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前編
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とある閑静な地区に建つ5階建てのマンション。
その最上階にある角の一室、501号室が彼の住まいだ。
住居スペースと仕事部屋をすっきりとした動線で隔てているその部屋は、彼の几帳面で、真面目な性格をよく反映している。
彼の名は加賀谷律悠。
フリーランスで税理士をしている32歳の男だ。
以前は税理士事務所で働いていたこともあったが、早々にフリーランスとなり、今はこの自宅兼事務所でいくつかの仕事をすべて1人でこなしている。
彼は書類や書籍が多くある仕事部屋は別としてあまり多くの物を持たない、飾らない主義であり、その上シンプルな内装を好むということもあって家の中はいつも無駄のない洗練された印象にまとめられている。
だが、そんな中でも特に目立つように飾られているものがあるのだ。
彼が唯一好んで飾り、大切にしているもの。
それは恋人である『玖一』との写真だ。
2人で写っているものの他に玖一1人で写っているものもある。
それらの写真は律悠自身の手によってそれぞれきちんとした写真立ての中に収められ、常に一点の曇りもないよう手入れされている。
律悠と玖一は約6年前に出会ってからほどなくして付き合い始めた交際丸5年のカップルであり、家も隣の部屋同士だ。
何かと都合がいいためにそれぞれ部屋を借りているが、2人はほとんど同棲していると言ってもいいような生活を送っている。
ーーーーーーーーーー
(買い物…遅いな)
律悠は読んでいた本から顔をあげ、家の扉の方に目をやった。
少し前に「色々と切らしてしまっているものをまとめて買ってくる」と言って出て行ってからまだ帰ってくる気配のない玖一。
あれこれと見て回っているのだろうが、つい律悠は(まだ帰ってこないのか…)と本を閉じてその帰りを今か今かと待ってしまう。
休日の静かな午後に1人で恋人の帰りを待つこの時間はなんとなく物寂しいものだ。
この時間が嫌で共に買い物へ行こうとしたのだが、《ここ最近特に仕事が大変だったでしょ?ようやく一段落したんだからさ、家でゆっくりしてなよ!おれが全部買ってくる!》と結局 律悠は置いて行かれてしまった。
たしかにこの数日間は特に忙しくしていたのだが、律悠にとっては玖一と共に過ごすことができるのであればたとえ今から登山へと駆り出されたとしても構わないのだ。
部屋のシン…とした寂しさから(何か連絡でも来ていないか)と携帯端末を手にした律悠。
通知には玖一からの連絡を知らせるものは表示されていなかったが、代わりに『ある通知』が届いていた。
(あ…新作通知、きてたんだ…)
それは律悠がいつも利用しているサイトからの『新作通知』だった。
『新作』。ゲイ向けAV作品の『新作』だ。
そのサイトはお気に入りの俳優やキーワードなどを登録しておくことで、該当する作品の新作が販売されたことがこうして通知される。
律悠はすぐさまリンクから『新作』の商品画面へと飛んだ。
今日販売が開始されたばかりのその『新作』はタイトルやパッケージからして『1人の受けが複数の男優に輪姦される』という内容のものだった。
受けの男優がそれぞれ異なる全3チャプターから構成されたその作品。
パッケージの中央にはその両端に写されている他の2人の男優とは一線を画すほどの美しい男優がいる。
手や腕の置き方で巧妙に陰部を隠したその男優は一糸まとわぬ姿でありながらもイヤラしさよりその肉体や表情の美しさが目立ち、さらにその上こちらに向けている目線は思わずじっと見てしまうような魅力に満ちている。
律悠がこのサイトを利用しているたった一つの理由。それこそがこの男優だ。
唯一サイトでキーワードを登録しているのもこの男優の名『のす』であり、律悠がこれまでに購入した作品すべてがこの『のす』の出演作品となっている。
ゲイ向けAV男優『のす』。
その姿は律悠が部屋に飾っている写真の人物とよく似ている。
…いや、似ているのではない。似ているわけではないのだ。
なぜなら、『のす』と『玖一』はまったく同じ人物なのだから。
(うわ…この写真もすごく綺麗に撮られてる)
律悠はパッケージ写真になっている自らの恋人の姿を眺めると、何もためらうことなく作品の【購入】というボタンを押してサイト内の【マイコレクション】にダウンロードを始めた。
玖一が男優をしていることは付き合う前から知っていたことだ。
むしろ2人が知り合ったきっかけも玖一が男優をしていたからだった。
6年ほど前、律悠は行きつけのゲイバーで知り合いのゲイ向けAVの制作、プロダクションをしている会社の代表が連れてきた玖一と出会った。
当時まだ男優を初めて間もなかった玖一とは会う度に不思議と会話が弾み、いつしか恋仲にまでなっていた律悠。
中には所属している男優と恋仲になっていると聞いて良く思わない代表もいるのだろうが、この代表は「いいんじゃないの」とあっさり認めてくれた。
元々律悠とこの代表はこのバーの常連同士だったのだが、ただの知り合いというだけではなく、当時税理士事務所での仕事に悩んでいた律悠に「フリーランスになったら?」と背中を押してくれた人物だったのだ。
「フリーランスだと…依頼を取るのが難しくて」と渋る律悠に「じゃあさ、うちの会社のこと、やってくれない?」と持ちかけてきた代表。
「ほら、うちってこういう会社でしょ。なんていうかこう…やっぱり人に来てもらうのってこっちも向こうも気を遣うんだよ。俺が出向ければいいんだけどなかなか忙しくてそうもいかないからさ、やり取りが難しいこともあったりして。だから、チカ君がフリーランスになってくれたらもう全部任せちゃいたいんだよね。俺とか会社のことも知ってくれてるし、信頼できるし」
「僕が…いいんですか?」
「うん。チカ君が良ければ、だけどね。事務所での仕事にそうやって悩んでるなら、いっそフリーランスもいいと思うよ。そりゃもちろん大変なことはたくさんあるだろうけどさ」
その言葉をきっかけに律悠は事務所を辞め、こうしてフリーランスの税理士となったのだ。
初めはすべてを1人でこなさなければならないという重圧を感じてうまく立ち回れないこともあったが、今ではすっかり落ち着き、代表の会社だけではなくバーやバーの他の常連達などの依頼まで受けるようにまでなっている。
ちなみに、このバーの常連の1人が律悠と玖一が住んでいるマンションのオーナーであり、「新しく建てたマンションがね、広くていいんだけど…ちょっと奥まってるところにあるから借り手がなかなか決まらないのよ。少し安くするからさ、住まない?」と言われて入居を決めたという経緯がある。
きちんと手入れされた敷地内や立派な外装、内装に一部屋がとても広々としていること。
そしてコンシェルジュがいる静かな環境のこのマンションは今やとても人気の物件となっているらしいが、それでもオーナーは変わらず一律の値段で住み続けさせてくれているという、律悠達にとっては願ったりかなったりの待遇だった。
さらに、代表が彼らの交際を温かく見守ってくれる理由はもう1つある。
それは玖一が専業の男優ではないということだ。
玖一は代表がこの会社を興して間もない頃にスカウトしたことで男優となったのだが、事務業務の人手が足りなかった際に仕事を手伝わせたところ非常に有能な働きを見せたため「男優としてもいいけど…なんかこっちの方の仕事を手伝ってもらいたいな」ということになり、結局半分事務員、半分男優として会社で働くことになったのだ。
そのため玖一が男優として作品に出演するのは1年にそう何本もない。
普段は律悠の家の隣にある502号室で在宅業務を行い、たまに男優として現場へ向かっているのだ。
律悠と玖一は互いの仕事内容について一切話をすることがないため、律悠は玖一がいつ撮影をするのかという具体的なスケジュールについては全く把握していない。
だが、いつ撮影に向かうのかは分かる。
ある日、病院で検査の『結果』をもらってくる玖一。
その結果の『紙』こそが撮影が近いという合図でもあるからだ。
撮影前には体が健康であるということを証明する『紙』を会社に提出しなければならないためにこうしているわけだが、律悠はそれを知ると自主的に自らも病院へ出向いて『紙』をもらい、玖一に持たせる。
これまでに代表から律悠のものも提出しろと言われたことはたったの一度もないのだが、これは玖一との交際を見守ってくれている代表への誠意を示すためのものであり、こうした真面目な性格と実直な行動が代表からさらなる信頼を得ることにも繋がっているのだ。
そうして玖一が『紙』を持って行った日から、2人は少しのハグの他には一切スキンシップの無い日々を送ることになる。
普段は律悠の家で共にしている食事も、入浴も、何もかも。
501号室と502号室、それぞれの家でほとんど完全な独り暮らしを送るのだ。
それは玖一が再び『紙』を持ってくるまで続く。
その『紙』は会社へのものというよりも律悠のためのものだ。
完全な健康体であるということを証明するその『紙』を玖一が持ってくる頃にはタイミングを見計らったように律悠もまた新たな『紙』を用意しており、互いにきちんとそれを見せ合って初めて、2人は元の生活に戻ることができる。
付き合い始めた頃に一度、顔を合わせる時にもマスクを欠かさないという玖一のそのあまりの徹底ぶりに、さすがの律悠も「そこまでしなくても…」と言ったことがあったのだが、「だめだよ、こういうのは徹底しないと!」と厳しく叱責されてしまった。
2人はどちらも性格がよく合うために不満を持つことがなく、その上常に互いを慮って【何かあったときはまず落ち着いて話をしよう】というスタンスでいるため、喧嘩などとは無縁といってもいいくらいだ。おそらく知り合ってからのこの6年間で2人の間に起きた揉め事(といっても言い合いにすらなっていない)は玖一が律悠に叱責したこの件くらいしかないだろう。
