熊の魚

蓬屋 月餅

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2章

5「お前と新しい人生を生きていきたい」

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「はぁ、本当にこれで終わりね!」
「えぇ!お疲れ様」
「お疲れ様!」

 沢山の食材に囲まれながらの目まぐるしい日々は過ぎ、ついに全ての料理の支度と配達が終わった。
 食堂で寝泊まりをしていた女性達は、ねぎらいの言葉を掛け合いながらそれぞれの家に帰る支度をする。
 数日は拵えておいた料理を食べるため、再び食堂が食堂としての役割を果たすようになるまでは少しの間が空くようだ。
 彼は女性達が食堂から出ていくのを見送った後、『熊』が用意してくれていた湯を浴びに浴室へ向かった。

(はぁ…忙しかったけど、楽しかったな。味見で色々食べたり、皆と話したり…賑やかなのも悪くないな、うん)

 彼は肩から湯をかけ、洗い粉を手にとって体を洗い始める。

(それにしても、熊と2人きりなのはあの日以来か…疲れてるかな、熊。ここ数日はそこまで大変じゃなかったし、どうだろう?…準備をしておいて損はない…よな?)

(でも…熊はそんな気にならないかも。あの様子を見てれば分かるよ、多分…熊はあいつに会ったんだ)

 洗い粉の香りが湯気と混ざり合い、体の内からもありとあらゆる疲れを洗い流していくようだ。
 彼は体をゴシゴシと擦りながら、湯桶の湯気をじっと眺めた。


 『熊』は酪農地域へ行った日から1度も彼のそばを離れず、必ず彼が視界の中にいるようにしている。
 湯浴みは彼が女性達と談笑をしているうちに済ませ、彼が湯浴みをしている時は用事がそこにあるかのようにしてさり気なく扉のそばで待つ。
 帰ってきた時の落ち着かない様子やこの数日の行動を見るに、彼は『熊』が例の男かその一味と会ったのは確実だろうと考えていた。

(かわいそうに…あいつらは一体何を話したんだ?イカれてるやつらだから、最低なことも言ったんじゃないかな…だとしたら、やっぱり俺に触れるのを躊躇うかも。でも俺はもうあいつらに邪魔されたくないんだ…)

 彼は体を一通り洗い終えると、そのまま自分の中へ指を滑らせ、慎重に洗い始める。

(俺も…この間の熊みたいになれるのかな?あんな風になるなんて、ちょっと信じられないな…でもあれは本当に気持ち良さそうだった。いくら良くても、あんなに?…だめだ、自分で触ろうとしてもよく分からない…だけどここに熊のが入ってきて、それでこんな風に……)

 彼は自分のものがかすかに反応し始めたことに気づき、すぐさま手を止めた。

(まだ、まだすると決まったわけじゃないから!落ち着け、落ち着け俺!)

 彼は頭から湯を被り、気持ちが鎮まるのを待ってから湯浴みを終えた。

ーーーーーー

「熊!寒かったんじゃないか?帰ろう、俺らの部屋に」
「うん」

 やはり扉が見える所で待っていた『熊』は、湯浴みを終えた彼にすぐさま寄り添うようにしてついてくる。
 いつもは人々を温かく迎えている食堂の扉は固く閉ざされていて、灯りが消えるとその堅牢な雰囲気はさらに増した。

「待って、ここの窓も鍵を確認するから」
「うん」

 彼は『熊』がすでに鍵のかかっている窓や扉を何度も確認するのをそばで見守る。
 『熊』の確認は部屋に入ってからも続き、扉はもちろん、普段開けることのない窓まで見回った上、厚い布地の窓掛けをきちんと閉めてようやく彼に向き合った。

「…今日もお疲れ様。せっかく湯を浴びて体を温めたのに冷えると良くないね、もう休もうか」
「うん…」
「さぁ、寝台へ行こう」

 彼は『熊』に手を引かれるまま寝台へ行くものの、心の中はひどく乱れている。

(…やっぱり俺から話さないとだめだよな…でも、どう話を切り出したらいいんだ!?前は「ただ熊がしたいなら応じてやればいい」って思ってたからあんなこと言えたけど…今はすごく話しづらい、話せない…!でも言わなきゃどうしようもない…よな?)

