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番外編
「2週間」後日談
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「ねぇ、ちょっといいかな」
「はい」
侍従が家へ帰ったある晩、若領主の執務室で本を読んでいた彼は若領主から声をかけられて顔を上げた。
若領主は彼の隣に腰掛けると、小箱を取り出して見せる。
「これを君に。どちらか好きな方をもらってほしい」
「好きな方を…?わぁ!これ、どうしたんですか?」
目を輝かせながら小箱の中を見る彼はまるで小動物のようで、若領主は「私が創ったんだ」と顔を綻ばせた。
小箱の中には小さな彫刻細工が2つ収められていて、美しい縁模様が飾る円形の板の中にそれぞれ鶏と馬が彫られている。
彫刻は首から下げられるよう、美しい紐が通されていた。
「まぁ、なんだ…この間私達が離れた時にね、何かお互いで同じものとか、君をいつもそばに感じられるようなものがあったらいいなと思ったんだ」
「たしかに、そうですね。僕はこの間、若からもらった手紙がそうでしたけど…でもずっと身につけていられたら、もっと近くに感じられます」
「うん」
彼は再び小箱の中へと視線を戻し、「鶏と馬…?」と不思議そうに尋ねた。
「そう、鶏と馬。何を彫ろうか迷ったんだけど、やっぱり私達に縁のある動物がいいと思って。私と君が幼い頃に会ったのは鶏達のところでだったし、君を初めて抱きしめたのは馬で2人乗りをした時だったから」
「あれ、抱きしめたことになります?」
「ならないのか?私はあの後、すごくドキドキして…」
「っ…!」
彼は途端に顔を赤らめ、「と、とにかく!」と声を上げる。
「どっちも素敵だし、選べと言われても…若はどっちがいいですか?」
「君が選ぶといいよ」
「もう、だから…それじゃ、若はどっちが私に似てると思いますか?鶏と馬と」
「うーん、そうだな…鶏、かな?」
「鶏?鶏…そっか、若はどっちかといえば馬ですもんね」
「馬?」
「だって若には決まった馬が、あの子がいるじゃないですか。それになんていうか…若を象徴するのは鶏よりも馬って感じがする」
「まぁ、たしかに鶏よりはそう…かな?」
納得した若領主は馬の方を自分のものにするべく手を伸ばしたが、彼はその手を「馬は僕がもらいます」と止めた。
「いや、私を象徴するのは馬だって君が今…」
「さぁいいから、若は鶏の方を」
「うん…じゃあ、これは君に」
2人はお互いの首にその小さな彫刻をかけあう。
大きくはないものの、繊細な彫刻が美しいそれはずっしりとしていて、彼はうっとりと指でなぞりながら呟いた。
「これ…魔除けの木でしょう?彫るのが難しいって聞いたことがあります。なのにこんなに綺麗な…若は彫刻の腕前もいいんですね」
「一応、幼い頃から工芸地域で木に親しんできた身だからこれくらいはね。でも侍従の彼の方が彫るのも図案を描くのももっと上手なんだ。それを思うとこれもちょっと…」
「ううん。僕、これ、とっても好きです」
「ありがとう、気に入ってくれたみたいで良かった。この木の彫刻はよくお守りとして使われているし、丈夫だからね。2人で持っていてもおかしくないよ。だけど裏のこの模様だけは…」
「裏の…?あっ、これ、星と風の文様が混ざってる…僕達の名前ですね」
「うん。どう?この2つって、とても相性がいいと思わないか…」
若領主と彼は静かに見つめ合って微笑んだ。
「僕、これを本当に大切にします」
「うん…私も」
ーーーーーー
「おーい!あれからどうだ、元気にしてるか?」
彼が実家の手伝いとして薬草取りへ出かけた帰りに放牧場を通りかかると、ちょうど向かい側から鉱業地域で共に寝起きをしていた友人がやってきた。
「もうすっかり暖かくなってきて風邪の心配もなくなったな。あの時は本当に大変だったよ」