ーーーーーーーーー
(…あ、ダウンロードが終わったな)
律悠は携帯端末のローディングが終わったことを確認して【マイコレクション】へと向かった。
そこにはこれまで『のす』が出演した全ての作品が並んでいる。他の男優のものなどは1本もない。
律悠は他の男優や作品には一切興味がなく、むしろこういったビデオも『のす』が出演しているから購入しているというだけなのだ。
『のす』はネコもタチもこなしながらも、いわゆる【企画モノ】には出演せず、ただただ体の美しさや魅せ方、撮られ方を特に重視するような作品にだけ出演する男優だ。
そのちょっとした特別さは一定数のファンを獲得しているらしく、今までに発表された作品の本数は活動年数の割には決して多くはないものの、どの作品もすべてそれなりのレビュー数がついている。
『新着』というマークがついているこの発売されたばかりの作品にもすでにいくつかのレビューがされているようだ。
律悠は【マイコレクション】に並ぶ作品達のパッケージ画像を見ながら、1か月ほど前に玖一が話したことを思い出していた。
ーーーーーーーーー
「あのさ、俺、もう男優を辞めようと思うんだ」
いつものように会社へ持っていく用の『紙』を見せながら何の気なしに言う玖一。
突然のことで目を瞬かせる律悠に、玖一はさらに続ける。
「元々男優として代表にスカウトされたけど、もう事務職の方がメインになってるし。会社が安定するまでは男優としても貢献できたらなって考えてたけど、それももう割と大丈夫そうだし。もう少しで活動歴も丸5年だから、ここらへんが辞めるいい頃合いかなと思うんだ」
ね、と小首をかしげてくる玖一に、律悠は「うん…いいんじゃない?」と答えた。
「決めてるんでしょ、自分で。それならいいんじゃないの」
「うん」
「代表には?もう言った?」
「うん、言ったよ。代表も『いいよ』ってさ。事務に専念してくれるのもうれしいって」
「…そっか」
玖一がこれまでどれだけ沢山のことに気を遣いながら生活してきたのかを間近で見てきたため、律悠もその決断をただ肯定する以外にはない。
時折疲れを見せることはあっても、けっして辛そうな様子を見せることは無かった玖一。
決断を深刻そうに言うのでもなく、むしろいつもの調子であっけらかんと言ったところに玖一なりの気遣いが表れているようで、律悠は「丸5年か」と言いながら労わるように玖一の頬へ手のひらを添える。
「その最後の仕事が終わったら…お疲れ会をしないと」
「ほんと?引退おめでとうって?」
「そう。大切な1つの区切りだから」
律悠のその言葉がよほど嬉しかったのか、玖一は「いいね、お祝いしてもらおうっと」と弾けるような笑顔を見せる。
「ねぇ、この先事務仕事だけにしたらさ、俺達もっと一緒にいられるね?」
「…そうだね」
「へへへっ、そしたら今まで以上にいっぱいくっついてやるから~っ!」
嬉しそうに笑いながら玖一は律悠に抱きついた。
ーーーーーーーーーー
すでに代表にも話がついていると言うからには、そのすぐ後に撮影したものが引退作ということになるのだろう。
律悠は(もしかして…これが最後の?)と思いながら『新作』のパッケージを見つめる。
相変わらずシン…とした室内。
(……………)
玖一が帰ってくる気配はまだ当分なさそうだ。
しばらく迷った後、律悠はそっと再生ボタンを押し、『のす』が出演しているチャプター3に飛んだ。
~~~~~~~~~~~~
暗い部屋の中、照明に照らされたベッドとも言えないような机が1つ。
下着姿の7人の男達が取り囲むその白い机の上には、同じように下着姿になっている『のす』がいた。
恥じらうようにもじもじと腕や足を動かしながら伏目がちに微笑む『のす』。
大きく息をするように胸を前に晒し出すと、周りを取り囲む男達から熱っぽい吐息が漏れ出る。
その反応にいたずらっぽく微笑んだ『のす』はそれまで隠すようにしていた体の前面を見せつけるようにして開け放ち、自ら乳首を弄って「はぁっ…」という声を響かせた。
乳首がぷっくりと立ち上がり、紅い色付きが濃くなってきた頃には下着の方もはっきりとした形を表していて、『のす』は手を伸ばして下着越しにそこも弄り始める。
片手で胸を、片手で下腹部を。
どちらも見せつけるようにして弄りながらも時々目を閉じて「ふう、ぅ…」と呼吸を乱す『のす』に、そのうち周りを取り囲む男達の中の一人がまだ弄っている最中の下着に手をかけてじっくりと脱がせ始めた。
完全に脱がされた瞬間、勢いよく姿を現した『のす』の肉棒に「すご…」「元気じゃん」という囁き声が投げかけられる。
男達が『のす』のまっさらな腹部にローションをたらし、さらに自慰をするよう促すと、『のす』はローションを手で掻き集めたり、混ぜたり、手にまとわりつかせたりしてから再び肉棒と乳首を刺激し始めた。
ぬちゃぬちゃというそれまでとは違う大きな音がし始めたことで、それまで静かだった部屋の中は一気に雰囲気が変わる。
「あっ…は、あんっ…」という明らかな喘ぎ声に触発されたように男達はそれぞれ下着の上から肉棒を擦りだし、中央で自慰を行う『のす』にはディルドが差し出された。
眼前に差し出されたその大きなディルドを舌先で味わってから、ちゅぽちゅぽと喉奥まで抜き差しし、さらにローションにまみれた手を秘部へと持っていく『のす』。
わずかに体を捩らせるとすぐさまその尻の間にある秘部までの道が現れ、その真ん中にあるひっそりとした蕾に容易に触れることができるようになる。
『のす』はそこへ指を挿し込むと、まだ閉じているその入口を柔らかくほぐすように中のあちこちを撫でまわして少しずつ指の本数を増やしていく。
2本、3本と指の本数が増えていくにつれてほぐれるのも早くなっていく中、ディルドを持っていた男は「ほら、自分でやってごらん」とディルドを『のす』に咥えさせたまま手を放した。
「自分で挿れてほぐして」
そう指示された『のす』は従順に小さく頷いて応えると、ディルドを手に取り、腹の上を滑らせてまんべんなくローションを塗りたくって指で拡げたばかりの秘部にあてがう。
四つん這いになり、体の力を抜くように息を吐いた『のす』は少しずつディルドを奥へと挿し込みながらかすかに苦悶の表情を浮かべた。
ディルドは通常よりもいくらか太く長めのものであり、そのすべてを呑み込むには少し無理があるだろうというくらいだ。
だが一度奥まで挿し込み終えてしまった後はそれも関係がないらしく、ゆっくりとそれを抜き挿しし始めた『のす』は手を徐々に早めながら小さく喘ぎ声を上げ、高まる愉悦を表すように上体をペタリと伏せながら尻を掲げてひたすらに自身の中の『ある1点』をいじめていく。
目を閉じ、恥もなく秘部をさらけ出して時々ビクリと体を跳ねらせるその様は、今周りを取り囲んでいる男達のことを完全に忘れ去っているようだ。
「はぁ…あっ…」
たった1人の世界に浸り、前と後ろとを激しく刺激しながら自慰をする『のす』の周りではすでに男たちの息が随分と激しくなっていて、やがて『のす』の体には何本もの手が伸ばされる。
胸や腹に触れられた『のす』は薄く目を開けると妖艶に微笑み、一人の男にディルドを託して体勢を変えると自身の両隣に立つ男たちの股間を左右それぞれの手で触れる。
まもなく、下着を太ももまで下ろした3人の男は『のす』に自らの逸物への奉仕をさせ始めた。
仰向けに寝かされた『のす』の左右に立つ2人の男は手で、頭側に立つ男は口で。
頭側に立つ男が反り勃った逸物を口元に近付けると、『のす』は従順に口を開け、舌先でぺろりと軽く亀頭を一舐めしてから先端のくびれているところをぱくりと口に含む。
男が腰を動かすと、『のす』は唇をすぼめてそれに応える。
だがそうして『のす』が両手と口で奉仕している途中にも他の男達の手は止まることがない。
自身の逸物をしごきながら片手で『のす』の乳首を摘み、捏ねる男が2人
『のす』の肉棒を握って扱う男が1人
そしてディルドを抜き挿しする男が1人
全身を上から下まで舐めるようにして映された後、画面は『のす』のディルドを呑み込んでいる秘部のアップになる。
大きく太いものを奥深くまで挿し込まれた上にグリグリとさらにねじ込むようにされた秘部は、モザイク処理の上からでも一本の皺もないほど目一杯に伸ばされていることがはっきりと分かるほどで、そのなめらかな様子を見るに普段そこがひっそりと閉じた肛門であるとは信じられないくらいだ。
どれだけ長いものが中に呑み込まれているのかを見せつけるようにゆっくりと引き抜かれては、先端が抜け出そうなところでまた秘部へと姿を沈めていくディルド。
その抽挿が5度ほど繰り返されたところで、『のす』は男の逸物を咥えこまされた喉から(んうぅっ、っ!!)と声を洩らした。
照明が白く照らし出すその体は小刻みに震えている。
そんな『のす』の姿に男達が「うわ、ディルドでもう中イキしちゃったね」「早いね」「イっちゃったんだ」と口々に笑いを交えて言うと、『のす』は恥ずかしそうにしながらも「ん…もうイっちゃった…」と小さく頷いた。
男達が片手間にローションを惜しげもなく搾り出していたために『のす』の体はまるでマッサージオイルでも塗りたくったかのようにぬらぬらと明かりを反射していて、素肌の滑らかさと美しさを際立たせている。
男達はどこからか取り出したコンドームをそれぞれ装着すると、恥ずかしがるように両腕で顔を隠す『のす』を再び取り囲んだ。
体内から引き抜かれたディルドは今さっきまでこれがどの辺りを刺激していたのかを知らしめるように『のす』の腹部に置かれる。
準備の整った男1人が『のす』のわずかに閉じていた足を開かせ、逸物で秘部を軽く叩きながら「今日の1本目、挿れちゃおうか」と先端をそこへあてがうと、『のす』は上気した瞳で言う。
「おもちゃじゃないやつ…ちょうだい」
その言葉が言い終わる前に、男は『のす』の腰を掴んで机の端に移動させると、立ったまま自らの腰を動かして挿入を始めていた。