 悶々と考えている彼をよそに、『熊』はいつものように彼を寝台の奥の方へ寝かせると、灯りを枕元の油の少ない燭台へ移し、扉の方向に背を向けて体を横たえた。
 それは、まるで宝物を巣に隠し、守ろうとする動物のようだ。

「おやすみ」
「あ、あの、くま…」
「うん?」
「あのさ…」
「なに?」
「えっと…」

 彼は顔が熱くなるのを感じながらなんとか口を開く。

「2人っきりって…久しぶり…だな…」
「…うん。この数日は大変だったね、お疲れ様」
「あ、あの…俺ら、あれから初めて…2人きりだ…から…」

 彼は起き上がって『熊』に向き合うと、意を決して言った。

「そ、その…『魚』!食わない…か…?」
「……」

(い、言っちゃった!でも、これで伝わるよな?こ、これ以上はっきり言うのは…俺…)

 彼が顔を上げられずにいると、ゆっくりと起き上がった『熊』は彼の肩に手を置き、慎重な口ぶりで言う。

「…僕、今日は準備してきてないんだ。でも、君が触れ合いたいなら…こうして手で…」
「そ、そうじゃなくて!俺が大丈夫だから!だ、だから…俺は用意した…から…」
「……」

 彼は首の裏まで熱さが広がっているのを感じたが、もう今さら引き返すことはできない。
 すでに賽は投げられている。
 あれだけ悶々と考えていたが、もはや「どうにでもなれ」という気持ちになっていた。

「…僕は…」

 消え入りそうな声が聞こえてきて彼が顔を上げると、『熊』は唇を噛みしめ、泣き出しそうにも見える表情で言う。

「君を傷つけるようなことは…絶対にしない…」
「熊…」
「僕は絶対に、傷つけない…」

 噛みしめた唇は小刻みに震え、肩に、手に、全身に力が入って強張っているのが分かる。
 その苦悶する姿は、『熊』が鉱業地域で見た光景にどれだけ胸を痛めたか、どれだけ彼のことを大切に思っているのかを見せつけてくるようだ。

(熊…それはそうか…あんなの、見たんだもん…な…)

 『熊』は彼自身が思っている以上に、目にした全てを痛々しく感じていたのだ。
 彼は申し訳ない気持ちや嬉しい気持ち、悲しみに愛おしさが混ざり合った感情に突き動かされ、次の瞬間には『熊』をありったけの力を込めて抱きしめていた。

「ごめんな…あんなのを…見たくないものを見せて…嫌な思いをさせて…」
「君が謝ることじゃない、何1つ君は悪いことをしてない、君はただ…ただ君は…」

 ほんの少し寝具から起き上がっているだけで体はひんやりとしてくる。

「熊…俺達、ちょっと話をしよう」

 彼は『熊』の肩や背をさすって温めると、かたわらの掛け具を『熊』と自分を包むように掛け、しっかりと手を握って向き合った。

「熊…俺、本当にお前に申し訳ないと思ってる。だってさ、俺に関わらなければあんなのを見て苦しむこともなかったし、さっきみたいに戸締まりに神経を尖らせたりしてあちこち気を遣うこともなかったんだから。俺は本当に…前の自分が嫌いだ、大嫌いだ。同じ自分だと思いたくないくらい、心の底から嫌悪してる」
「そんなこと…」
「いや、庇うな、庇う価値なんかないんだ。力で敵わないからってあんな風に言いなりになって、最悪だよ。諦めてて環境を変えようともしない、逃げ出そうともしない、身を守ろうともしない。そんな自分を大切にしないやつ、どうしようもないだろ。…だけどさ」

 だが、彼はとびきりの笑顔をみせて続ける。

「あのね、俺、今の自分はすごく好きだ。自分にできることをして『ありがとう』って言ってもらったり、誰かにありがとうって言ったり…毎日 心がいっぱいになってるんだよ。からっぽじゃないんだ、色々なものが詰まってる。誰かさんの料理を美味しいって思ったり、誰かさんにいいところを見せようと頑張ったり…褒めてもらうとすごく嬉しくなる自分も、よくよく考えてみれば滑稽かもしれないけど…うん、悪くない」