「そうだね。鉱業地域であんなに風邪が流行るのは珍しいことだけど、やっぱり気温差が激しかったから」
「対策っつっても限界があるし、無理もないよな。そうだ、この間の医者の集まりでさ…」
その時、彼は目の端に若領主の姿を見た。
どうやら区画の見回りに来ていたようで、馬を降りて人々から話を聞いたり、記録をまとめる侍従と話をしている。
若領主がこちらに気付くのとほぼ同時に話をしていた友人も若領主に気付き、「あ、若領主だ」と礼をした。
彼も一緒に礼をすると、若領主もそっと礼を返す。
「あぁ、それでさ…」
友人はなおも話し続けるが、彼には若領主がこちらの様子を気にしていることがよく分かっていた。
この友人が相部屋をしていた人物だとは知らないはずだが、気にせずにはいられないのだろう。
(いくら僕が『若だけです』と言っても気になるよね、僕が逆の立場でもそうなるし。…そうだ)
彼は友人の話に相槌を打ち、笑って口元に手を置くようにして、若領主にだけ見えるようにそっと指先に口付ける。
そして胸元にある若領主からもらった小さな円の彫刻へ何気なく手を伸ばし、上衣の上からその口付けた部分を押し当てた。
(『若を象徴するのは鶏よりも馬って感じがする』)
(どうかな、伝わったかな?)
彼は自分に似ているものよりも若領主を象徴するものを身に着けたくて馬を選んだのだが、こうしてみると、若領主を象徴するものに口づけたというのは随分とあからさまなことに思える。
彼が若領主の方をちらりと見やると、若領主もその意味に気付いたらしく、笑みを抑えようと必死になっていることが分かった。
そんな若領主の姿を見られただけでも充分だったのが、ようやく平静を取り戻した若領主は明後日の方向を見ながら、大胆にも胸元から鶏の彫刻を取り出し、そのままちゅっと口づける。
(うわ!待ってよ、これは思っていた以上に恥ずかしいっていうか嬉しいっていうか…!!)
今度は彼の方が平静を保つのに苦労するはめになる。
昼間に行われたこの秘密のやり取りが、その夜の2人の仲を深めたのは言うまでもない。
「はい」
侍従が家へ帰ったある晩、若領主の執務室で本を読んでいた彼は若領主から声をかけられて顔を上げた。
若領主は彼の隣に腰掛けると、小箱を取り出して見せる。
「これを君に。どちらか好きな方をもらってほしい」
「好きな方を…?わぁ!これ、どうしたんですか?」
目を輝かせながら小箱の中を見る彼はまるで小動物のようで、若領主は「私が創ったんだ」と顔を綻ばせた。
小箱の中には小さな彫刻細工が2つ収められていて、美しい縁模様が飾る円形の板の中にそれぞれ鶏と馬が彫られている。
彫刻は首から下げられるよう、美しい紐が通されていた。
「まぁ、なんだ…この間私達が離れた時にね、何かお互いで同じものとか、君をいつもそばに感じられるようなものがあったらいいなと思ったんだ」
「たしかに、そうですね。僕はこの間、若からもらった手紙がそうでしたけど…でもずっと身につけていられたら、もっと近くに感じられます」
「うん」
彼は再び小箱の中へと視線を戻し、「鶏と馬…?」と不思議そうに尋ねた。
「そう、鶏と馬。何を彫ろうか迷ったんだけど、やっぱり私達に縁のある動物がいいと思って。私と君が幼い頃に会ったのは鶏達のところでだったし、君を初めて抱きしめたのは馬で2人乗りをした時だったから」
「あれ、抱きしめたことになります?」
「ならないのか?私はあの後、すごくドキドキして…」
「っ…!」
彼は途端に顔を赤らめ、「と、とにかく!」と声を上げる。
「どっちも素敵だし、選べと言われても…若はどっちがいいですか?」
「君が選ぶといいよ」
「もう、だから…それじゃ、若はどっちが私に似てると思いますか?鶏と馬と」
「うーん、そうだな…鶏、かな?」
「鶏?鶏…そっか、若はどっちかといえば馬ですもんね」
