悠久の城

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『忘年会』

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 12月中旬のある日。
 スーツにコートというかしこまった一式に身を包んだ律悠のりちかは、1人で品のよいショーウィンドウが並ぶ街を歩いていた。
 シンプルでありながらも良い質感だということが見てとれるスーツに、ネクタイに、靴。
 それは律悠が主に顧客の元を訪れる際に袖を通しているものなのだが、背筋を伸ばして颯爽と歩く彼にとてもよく似合っていて、高級の漂う街中でも全く引けを取っていない。
 だが、今日の彼がこんなにもきっちりとした格好をしているのは仕事のためではなかった。
 に参加するため。
 そう。そのために律悠はスーツを身に纏っているのだ。


ーーーーーーーー


「ねぇ、ゆう!代表が今年やるっていう忘年会、悠も誘われてるんでしょ?もちろん一緒に行くよね」

「まさか代表がそんなの企画するなんてさ…今までやったことなかったのに」

 数週間前、家のリビングでまったりとしていた律悠はキラキラとした瞳の玖一くいちに迫られて苦笑いを浮かべていた。
 玖一が「もう…今からすごく楽しみだよ」と笑顔で言っているのとは対照的に、どんどんと渋い顔になっていく律悠。
 たしかに、律悠は代表から忘年会の件について『チカ君(※律悠のこと)もどう?来ない?』と誘われていたのだが…もうすでに、それはそれは丁重にお断りしていたのだ。
 代表直々の誘いであり、当初は(断っちゃよくないか…)とも思ったが、なにしろ律悠は事務所の職員ではない。
 さらに誘いもかなり控えめな様子だったので、むしろ参加すると他の職員に気を遣わせるかもしれないと思い遠慮する旨を返信していた。
 代表も代表で「まぁ、また気が変わったら気軽に連絡してよ」というような軽いやり取りでその話を終わらせていた。


「あー…僕はもう断ったよ。あんまり『忘年会』っていうものにいい思い出がなくてさ…そもそも事務所の人のための忘年会なんだから、部外者の僕がいるのもアレでしょ」

 肩を竦める律悠。

きゅうは楽しんでおいでよ、滅多にこういう機会はないんだし」
「?悠も一緒に行こうよ」
「いや、僕は行かないってば」
「なんで?」
「な…なんでって……」

 残念がるわけでもなく、ただ首を傾げて『訳が分からない』というような表情を浮べる玖一に、律悠は苦笑いでさらに答える。

「そういうの苦手なんだってば、言ったでしょ?それにさ、そもそも何で僕が誘われてるの。僕はただの税理士だよ。いくら代表のところだといっても そんな事務所の集まりになんて……仲間内のところにはいかないよ」

 すると玖一は「それは気にしなくていいじゃん」と眉をひそめた。

「悠は仕事で事務所に来ることもあるから、もう職員の皆とは顔見知りなんだし。そもそも誘ったのは代表じゃん。事務所がどうのとかじゃなくて、ただ単に皆で集まりたいから悠を呼んだんだよ。事務所の他の職員だってそんな固いことを気にする人達じゃないってこと、悠も分かってるでしょ」
「まぁ、そうかもしれないけど…でも僕は…ほら、もう断っちゃったし」
「…代表も断られて寂しかったんじゃないかなぁ」
「うっ……」
「せっかく『悠にも来てほしい』って思って誘ったのに…あぁ…代表…」
「………」

 それでもなお渋る律悠に、玖一は延々と『忘年会だけど忘年会ではない(?)から』『いいお店らしいよ、ご飯も美味しいんだって』などと語って説得を続けた。
 いつも律悠が乗り気ではない反応を見せたときは、その意思を尊重して大人しく引き下がる玖一。
 そんな彼があまりにも粘るため、いよいよその熱意に押された律悠が「そこまで言うなら…」と同意する意思を見せると、玖一は『待ってました』と言わんばかりに携帯端末を取り出した。

「ほんと!?よし、じゃ代表に今すぐ言うからね、撤回は無しだから!」

 玖一は本当にすぐさま代表に連絡を取って2人共参加する旨を報告した。


ーーーーーーーーーー


 そして、今日がその忘年会当日だというわけだ。
 スーツを着たのは『代表やその他の面々が(一応)顧客だから』という理由からだが、玖一はそんな律悠の真面目さを微笑ましく思うと同時に「やっぱり似合ってるね、スーツ姿の悠と外を歩くのなんかすごく久しぶりだから…後で待ち合わせするのがすごく楽しみだよ」とやけに嬉しそうにしていた。