 彼は『熊』の手をしっかりと握り直す。

「ねぇ、熊。俺がこんなに自分を好きになれたのは、お前のおかげだよ。本当だったらさ、自分のことを大切にしてないやつは誰からも大切にされないはずなんだ。だけど、お前はどんなに俺のせいで傷ついても手を差し伸べてくれたね。子供の頃から1度だって自分のことを好きだと思ったことはなかったのに、お前と出会ってから俺はすごく自分が好きになったよ!本当にそう思ってるんだ、ほとんど完璧に幸せだって!」
「ほとんど…?」
「うん、ほとんど完璧に幸せ!」

 『熊』の心配そうな顔は、彼の完璧な幸せには一体何が足りないのかと問いかけているようだ。

(はぁぁ…!俺、いつの間にかこんなに熊のことが好きになってたんだ!この…この表情、最高に好きだ!もっと灯りが多かったらよかったのに…!)

「…どうしたの?」
「え、あ、ううん、なんでもない!」

 『熊』に見惚れていた彼はふるふると首を横に振ってから再び話し始める。

「俺が『ほとんど完璧』って言ったのはさ…やっぱりどうしても過去が俺にくっついてくるからなんだ。どんなに最低だと思ってても結局は俺自身だし…忘れたくても忘れられないこととか、思い出したくないこともいっぱいある。熊も、あんなのを『忘れろ』って言われても無理だろ」
「……」
「はぁ…本当に嫌なもんを見せて悪い…俺に近付きたくなくなってもおかしくないんだ。だけど、それでもそばにいてくれてありがとう。…俺、もうお前と新しい人生を生きていきたいよ、過去に捕らわれないでさ」
「新しい…?」
「うん。熊とずっと一緒にいて、皆のことを手伝いながら毎日熊の作る料理を食べる、心がいっぱいになるような人生。あいつらが俺を見かけたとしても 俺だとは気付かないような、そんな幸せな人生を送りたい」
「うん…」
「そ、そんでね?これからが俺の本当に言いたかったこと…なんだけど…」

 彼は咳払いを1つして、さらに姿勢を正した。

「熊がそんな気にならないのも当然だって分かってる。分かってるけど…でも、いつか俺の全部を熊にもらってほしいんだ。その…熊に『イイ』と思ってほしいのもあるけど、それ以前に俺が…俺がこの間の熊みたいになり…たくて…」
「……」
「だ、だから…俺もあんな風に気持ちよくなれるの…かな…とか思って…熊となら、すごくシたい…と思う…から…」

(はぁぁ…!俺、言い過ぎたかな?ここまで言わなくても良かったかも…あからさますぎた!?でも、なんかもうはっきり言っとかないとダメそうだったから…!)

 俯いてぐるぐると考え込んでいると、不意に頬に温かな手が添えられて彼は顔を上げた。
 目の前の『熊』は微かに潤んだ瞳をしていて、まるで触れているものが今にも消え去ってしまうのではないかと心配しているようだ。

「…用意をしてくるくらい、僕とのを…考えてたの?」
「う…い、言うなよ、俺すごく恥ずかしいんだ…この前よりも数倍恥ずかしいんだよ…」
「嫌じゃ…ないの?」
「嫌じゃないよ…だって熊は俺の好きな人だから…」
「だけど…」
「もうこの前そういうこと…をしたし、と思ってたんだ。だけど、熊がそうしてもいいと思うまで俺は待つから…だから…」

 頬に添えられた手の熱い指先が唇をなぞる。
 その熱さが心地よくて、彼はその指先に口づけた。

「本当に…いいの」
「言ったろ、俺はシてほしいんだって…熊がいいなら」
「…君が嫌な思いをするかもしれない」
「お前にされて嫌なことなんかあるかよ…言い表せないくらい好きなんだ、何をされても嬉しいって…」
「…されたくないことは?触られたくない所とか…」
「されたくないこと…?」

 彼は灯りがちらちらと照らす『熊』の瞳を見つめながら少し考えると、ふと微笑んで言った。

「お前のことがいつも見えるようにしてほしい…かな。その…お前とシてるって感じていたいんだ、お前の姿が見えないのは嫌だ。ずっと俺を見ててほしいし、お前を見せてほしい…」
「…うん」