すでに絶頂を迎えるほどほぐされていた秘部はすんなりと男の逸物を受け入れ、抽挿にもすぐさま順応していい反応をもたらす。
順番待ちをしている男達は目の前で繰り広げられているこの淫行をおかずにしながら自身の逸物をしごいたり、ディルドで『のす』の体の線をなぞったりと思い思いに楽しんでいるらしい。
『のす』は抽挿を受け入れながら男の口づけに応えては「あっ…そ、そこ、当たってる…っんん…」と囁く。
そうしてしばらく経った頃、腰の動きを早めた男は「あぁ…イク…イク……っ!!」と呟いてから『のす』の体内へと強く自身の逸物を突き入れた。
1つ2つと呼吸をして余韻を味わった男が『のす』から逸物を引き抜くと、大量の精液が溜まったコンドームの先端がはっきりと映る。
それから『のす』は次々と残りの男達を受け入れた。
男達はそれぞれ様々な体位や激しさで『のす』と交わる様を見せる。
足を深く折り曲げさせながら
腰を掴みながら
じっくりと焦らしながら
四つん這いにさせて
横向きにさせて足を抱えながら
そして、激しく突き飛ばすように
『のす』の秘部は欲を満たしては離れていく男達によって立て続けに突かれ、孔が狭まる暇もない。
射精を終えた男達は取り外したコンドームを縛って手に持ち、次の男の抽挿によって体を揺り動かされている『のす』の口元へ白濁のついた逸物を差し出しては舐めさせて『掃除』をさせていく。
喘ぎ声をあげながら舌と喉とを使って『掃除』をする『のす』は、やがて最後の7人目によって激しく突かれたことで背を大きく仰け反らせながら一際大きく喘ぎ声をあげて体を震わせた。
最後の『掃除』をさせられる『のす』の腹や胸にはそれまで男達が手に持っていた使用済みコンドームがあちこちに置かれる。
艶やかな裸体の上に添えられた数々の生々しい痕跡。
それはまるで『戦利品』による飾りつけのようだ。
はくはく と閉じたり開いたりを繰り返す『のす』の秘部はしばらくそうしてそのまま映された後、再びディルドをズブズブと呑み込まされ、『のす』はそれを自分で動かしながら肉棒にも刺激を与えてさらなる絶頂を目指していった。
閉じそうになる足を無理に開きながら、机の上、照明の下で前と後ろとの自慰をする『のす』。
その姿に触発された男達は机を取り囲みながら同じように自慰をし、すぐに息を荒らげた。
「はぁっ、あぁ…」
「あぁっ、出る、出る…」
「ッく……」
幾筋も飛び交う精液。
それらは『のす』の頬、首筋、胸、腹、下腹部に散らばり、いくつもの白い雫と線はその下にあるしっとりとした艶やかな肌を汚す。
ほどなくして自らも白濁を散らした『のす』は完全に体のビクつきが終わるまで断続的にはぁっはぁっと息も止まりそうな呼吸を繰り返した。
7つの使用済みコンドームと8人分の精液にまみれた『のす』
太ももの方からそれらを余すことなく映した画面の最後は、胸を上下させながら瞳を閉じ、かすかに眉間にしわを寄せた『のす』の、果てた後の表情のアップだった。
~~~~~~~~~~~~
律悠は今のこの気持ちがどう言い表すべきものなのか、分からずにいる。
思わず停止ボタンを押したため、まだその続きがあるのかもしれない動画は『のす』の顔のアップで完全に止まっていた。
今までに何本も『のす』の作品を観てきたというのに。
他の男優に好き勝手される姿を何度も観てきたというのに。
一体何がこんなにもショックなのかが律悠自身にも分からない。
複数人を相手にプレイしているものだって、観たのはこれが初めてではなかった。
3人でプレイし、真ん中でネコとタチを両方同時にこなしているものも
2×2の組み合わせで始め、半ばで相手を交代しながら、最後には組み合わせなどもなくただひたすらに4人で絡み合っているものも
玩具で前も後ろも好きに弄られながら、男優の逸物を咥えさせられているものも
どれも観てきたが、心苦しくなったとしてもこんなにも視聴後に打ちひしがれてしまうようなものはなかった。
だが、今回の作品には胸が苦しくなるほどの何かがあったのは確かだ。
そう感じさせるものの正体が何かも分からないまま、律悠は自然と瞳から雫を溢していた。
分かっている。
これは『のす』の仕事だ。
AVだ、アダルトビデオだ。
いつもはそう思えばいくらか気が紛れていたというのに、今はむしろそれが辛くてたまらない。
さらに脳裏には今見た動画の中の場面が何度も蘇ってくる。
『のす』はプレイの最中に時々目線をこちらに寄越していたのだ。
自慰しながら、突かれながら、逸物を咥え込まされながら。
流し目によるその視線は、まるであの暗い空間の中で行われている【見てはいけないもの】を覗いてしまったのを 何も言わずに見咎められているような、『助けてくれ』と懇願されているような、『加わらないか』と誘われているようなものだった。
その一つ一つを思い出すにつけ苦しくなり、声をあげて泣き出してしまわないように口元を押さえて涙を流す律悠。
だがその時、玄関の方から扉の開く音が聞こえてきた。
「ただいま~!」
元々待ちわびていたはずのその声は、まったく部屋の中の状況を知る由もなく明るく響いてくる。
もうすぐこのリビングの扉が開いて玖一が入ってくるはずだ。
律悠は慌てて携帯端末を裏返すと、小さくうずくまって顔を隠した。
「悠~、ただいま!」
ガサゴソと買い物袋の音をさせながら室内に入ってきた玖一はテーブルの上にそれらを置いて「なんか時間かかっちゃったよ」と苦笑いで言う。
「いつものコーヒー豆を買いに行ったらさ、ちょうど新しいのを詰めてるところで。『もうちょっと待ってればこの新しいのを渡せるよ』なんて言われたらせっかくなら待とうかなって思うじゃん…でもそんなことなら悠と一緒に行けばよかったよ。お店がいつもよりいい匂いだった気がしたし、そういうデートもアリでしょ?休日の午後に散歩して、コーヒー豆の用意ができるまでちょっと一息ついて、それで豆を買って帰ってくるの。最高じゃない?」
買い物袋から買ってきたものを取り出しつつそう話す玖一。
玖一はそうしているうちに律悠がうずくまって声を押し殺していることに気が付き、それ以上は何も話さず黙々と買い物袋を片付けると、手をアルコールで消毒しながらそっと律悠のそばへ寄ってきた。
「……」
隣に座り、しばらくじっとただ律悠のことを見守っていた玖一は「…悠」と静かに声をかける。
「悠、俺、ちゃんと自分ちでうがい手洗いしてきたし、手も消毒したし…念のためマスクも替えてきたよ。だから…ぎゅってしてもいい?俺、今さ、悠にぎゅってしたくて仕方ないんだ」
そうして優しく訊いてくる玖一に律悠が頷いて応えると、玖一は「ありがとう」と言って律悠を後ろからそっと抱きしめた。
玖一はなぜ律悠が涙を流しているのか、その理由を知らなかっただろう。
仕事の関係で何かあったのだと思っていたはずだ。
しかしすぐにその理由に気がつく。
「そっか…悠、観てくれてたんだね」
律悠のそばに置かれた携帯端末。
律悠は普段から携帯端末の画面を伏せて置く癖があるのだが、それにもかかわらず玖一が帰ってきたことに動揺して携帯端末をさらに裏返してしまっていたのだ。
律悠の携帯端末は画面が上になっていて、そこには停止したままの画が表示されていた。
玖一は抱き寄せた律悠の腕を擦りながら「そっか…」と小さく、静かに話す。
「…ごめんね、悠に嫌な思いをさせちゃった…辛い思いをさせちゃったね」
律悠は今声を出すとみっともなく震える涙声なのは間違いないと思い、何も答えることができない。
だが、玖一も律悠が落ち着くのを待とうとしているのか何も言わない。
静かな昼下がりの静かな室内で玖一が腕を擦ってくる音だけが響くというこの環境があまりにも苦しく、律悠は(せめて玖一の声を聴いていたい)と口を開いた。
「…これを撮った、から…辞めるって…言ったの?」
すると玖一は「ううん、違うよ」と首を振る。
「辞めるっていうのはもうずっと前から決めてたことなんだ。でも もう予定が先の方まで入ってたからどうしようもなくて…辞めるって言ったのにそれから何本も撮影してたら不安になるでしょ?だから最後の最後になるまで待ってたんだ」
「……」
「『撮った作品がこうだったから辞める』『この作品を撮らなければ続けてた』とかじゃないんだよ。そういうのは一切関係なく、俺は辞めるって決めてたんだ」
そう語りかけてくる玖一。
律悠はさらに続く玖一の声を間近で聞いていたことで少しずついくらかの落ち着きを取り戻し、ようやく気持ちの整理をつけて細々と話し始めた。
「…今まで、こんな気持ちになったことはなかったんだ。いつも観る度に『これはのすとしての仕事だ』って、『本当じゃないんだから』って思って…でも、今は…」
「…うん」
「今はなんだかすごく…辛いんだ。うまく言えないけど、なんていうのか…『のす』が【慰み者】になっているような感じがして、すごく嫌だ」
「うん」
「分かってるんだよ、これがAVだって。分かってる。…分かってるのに、それでもすごく…辛くて涙が止まらない。『のす』があんな風に扱われているのが、あんな風に見られているのが、自分でもなぜか分からないけど辛くて…」
再びじわりと涙が滲み始めた律悠を抱きしめながら、玖一は「そうだよね」とそばのテーブルの上に手を伸ばしてティッシュを数枚取り、律悠の涙を拭う。
「あれは…ちょっといつもの感じとは違ったよね。部屋の感じもそうだし、内容もそうだし…今までのとは色んな意味で違う作品だったと思う。だから余計びっくりさせちゃったんだね」
「……」
「悠の言う通り、あれはAVだ。映像作品だよ。本当のとはまったく違う、『見せるためのもの』だ。…だってさ、本当のエッチがどういうものかって、悠と俺はよく知ってるもん。ね、あんなんじゃないでしょ?そりゃ世の中には色んな人がいるだろうけど…でも本当のエッチはさ、好きな人、愛してる人との気持ちをお互いに、もっと深めるためのものなんだよ。愛している人とのエッチは秘密にしたいし、見せつけるようにするものじゃないと思う。でも、AVではエッチしてるところを撮るよね。…あの作品なんかは特にさ、愛があってしてるんじゃなく、いかにも『見せるためのもの』って感じが強かった。うん…強かったっていうか、『見せるためのもの、そのもの』って感じだったよね。だから悠はショックだったんだと思う」