 忘年会の時間にも、玖一との待合せにもまだ時間があるが、律悠は1人でショーウィンドウに挟まれた通りを歩く。
 元々2人は ばらばらに家を出ようとしていたのだが、律悠にはさらにある目的があり、少し早めに行動をしていたのだ。
 様々な店が立ち並ぶ中を何となしに見回しながら、香水のブティック前を通り過ぎた律悠。
 彼はを探している。
 
 それは玖一へのクリスマスプレゼントと、そして年明けわりとすぐにある玖一の誕生日プレゼントにふさわしいだ。

 クリスマスに関しては、そもそも2人は特に特別なことをして過ごそうという気がないため、付き合い始めてからの過去5回ともプレゼントを渡し合ったことはない。
 人混みが苦手で、イルミネーションにもさして興味がなく、基本インドア派な律悠と玖一。
 彼らのクリスマスといえば 朝からそれらしい食事を2人で少々手間を掛けながら作り、それらを食べ、家でゆったりしながらを過ごすくらいのものだった。
 だが、今年は色々なことの節目ということもあって、律悠は何か特別なものを用意したいと考えていた。

 そこで問題になるのが 、だ。

 マフラーや手袋などのいわゆる王道モノはすでに誕生日やそれ以外の日常でのちょっとした贈り物としてすでに贈ってしまっているし、玖一の物持ちのよさは感心するほどなので、新しいものはまだまだ必要なさそうだった。
 そもそも特別なものを贈りたくて悩んでいるのに、過去にもプレゼントしたことがあるものを選ぶというのは少し趣旨からずれているだろう。

(何がいいんだろう…こういう時って、どういうものなら合うんだ…?)

 悩みながら通りを歩いていた律悠だったが、ふとの前を通りかかった瞬間、それまでの悩みが一気に消え去るようなものが目に飛び込んできた。
 何気なく目に留めた
 なぜか目が離せなくなり、彼のそれまでのごちゃごちゃとしていた頭の中の考えはあっという間に一つにまとまる。

(そうだ…これがいいんじゃないかな……うん、そうだよな、がいい)

 律悠はしばらくその店の前から動けなくなっていた。


ーーーーーー


 忘年会の会場となる店の近くで待ち合わせをした玖一は、薄手のタートルネックに深緑色のロングコートという、洗練されたスタイルで律悠を待っていた。
 玖一がやけにニコニコとしているのは、着ているものを全て過去に律悠からプレゼントされたものでまとめているからだろう。
 自分が『似合いそうだな』と思って贈ったものを相手が気に入ってくれることの嬉しさは…なんだかくすぐったくて、とても良い。
 上機嫌な玖一と共に会場となる店へ向かうと、その前にはすでに代表を含めた何人かが集まっていた。
 挨拶を交わし軽く談笑をしながらまだ来ていない面々を待った後、一行はいよいよ店内へと場所を移す。
 代表が手配したというその店はなかなかに雰囲気のいい店だった。
 酒の種類が豊富でメジャーなものから少しマニアックなものまで揃い、料理もしっかりした一品物にちょっとしたつまみや腹を満たすのに良いご飯ものまで。
 和の趣きが感じられるような空間はとても柔らかく温かであり、さらにそこで各々が好きなスタイルで飲食できるよう配慮されたこの店はまさに穴場だ。

《代表…ここ、すごくいいところですね?》

 律悠がこっそりと訊ねると、代表は「だろ」と嬉しそうに笑う。

「俺の知り合いの店なんだ。普段忙しくてあまり来れないでいたら『忘年会とかうちでやってよ』って声掛けられてさ。ま、たまにはこういうのもいいかなと思って」
「そうだったんですか」
君はこういうの苦手なんだったよな?けど今日は来てくれてありがとう、玖一に言っといてよかったよ、ちゃんと連れてきてくれたな」
「え」
「まぁまぁ、そんな固いもんでもないし自由に飲み食いしてよ。あいつらもチカ君と話したがってたんだ」