 見つめ合って瞳の奥を覗き込んでいると、彼は改めて愛おしい気持ちが湧き上がってくるのを感じた。
 今までに注がれてきた、冷たく、嫌悪感を覚えるようなものとは正反対の、温かくてとろけてしまいそうになるその瞳。
 その瞳がまさに今映しているのは自分だけであり、その温かさは自分だけに注がれている。
 その優越さにも似た感情は体の熱を上げていくようだ。
 ゆっくりと『熊』の顔が迫ってきて唇を重ね合うと、彼はすぐさま両手を『熊』の体に回し、ありったけの力を込めて抱きしめる。

「んっ…っ」

 『熊』も彼に応じるように力を強め、口づけの深さも相まってすぐに2人は息を荒くした。

「本当に…いいの?」
「うん…」
「嫌だったらすぐに…言うんだよ」
「嫌なわけないって…」
「言っても僕が止まらなかったら…叩いてでも…」

 彼がなおも心配そうにする『熊』に、飛びつくようにして再び口づけると、『熊』はそれに応じながら彼の後頭部に優しく手を添えて寝具へと押し倒した。

「んんっ…ふぅ、はぁっ…」

 ひとしきり口づけた後、『熊』は身を起こして上衣を脱ぎ捨てる。
 灯りがぼうっと照らすその肉体は、陰影がはっきりとしているせいで筋肉の形がよく見てとれた。
 普段はそう見えないものの、今この瞬間、密度の高い引き締まった筋肉が『熊』の体を形作っているのだとはっきりする。

(あ…多分、この先はもう止まらない…俺、本当にこいつに…熊に食われるんだ…)

 普段のふわふわとした穏やかな様子とは異なり、上半身の肉体を晒し、息も荒く見下ろしてくるその姿は肉食獣さながらだ。
 だが、それはただ獲物を食い散らかそうとしているのではなく、自分だけの獲物を誰にも取られまいとしているようで、彼には優越感や高揚感さえも感じられる。

「脱いだら寒くないか…?」
「ううん…僕は暑いくらい」

 『熊』は彼の手を取って自身の胸に押し当てる。
 手のひらから熱と力強い拍動が伝わってきて、彼は目の前の男をこうしているのが自分自身なのだという事実に気を昂ぶらせた。

「君こそ…寒くない?」
「少しね…でも、温めてくれるん…だろ…?」
「…っ」

 彼も自身の上衣をはだけさせ、同じように『熊』の手を自身の心臓の上へと押し当てる。

(まだこの間と同じように触れ合ってるだけのはずなのに…なんでこんなにドキドキしてるんだ?なんで胸に触らせたくらいでこんな…)

 『熊』は彼の肌が寒さで粟立っているのを見て、さすって温めようと手を動かした。
 その時、彼の体は意志とは関係なく小さく跳ね、「あっ…!」という小さな声が漏れ出る。

「ど、どうしたの…痛い?」
「ち、違…そうじゃな…く、くすぐったくて…なんか……っ!」

 再び胸を擦られ、彼は先程よりも強く反応した。

(な、なんだ…?ただ俺の胸を擦った…それだけじゃないのか?何なんだこの痺れるみたいな…)

「っあ!」
「…感じてる?」
「ん…わ、分かんな…」
「ここ…硬くなってる」
「んっ…!」

 胸の突起に触れられる度、彼は小さな痺れる感覚が全身へと広がっていくのを感じる。
 その感覚に戸惑い、目を閉じて耐え忍んでいると、今度はぬるりとした感覚と先程よりも強い痺れを感じてぱっと目を開いた。
 胸元を見ると、彼の胸を口に含み、舌を動かしている『熊』の姿が目に飛び込んでくる。

「く、くま!?な、なにして…あっ!あぁっ、なんだ…それ…んんっ!」

 ただ舌で触れているくらいだったのが、次第に吸ったり、軽く食まれたりするようになり、彼はその度に強さを増す痺れに襲われる。
 さらに、胸元から香る『熊』の髪の香りが彼の気分をより一層高めた。