「馬?」
「だって若には決まった馬が、あの子がいるじゃないですか。それになんていうか…若を象徴するのは鶏よりも馬って感じがする」
「まぁ、たしかに鶏よりはそう…かな?」
納得した若領主は馬の方を自分のものにするべく手を伸ばしたが、彼はその手を「馬は僕がもらいます」と止めた。
「いや、私を象徴するのは馬だって君が今…」
「さぁいいから、若は鶏の方を」
「うん…じゃあ、これは君に」
2人はお互いの首にその小さな彫刻をかけあう。
大きくはないものの、繊細な彫刻が美しいそれはずっしりとしていて、彼はうっとりと指でなぞりながら呟いた。
「これ…魔除けの木でしょう?彫るのが難しいって聞いたことがあります。なのにこんなに綺麗な…若は彫刻の腕前もいいんですね」
「一応、幼い頃から工芸地域で木に親しんできた身だからこれくらいはね。でも侍従の彼の方が彫るのも図案を描くのももっと上手なんだ。それを思うとこれもちょっと…」
「ううん。僕、これ、とっても好きです」
「ありがとう、気に入ってくれたみたいで良かった。この木の彫刻はよくお守りとして使われているし、丈夫だからね。2人で持っていてもおかしくないよ。だけど裏のこの模様だけは…」
「裏の…?あっ、これ、星と風の文様が混ざってる…僕達の名前ですね」
「うん。どう?この2つって、とても相性がいいと思わないか…」
若領主と彼は静かに見つめ合って微笑んだ。
「僕、これを本当に大切にします」
「うん…私も」
ーーーーーー
「おーい!あれからどうだ、元気にしてるか?」
彼が実家の手伝いとして薬草取りへ出かけた帰りに放牧場を通りかかると、ちょうど向かい側から鉱業地域で共に寝起きをしていた友人がやってきた。
「もうすっかり暖かくなってきて風邪の心配もなくなったな。あの時は本当に大変だったよ」
「そうだね。鉱業地域であんなに風邪が流行るのは珍しいことだけど、やっぱり気温差が激しかったから」
「対策っつっても限界があるし、無理もないよな。そうだ、この間の医者の集まりでさ…」
その時、彼は目の端に若領主の姿を見た。
どうやら区画の見回りに来ていたようで、馬を降りて人々から話を聞いたり、記録をまとめる侍従と話をしている。
若領主がこちらに気付くのとほぼ同時に話をしていた友人も若領主に気付き、「あ、若領主だ」と礼をした。
彼も一緒に礼をすると、若領主もそっと礼を返す。
「あぁ、それでさ…」
友人はなおも話し続けるが、彼には若領主がこちらの様子を気にしていることがよく分かっていた。
この友人が相部屋をしていた人物だとは知らないはずだが、気にせずにはいられないのだろう。
(いくら僕が『若だけです』と言っても気になるよね、僕が逆の立場でもそうなるし。…そうだ)
彼は友人の話に相槌を打ち、笑って口元に手を置くようにして、若領主にだけ見えるようにそっと指先に口付ける。
そして胸元にある若領主からもらった小さな円の彫刻へ何気なく手を伸ばし、上衣の上からその口付けた部分を押し当てた。
(『若を象徴するのは鶏よりも馬って感じがする』)
(どうかな、伝わったかな?)
彼は自分に似ているものよりも若領主を象徴するものを身に着けたくて馬を選んだのだが、こうしてみると、若領主を象徴するものに口づけたというのは随分とあからさまなことに思える。
彼が若領主の方をちらりと見やると、若領主もその意味に気付いたらしく、笑みを抑えようと必死になっていることが分かった。
そんな若領主の姿を見られただけでも充分だったのが、ようやく平静を取り戻した若領主は明後日の方向を見ながら、大胆にも胸元から鶏の彫刻を取り出し、そのままちゅっと口づける。
(うわ!待ってよ、これは思っていた以上に恥ずかしいっていうか嬉しいっていうか…!!)
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