玖一のその言葉に、律悠はなぜ自分がここまでひどく辛く悲しい思いになり、落ち込んでしまっていたのかの答えを得た。
≪愛があってしてるんじゃなく、いかにも『見せるためのもの』って感じが強かった≫
そう、まさにその通りだった。
複数人であることがそれを強調していたこともあるだろう。
しかし、律悠はそれよりも…。
「僕…『のす』があんな扱いを受けてるのを見るのが嫌だったんだ」
律悠は俯きながら言う。
「たとえ仕事としてでも…『のす』としての仕事でも、他の人とのセックスについて何も思わなかったわけじゃない。でも、それでも観ることができてたのは…やっぱり映されてる体が綺麗っていうのと…『のす』が他の人に大切にされながら撮影してるんだって思えてたから…だったんだと思う」
「でも、今回のこれはそうは思えなくて…ただの慰み者にされているような感じがすごくして…だから…だからだと思う」
自らの気持ちを結論付けるかのように話した律悠。
自分が愛し、そして同じように自分のことを愛してくれている人が直接大勢の人間の手にかかっている様を見て、胸が痛まないはずはないだろう。
たとえ抵抗するそぶりを見せていなかったとしても、7人もの男に囲まれた中ではそんな印象を受けるのも無理はない。
こんなにも苦しい思いをさせたものの正体を知り、そして言葉にして吐き出したことでようやく胸のつかえが下りた律悠を、玖一は再びしっかりと抱き寄せた。
「うん…あの作品は本当にそんな感じに見えたよね」
「…作品って分かってはいるんだよ、分かってはいるんだけど…」
「…うん。分かってるよ。悠が分かってくれてるってこと、俺は分かってる」
なだめるように髪を撫でられた律悠がうずくまったままだった体を緩めてきちんと玖一の顔を見ると、そこにはいつもの、2人一緒に過ごしているときの優しい笑みがある。
玖一は律悠を胡坐をかいた自らの足の上へ乗せ、精一杯の力を込めて抱き締めながら「ごめんね、悠」と呟いた。
「心配かけて、悲しませて、辛い思いをさせて…ごめん」
「ありがとう、俺の恋人でいてくれて。ありがとう、悠…」
律悠はその言葉に頷くと、自らもしっかりと腕を回して玖一を抱きしめた。
胸に伝わる温かさは縮こまっていた体をほぐし、涙を止めるどころかすっかり乾かしてしまう。
その温もりにほっと息をついた律悠は玖一の肩に手を置いて少し体を離すと「その……」と口を開いた。
「…ああいうのも、気持ちいいの…?」
動画の中で観た『のす』の姿を思い出しながら言いづらそうに訊ねる律悠。
すると玖一は「悠…もう、悠!」とため息をつく勢いで眉をひそめた。
「分かってるんじゃなかったの?あれはAV、創りものだって!」
「でも…」
「でもじゃないよ、悠…!」
玖一ははっきりと言って聞かせる。
「…あのね、たしかに触るものを触れば出しちゃうし、イキはするよ。でもだからって、あれが本当に気持ちよくての反応だと思う?…ねぇ、聞いて、悠。この際、きちんと言うよ。撮影ってね、実際には沢山のスタッフが関わってるものなんだ。画面に映ってる男優だけじゃないんだよ。カメラに照明に監督がいるの。そもそも『映像作品』だから、いわゆる【企画モノ】じゃなくても脚本した人、作品の企画者はいるし…とにかく好き勝手にその場所でエッチすればいいってものじゃないんだ。でね、カメラに映る男優も人目を気にしないで できればいいってわけじゃないの。AVはあくまでも『作品』だから、どんな時でもカメラ映りを意識しなきゃいけない。観てる人が興奮するような角度でカメラが撮るっていうことを意識して、カメラの画角の邪魔をしないように常に気を遣う必要があるんだよ。もし好き勝手に動いたりして監督達の撮りたいシーンが撮れなくなったら…それはまず作品として成り立たなくなる。照明もそうだよ。体や画全体を綺麗に見せるためにスタッフが考えて設置してるのに、それを体で遮っちゃったら全部台無し。でしょ?」
玖一は「でもそれだけじゃない、まだ他にもある」と続ける。
「撮影するには場所を借りてるけど、その借りれてる時間内に監督が作品を仕上げるのに『使える画』を充分な尺の分、撮影しなきゃいけないんだ。『この時間の尺はカットなしで撮りたいから 愛撫でもたせて』って言われたら、その通りになんとか撮られないといけないし。全体的にモタモタ時間ばっかりかけて編集が沢山必要になるのもダメ、さっさと済ましちゃってもダメ。もっと良くないのはまだ充分な尺が撮れてないのに射精して、欲しい画の時に出せなくなっちゃったり、勃たなくなっちゃったりすること。逆もあるよ、尺を気にしすぎて勃たなくなっちゃう、射精できなくなっちゃうこと。そうなると もう どうしようもないから、プロの男優は皆それぞれ上手くコントロールしながら撮影してるんだ。特に『複数人で同時に射精する画を撮る』って言われたら周りの人達とも合わせなきゃいけないから、本当に難しい調節をこなして撮影に臨んでるんだよ。…ほら、ね?こんなに色々と考えながらしてるのに、気持ちいいって感じる暇があると思う?ちなみに、声の出し方にも指示があったりするよ。『言葉を多めに』『息を多めに』『喘ぎ声を出しすぎ』…あとはなんだ、『もっと喘いで』『淫語をもっと言って』って。視線も『伏し目がちにして』『目を潤ませて』とか。監督の指示とか作品の方向性に従って色々と考えながらしてるんだよ。撮影で『気持ちいい』なんて、そんなこと思ったことがない。少なくとも俺は一度もだってない」
玖一がため息をつきながら次々と並べたそれらに、律悠は想像すらもできずただ「大変…なんだね」と呟く。
「そんな風にしてるなんて…全然見えないのに」
「それはそうでしょ、皆 基本プロなんだし。そもそもAVは現実じゃないことを演じて見せることが目的のものだよ、男優の苦労する姿なんかはちっとも必要じゃない」
「そっか…」
妙に納得したように頷いて目を伏せた律悠。
玖一はそんな律悠の頬に手を添えて上向かせると「まったく…だいたいさぁ」と眉をひそめる。
「俺が本当に感じてたらどんな風になるかって、一番よく知ってるのは悠でしょ。いつもの俺と『のす』が同じに見える?そんなわけないじゃん。まったく…まったくまったく、ほんとにもう」
やれやれと首を振った玖一はそれからじっと、真正面から律悠の瞳を見つめて言った。
「悠。俺、本当に悠が大好きだよ。愛してる、本当に心から愛してるんだ。愛してるんだよ」
愛を囁くその声はとても甘い。
すると律悠もきちんと見つめ返して「僕も…」と応える。
「愛してる、玖のこと。僕だって愛してるよ、すごく…すごく」
「うん…よく分かってるよ、悠」
「本当に…好きだ」
真剣に目を合わせながらしばらく愛を伝え合った後、玖一は「はぁ…残念だな」とマスクに覆われていない目元を細め、苦笑いしていることを表した。
「悠にキスしたいのに、あともうちょっとだけ…『紙』を持って来れるまではおあずけしなきゃいけない」
手のひらで何度も惜しそうに律悠の頬を撫でる玖一。
すると律悠は立ち上がり、玄関に続く扉の方へ行ったかと思えば手を使い捨てマスクの箱の中に突っ込んでその中から一枚取り出し、また慌ただしく玖一の元へと戻ってきた。
マスクをしっかりと耳にかけ、少しの隙間もないようぴったりと密着させた律悠は「これでも?」と玖一を見つめる。
「これでも、だめ?」
玖一はわざわざマスクを取りに行ってきた律悠が可愛らしく、愛おしくてたまらなくなり「いや、大丈夫」と微笑んだ。
「これなら少しくらいは…」
言い終わらないうちに玖一は律悠からのキスを受ける。
これまでにいくつもの数え切れないキスを交わしてきたため、2人はたとえマスクに遮られていたとしても互いの唇がどこなのかを完全に把握し、その中心を的確に捉えることができる。
2枚のマスク越しに唇を押し付け合うこのキスからははっきりとした温もりは伝わってこないが、それでも想いを伝えるのには充分だ。
しっかりと想いを伝えた後で離れた律悠に、玖一は言う。
「…もいっかい」
律悠がそれに応えて再び唇をくっつけて離すと、玖一はさらに「もいっかい」と催促した。
今度は首を反対に傾けてキスをした律悠。
3度目を終えて離れると、今度は玖一が律悠に唇を押し付ける。
律悠のうなじを引き寄せ、マスクごと軽く食むような口づけをした玖一はゆっくりと離れて目を合わせたが、それからもう一度ちゅっ と小さく音を立てるようにして口づけると、満足そうに微笑んで律悠を胸に抱きしめた。
律悠は《抱きしめられることがこんなにも気分良く思えるのは、相手が玖一だからに他ならない》と考えながら身を擦り寄せる。
玖一によってもたらされる大きな安らぎに身を任せる律悠は、しばらくそうしてじっとしてから、あの『新作』のパッケージ写真について言及した。
パッケージの中央を飾る『のす』がとても美しかったと、素敵だったと。
すると玖一は「本当?」ととても嬉しそうにしながら、まるで子供をあやしでもしているかのように体を揺らした。
「悠にそんな風に言ってもらえるなんて…頑張った甲斐があったな。俺、玖一にそう言ってもらえるのが1番嬉しいよ」
玖一は唇を尖らせる。
「写真を撮るのも大変なんだ。何回か変えたりもするけど基本は同じポーズでジッとしてなきゃいけないし、そのまま何枚も何十枚も、何百枚も撮るし…ちなみに、体の線を綺麗に出すために腕とか足には力を入れっぱなしでね。何時間も。考えられる?…ほんっとに、楽じゃない…」
そう呟く玖一に律悠は「うん…苦労して撮ったんだね」と苦笑する。
「でも、本当に良い写真だったよ。すごく…綺麗だった」
昼過ぎの穏やかな時をこえて次第に傾き始める太陽。
辺りが薄暗くなり始めるだろうかという頃になるまで、2人はそうして身を寄せ合ったままいくつもの話をした。
