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19.5『きっかけ』
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『かりん』を失った白馬の悲しみは想像を絶するほどの深さであり、それを見かねた白蛇は白馬に仕事を休ませ、まずはしっかり養生するようにと促した。
弱々しくそれに従う白馬だったが、その日、白蛇が仕事終わりに白馬の様子を見ようと家を訪ねるとそこに白馬の姿はなく、家の中は静まり返っていた。
『かりん』も白馬もいない、空の家。
家を勢いよく飛び出した白蛇は辺りを探し回った末にようやく白馬を『あの丘』で見つけた。
白馬はすっかり衰弱しきり、熱まで出してぐったりとしていた。
おそらく朝からずっと丘にいたのだろう。
白蛇は白馬を抱えてなんとか家に連れ帰った。
ーーーーーーーーーー
「ったく、何やってんだよ…」
肌寒い季節だというのに暖かなものも羽織らず、薄着のまま1日中風に吹かれていた白馬は気がすっかり落ち込んでいることもあってそのまま病に臥せってしまった。
咳をし続け、寝台から起き上がることさえできない白馬。
そんな白馬の看病のため、白蛇は毎日足繁く白馬の家まで通ってきていた。
「いいよ、金……伝染るかもしれないから、もう帰って……」
白馬が弱々しく言うと、白蛇は「あのなぁ」と軽くため息をつく。
「お医者も言ってただろ、お前のは伝染るようなのじゃないって。むしろ心の問題なんだ、余計なことを気にすんじゃない」
「ん……」
白馬の瞳は虚ろで、焦点がどこに合っているのかさえもわからないほどだ。
白蛇はそんな白馬になにか危機的なものを感じていて、なんとか気力を回復させてやりたいと思っていた。
「なぁ、お前がそんなんだと かりんだって悲しがるんじゃないのか?こんなに具合を悪くして、どうするんだよ」
「うん……でも、僕…自分でも立ち直り方が分からないんだよ……」
「おい、銀…」
白馬は目に涙を浮かべながら言う。
「もう…自分でも分からないんだ……どうしたらいいんだろう……なぜか分からないけど、あんな子達には二度と巡り会えないんだって感じるんだ……それが、辛くて……」
「だけど未来のことは分からないだろ?それこそまた かりんの時みたいな出会いが…」
「ううん、それがもう二度とないんだって思えるんだよ……どうしてなのかな……こんなに悲しくなるなんて……あけび も やまもも も、かりんも…みんないなくて……」
瞬きすらせずに一点を見つめたまま涙を流していた白馬は、突如激しく咳き込んで苦しげに手で口を覆った。
息をする間もないほど激しく何度も咳き込んだ白馬。
その手のひらは真っ赤な血飛沫に染まっていた。
ーーーーーーーーー
陸国のそれぞれの地域には大きな墓碑が1つずつ建てられていて、亡くなった人はそこに共同で埋葬される。
最期を迎えた地域か、もしくは縁のある地域の墓碑のもとに埋葬されることが常であり、白馬は当然のように酪農地域にと決まった。
墓碑には仕事仲間だった人間の友人達や白馬を引き取って育てたあの一家も集まっていたが、やはりその中心にいたのは白蛇だった。
「何やってんだよ、銀…」
さすがの白蛇も肩を落とし、いつもの明るい調子はどこかへと消え去ってしまっている。
1番の友人を、親友を失ったのだ。
一体どうして気を落とさずにいられるというのだろう。
「とにかく…お前が言ってた通りにしておいたからな。向こうで楽しくやれよ、銀。あけび とか やまもも とか、かりんと」
白蛇はこの墓碑に来る前、生前の白馬が言っていたように白馬の髪を一房『あけび』達の眠る丘に埋めてきていた。
「せめて髪だけでもあの子達のそばに…」というのが白馬のほとんど最後の言葉だったのだが、白蛇はそんな白馬の最後の願いをきちんと聞き入れてくれていたのだ。
埋葬に伴う一通りの手筈を終えた一同はそれぞれ言葉も少なく帰路についたが、白蛇はその途中で何気なく湖に目をやるなり、驚きの表情を浮かべて呟く。
「あ、あんなとこで…なにやってるんだ?」
その呟きはあまりにも小さすぎて、周りの人間達にさえ聞こえなかったらしい。
だが、たしかに白蛇の目には湖の中に人がいるのが見えていたのだ。
それも、なんとも美しい人が。
「おい!なにやってるんだ、危ないだろ!」
突然そう言いながら走り出した白蛇に驚いた周りの人々は「ど、どうしたんだよ、金!」と少したじろいでから後を追う。
「金!なんだ、何があったんだよ!」
白蛇は後を追ってくる人々の声には一切耳を貸さず、ただ湖に向かって走った。
憂いをたたえたような表情をしたその美しい人は白蛇の言葉がまるで届いていないかのようにじっとしていたが、白蛇が畔まで辿り着こうかという時になってすっと水中へと姿を消してしまう。
この湖は1年中なぜか水温が極端に低く、その上とても水深が深いために泳いではいけないとされている湖だった。
もちろんそれは白蛇も承知していることだっただろう。