「あっ…!か、体…勝手に動っ…んっ、あぁっ!はぁっ、く、くま…!」

(あぁ…な、なんだ?これが気持ちいいってこと…?……止めないでほしい…)

 初めに比べて声も体の動きも大きくなってきた頃、『熊』はようやく顔を上げて彼と視線を合わせた。
 彼の紅潮した頬や息遣いには、見る者を魅了する力がある。
 『熊』は夢中で唇や首筋に口づけながら、片手を彼の両足の間にある敏感な部分へと伸ばした。

「ぅんんっ!あっ、く、くま…!!」
「ん…直接…触れたい、ここに…」
「はぁっ、あっ!ん…んんっ」

 彼がすぐさま下衣の紐を弛めて応えると、『熊』の手は中へと滑り込み、すでにそそり勃っていた彼のものを優しく覆って扱い始める。
 それは今までに感じたことのない刺激だった。
 自分で触れるのとも、嫌悪する相手に触れられるのでもないそれは、思わず両足を縮めたり伸ばしたりしてしまうほどの快感をもたらす。
 あまりの快感に、逃れたいような、逃れたくないような、そんな意識が交互に渦巻いておかしくなりそうだ。
 次第に下衣の中という限られた空間の中で扱われることに物足りなさを感じた彼は、自ら下衣に手をかけてすべてを脱ぎ去った。
 
「はぁ…あっもう、で、でちゃ…でちゃうかも…んぅ…っ!」
「うん…出して…」
「うぅ、あ、ほんとに…でちゃう、でちゃ…あっ、だ、だめ…っぁ!」

 彼は『熊』の手の中に放った。
 初めて、まさに『弾ける』ような感覚を体験した彼がゆっくりと目を開けると、少し下の方に白濁にまみれた『熊』の手があるのが見える。
 彼の白濁はすべてその手の中におさめられたようで、彼の下腹部は綺麗なままだ。

「はぁ…はぁ…くま…」
「もっと君に触れたい…いい?」
「ん…はやく入ってきて…俺の…中…」
「うん…指、挿れるね…」
「あっ、そうじゃなくて…もう、お前の…んっ」

 彼は自らの中に一本の指が挿し込まれるのを感じた。
 今まで、彼のそこには数え切れないほどのものや指が挿し込まれてきたが、やはりこれもそのどれともまったく異なる感覚をもたらす。
 確かめるように動く指は最大限彼のことを気遣っていて、入り口や中だけではなく心さえもほぐしていく。

「なぁ…い、いいからもう…お前の…」
「だめ。この前、君が僕にしてくれたようにしないと…」
「でも俺はお前とは違うから…」

 『熊』はこの間されたことと同じことをして、まずは彼の中の感じる一点を見つけようとしているようだ。
 おそらく、『熊』はこの間の彼と同じように誰かの中に入るのは初めてなのだろう。
 興奮と緊張の入り混じった気持ちは彼自身も体験したばかりであり、少しでもその緊張をほぐしてやれないかと考えた彼は『熊』の頬を撫でながら話しかける。

「なぁ熊…お前、俺のどこが好き?」
「どこが…?」
「うん。ほら、例えば…顔?腕?あとは…この唇とか?」
「うん、好きだ」
「ははっ…そっか、じゃあもっと口づけしないとな…」
「唇だけじゃない、この頬も…触れると少し赤くなるのが好きだ。笑った時に少し下がる目尻も、いつも僕を真ん中に映す瞳も、話している時によく動く眉も…」
「い、いやもういいよ…いっぱいあるんだな…うん」

 彼から話し始めたものの、あまりにも真っ直ぐに、それも至近距離で好きなところを挙げられて恥ずかしくなってきた彼は話をそらそうとする。
 しかし『熊』は止めようとするどころか、さらに事細かに話し始めた。

「手の形も、爪の形も綺麗で好きだ。僕を抱きしめる時、指先にまで力を入れるところも…」
「う、うん、そうか」
「皆が疲れていてもちょっとした動き1つで元気にさせてしまうのも、僕の作るものを本当に美味しそうに食べてくれるところも…」
「だってそれは本当に美味いから…」
「僕のことを好きだって言ってくれることも、そばに来てくれたことも…」
「も、もう止めようよ、分かったから!俺、こんなつもりじゃ…1つ2つ聞こうと思っ…」