 代表はそれから「そうだ、あいつが店主なんだけど、もし良かったらあとで『良い店だ』って言ってやってよ。喜ぶから」と言って店主のいる方へ話をしに行った。


 今日の忘年会に参加しているのは代表の事務所で働いているスタッフ達だ。
 玖一を含めたスタッフ達は皆 代表が声をかけて集まってきた若者達であり、律悠と同い年か年上の者は数人のみで他は年下ばかり。
 普段は営業のようなことをしたり、色々なをしたり…と彼らの仕事内容は様々だ。
 しかしこうして見てみると、大人しそうなのから華奢で可愛らしい童顔の子まで、系統こそバラバラだがスタッフは皆美形揃いだと分かる。
 もちろん全員もれなく成人済みであることは間違いないのだが、なんだか…律悠が憂いていた『忘年会』とは明らかに雰囲気が違っていて、とても過ごしやすい感じだった。

 若い男達にしてみれば、律悠は【事務所でときどき見かけるスーツ姿の、というなんだかかっこいい仕事をしているお兄さん】といった感じなのだろう。
 いつも落ち着いた様子で仕事をしている律悠の姿には皆が憧れを抱いていたらしく、たちまち律悠が座っているテーブルには興味津々に話を聞きたがる者が集まっていた。
 律悠にとっても人懐っこく目をキラキラとさせる子達は可愛く思え、いつの間にか始まった悩み相談にも真面目に答えてやっている。
 律悠は学生時代から税理士事務所で働いていた当時、そして今に至るまで、ありとあらゆる人生経験を経てきたような男だ。
 地頭の良さも相まって話すその内容には重みがあり、そばで話を聞いている若い男達は夢中になって聞き入っていた。

 そんな律悠を、別の卓にいる玖一は微笑ましく、誇らしげに思いながら眺める。
 リラックスしながら律悠なりに楽しんでいることが分かるその様子。
 他の若い男達に囲まれていてもけっしてそこには邪なものはなく、むしろ尊敬の念を込めて話を聞き入っているということがありありと分かるため、心配はない。
 ましてや、玖一は基本リモートワークをしているとはいえ、あの職員達とは同じくらいの歳であり、互いによく知る間柄でもあるのだ。
 何人かは(もしくは全員が)律悠が玖一の恋人であるということも知っているだろう。
 そんな心配よりも何よりも、玖一は律悠が誇らしくてたまらない。
 沢山の人から尊敬されるようなあの男が自分の恋人なのだということを改めて認識すると共に、付き合えているというこの事実が信じられない幸運であるかのようにさえ思えてならないのだ。

(ちゃんと楽しめてるみたいで…本当によかったな)

 しつこく説得して参加を了承させたことに対して多少後ろめたさがあった玖一は、胸を撫で下ろして他の職員達との会話や食事、酒を楽しむ。
 いくつかに卓に分かれ、思い思いに移動しながらそれぞれが好きに過ごす忘年会は、誰にとっても非常に居心地のいい雰囲気で進んだ。


ーーーーー

 
 それなりの時間が過ぎた頃になると、そろそろおひらきになろうかという空気が流れ始める。
 律悠はそれまで離れた席にいた玖一の姿を目で探したのだが、先ほどまでいたはず席に彼の姿はない。
 帰途につく前に手洗いにでも行ったのだろうかと思い、律悠は玖一を探しがてら席を立って自らも手洗いに向かった。
 この店は本当にどこもかしこも律悠好みのインテリアで構築されていて、律悠はただの通路を歩いているのだけでも気分良くなってしまう。
 和風で落ち着いた様子が特に気に入った律悠。
 途中でばったりと顔を合わせた店主にもそう伝えると、若い店主は「ぜひまた来てよ、いくらでも席はとっておくからさ!」と心からの嬉しそうな笑顔で応えてくれた。
 この店は表からは少し奥まったところ、ひっそりとした場所にあって、穴場であることは間違いない。
 きっと予約を取るのも容易ではないだろうと思うのだが、律悠は(また必ず来よう)と改めて心に決めた。

 店主と話をした後に手洗いまで済ませた律悠だったが、やはり玖一の姿はどこにも無い。
 どうやらどこかでちょうど入れ違いになったようだ。
 また席に戻ろうとした律悠だったが、その途中で曲がり角の先から話し声が聞こえてきて思わず足を止める。
 その話し声の一方には聴き馴染みがあった。

