牧草地の白馬

蓬屋 月餅

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1「側仕え」

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 新緑が芽吹く季節。
 牧草地の神は酪農地域内の広大な牧草地を白馬と共に悠然と歩く。
 こうして自身の神力を必要としている領域の様子を見て回ることは、ほとんどの神にとっての日課であり、重要な務めの1つでもある。
 牧草地の神はこうして見回りながら時々地に手を当てて自らの神力を移し、牧草達へ活力を与えてやることで陸国の人々を守っていた。

ーーーーーーー

 神々が住まっているのは【天界】という世界だ。
 人の住む【地界】とは1枚の薄い布で隔てられたような所であり、人の世とは同じようで違う世界なのだが、その最も特徴的な違いとして『時の流れ方』をあげることができる。
 【天界】では【地界】に比べて非常に夜が長く、ゆったりと時間が流れるようになっているのだ。
 知恵のある森の神によると、【地界】での日の入りから日の出までの約12時間は、【天界】では約36時間分に相当するらしい。
 つまり、神々は人々が夜を迎えている間に『丸1日分の夜』を余分に過ごしていることになる。
 一体どうしてそんな時の流れ方をしているのかについては、当の神々でさえも知らない。
 しかし、これには 陸国のどんな神よりも神格の高い神々、つまり原初の神とも言うべき存在が関わっているらしいということははっきりしている。

 【天界】にいる神々の姿は人には見えず、すぐそばを通ったところで気付かれることはまずない。
 【地界】に降りたとしてもそのままでは『勘の鋭い人間』でないとはっきりとその姿を目に捉えることは難しいようだ。
 身に纏っている神力を抑え込むことでようやく人から認識されるくらいにはなるのだが、もっとも、神力を抑え込むことは神々にとって非常に疲れることでもあるため、人の前に姿をあらわそうとする神はまずいない。

ーーーーーーーー

「うん…今日もよく育っているね。この辺りは特に土との相性がいいし、きちんと動物達の管理もできているから草達が健やかに育ちやすいんだ」

 白馬から降り、青々とした草達の成長具合を見ていた牧草地の神。
 すると、そこへ《いいえ、これも全て『蒼(ソウ)様』の神力があるからこそですよ》という声がかけられる。

《蒼様がこうして神力を分けてくださるから、皆が健やかでいられるのです》
「また…君はそんなお世辞を」
《いいえ、お世辞などではありません。本当のことです》
「そう?」
《そうですよ!》
「ふふっ…今日はまた、随分とくすぐったいことを言ってくれるね」

 牧草地の神はかたわらでじっとしている白馬の鼻筋を微笑みながらそっと撫でてやった。
 
 牧草地の神に声をかけてきたのはこの白馬だ。
 真っ白な馬体に、白銀のように輝くたてがみと尾をもつ白馬。
 牧草地の神がこの白馬の声を聞けるようになったのは、【地界】の時間にしてつい30年ほど前の、ある日突然のことだった。

ーーーーーーーー

《蒼様……今日も本当に素敵だ……》

 いつものように白馬に跨って見回りをしていた牧草地の神は、直接胸の中へ飛び込んできたかのようなその声に驚いて辺りを見渡す。
 神や【地界】の人々の話し声とは違う聞こえ方をする声を聞いたのは目醒めてから長く経つにもかかわらずまったく初めてのことだった。
 牧草地の神はその不思議な声の主を探ろうとするも、辺りには人影も、神の姿すらも見当たらない。

《こんなに立派な神格と神力を備えていらっしゃる蒼様…》
「誰……誰なの?」
《はぁ…蒼様のおそばでお仕えできて幸せだ……》

 牧草地の神はまさかと思いつつ白馬に目を向けた。

「き、君なの?」
《毎日こんなに広いところを見回っておられるんだぞ、その上 神力をあちこちにお分けになって…蒼様は本当に素晴らしい方だ》
「まさか君なの?本当に?」
《僕にもお優しいし、もう…》
「君だね、君しかいないよね?」
《……蒼様はさっきから何を仰ってるんだろう?》