 彼があまりの恥ずかしさに身を捩ろうとしたその瞬間、体の中心をびりびりという衝撃が駆け巡った。
 突然の衝撃に彼が目を瞬かせていると、『熊』は再び同じ場所を軽く撫でる。

「んぅっ!」
「ここ…?」
「ぅああっ!あっ!」
「ここ…なんだね」
「ふぅっ、んんぅっ!」
「…良かった、見つけた」

(なんだ、こんなの知らない…こんな、言葉も出ないなんて。このまま触られ続けたらどうなっちゃうんだ、俺、気持ち良すぎておかしく…)

 彼が喉を反らして喘ぎ声をあげている間に、『熊』はすでに3本目の指を挿し込んで中を擦り立てていた。
 彼は半分意識を飛ばしかけていてまったくそのことには気付いていない。

「大丈夫?痛くない?」
「はぁ、あっ!んん…はぁ…いい…もう、挿れて…」
「…痛かったらごめん、僕ももう我慢できない」
「いいから、いいからはやく…おれ、くまにきてほしい…くって…おれをくってよ、はやく…」
「…うん」

 『熊』は彼の両足を開かせると、その間に体を入れて体勢を整え、自らのものへ手のひらに付いている彼の白濁をぬりつけた。
 朦朧としながらその様子を股越しに見ていた彼は、『熊』のものの大きさが前よりも大きいように感じて首を傾げる。

「くま…おおきい…?まえ、おれがさわったとき…」
「…君の今の姿、見せてあげたい。…すごくいやらしくて、すごくかわいい。こんなの興奮せずにいられないよ、もう待てない、待てない…」
「ん…いいよ、くま…きて、おれのなか…はやくぅ…」

 彼が従順に腰を差し出してねだると、『熊』は甘い吐息を漏らしながら固く張り詰めた切っ先を彼の秘めた部分にあてがった。

「きて…くま…」
「少しずつ、少しずつ…うっ…んん…」

 『熊』はほとんど自分に言い聞かせるようにしながら、慎重に彼の中へと進んでいく。
 彼の後ろはそもそもかなり久しぶりにものを挿れることになり、とてもキツくなっている。
 にもかかわらず、想像していたよりもずっと大きなものを呑み込まされていて、ほぐすのには指3本ではまったく足りていなかった。
 熱く固いものに押し拡げられ、耐え難い痛みが押し寄せてきた彼は思わず身をすくめる。

「うぅ…あああっ!!」
「ごめん…ごめん、痛いんだね、ごめん、ちょっと…」
「いいから、止まるな…!このまま奥まで挿れて、挿れきって」
「でも…」
「いいから、早く…俺もなるべく力を抜くから…」
「…分かった」
「ううぅ…ぅああっ!」

 先端が入りきると、今度はそれで中を押し拡げられ、縁はわずかに内側へ巻き込まれていく。
 彼はなるべく内側を撫でられる感覚に集中し、入り口の方の痛みから意識をそらして体の力を抜こうとする。
 だがそれも上手くいかず、痛みは増すばかりだ。

「んんん…はぁっ…」

 逃れられない苦痛の中で彼は薄目を開けた。
 潤む視界の真ん中に愛しい人の姿が映る。
 その人はやはり眉根を寄せ、苦悶に満ちた表情をしていた。
 すでに痛いほど張り詰めていたにも関わらず、狭い彼の中は絶えず彼のものを刺激してくる上、そのまま根本まで突き入れてしまいたいという思いが湧き上がっても、彼のことを想って必死に気持ちを抑え込んでいるのだ。

(あぁ…熊…)

 彼は両手を伸ばし、『熊』の両頬を優しく包み込む。

「熊…我慢するな…奥まで一気に…入ってこい…」
「でも君が…」
「大丈夫…これくらい…なんともない…俺を見て、一思いにきて…」

 頬に添えられた手をとる『熊』は彼に「本当にいいのか」と問いかけているようだ。
 彼はぎこちなく微笑み、そっと頷いて応える。

「はぁっ…あっ…」

 『熊』は彼と指を絡ませながら固く握りしめた両手を支えに、もう一度体制を整えた。
 そして、2度ほど大きく呼吸をした後、わずかに腰を引いてから、勢いよく、肌の当たる音がするほどの強さで自らのものを彼の中へと突き刺した。