次は一緒に外出して、散歩がてらコーヒー豆を買ってこよう。
そんな小さな約束まで交わしながら。
その最上階にある角の一室、501号室が彼の住まいだ。
住居スペースと仕事部屋をすっきりとした動線で隔てているその部屋は、彼の几帳面で、真面目な性格をよく反映している。
彼の名は加賀谷律悠。
フリーランスで税理士をしている32歳の男だ。
以前は税理士事務所で働いていたこともあったが、早々にフリーランスとなり、今はこの自宅兼事務所でいくつかの仕事をすべて1人でこなしている。
彼は書類や書籍が多くある仕事部屋は別としてあまり多くの物を持たない、飾らない主義であり、その上シンプルな内装を好むということもあって家の中はいつも無駄のない洗練された印象にまとめられている。
だが、そんな中でも特に目立つように飾られているものがあるのだ。
彼が唯一好んで飾り、大切にしているもの。
それは恋人である『玖一』との写真だ。
2人で写っているものの他に玖一1人で写っているものもある。
それらの写真は律悠自身の手によってそれぞれきちんとした写真立ての中に収められ、常に一点の曇りもないよう手入れされている。
律悠と玖一は約6年前に出会ってからほどなくして付き合い始めた交際丸5年のカップルであり、家も隣の部屋同士だ。
何かと都合がいいためにそれぞれ部屋を借りているが、2人はほとんど同棲していると言ってもいいような生活を送っている。
ーーーーーーーーーー
(買い物…遅いな)
律悠は読んでいた本から顔をあげ、家の扉の方に目をやった。
少し前に「色々と切らしてしまっているものをまとめて買ってくる」と言って出て行ってからまだ帰ってくる気配のない玖一。
あれこれと見て回っているのだろうが、つい律悠は(まだ帰ってこないのか…)と本を閉じてその帰りを今か今かと待ってしまう。
休日の静かな午後に1人で恋人の帰りを待つこの時間はなんとなく物寂しいものだ。
この時間が嫌で共に買い物へ行こうとしたのだが、《ここ最近特に仕事が大変だったでしょ?ようやく一段落したんだからさ、家でゆっくりしてなよ!おれが全部買ってくる!》と結局 律悠は置いて行かれてしまった。
たしかにこの数日間は特に忙しくしていたのだが、律悠にとっては玖一と共に過ごすことができるのであればたとえ今から登山へと駆り出されたとしても構わないのだ。
部屋のシン…とした寂しさから(何か連絡でも来ていないか)と携帯端末を手にした律悠。
通知には玖一からの連絡を知らせるものは表示されていなかったが、代わりに『ある通知』が届いていた。
(あ…新作通知、きてたんだ…)
それは律悠がいつも利用しているサイトからの『新作通知』だった。
『新作』。ゲイ向けAV作品の『新作』だ。
そのサイトはお気に入りの俳優やキーワードなどを登録しておくことで、該当する作品の新作が販売されたことがこうして通知される。
律悠はすぐさまリンクから『新作』の商品画面へと飛んだ。
今日販売が開始されたばかりのその『新作』はタイトルやパッケージからして『1人の受けが複数の男優に輪姦される』という内容のものだった。
受けの男優がそれぞれ異なる全3チャプターから構成されたその作品。
パッケージの中央にはその両端に写されている他の2人の男優とは一線を画すほどの美しい男優がいる。
手や腕の置き方で巧妙に陰部を隠したその男優は一糸まとわぬ姿でありながらもイヤラしさよりその肉体や表情の美しさが目立ち、さらにその上こちらに向けている目線は思わずじっと見てしまうような魅力に満ちている。
律悠がこのサイトを利用しているたった一つの理由。それこそがこの男優だ。
唯一サイトでキーワードを登録しているのもこの男優の名『のす』であり、律悠がこれまでに購入した作品すべてがこの『のす』の出演作品となっている。
ゲイ向けAV男優『のす』。
その姿は律悠が部屋に飾っている写真の人物とよく似ている。
…いや、似ているのではない。似ているわけではないのだ。
なぜなら、『のす』と『玖一』はまったく同じ人物なのだから。
(うわ…この写真もすごく綺麗に撮られてる)
律悠はパッケージ写真になっている自らの恋人の姿を眺めると、何もためらうことなく作品の【購入】というボタンを押してサイト内の【マイコレクション】にダウンロードを始めた。
玖一が男優をしていることは付き合う前から知っていたことだ。
むしろ2人が知り合ったきっかけも玖一が男優をしていたからだった。
6年ほど前、律悠は行きつけのゲイバーで知り合いのゲイ向けAVの制作、プロダクションをしている会社の代表が連れてきた玖一と出会った。
当時まだ男優を初めて間もなかった玖一とは会う度に不思議と会話が弾み、いつしか恋仲にまでなっていた律悠。
中には所属している男優と恋仲になっていると聞いて良く思わない代表もいるのだろうが、この代表は「いいんじゃないの」とあっさり認めてくれた。
元々律悠とこの代表はこのバーの常連同士だったのだが、ただの知り合いというだけではなく、当時税理士事務所での仕事に悩んでいた律悠に「フリーランスになったら?」と背中を押してくれた人物だったのだ。
「フリーランスだと…依頼を取るのが難しくて」と渋る律悠に「じゃあさ、うちの会社のこと、やってくれない?」と持ちかけてきた代表。
「ほら、うちってこういう会社でしょ。なんていうかこう…やっぱり人に来てもらうのってこっちも向こうも気を遣うんだよ。俺が出向ければいいんだけどなかなか忙しくてそうもいかないからさ、やり取りが難しいこともあったりして。だから、チカ君がフリーランスになってくれたらもう全部任せちゃいたいんだよね。俺とか会社のことも知ってくれてるし、信頼できるし」
「僕が…いいんですか?」
「うん。チカ君が良ければ、だけどね。事務所での仕事にそうやって悩んでるなら、いっそフリーランスもいいと思うよ。そりゃもちろん大変なことはたくさんあるだろうけどさ」
その言葉をきっかけに律悠は事務所を辞め、こうしてフリーランスの税理士となったのだ。
初めはすべてを1人でこなさなければならないという重圧を感じてうまく立ち回れないこともあったが、今ではすっかり落ち着き、代表の会社だけではなくバーやバーの他の常連達などの依頼まで受けるようにまでなっている。
ちなみに、このバーの常連の1人が律悠と玖一が住んでいるマンションのオーナーであり、「新しく建てたマンションがね、広くていいんだけど…ちょっと奥まってるところにあるから借り手がなかなか決まらないのよ。少し安くするからさ、住まない?」と言われて入居を決めたという経緯がある。
きちんと手入れされた敷地内や立派な外装、内装に一部屋がとても広々としていること。
そしてコンシェルジュがいる静かな環境のこのマンションは今やとても人気の物件となっているらしいが、それでもオーナーは変わらず一律の値段で住み続けさせてくれているという、律悠達にとっては願ったりかなったりの待遇だった。
さらに、代表が彼らの交際を温かく見守ってくれる理由はもう1つある。
それは玖一が専業の男優ではないということだ。
玖一は代表がこの会社を興して間もない頃にスカウトしたことで男優となったのだが、事務業務の人手が足りなかった際に仕事を手伝わせたところ非常に有能な働きを見せたため「男優としてもいいけど…なんかこっちの方の仕事を手伝ってもらいたいな」ということになり、結局半分事務員、半分男優として会社で働くことになったのだ。
そのため玖一が男優として作品に出演するのは1年にそう何本もない。
普段は律悠の家の隣にある502号室で在宅業務を行い、たまに男優として現場へ向かっているのだ。
律悠と玖一は互いの仕事内容について一切話をすることがないため、律悠は玖一がいつ撮影をするのかという具体的なスケジュールについては全く把握していない。
だが、いつ撮影に向かうのかは分かる。
ある日、病院で検査の『結果』をもらってくる玖一。
その結果の『紙』こそが撮影が近いという合図でもあるからだ。
撮影前には体が健康であるということを証明する『紙』を会社に提出しなければならないためにこうしているわけだが、律悠はそれを知ると自主的に自らも病院へ出向いて『紙』をもらい、玖一に持たせる。
これまでに代表から律悠のものも提出しろと言われたことはたったの一度もないのだが、これは玖一との交際を見守ってくれている代表への誠意を示すためのものであり、こうした真面目な性格と実直な行動が代表からさらなる信頼を得ることにも繋がっているのだ。
そうして玖一が『紙』を持って行った日から、2人は少しのハグの他には一切スキンシップの無い日々を送ることになる。
普段は律悠の家で共にしている食事も、入浴も、何もかも。
501号室と502号室、それぞれの家でほとんど完全な独り暮らしを送るのだ。
それは玖一が再び『紙』を持ってくるまで続く。
その『紙』は会社へのものというよりも律悠のためのものだ。
完全な健康体であるということを証明するその『紙』を玖一が持ってくる頃にはタイミングを見計らったように律悠もまた新たな『紙』を用意しており、互いにきちんとそれを見せ合って初めて、2人は元の生活に戻ることができる。
付き合い始めた頃に一度、顔を合わせる時にもマスクを欠かさないという玖一のそのあまりの徹底ぶりに、さすがの律悠も「そこまでしなくても…」と言ったことがあったのだが、「だめだよ、こういうのは徹底しないと!」と厳しく叱責されてしまった。
2人はどちらも性格がよく合うために不満を持つことがなく、その上常に互いを慮って【何かあったときはまず落ち着いて話をしよう】というスタンスでいるため、喧嘩などとは無縁といってもいいくらいだ。おそらく知り合ってからのこの6年間で2人の間に起きた揉め事(といっても言い合いにすらなっていない)は玖一が律悠に叱責したこの件くらいしかないだろう。
ーーーーーーーーー
(…あ、ダウンロードが終わったな)
律悠は携帯端末のローディングが終わったことを確認して【マイコレクション】へと向かった。