 牧草地の神は白馬から降り、正面から白馬の顔を覗き込んで言う。

「君…話せるの?」
《………え?》
「今話していたのは君だね?『蒼様』というのは、私のこと?」

 白馬は立ち尽くしたまま、目を瞬かせていた。

ーーーーーーーー

 その現象は他の神々の元でも起こっていた。
 それぞれが従えていた側仕えの生き物達は、突然意思の疎通をきちんと果たせるようになったのだ。
 神々にとってもこれは驚くべきことであり、すぐさま牧草地の神は高い神格をもつ風、水の神と共に森の神の元で事の次第について詳しく聞くことにした。
 【天界】の森の奥深くにある、森の神の屋敷。
 その敷地内にある円卓を囲うように森、風、水、牧草地の神が座り、そのすぐそばにはそれぞれが従えている生き物達が揃った。

「皆も驚いているよね?」

 初めに話し始めたのは森の神だ。
 目元をほとんど黒に近いような緑の布で覆った姿が特徴的な森の神は、自らのそばで控えている雄の梟の背をそっと撫でてから「単刀直入に言うよ」と静かに言った。

「この子達はね、神力を操れるようになったんだ。私達のように…そう、神のように」
「神力を…?」
「うん。この子達から聞こえる声は、神力を使って届けられたものなんだよ」

 思わず呟くようにして尋ねていた牧草地の神に森の神は優しく微笑むと、自らの側仕えである梟に「君から話してくれる?」と促す。
 すると、梟は恭しく礼をするかのような仕草をして話し始めた。

《風の神様、水の神様、牧草地の神様。私は森の神様の側仕えを務める『梟(キョウ)』と申します。畏れながら、私からお話申し上げます》

 『梟』から伝えられた事の経緯はこうだ。

 元々『側仕え』とは、1人ではこなしきれなくなった神々の務めを補佐する目的でそれぞれの神が選んだ生き物だった。
 しかし、そうして選ばれた生き物達は【地界】の時間に換算しても百数年にもなる歳月を主である神のそばで過ごしてきたため、やがてその神の影響を受けて少しずつ神力がその身に宿るようになっていったのだという。
 神格が低い神や側仕えの生き物によってはまだその域まで達していないようだが、いずれも同じように神力を得ることになるだろうと梟は語る。


《私達がもつ神力は日々高まっているようです。おそらく今後、そう時が経たないうちに側仕え達は神々や人と同じような姿にも変われるようになるでしょう。現に私も人の姿に変わることができるようになりました、まだ短い間だけですが》
「…では、このまま時が経てば神格を得ることにもなるということか」

 それまでじっと話を聞いていた風の神が口を開くと、梟は《いいえ、そうではありません》と否定する。

《私達はあくまでも動物、生き物です。【天界】で寿命もなく生きている身ではありますが、所詮は【地界】に生きるものでした。神力が操れるようになったとはいえ、元が生き物である私達には神格を得ることができないのです》

 梟はその後に《あくまでも、『このままでは』ですが》と付け加えた。

《今のままの私達の神力は非常に弱く、神々や人と同じような姿になれたとしてもそれを保ちつづけることは難しい。しかし、神格を得て、きちんと【天界】に生きる者となりさえすればその限りではありません。そして、これまでよりもずっとお役に立てる側仕えとしてお仕えすることができるようになります》
「では、神格を得る方法があると?」
《はい》

 梟ははっきりと言う。

《神格を得るただ1つの方法…それは【地界】に生まれ変わり、人として30年の時を生きることです》

 側仕えの生き物達の息を飲む音が聞こえる。
 【地界】での30年とは、【天界】においては60年相当にもなるのだ。
 側仕えとして選ばれてからというもの、そんなにも長く主である神のそばを離れたことのない彼らにとっては、それはあまりにも衝撃的なことだった。

《陸国はさらに発展していきます。それに応じて私達 側仕えも神格を得て、きちんと主たる神々をお支えしなくては。これは後回しにしていても仕方がありませんから、すぐにでも【地界】に降りて転生をするべきだと思います。残りの側仕え達が神々の務めを補い合えるよう、【地界】へ転生するのは2名ずつが良いでしょう》