「…………っ!!!」

 あまりの痛さに声も出ず、彼は息を呑んだまま呼吸を止めてしまう。
 『熊』も根本まで隙間なく包み込まれた感覚におかしくなってしまいそうで、彼の首元に顔を埋めてじっと堪え忍ぶことに精一杯だ。
 熱い2つの鼓動が響き合う。
 なんとか彼の中の熱さに馴染んできた頃、『熊』がほんの少し身を起こして彼の瞳を覗き込むと、そこから一筋の涙が流れていくのを見た。

「…ご、ごめ…」

 彼は浅く息をしながら『熊』の手へ口づけ、安心させるように笑顔を見せる。

「くまぁ…大きすぎるよ…こんな、こんな大きいの、俺初めて…」
「…他と比べないで、僕を初めてにして」
「うん…俺が全部、心まで捧げたの…熊が初めてだよ…」

 えへへ、と軽く笑う彼に『熊』は泣き出しそうになりながら「…ごめん」と告げた。

「こんなつもりじゃ…結局君を傷つけて…」
「違うよ、熊…俺がやれって言ったのに、なんでお前が謝るんだ?『初めて』はどうしたって痛いものなんだ…熊だってこの間そうだっただろ?」
「だけど…こんなには…」

 彼は『熊』の額を「こらっ」と指で軽く弾く。

「もう、やめろよ…それってつまりさ、俺のがここまで大きくないって言いたいんだろ…恥ずかしいし、惨めになるからやめてくれ、な?」
「……」
「それよりもさ、一度入りきっちゃえば後はもう…分かるだろ?『俺の』で熊はあんなになっちゃったんだ、これから俺、本当におかしくなっちゃうかも…」

 いたずらっぽく言う彼に、『熊』は心配そうな顔で尋ねる。

「…痛いんでしょ」
「いや、もう拡がりきって…慣れてきてるから…試しにさ、動いてみてよ」
「だけど……っ!」
「どう?動きたくなった?」
「んんっ……」
「早く温まんないと風邪ひいちゃうぞ…それとも、実はもう出そうとか?俺を気遣うフリして本当は…」

 中の締め付けをさらにキツくされた上、言葉で煽られた『熊』はゆっくりと腰を動かし始めた。
 少しだけ抜き出し、また最奥まで挿し込むことを繰り返しながら彼の様子を窺う。

「んん…はぁ、熊…俺のとこ、当たってる…あぁ…ん…」
「…大丈夫?」
「はぁ、はぁ…なにが?んっ…熊のが中でうごいてる…よく分かるよ…」

 実際、彼は全く痛みを感じなくなったわけではない。
 彼の入り口は『熊』のものをしっかりと咥えこんでいて、はじめと変わらず抜き挿しをされる度にわずかに内側へ巻き込まれる。
 そういった痛みは続いているものの、それ以上に彼の中の敏感な一点は大きく硬いものに擦られ、だんだんと痛みよりも内側からさざ波のように広がっていく感覚に意識が向いていた。
 それは表情にも現れていて、それを見た『熊』はようやく彼の言葉を信じ始める。

「あ、あっ…く、くまぁ…」
「…なに?」
「おまえほんと…大きすぎる…当てようとしてなくても…ただうごくだけで…んっ…当たってる…」
「君の中が狭すぎるんだって…」
「あっ、ん…俺たち、相性がいいんだ…なぁ、くま…もっと…もっと…」
「……」
「ぅああっ!!」

 突然大きく動かれ、強い快感が全身を駆け巡った彼は思わず喉を反らせて声を上げた。
 指で一点を刺激されるより、大きく撫で擦られることで得た快感は動かれる間中続くため、ガクガクと体が小刻みに震えてしまう。
 抑えきれない喘ぎ声は次第に激しく、大きなものへと変わり、寝台を艶めかしさで包んでいった。

