡を拭う。
「わぁああぁあ!」
僕は思わず後方へ飛び退けてしまった。
そこには、不気味なほどの笑みを浮かべた『僕』がいた。
「よぉ」
鏡の中の『僕』が僕に話しかけてきた。
ただただ震えが止まらなかった。
「身体よこせよ」
僕の首が絞まっていく。自ら両手で締めていた。
涙が止まらなかった。
必死にもがくが一向に自分の手が首から解けない。
藁にもすがる思いで、風呂場の戸を破り、叔母さんのいる今に向かう。
ーーーー叔母さんは廊下で倒れていた。
背中のナイフを中心に服が赤に染まっている。
ーーーー何で……。
声はもう出ない。
次第に意識が遠くなり、やがて視界が暗くなった。
だが、刹那に視界が白くなった。
一面真っ白の空間に立っていた。
「よぉ。また会ったな」
いつの間にか、目の前には鏡の中にいた『僕』がいた。『僕』は怖い笑みで僕を睨んだ。
「君は誰なんだ?」
恐る恐る、震える声で問うた。
「俺は本当のお前だ」
「言ってる意味がわからない」
「お前は親が目の前で殺された。にもかかわらず、父さんと母さんのために動こうとしない」
「違う!」
白い空間に僕の叫びが響く。
震えを抑えながら、懸命に反論した。
だが、『僕』には届かなかった。
「綺麗事ぬかしてんじゃねぇ!」
僕は髪を掴まれた。
「お前に大人たちの何がわかる! 大人の本性を教えてやるからよく聞け。大人ってのはなぁ、ガキやバカにルールを押しつけて、自分に害がないように、自分のために世界をつくったんだ」
「それでも、復讐なんて……僕が人殺しになっちゃうじゃないか!」
「人を殺して何が悪い!」
「ダメに決まってるじゃないか!」
「大人ってのはなぁ、自分たちのルールに抜け道をつくって守ってるフリをしてんだよぉ! その抜け道を自在に使って、バレないように人だって殺せる。大人は全員、都合の悪い人を殺して生きてんだよぉ! 父さんを殺したようになぁ! 愛した父さんと母さんは帰ってこないんだぞ。お前は許せるのか! あぁ!」
「許さない」
不思議と涙は止んでいた。
「僕も、父さんと母さんを殺したこの世界を許さない」
「なら、俺と代われ」
「いや、その必要はないよ」
僕は『僕』の首を絞めた。
「色々とありがとうな。おかげで憎しみを取り戻したよ」
「お前……」
「僕が全てを殺す。僕は全てを終わらせた後にいく」
僕は『僕』を殺した。
「達也、疑い晴れて良かったね」
「ああ、ありがとう」
「で、こんな夜遅くに呼び出してどうしたの?」
僕は少し寂れた公園に望みを呼び出した。
望が嬉しそうに達也を見つめてくる。
「望のお父さんってあの大企業の……」
「部長だよ。凄い偉いんだって」
「そうか」
「どうしたの、急に」
「いや、渡したい物があるんだ」
僕は少し大きめのプレゼントボックスをカバンから取り出した。
「ちょっと遅れたけど誕生日おめでとう」
「えぇ、こんなに大きいの!? 開けていい?」
「いや、帰ってから開けて。照れる」
「わかった」
望はとても幸せそうな顔で箱を抱えた。そして、帰り際に僕は、
「好きだよ、望」
と一応伝えた。
望は頬を赤らめ、それを見られまいと箱で顔を隠すし、そのまま手を振り、角を曲がって帰って行った。
「ただいま」
望の家はマンションで、居間には望の父と母と兄弟がいた。
望は自分の部屋に入り、すぐに箱を開けた。中身は兎のぬいぐるみだった。
「可愛い」
望はぬいぐるみを持ったまま、ベットに寝転がった。
居間から家族の笑い声が聞こえる。
暫くぼうっとして、望は達也の言葉を思い出した。
『好きだよ』
望は嬉しさにぬいぐるみを強く抱きしめた。
僕は帰り際に大きな爆発音を聞いた。
上手くいったか。念を押しておいて良かった。
まずは一人。次はもっと丁寧に、テンポ良く、そして、鮮やかにーーーー殺す。
「僕は『僕』を殺した罪を償う」
そう決心し、僕はあの不気味は笑みをこぼした。
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