そこにはこれまで『のす』が出演した全ての作品が並んでいる。他の男優のものなどは1本もない。
律悠は他の男優や作品には一切興味がなく、むしろこういったビデオも『のす』が出演しているから購入しているというだけなのだ。
『のす』はネコもタチもこなしながらも、いわゆる【企画モノ】には出演せず、ただただ体の美しさや魅せ方、撮られ方を特に重視するような作品にだけ出演する男優だ。
そのちょっとした特別さは一定数のファンを獲得しているらしく、今までに発表された作品の本数は活動年数の割には決して多くはないものの、どの作品もすべてそれなりのレビュー数がついている。
『新着』というマークがついているこの発売されたばかりの作品にもすでにいくつかのレビューがされているようだ。
律悠は【マイコレクション】に並ぶ作品達のパッケージ画像を見ながら、1か月ほど前に玖一が話したことを思い出していた。
ーーーーーーーーー
「あのさ、俺、もう男優を辞めようと思うんだ」
いつものように会社へ持っていく用の『紙』を見せながら何の気なしに言う玖一。
突然のことで目を瞬かせる律悠に、玖一はさらに続ける。
「元々男優として代表にスカウトされたけど、もう事務職の方がメインになってるし。会社が安定するまでは男優としても貢献できたらなって考えてたけど、それももう割と大丈夫そうだし。もう少しで活動歴も丸5年だから、ここらへんが辞めるいい頃合いかなと思うんだ」
ね、と小首をかしげてくる玖一に、律悠は「うん…いいんじゃない?」と答えた。
「決めてるんでしょ、自分で。それならいいんじゃないの」
「うん」
「代表には?もう言った?」
「うん、言ったよ。代表も『いいよ』ってさ。事務に専念してくれるのもうれしいって」
「…そっか」
玖一がこれまでどれだけ沢山のことに気を遣いながら生活してきたのかを間近で見てきたため、律悠もその決断をただ肯定する以外にはない。
時折疲れを見せることはあっても、けっして辛そうな様子を見せることは無かった玖一。
決断を深刻そうに言うのでもなく、むしろいつもの調子であっけらかんと言ったところに玖一なりの気遣いが表れているようで、律悠は「丸5年か」と言いながら労わるように玖一の頬へ手のひらを添える。
「その最後の仕事が終わったら…お疲れ会をしないと」
「ほんと?引退おめでとうって?」
「そう。大切な1つの区切りだから」
律悠のその言葉がよほど嬉しかったのか、玖一は「いいね、お祝いしてもらおうっと」と弾けるような笑顔を見せる。
「ねぇ、この先事務仕事だけにしたらさ、俺達もっと一緒にいられるね?」
「…そうだね」
「へへへっ、そしたら今まで以上にいっぱいくっついてやるから~っ!」
嬉しそうに笑いながら玖一は律悠に抱きついた。
ーーーーーーーーーー
すでに代表にも話がついていると言うからには、そのすぐ後に撮影したものが引退作ということになるのだろう。
律悠は(もしかして…これが最後の?)と思いながら『新作』のパッケージを見つめる。
相変わらずシン…とした室内。
(……………)
玖一が帰ってくる気配はまだ当分なさそうだ。
しばらく迷った後、律悠はそっと再生ボタンを押し、『のす』が出演しているチャプター3に飛んだ。
~~~~~~~~~~~~
暗い部屋の中、照明に照らされたベッドとも言えないような机が1つ。
下着姿の7人の男達が取り囲むその白い机の上には、同じように下着姿になっている『のす』がいた。
恥じらうようにもじもじと腕や足を動かしながら伏目がちに微笑む『のす』。
大きく息をするように胸を前に晒し出すと、周りを取り囲む男達から熱っぽい吐息が漏れ出る。
その反応にいたずらっぽく微笑んだ『のす』はそれまで隠すようにしていた体の前面を見せつけるようにして開け放ち、自ら乳首を弄って「はぁっ…」という声を響かせた。
乳首がぷっくりと立ち上がり、紅い色付きが濃くなってきた頃には下着の方もはっきりとした形を表していて、『のす』は手を伸ばして下着越しにそこも弄り始める。
片手で胸を、片手で下腹部を。
どちらも見せつけるようにして弄りながらも時々目を閉じて「ふう、ぅ…」と呼吸を乱す『のす』に、そのうち周りを取り囲む男達の中の一人がまだ弄っている最中の下着に手をかけてじっくりと脱がせ始めた。
完全に脱がされた瞬間、勢いよく姿を現した『のす』の肉棒に「すご…」「元気じゃん」という囁き声が投げかけられる。
男達が『のす』のまっさらな腹部にローションをたらし、さらに自慰をするよう促すと、『のす』はローションを手で掻き集めたり、混ぜたり、手にまとわりつかせたりしてから再び肉棒と乳首を刺激し始めた。
ぬちゃぬちゃというそれまでとは違う大きな音がし始めたことで、それまで静かだった部屋の中は一気に雰囲気が変わる。
「あっ…は、あんっ…」という明らかな喘ぎ声に触発されたように男達はそれぞれ下着の上から肉棒を擦りだし、中央で自慰を行う『のす』にはディルドが差し出された。
眼前に差し出されたその大きなディルドを舌先で味わってから、ちゅぽちゅぽと喉奥まで抜き差しし、さらにローションにまみれた手を秘部へと持っていく『のす』。
わずかに体を捩らせるとすぐさまその尻の間にある秘部までの道が現れ、その真ん中にあるひっそりとした蕾に容易に触れることができるようになる。
『のす』はそこへ指を挿し込むと、まだ閉じているその入口を柔らかくほぐすように中のあちこちを撫でまわして少しずつ指の本数を増やしていく。
2本、3本と指の本数が増えていくにつれてほぐれるのも早くなっていく中、ディルドを持っていた男は「ほら、自分でやってごらん」とディルドを『のす』に咥えさせたまま手を放した。
「自分で挿れてほぐして」
そう指示された『のす』は従順に小さく頷いて応えると、ディルドを手に取り、腹の上を滑らせてまんべんなくローションを塗りたくって指で拡げたばかりの秘部にあてがう。
四つん這いになり、体の力を抜くように息を吐いた『のす』は少しずつディルドを奥へと挿し込みながらかすかに苦悶の表情を浮かべた。
ディルドは通常よりもいくらか太く長めのものであり、そのすべてを呑み込むには少し無理があるだろうというくらいだ。
だが一度奥まで挿し込み終えてしまった後はそれも関係がないらしく、ゆっくりとそれを抜き挿しし始めた『のす』は手を徐々に早めながら小さく喘ぎ声を上げ、高まる愉悦を表すように上体をペタリと伏せながら尻を掲げてひたすらに自身の中の『ある1点』をいじめていく。
目を閉じ、恥もなく秘部をさらけ出して時々ビクリと体を跳ねらせるその様は、今周りを取り囲んでいる男達のことを完全に忘れ去っているようだ。
「はぁ…あっ…」
たった1人の世界に浸り、前と後ろとを激しく刺激しながら自慰をする『のす』の周りではすでに男たちの息が随分と激しくなっていて、やがて『のす』の体には何本もの手が伸ばされる。
胸や腹に触れられた『のす』は薄く目を開けると妖艶に微笑み、一人の男にディルドを託して体勢を変えると自身の両隣に立つ男たちの股間を左右それぞれの手で触れる。
まもなく、下着を太ももまで下ろした3人の男は『のす』に自らの逸物への奉仕をさせ始めた。
仰向けに寝かされた『のす』の左右に立つ2人の男は手で、頭側に立つ男は口で。
頭側に立つ男が反り勃った逸物を口元に近付けると、『のす』は従順に口を開け、舌先でぺろりと軽く亀頭を一舐めしてから先端のくびれているところをぱくりと口に含む。
男が腰を動かすと、『のす』は唇をすぼめてそれに応える。
だがそうして『のす』が両手と口で奉仕している途中にも他の男達の手は止まることがない。
自身の逸物をしごきながら片手で『のす』の乳首を摘み、捏ねる男が2人
『のす』の肉棒を握って扱う男が1人
そしてディルドを抜き挿しする男が1人
全身を上から下まで舐めるようにして映された後、画面は『のす』のディルドを呑み込んでいる秘部のアップになる。
大きく太いものを奥深くまで挿し込まれた上にグリグリとさらにねじ込むようにされた秘部は、モザイク処理の上からでも一本の皺もないほど目一杯に伸ばされていることがはっきりと分かるほどで、そのなめらかな様子を見るに普段そこがひっそりと閉じた肛門であるとは信じられないくらいだ。
どれだけ長いものが中に呑み込まれているのかを見せつけるようにゆっくりと引き抜かれては、先端が抜け出そうなところでまた秘部へと姿を沈めていくディルド。
その抽挿が5度ほど繰り返されたところで、『のす』は男の逸物を咥えこまされた喉から(んうぅっ、っ!!)と声を洩らした。
照明が白く照らし出すその体は小刻みに震えている。
そんな『のす』の姿に男達が「うわ、ディルドでもう中イキしちゃったね」「早いね」「イっちゃったんだ」と口々に笑いを交えて言うと、『のす』は恥ずかしそうにしながらも「ん…もうイっちゃった…」と小さく頷いた。
男達が片手間にローションを惜しげもなく搾り出していたために『のす』の体はまるでマッサージオイルでも塗りたくったかのようにぬらぬらと明かりを反射していて、素肌の滑らかさと美しさを際立たせている。
男達はどこからか取り出したコンドームをそれぞれ装着すると、恥ずかしがるように両腕で顔を隠す『のす』を再び取り囲んだ。
体内から引き抜かれたディルドは今さっきまでこれがどの辺りを刺激していたのかを知らしめるように『のす』の腹部に置かれる。
準備の整った男1人が『のす』のわずかに閉じていた足を開かせ、逸物で秘部を軽く叩きながら「今日の1本目、挿れちゃおうか」と先端をそこへあてがうと、『のす』は上気した瞳で言う。
「おもちゃじゃないやつ…ちょうだい」
その言葉が言い終わる前に、男は『のす』の腰を掴んで机の端に移動させると、立ったまま自らの腰を動かして挿入を始めていた。
すでに絶頂を迎えるほどほぐされていた秘部はすんなりと男の逸物を受け入れ、抽挿にもすぐさま順応していい反応をもたらす。
順番待ちをしている男達は目の前で繰り広げられているこの淫行をおかずにしながら自身の逸物をしごいたり、ディルドで『のす』の体の線をなぞったりと思い思いに楽しんでいるらしい。