「え、そうなんだね。ありがとう」

 角に隠れてそっと様子を窺ってみると、どうやら玖一が誰か若い男と話しているらしい。
 若い男の「ほんとに、すごくファン、っていうか…その、全部観てます…」という言葉から察するに、どうやら(というより確実に)その子は『のす』のファンだ。
 そういえば店の前で集合した時にという子に挨拶をされたが、ただのスタッフとしてならばとは言わないだろう。

(なんか…僕がここに居ちゃまずいかも)

 込み入った話になるのは必須だ。
 こんな形でこれ以上聞き耳を立てるのは良くない。
 だが、律悠が静かにその場を去ろうとしたその瞬間、後ろからどうにも無視することのできない言葉が飛び込んできた。

「あの、俺、本当に尊敬してるっていうか…すごいと思っていて…すごく憧れているんです。だから俺もあんな風になれたらなって思ってるんですけど、なんか思ったようにいかなくて…」

「あの、もしよかったらなんですけど…俺にしてくれませんか」

「見様見真似じゃできないこと…その、『魅せ方』みたいなのを教えてもらえたら…嬉しい、です」


ーー


 男の真剣で真っすぐな瞳に、玖一は『のす』の仕事が誰かの、いわば『目標』となっているのだということに気づかされ、不思議な気持ちになっていた。
 『のす』は映りの良さにこだわってきていたのだが、それはただ単に作品としての美しさを重視してのものであって、ロールモデルになりうるものだという考えはまったくこれっぽっちも、微塵もなかったのだ。
 そして、こうして真っすぐに憧れの思いをそのまま表されるというのも妙な気分だ。
 玖一は素直に「そんなに?ありがとう」と気持ちを伝える。

「なんていうか…うん、そこまで作品のことを好きになってくれてるのは素直に嬉しいよ。ありがとう」

「けど俺は…」

 男の純粋な瞳から逃れるように視線を逸らして言いかける玖一。
 しかし突然背後の曲がり角から現れた人影に自らの腕を取られ、ぴったりと体を寄せられた驚きによって言葉を切った。

彼に、何の用でしょう」

 聴き馴染んだ声、見慣れたスーツにネクタイ、そしてやけにフィットするくっついた体。
 あまりにもタイミングよく現れたその人物の正体はきちんと確かめるまでもない。
 口角が上がりそうになるのを必死に抑える玖一をよそに、律悠は男に向かってさらに口を開く。

がどうかしましたか」
「えっ…あの、いえ…」
「すみません、俺、を捜していたんです。やっと見つけたものですから」
「あぁ…そうだったんですね、すみません。俺が引き留めて少し話を…」
「そうみたいですね」

 たじろぐ歳下の男相手に詰め寄る律悠は、普段の常に周りへの配慮を忘れないような姿からは想像もできないほどの威圧感が滲み出ている。
 
…可愛い。

なんだかムキになっているような様子が、とても可愛い。

 玖一は自らの腕に絡められた律悠の腕をさすった。
 ぐっと微笑みを堪えるのに必死になっているが、どうやらファンだという新人男優の男は律悠の方にばかり気が行っているようで、玖一のことは目に入っていないようだ。
 だがそれは玖一も同じこと。
 すっかり自らに憧れているという男がいるのも忘れ、玖一は律悠をすぐそばの壁にドンっと背をつかせて迫った。

「へぇ…『』?いいね、結構似合ってるよ『俺』っていうのも」

ってのはかなり興奮するな…ねぇ、

 壁際に追い詰められている律悠は、ずっと目を細めて口を一文字に結び、間近にある玖一の瞳をじっと見つめる。
 玖一は我慢できず、わざとらしく、見せつけるようにして律悠の頬に口づけた。

「あーっ…と……」

「すみません、俺はちょっとこれで…お先に…っす…」

 気まずさというよりも(わぁ~っ、すっごいもの見ちゃった~!)というような、『お邪魔虫は退散しなきゃ!』というような様子でその場を離れようとする若い男。
 玖一はそんな男に「ねぇ、君」と律悠の肩を抱きながら声をかけた。