「君の好きなところを…もう1つ…」

 『熊』は彼の耳に唇を寄せて囁く。

「君の…声だ」

 囁かれた彼は体の内からの快感と合わせてまさしくとろけそうな心持ちになりながら、はぁはぁと荒い息の合間に「それなら…」と口角を上げた。

「もっときかせてやるよ…くまがおれの声、出させてくれる…だろ…?」
「ん…」
「あっ、ふぅぅ…うんんっ、あぁあっ…!!!」

 『熊』の動きに合わせ、彼の喘ぎ声が響く。
 抜き挿しされているところからは彼の内が潤ってきたことによって粘り気のある音がし始め、肌の打ち付け合う音と重なり合ったそれは淫靡という他ない。
 広げた足の間から感じられる『熊』の温かさは、彼を幸福で包んでいた。

(本当に気持ち良すぎる…こんなことがあるなんて、信じられないくらいだ…すごく満たされて幸せで…)

「あっ、あっ、くま…!おれ、ほんと…っ、おまえのこと、すき…あいしてる…あいしてる…っ」
「うん…僕もだ、愛してるよ…心から君を愛してる…」
「あっ、だ、だめだくま、おれおかしくなっ…んううっ、あああっ!!!」

 高まっていた気持ちが弾け、彼は突然絶頂を迎えた。
 激しく中が収縮を繰り返すため、『熊』は動きを止め、さらに歯を食いしばって堪える。
 体を仰け反らせ、腰を浮かせてしまうほどの絶頂を迎えた彼だが、気持ちはまるで収まっていなかった。
 彼のものは腹につくほど反り勃ち、先端からは白濁が染み出している。
 彼が自分のものに手を伸ばして扱い始めると同時に、『熊』は彼の中から出ていこうとわずかに腰を引いた。
 だが、彼は足を『熊』の腰に絡め、出ていくことを許さない。

「放して…僕もそろそろ…」
「んんっ…いやだ…このまま中に…して…」
「でも、そうしたら君が…」
「おれが…そうしてって…いってんの…」
「……っ」

 『熊』はそれでも中から抜き出そうとしていたが、腰に巻きつけられた彼の足はあまりにもかたく、断念せざるを得なかった。

「あぁ…で、でそう…おれ、もう…」
「うん…」

 中が一層キツく締まり、彼の手も速まっていく。
 『熊』の片手は彼と固く握り合い、さらにもう片手は彼の下腹部で動き続けている方へ覆い被せる。
 そして最奥まで腰を打ちつけた。

「あっ、ああぁ…っあ!!」
「…っ!!」

 彼の下腹部に白濁が飛び散るのと、中に熱いものが流れ込むのはほとんど同時のことだった。
 言葉もなく、ただ荒い息を繰り返して幸福感を噛みしめる2人の肌はどちらもしっとりと汗ばんでいて、とても外が真冬だとは思えない。
 ようやく動けるようになった『熊』はぐったりと全身の力が抜けている彼から自らのものを抜き出し、そして「あっ」と声を上げた。

「……どうした…?」
「…君の中から…出てこない」

 彼の赤くなった後ろはかすかに開いてヒクヒクとしているものの、『熊』のものの先端に付いていた白濁が僅かについている他には中から溢れてくる様子はない。
 彼は軽く笑い、腹の上から先端が入っていた辺りを撫でる。

「そりゃ…こんな奥に出したら…すぐには出てこないよ…」
「…どうしたらいい?」
「そうだな、指でも届かないだろうし…『出したもの』なら届く、かな?」

 彼は『熊』の腕に手のひらを滑らせて誘惑し始めた。

「今日はもう…おしまい?」
「…無理はいけない」
「熊、俺がただのヤりたがりみたいに言うな…どうなんだ、もうできないか?」

 『熊』の下腹部のものが反応を示したことを見逃さず、彼は艶やかに紅潮した頬と潤んだ瞳を向け、挑発的に微笑む。
 上下する胸や息を呑む喉からも抗いようのない情欲を掻き立てられ、ついに我慢しきれなくなった『熊』は再び彼の中へと自らのものを突き刺した。
 拓かれきった彼はすんなりとそれを受け入れ、最奥までそれを呑み込む。
 彼の腹の中は放たれたばかりの白濁が塗り拡げられ、先程よりも滑らかだ。
 そのうち、2人の繋がったところからは少しずつ掻き出された白濁が流れ出ていった。
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