『のす』は抽挿を受け入れながら男の口づけに応えては「あっ…そ、そこ、当たってる…っんん…」と囁く。
そうしてしばらく経った頃、腰の動きを早めた男は「あぁ…イク…イク……っ!!」と呟いてから『のす』の体内へと強く自身の逸物を突き入れた。
1つ2つと呼吸をして余韻を味わった男が『のす』から逸物を引き抜くと、大量の精液が溜まったコンドームの先端がはっきりと映る。
それから『のす』は次々と残りの男達を受け入れた。
男達はそれぞれ様々な体位や激しさで『のす』と交わる様を見せる。
足を深く折り曲げさせながら
腰を掴みながら
じっくりと焦らしながら
四つん這いにさせて
横向きにさせて足を抱えながら
そして、激しく突き飛ばすように
『のす』の秘部は欲を満たしては離れていく男達によって立て続けに突かれ、孔が狭まる暇もない。
射精を終えた男達は取り外したコンドームを縛って手に持ち、次の男の抽挿によって体を揺り動かされている『のす』の口元へ白濁のついた逸物を差し出しては舐めさせて『掃除』をさせていく。
喘ぎ声をあげながら舌と喉とを使って『掃除』をする『のす』は、やがて最後の7人目によって激しく突かれたことで背を大きく仰け反らせながら一際大きく喘ぎ声をあげて体を震わせた。
最後の『掃除』をさせられる『のす』の腹や胸にはそれまで男達が手に持っていた使用済みコンドームがあちこちに置かれる。
艶やかな裸体の上に添えられた数々の生々しい痕跡。
それはまるで『戦利品』による飾りつけのようだ。
はくはく と閉じたり開いたりを繰り返す『のす』の秘部はしばらくそうしてそのまま映された後、再びディルドをズブズブと呑み込まされ、『のす』はそれを自分で動かしながら肉棒にも刺激を与えてさらなる絶頂を目指していった。
閉じそうになる足を無理に開きながら、机の上、照明の下で前と後ろとの自慰をする『のす』。
その姿に触発された男達は机を取り囲みながら同じように自慰をし、すぐに息を荒らげた。
「はぁっ、あぁ…」
「あぁっ、出る、出る…」
「ッく……」
幾筋も飛び交う精液。
それらは『のす』の頬、首筋、胸、腹、下腹部に散らばり、いくつもの白い雫と線はその下にあるしっとりとした艶やかな肌を汚す。
ほどなくして自らも白濁を散らした『のす』は完全に体のビクつきが終わるまで断続的にはぁっはぁっと息も止まりそうな呼吸を繰り返した。
7つの使用済みコンドームと8人分の精液にまみれた『のす』
太ももの方からそれらを余すことなく映した画面の最後は、胸を上下させながら瞳を閉じ、かすかに眉間にしわを寄せた『のす』の、果てた後の表情のアップだった。
~~~~~~~~~~~~
律悠は今のこの気持ちがどう言い表すべきものなのか、分からずにいる。
思わず停止ボタンを押したため、まだその続きがあるのかもしれない動画は『のす』の顔のアップで完全に止まっていた。
今までに何本も『のす』の作品を観てきたというのに。
他の男優に好き勝手される姿を何度も観てきたというのに。
一体何がこんなにもショックなのかが律悠自身にも分からない。
複数人を相手にプレイしているものだって、観たのはこれが初めてではなかった。
3人でプレイし、真ん中でネコとタチを両方同時にこなしているものも
2×2の組み合わせで始め、半ばで相手を交代しながら、最後には組み合わせなどもなくただひたすらに4人で絡み合っているものも
玩具で前も後ろも好きに弄られながら、男優の逸物を咥えさせられているものも
どれも観てきたが、心苦しくなったとしてもこんなにも視聴後に打ちひしがれてしまうようなものはなかった。
だが、今回の作品には胸が苦しくなるほどの何かがあったのは確かだ。
そう感じさせるものの正体が何かも分からないまま、律悠は自然と瞳から雫を溢していた。
分かっている。
これは『のす』の仕事だ。
AVだ、アダルトビデオだ。
いつもはそう思えばいくらか気が紛れていたというのに、今はむしろそれが辛くてたまらない。
さらに脳裏には今見た動画の中の場面が何度も蘇ってくる。
『のす』はプレイの最中に時々目線をこちらに寄越していたのだ。
自慰しながら、突かれながら、逸物を咥え込まされながら。
流し目によるその視線は、まるであの暗い空間の中で行われている【見てはいけないもの】を覗いてしまったのを 何も言わずに見咎められているような、『助けてくれ』と懇願されているような、『加わらないか』と誘われているようなものだった。
その一つ一つを思い出すにつけ苦しくなり、声をあげて泣き出してしまわないように口元を押さえて涙を流す律悠。
だがその時、玄関の方から扉の開く音が聞こえてきた。
「ただいま~!」
元々待ちわびていたはずのその声は、まったく部屋の中の状況を知る由もなく明るく響いてくる。
もうすぐこのリビングの扉が開いて玖一が入ってくるはずだ。
律悠は慌てて携帯端末を裏返すと、小さくうずくまって顔を隠した。
「悠~、ただいま!」
ガサゴソと買い物袋の音をさせながら室内に入ってきた玖一はテーブルの上にそれらを置いて「なんか時間かかっちゃったよ」と苦笑いで言う。
「いつものコーヒー豆を買いに行ったらさ、ちょうど新しいのを詰めてるところで。『もうちょっと待ってればこの新しいのを渡せるよ』なんて言われたらせっかくなら待とうかなって思うじゃん…でもそんなことなら悠と一緒に行けばよかったよ。お店がいつもよりいい匂いだった気がしたし、そういうデートもアリでしょ?休日の午後に散歩して、コーヒー豆の用意ができるまでちょっと一息ついて、それで豆を買って帰ってくるの。最高じゃない?」
買い物袋から買ってきたものを取り出しつつそう話す玖一。
玖一はそうしているうちに律悠がうずくまって声を押し殺していることに気が付き、それ以上は何も話さず黙々と買い物袋を片付けると、手をアルコールで消毒しながらそっと律悠のそばへ寄ってきた。
「……」
隣に座り、しばらくじっとただ律悠のことを見守っていた玖一は「…悠」と静かに声をかける。
「悠、俺、ちゃんと自分ちでうがい手洗いしてきたし、手も消毒したし…念のためマスクも替えてきたよ。だから…ぎゅってしてもいい?俺、今さ、悠にぎゅってしたくて仕方ないんだ」
そうして優しく訊いてくる玖一に律悠が頷いて応えると、玖一は「ありがとう」と言って律悠を後ろからそっと抱きしめた。
玖一はなぜ律悠が涙を流しているのか、その理由を知らなかっただろう。
仕事の関係で何かあったのだと思っていたはずだ。
しかしすぐにその理由に気がつく。
「そっか…悠、観てくれてたんだね」
律悠のそばに置かれた携帯端末。
律悠は普段から携帯端末の画面を伏せて置く癖があるのだが、それにもかかわらず玖一が帰ってきたことに動揺して携帯端末をさらに裏返してしまっていたのだ。
律悠の携帯端末は画面が上になっていて、そこには停止したままの画が表示されていた。
玖一は抱き寄せた律悠の腕を擦りながら「そっか…」と小さく、静かに話す。
「…ごめんね、悠に嫌な思いをさせちゃった…辛い思いをさせちゃったね」
律悠は今声を出すとみっともなく震える涙声なのは間違いないと思い、何も答えることができない。
だが、玖一も律悠が落ち着くのを待とうとしているのか何も言わない。
静かな昼下がりの静かな室内で玖一が腕を擦ってくる音だけが響くというこの環境があまりにも苦しく、律悠は(せめて玖一の声を聴いていたい)と口を開いた。
「…これを撮った、から…辞めるって…言ったの?」
すると玖一は「ううん、違うよ」と首を振る。
「辞めるっていうのはもうずっと前から決めてたことなんだ。でも もう予定が先の方まで入ってたからどうしようもなくて…辞めるって言ったのにそれから何本も撮影してたら不安になるでしょ?だから最後の最後になるまで待ってたんだ」
「……」
「『撮った作品がこうだったから辞める』『この作品を撮らなければ続けてた』とかじゃないんだよ。そういうのは一切関係なく、俺は辞めるって決めてたんだ」
そう語りかけてくる玖一。
律悠はさらに続く玖一の声を間近で聞いていたことで少しずついくらかの落ち着きを取り戻し、ようやく気持ちの整理をつけて細々と話し始めた。
「…今まで、こんな気持ちになったことはなかったんだ。いつも観る度に『これはのすとしての仕事だ』って、『本当じゃないんだから』って思って…でも、今は…」
「…うん」
「今はなんだかすごく…辛いんだ。うまく言えないけど、なんていうのか…『のす』が【慰み者】になっているような感じがして、すごく嫌だ」
「うん」
「分かってるんだよ、これがAVだって。分かってる。…分かってるのに、それでもすごく…辛くて涙が止まらない。『のす』があんな風に扱われているのが、あんな風に見られているのが、自分でもなぜか分からないけど辛くて…」
再びじわりと涙が滲み始めた律悠を抱きしめながら、玖一は「そうだよね」とそばのテーブルの上に手を伸ばしてティッシュを数枚取り、律悠の涙を拭う。
「あれは…ちょっといつもの感じとは違ったよね。部屋の感じもそうだし、内容もそうだし…今までのとは色んな意味で違う作品だったと思う。だから余計びっくりさせちゃったんだね」
「……」
「悠の言う通り、あれはAVだ。映像作品だよ。本当のとはまったく違う、『見せるためのもの』だ。…だってさ、本当のエッチがどういうものかって、悠と俺はよく知ってるもん。ね、あんなんじゃないでしょ?そりゃ世の中には色んな人がいるだろうけど…でも本当のエッチはさ、好きな人、愛してる人との気持ちをお互いに、もっと深めるためのものなんだよ。愛している人とのエッチは秘密にしたいし、見せつけるようにするものじゃないと思う。でも、AVではエッチしてるところを撮るよね。…あの作品なんかは特にさ、愛があってしてるんじゃなく、いかにも『見せるためのもの』って感じが強かった。うん…強かったっていうか、『見せるためのもの、そのもの』って感じだったよね。だから悠はショックだったんだと思う」