 梟は風の神の側仕えに目を向けて言う。

《まず、私と『彼』が降ります。よろしいですか、風の神様》
「…いいだろう」
《えっ…!?い、嫌だ……!嫌です、僕は嫌だ!!》

 突然そう喚きだしたのは、風の神の側仕えをしている雄の『鶲(ヒタキ)』だ。
 鶲は小さな体で円卓に飛び上がると、何度も《僕は嫌だ!》と繰り返す。

《僕は嫌だ、【地界】に降りるなんて!梟(キョウ)!まずは君が1人で行ってきたらいいじゃないか?》
《…すまないね、君とじゃないとだめなんだ》
《ど、どうして!?どうして僕が行かなきゃならないんだ!?僕は嫌だ、絶対に嫌だ!嫌だったら嫌だ!どうして僕が……うぐッ》

 喚いていた鶲は風の神の手によって円卓に伏せさせられる。

「うるさくてすまない。面倒をかけるが、こいつを連れてってやってくれ」
《は、はい……》

 風の神の手の内にすっぽりとおさめられた鶲はしばらくバタバタと暴れもがいていたが、そのうち静かに、グスグスと泣きだした。
 どれだけ鶲が抵抗しても変わらず、結局 鶲は梟と共に神格を得るために【地界】へ下ることが決まる。
 鶲のそのあまりの嫌がりように白馬は代わってやりたい気持ちも山々だったのだが、牧草地の神に「現時点でこの状況を1番に理解しているのは森の神とその側仕えであるあの梟なのだから、きっとあの子と一緒でないといけないと言ったのにも何か理由があるに違いないんだよ」と諭されて断念せざるを得なかった。

 それから数日後。
 【天界】の端にある大きな神木のそばの泉のほとりへ沢山の神やその側仕えが集まった。
 森の神と梟によると、この泉は『転生の泉』というもので、この泉に身を沈めると【天界】での記憶を失って【地界】に陸国の人間として生まれ変わることができるというものらしい。
 【天界】での記憶を失っていても『魄(魂そのもの)』はそのままに転生するため、人間としての生を終えて【天界】へ戻ってくれば、記憶は全て元に戻るのだそうだ。

 森の神の側仕えである梟はわずかに宿っている自らの神力を使って翼のある姿を変え、誰が見ても聡く、知恵のある者だと分かるような麗しい青年になっている。
 きちんと身なりを整えた梟は、主である森の神とのしばしの別れを告げ合った。

「森(シン)様…どうかお元気で」
「梟…君も。良い人生を送ってきなさい」
「はい」

 そんな静かな森の神達とは全く対象的なのが風の神と鶲だ。
 鶲も鳥の姿ではなく、きちんと人の姿をして身なりを整えてはいるものの、風の神にしがみついて離れようとしないばかりか「僕は嫌です、うわァァ!!」と泣き喚いていた。

「嫌だァ!僕は風(フウ)様のおそばを離れない!【地界】になんて行かない!絶対に嫌だ、嫌だ!」
「鶲」
「僕は風様のおそばにいるんだ!僕はずっとここにいるんだ!!」

 鶲の人の姿は梟よりもいくらか幼いようで、それがまた一層駄々をこねる子供さを際立たせている。
 その泣き叫びようは凄まじく、見送りに来た神々もたじろいでしまうほどだ。
 風の神が引き剥がそうとしても、鶲はさらにしがみついて離れない。

「風様!僕を【地界】になんてやらないでください!僕は風様のおそばを離れたくありません、絶対に嫌です!!どうか、どうか!!」
「鶲、いい加減にしろ」
「うわァァァ!風様は僕のことがお嫌いなんだ!!僕を嫌ってなさるんだ!!」

 風の神が徐々に力を強めても鶲は一向に離れそうにない。
 これではいつまで経っても泉に入ることはできないだろう。
 仕方なく、森の神は梟に「……彼のことも、よろしく頼む」と声をかけた。
 梟は「はい、お任せ下さい」と答えると、鶲の衣の帯を掴んで強引に泉のそばまで引きずっていく。