しかし、白蛇はなにかに駆り立てられるように、なんの躊躇いもなく湖の中へと飛び込んでいた。
弱々しくそれに従う白馬だったが、その日、白蛇が仕事終わりに白馬の様子を見ようと家を訪ねるとそこに白馬の姿はなく、家の中は静まり返っていた。
『かりん』も白馬もいない、空の家。
家を勢いよく飛び出した白蛇は辺りを探し回った末にようやく白馬を『あの丘』で見つけた。
白馬はすっかり衰弱しきり、熱まで出してぐったりとしていた。
おそらく朝からずっと丘にいたのだろう。
白蛇は白馬を抱えてなんとか家に連れ帰った。
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「ったく、何やってんだよ…」
肌寒い季節だというのに暖かなものも羽織らず、薄着のまま1日中風に吹かれていた白馬は気がすっかり落ち込んでいることもあってそのまま病に臥せってしまった。
咳をし続け、寝台から起き上がることさえできない白馬。
そんな白馬の看病のため、白蛇は毎日足繁く白馬の家まで通ってきていた。
「いいよ、金……伝染るかもしれないから、もう帰って……」
白馬が弱々しく言うと、白蛇は「あのなぁ」と軽くため息をつく。
「お医者も言ってただろ、お前のは伝染るようなのじゃないって。むしろ心の問題なんだ、余計なことを気にすんじゃない」
「ん……」
白馬の瞳は虚ろで、焦点がどこに合っているのかさえもわからないほどだ。
白蛇はそんな白馬になにか危機的なものを感じていて、なんとか気力を回復させてやりたいと思っていた。
「なぁ、お前がそんなんだと かりんだって悲しがるんじゃないのか?こんなに具合を悪くして、どうするんだよ」
「うん……でも、僕…自分でも立ち直り方が分からないんだよ……」
「おい、銀…」
白馬は目に涙を浮かべながら言う。
「もう…自分でも分からないんだ……どうしたらいいんだろう……なぜか分からないけど、あんな子達には二度と巡り会えないんだって感じるんだ……それが、辛くて……」
「だけど未来のことは分からないだろ?それこそまた かりんの時みたいな出会いが…」
「ううん、それがもう二度とないんだって思えるんだよ……どうしてなのかな……こんなに悲しくなるなんて……あけび も やまもも も、かりんも…みんないなくて……」
瞬きすらせずに一点を見つめたまま涙を流していた白馬は、突如激しく咳き込んで苦しげに手で口を覆った。
息をする間もないほど激しく何度も咳き込んだ白馬。
その手のひらは真っ赤な血飛沫に染まっていた。
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陸国のそれぞれの地域には大きな墓碑が1つずつ建てられていて、亡くなった人はそこに共同で埋葬される。
最期を迎えた地域か、もしくは縁のある地域の墓碑のもとに埋葬されることが常であり、白馬は当然のように酪農地域にと決まった。
墓碑には仕事仲間だった人間の友人達や白馬を引き取って育てたあの一家も集まっていたが、やはりその中心にいたのは白蛇だった。
「何やってんだよ、銀…」
さすがの白蛇も肩を落とし、いつもの明るい調子はどこかへと消え去ってしまっている。
1番の友人を、親友を失ったのだ。
一体どうして気を落とさずにいられるというのだろう。
「とにかく…お前が言ってた通りにしておいたからな。向こうで楽しくやれよ、銀。あけび とか やまもも とか、かりんと」
白蛇はこの墓碑に来る前、生前の白馬が言っていたように白馬の髪を一房『あけび』達の眠る丘に埋めてきていた。
「せめて髪だけでもあの子達のそばに…」というのが白馬のほとんど最後の言葉だったのだが、白蛇はそんな白馬の最後の願いをきちんと聞き入れてくれていたのだ。
埋葬に伴う一通りの手筈を終えた一同はそれぞれ言葉も少なく帰路についたが、白蛇はその途中で何気なく湖に目をやるなり、驚きの表情を浮かべて呟く。
「あ、あんなとこで…なにやってるんだ?」
その呟きはあまりにも小さすぎて、周りの人間達にさえ聞こえなかったらしい。
だが、たしかに白蛇の目には湖の中に人がいるのが見えていたのだ。
それも、なんとも美しい人が。
「おい!なにやってるんだ、危ないだろ!」
突然そう言いながら走り出した白蛇に驚いた周りの人々は「ど、どうしたんだよ、金!」と少したじろいでから後を追う。
「金!なんだ、何があったんだよ!」
白蛇は後を追ってくる人々の声には一切耳を貸さず、ただ湖に向かって走った。
憂いをたたえたような表情をしたその美しい人は白蛇の言葉がまるで届いていないかのようにじっとしていたが、白蛇が畔まで辿り着こうかという時になってすっと水中へと姿を消してしまう。
この湖は1年中なぜか水温が極端に低く、その上とても水深が深いために泳いではいけないとされている湖だった。
もちろんそれは白蛇も承知していることだっただろう。
しかし、白蛇はなにかに駆り立てられるように、なんの躊躇いもなく湖の中へと飛び込んでいた。
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