「俺はってのは受けたことないし、したこともないよ」
「あ…は、はい!」
「じゃあね」

 そそくさと立ち去っていった男。
 後にそこに残ったのは、目を細めているスーツの男と、今にも笑い出しそうなほど上機嫌な男だけだった。


ーーーーー


さん、ちょっと…どれだけ呑んだんですか」
「うーん…すみません、さん~…」
「まったくもう」

 会がおひらきになり、代表達と店の前で別れてからタクシーを拾って帰途についた律悠と玖一。
 タクシーの車内で律悠にもたれ掛かる玖一は、律悠が「月ヶ瀬さん、家までお送りしますよ」「家はどこなんですか」と訪ねても「家…家のばしょ…」と唸るばかりで答えず、結局律悠は携帯端末のメモに住所を打って見せ、「すみませんこの場所までお願いします」といってタクシーを走らせていた。
 明らかに周りからは律悠が『忘年会で酔いつぶれた同僚を介抱している』ようにしか見えなかっただろう。
 だが部屋に帰りついた途端、律悠にもたれていた玖一は律悠に迫り、すぐに激しくキスを交わし始める。
 2人とも酒に弱いわけではない。
 無茶な呑み方をすることもない。
 きちんと酒量と呑み方を弁えているため、酩酊することはまずありえない。
 だが、どちらかがというのは何かと都合がいいものだ。
 しているのならば、男同士でくっついていても、同じ目的地で降りても、あまり深くは詮索されまい。
 何しろ今は忘年会シーズンだ。

 着ていたコートやジャケットを剥ぎ合って床に落とし、律悠はネクタイやワイシャツが緩められていくのを大人しく受け入れて玖一に抱きつく。
 どうせクリーニングに出すつもりだったから、とスーツにシワがつくであろうことには多少目をつむる律悠。
 タクシーの車内でも重なったコートの裾の下で隠れながら指を絡めて手を握っていた2人は、散々外で『月ヶ瀬さん』『加賀谷さん』、『玖一』『律悠』と普段とは違う呼びをしていたこともあって、すでに気持ちが昂って我慢できないくらいになっていた。
 玖一の手がズボンの中に滑り込み、尻を撫でたところで、律悠は熱っぽく息を吐きながら「待って…先、風呂に…」と少し体を離す。

「ほんとに…体、洗わないと…っ」

 玖一は構わず律悠のベルトを抜き取り、「無理。もうずっと我慢してるんだから」とズボンを太ももまで下げた。

「こんなに、やばいくらい素敵な姿をずっと見せられてたんだよ…外で手を出さなかったのだって、俺かなり偉くない?」

 下着越しに陰部を揉まれた律悠は眉をひそめながら「それは僕だって…同じなんだけど」と玖一の耳元に囁く。
 優れた社交性で事務所の他のスタッフ達と話をしていた玖一。
 洗練されたファッションが良く似合っていた玖一。
 それだけでも律悠は玖一を1人の人間として、1人の男として改めて魅力的に思っていたのに、そこへ若い男と2人きりで話をしている姿まで目撃し、心はすっかり熱く燃え上がっていた。
 とにかく、玖一が完全に自分の恋人であるということを確認し、はっきりと身に刻みたい。
 しかし、そのためにはまずどうしてもが必要だ。

「一緒に入るなら…せめてにして」

「…玖も分かるでしょ」

 懇願するように訴える律悠。
 だが、長く熱心に口づけを交わしたせいで息が上がっている律悠の声やほんのりと紅くなった頬、首筋、とろんとしたような瞳はかえって玖一を激しく焚きつけてしまっていた。
 外では沢山の尊敬を集めていた男が、今は完全に無防備な状態で目の前にいるのだ。
 このままここで押し倒して挿入し、中を激しく掻き回したとしたら…一体どんな心地がするのだろうか。
 そんな妖しい考えがよぎる玖一。
 だが、もちろん玖一にも『先にシャワーを浴びたい』という律悠の気持ちはよく分かる。
 部屋の暖房を付けたりしていればすぐに律悠のは済むことだろう、と、玖一はしぶしぶ「…分かった」と言って引き下がることにした。
 ここは廊下であって脱衣所ではないのだが、律悠はすでにほとんど裸といってもいいくらいに上も下も脱がされている。

「先にシャワー浴びていいから、でもその前に…」

「あと1回だけ」

 薄く開いている唇の隙間から舌を挿し込んで絡めてくる玖一に、律悠はしっかりと腕を回して抱きつきながら熱く応えた。
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