「はっ、離せ!離せよ梟!僕は嫌だァァ!!」
「…すまないね、でもいずれは皆【地界】に降ることになるんだよ」
「嫌だ!僕がいないと風様は他の鳥をおそばに召してしまう!ここへ帰ってきたときには、どうせ僕は捨てられてしまうんだ!降りたくない、泉になんか入らない!!入るもんか!」

 梟は暴れて抵抗し続ける鶲をしっかりと捕まえたまま、森の神と他の神々に頭を下げた。

「では、失礼いたします」
「うん、頑張ってきなさい」
「はい」

 最後の別れを告げた森の神と梟。
 梟はなおも暴れる鶲を連れて泉へと一歩を踏み出す。

「嫌だァ!風様!他の側仕えなんか絶対に選ばないでください!どうか僕を見捨てないでください!!どうか、どうかッ……」

 ……その姿と叫び声が泉に吸い込まれるようにして消えた。
 神々は泉に静かな波紋が広がっていくのをじっと見届けていたが、1番初めに袖を翻してその場を去っていったのは風の神だった。

ーーーーーーーー

 牧草地の神の屋敷の中。
 長い夜の空に瞬く星を見つめていた人の姿をした白馬は、おなじように夜空を見上げている牧草地の神へ「蒼様」と呼びかける。

「そろそろ梟と鶲が…帰ってくる頃ですね」

 あの日から【天界】では60年の月日が流れ、人として転生した梟と鶲はもうじきこの【天界】へと帰ってくる頃合いになっていた。
 梟と鶲が無事に神格を得た姿で帰ってきたならば、次に【地界】へ降りることになっているのは牧草地の神の側仕えと水の神の側仕えの2名だ。
 それはまだまだ先のことだと思っていたのだが、あっという間にその日は近づいてきてしまっていた。

「鶲のやつ、風の神様とあんな別れ方をして…帰ってきたらどうするでしょうか。また泣きますかね?」
「どうかな…でも、彼が帰ってきたら、またこの【天界】が賑やかになるに違いない」
「ははっ、そうですね」

 しばしの沈黙の後、白馬は牧草地の神の顔を、自らの主の顔をじっと見つめる。

「…どうしたの?」

 牧草地の神が視線に気づいて尋ねると、白馬は「…鶲の気持ちが分かる気がします」と寂しげに言った。
 
「あの時…私は【地界】へ降ることになんの抵抗も無かったんです。『どうせいつかは降ることになるんだから、それが早いか遅いかのことだけだ』と思っていたもので…しかし…」
「…しかし?」
「…この60年という歳月、私は蒼様のおそばで…こうして言葉を交わしながらとても幸せに暮らさせていただきました。ただの馬だった頃も幸せでしたが、蒼様に直接気持ちをお伝えできることが、とても…とても幸せだったんです」

 白馬は「すみません…こんな風にしんみりとするつもりでは、なかったんですが」と無理に笑って見せる。

「ただ…こんなにも大きな幸せを知ってしまったので…蒼様と離れなければならないということが…辛くなってしまいました」
「…君は記憶を失って、人として生きるだけだ、それも30年。そう寂しがることはない、きっと君にとってはすぐだよ」

 牧草地の神は白馬に正面から向き合い、『ハク』という愛称で呼びかける。

「ハク…いい?残していく者よりも辛い思いをするのは、残される者なんだよ。君も私と一緒に【地界】での人々の暮らしを長年見てきたのだから、【地界】がいかに良いところなのかは十分に分かっているよね?君は何も心配することなく、ただ人としての日々を楽しみにすればいいんだよ。私のことは……」
「…蒼様のことを忘れるなんて、私にはできません」

 白馬の瞳から大きな雫がこぼれ落ちた。

「せめて…蒼様への想いを、この【天界】での思い出をもったまま転生できたらいいのに……そうすれば…蒼様にお会いすることはできなくても、私は毎日蒼様への祈りを捧げることができます。牧草地をどこまでも覆う青々とした草達を眺めて、蒼様のお力を感じることもできます。この記憶をすべて失うなんて……私には辛すぎます………」