玖一のその言葉に、律悠はなぜ自分がここまでひどく辛く悲しい思いになり、落ち込んでしまっていたのかの答えを得た。
≪愛があってしてるんじゃなく、いかにも『見せるためのもの』って感じが強かった≫
そう、まさにその通りだった。
複数人であることがそれを強調していたこともあるだろう。
しかし、律悠はそれよりも…。
「僕…『のす』があんな扱いを受けてるのを見るのが嫌だったんだ」
律悠は俯きながら言う。
「たとえ仕事としてでも…『のす』としての仕事でも、他の人とのセックスについて何も思わなかったわけじゃない。でも、それでも観ることができてたのは…やっぱり映されてる体が綺麗っていうのと…『のす』が他の人に大切にされながら撮影してるんだって思えてたから…だったんだと思う」
「でも、今回のこれはそうは思えなくて…ただの慰み者にされているような感じがすごくして…だから…だからだと思う」
自らの気持ちを結論付けるかのように話した律悠。
自分が愛し、そして同じように自分のことを愛してくれている人が直接大勢の人間の手にかかっている様を見て、胸が痛まないはずはないだろう。
たとえ抵抗するそぶりを見せていなかったとしても、7人もの男に囲まれた中ではそんな印象を受けるのも無理はない。
こんなにも苦しい思いをさせたものの正体を知り、そして言葉にして吐き出したことでようやく胸のつかえが下りた律悠を、玖一は再びしっかりと抱き寄せた。
「うん…あの作品は本当にそんな感じに見えたよね」
「…作品って分かってはいるんだよ、分かってはいるんだけど…」
「…うん。分かってるよ。悠が分かってくれてるってこと、俺は分かってる」
なだめるように髪を撫でられた律悠がうずくまったままだった体を緩めてきちんと玖一の顔を見ると、そこにはいつもの、2人一緒に過ごしているときの優しい笑みがある。
玖一は律悠を胡坐をかいた自らの足の上へ乗せ、精一杯の力を込めて抱き締めながら「ごめんね、悠」と呟いた。
「心配かけて、悲しませて、辛い思いをさせて…ごめん」
「ありがとう、俺の恋人でいてくれて。ありがとう、悠…」
律悠はその言葉に頷くと、自らもしっかりと腕を回して玖一を抱きしめた。
胸に伝わる温かさは縮こまっていた体をほぐし、涙を止めるどころかすっかり乾かしてしまう。
その温もりにほっと息をついた律悠は玖一の肩に手を置いて少し体を離すと「その……」と口を開いた。
「…ああいうのも、気持ちいいの…?」
動画の中で観た『のす』の姿を思い出しながら言いづらそうに訊ねる律悠。
すると玖一は「悠…もう、悠!」とため息をつく勢いで眉をひそめた。
「分かってるんじゃなかったの?あれはAV、創りものだって!」
「でも…」
「でもじゃないよ、悠…!」
玖一ははっきりと言って聞かせる。
「…あのね、たしかに触るものを触れば出しちゃうし、イキはするよ。でもだからって、あれが本当に気持ちよくての反応だと思う?…ねぇ、聞いて、悠。この際、きちんと言うよ。撮影ってね、実際には沢山のスタッフが関わってるものなんだ。画面に映ってる男優だけじゃないんだよ。カメラに照明に監督がいるの。そもそも『映像作品』だから、いわゆる【企画モノ】じゃなくても脚本した人、作品の企画者はいるし…とにかく好き勝手にその場所でエッチすればいいってものじゃないんだ。でね、カメラに映る男優も人目を気にしないで できればいいってわけじゃないの。AVはあくまでも『作品』だから、どんな時でもカメラ映りを意識しなきゃいけない。観てる人が興奮するような角度でカメラが撮るっていうことを意識して、カメラの画角の邪魔をしないように常に気を遣う必要があるんだよ。もし好き勝手に動いたりして監督達の撮りたいシーンが撮れなくなったら…それはまず作品として成り立たなくなる。照明もそうだよ。体や画全体を綺麗に見せるためにスタッフが考えて設置してるのに、それを体で遮っちゃったら全部台無し。でしょ?」
玖一は「でもそれだけじゃない、まだ他にもある」と続ける。
「撮影するには場所を借りてるけど、その借りれてる時間内に監督が作品を仕上げるのに『使える画』を充分な尺の分、撮影しなきゃいけないんだ。『この時間の尺はカットなしで撮りたいから 愛撫でもたせて』って言われたら、その通りになんとか撮られないといけないし。全体的にモタモタ時間ばっかりかけて編集が沢山必要になるのもダメ、さっさと済ましちゃってもダメ。もっと良くないのはまだ充分な尺が撮れてないのに射精して、欲しい画の時に出せなくなっちゃったり、勃たなくなっちゃったりすること。逆もあるよ、尺を気にしすぎて勃たなくなっちゃう、射精できなくなっちゃうこと。そうなると もう どうしようもないから、プロの男優は皆それぞれ上手くコントロールしながら撮影してるんだ。特に『複数人で同時に射精する画を撮る』って言われたら周りの人達とも合わせなきゃいけないから、本当に難しい調節をこなして撮影に臨んでるんだよ。…ほら、ね?こんなに色々と考えながらしてるのに、気持ちいいって感じる暇があると思う?ちなみに、声の出し方にも指示があったりするよ。『言葉を多めに』『息を多めに』『喘ぎ声を出しすぎ』…あとはなんだ、『もっと喘いで』『淫語をもっと言って』って。視線も『伏し目がちにして』『目を潤ませて』とか。監督の指示とか作品の方向性に従って色々と考えながらしてるんだよ。撮影で『気持ちいい』なんて、そんなこと思ったことがない。少なくとも俺は一度もだってない」
玖一がため息をつきながら次々と並べたそれらに、律悠は想像すらもできずただ「大変…なんだね」と呟く。
「そんな風にしてるなんて…全然見えないのに」
「それはそうでしょ、皆 基本プロなんだし。そもそもAVは現実じゃないことを演じて見せることが目的のものだよ、男優の苦労する姿なんかはちっとも必要じゃない」
「そっか…」
妙に納得したように頷いて目を伏せた律悠。
玖一はそんな律悠の頬に手を添えて上向かせると「まったく…だいたいさぁ」と眉をひそめる。
「俺が本当に感じてたらどんな風になるかって、一番よく知ってるのは悠でしょ。いつもの俺と『のす』が同じに見える?そんなわけないじゃん。まったく…まったくまったく、ほんとにもう」
やれやれと首を振った玖一はそれからじっと、真正面から律悠の瞳を見つめて言った。
「悠。俺、本当に悠が大好きだよ。愛してる、本当に心から愛してるんだ。愛してるんだよ」
愛を囁くその声はとても甘い。
すると律悠もきちんと見つめ返して「僕も…」と応える。
「愛してる、玖のこと。僕だって愛してるよ、すごく…すごく」
「うん…よく分かってるよ、悠」
「本当に…好きだ」
真剣に目を合わせながらしばらく愛を伝え合った後、玖一は「はぁ…残念だな」とマスクに覆われていない目元を細め、苦笑いしていることを表した。
「悠にキスしたいのに、あともうちょっとだけ…『紙』を持って来れるまではおあずけしなきゃいけない」
手のひらで何度も惜しそうに律悠の頬を撫でる玖一。
すると律悠は立ち上がり、玄関に続く扉の方へ行ったかと思えば手を使い捨てマスクの箱の中に突っ込んでその中から一枚取り出し、また慌ただしく玖一の元へと戻ってきた。
マスクをしっかりと耳にかけ、少しの隙間もないようぴったりと密着させた律悠は「これでも?」と玖一を見つめる。
「これでも、だめ?」
玖一はわざわざマスクを取りに行ってきた律悠が可愛らしく、愛おしくてたまらなくなり「いや、大丈夫」と微笑んだ。
「これなら少しくらいは…」
言い終わらないうちに玖一は律悠からのキスを受ける。
これまでにいくつもの数え切れないキスを交わしてきたため、2人はたとえマスクに遮られていたとしても互いの唇がどこなのかを完全に把握し、その中心を的確に捉えることができる。
2枚のマスク越しに唇を押し付け合うこのキスからははっきりとした温もりは伝わってこないが、それでも想いを伝えるのには充分だ。
しっかりと想いを伝えた後で離れた律悠に、玖一は言う。
「…もいっかい」
律悠がそれに応えて再び唇をくっつけて離すと、玖一はさらに「もいっかい」と催促した。
今度は首を反対に傾けてキスをした律悠。
3度目を終えて離れると、今度は玖一が律悠に唇を押し付ける。
律悠のうなじを引き寄せ、マスクごと軽く食むような口づけをした玖一はゆっくりと離れて目を合わせたが、それからもう一度ちゅっ と小さく音を立てるようにして口づけると、満足そうに微笑んで律悠を胸に抱きしめた。
律悠は《抱きしめられることがこんなにも気分良く思えるのは、相手が玖一だからに他ならない》と考えながら身を擦り寄せる。
玖一によってもたらされる大きな安らぎに身を任せる律悠は、しばらくそうしてじっとしてから、あの『新作』のパッケージ写真について言及した。
パッケージの中央を飾る『のす』がとても美しかったと、素敵だったと。
すると玖一は「本当?」ととても嬉しそうにしながら、まるで子供をあやしでもしているかのように体を揺らした。
「悠にそんな風に言ってもらえるなんて…頑張った甲斐があったな。俺、玖一にそう言ってもらえるのが1番嬉しいよ」
玖一は唇を尖らせる。
「写真を撮るのも大変なんだ。何回か変えたりもするけど基本は同じポーズでジッとしてなきゃいけないし、そのまま何枚も何十枚も、何百枚も撮るし…ちなみに、体の線を綺麗に出すために腕とか足には力を入れっぱなしでね。何時間も。考えられる?…ほんっとに、楽じゃない…」
そう呟く玖一に律悠は「うん…苦労して撮ったんだね」と苦笑する。
「でも、本当に良い写真だったよ。すごく…綺麗だった」
昼過ぎの穏やかな時をこえて次第に傾き始める太陽。
辺りが薄暗くなり始めるだろうかという頃になるまで、2人はそうして身を寄せ合ったままいくつもの話をした。
次は一緒に外出して、散歩がてらコーヒー豆を買ってこよう。
そんな小さな約束まで交わしながら。
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