 喉の奥から絞り出すようにしながら話す白馬。
 牧草地の神はそんな白馬の頬へ触れて「…大丈夫だよ」と静かに言う。

「…君が私を忘れても、私が君を想い続けている。だから、君は安心して忘れなさい。何も心配せず、寂しがらず、ただ楽しく良い人生を送りなさい」
「蒼様……」
「60年は長い、けれどもこの先のことを思えばほんの一瞬のことだ。…大丈夫、ふと気付けば、この【天界】に戻ってきているよ。きっとそうに違いない」

 気丈に振る舞う牧草地の神だが、その心の内は白馬以上の寂しさに満ちていた。
 その寂しさは、ただ友人と離れ離れになるというようなものとはまったく違う。
 愛する者との別離、そのものだ。

 この白馬を側仕えとして選んだ時の牧草地の神は、まさか自分にこんな感情が芽生えるとは思ってもいなかった。
 しかし月日を共に過ごすうち、言葉を介さずとも白馬から伝わってくる自分に向けた様々な思いやりに対し、自然と愛情というものを抱くようになっていったのだ。
 その愛情は、初めこそ友人に対するようなものだったかもしれない。
 しかし、言葉を交わせるようになり、そして人の姿にまでなれるようになった白馬を見たことで、牧草地の神の白馬への想いに変化が起きた。
 友人でも、親子でも、兄弟に対するものでもない。
 いつしかその愛情はただ熱烈に『触れ合いたい』という欲を秘めたものへと変貌していたのだ。

 穏やかな夜。
 見つめ合う瞳には、どちらも寂しさと愛おしさが宿っている。

「蒼様…申し上げても、よろしいでしょうか」
「…うん?」
「……きちんと、お伝えしたいんです」

 白馬は居住まいを正し、一呼吸置くと、真剣な眼差しで言った。

「お慕いしております…蒼様。この白馬は…心優しく、偉大な神であり、我が主である貴方様を…心からお慕いしているのです」
「ハク……」
「ただ草を食むだけだった馬の私が…主の貴方様にこんな想いを抱くなど、あってはならないことだとは分かっておりますが…」

 牧草地の神は白馬をしっかりと胸に抱き寄せ、「私の方こそ……」と想いを口にする。

「私は【地界】で豊かに、のびのびと暮らしていた君をこの【天界】に連れてきて…自らの務めの一端を担わせてしまった。自由を奪ってしまったのに、その上こんな私を慕ってくれるなど……君になんと伝えればいいのだろう、なんと伝えれば……」
「蒼様……私は自由を奪われたなどと思ったことはありません……蒼様から側仕えにならないかとお声がけいただいたあの日、私はとても嬉しかったのです……」

 抱きしめる力を強くしながら、白馬は「今まで…こうしてお伝えすることが、怖くてたまりませんでした」とさらに続ける。

「想いをお伝えして…蒼様との日々が壊れてしまったらと思うと…とても口には……」
「…愛している」
「そ、蒼様……」

 牧草地の神は抱きしめた白馬の耳元に、「…愛している」と再び囁く。

「私も…伝えることを……迷っていた。けれど…私は君の想いに、応えたい。…私の美しい白馬、ハク……君がそばにいてくれるから、私はこの上なく満ち足りた日々を…」
「蒼様……」

 何年もの長い間、牧草地の神と白馬は共に過ごし、心の内で密かに互いへ想いを寄せ合っていた。
 しかし、それをきちんと告げ合ったのはこれが初めてのことだった。
 静かな月夜に告げ合う溢れるほどの愛おしさは、さらに2人を衝き動かす。
 静寂の音だけが屋敷を満たす中、白馬は牧草地の神の頬をそっと手のひらで包み込み、わずかに首を傾けてゆっくりと迫った。
 ゆっくりと、ゆっくりと。
 少しだけ、躊躇いながら…。

「………っ!」

 突然、牧草の神はハッとしたような表情で窓の外に目を向ける。
 その様子にただならぬものを感じた白馬は「蒼様、どうされましたか」と警戒しながら窓の外と牧草地の神とを交互に見やった。

「か、感じる…」
「蒼様…?」
「わ、分かる…分かるんだ……」
「な、何がですか、私には何も……」
「そうか…ついに………」

 固まった表情のまま、牧草地の神は短く言った。

「彼らが…帰ってきた」
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