酪農地域にて

蓬屋 月餅

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番外編

「2週間」

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「はぁ…あっ…うぅっ!あぁっ、も、もうでそ…う…っ!」
「うん、わたしも…」

 小屋の寝台の上、彼の両足が若領主の腰をきつく挟み込み、彼の中に収められた若領主のものが一層深く突き入れられたところで、2人はほぼ同時に白濁を放った。
 荒い息遣いのまま、お互いに腕を回し合って少しの隙間も作らずに口付ける。
 そのままいくらか呼吸が落ち着くまで抱きしめたり、口付けたり、囁きあうのが、2人にとってとても大切な時間だった。

「んっ…ねぇ、若?僕達、随分と慣れてきましたね」
「うん?こういうことをするのに…?」
「あっ…それもそうですけど…」

 彼は若領主の腕に頭を乗せながら、まだ赤く染まっている頬を擦り寄せて話す。

「その、僕達はほとんど毎日シて…るじゃないですか。初めは大丈夫なのかなって思ってたんですけど…今は…」
「うん…」

 どちらからともなく唇を寄せ合い、囁く声はそこで途切れた。

ーーーーーー

「若、それじゃちょっと出かけてきますね。…あ、今日はまた少し肌寒くなってますから、若も外に出る時はきちんと外套を着てくださいよ」
「うん、分かった」

 屋敷での朝食を終え、彼は陸国の中央広場にある図書塔へと出かけていった。
 本の修復に関する話を聞きに行くだけだとは言っていたものの、それは最も親しい友人に会いに行くのとほとんど同じことのため、帰ってくるのは遅くなるだろう。
 いや、遅くなるはずだった。

 若領主の考えに反し、彼はいつも帰ってくる夕刻を過ぎても屋敷へ戻らない。
 帰ってくればすぐさま必ず若領主に「ただいま帰りました」と声をかけるはず。
 そうでなかったとしても、耳をすませれば調理場の方から今日の夕食について侍従と話す声が聞こえてくるはずだ。

(なにか…あったのかな?)

 次第に落ち着かなくなっていく心を抑えつつ1日の仕事を進めていると、外の暗がりが深くなり始めたところで侍従が執務室へやってきた。

「若領主。たった今、こちらの手紙が鉱業地域から届きまして…」
「鉱業地域?」

 送られてきたという手紙の差出人は彼だった。
 不安に駆られつつ手紙を開くと、そこには見慣れた彼の文字が、正しくは見慣れた彼の『少し乱れた文字』が並んでいた。


『若、ごめんなさい…しばらく屋敷へ帰れそうにありません。取り急ぎこの手紙をお届けします。まだ冷える日もありますから、どうかお身体にはお気をつけてくださいね』


「これは…どういうことだ?」
「鉱業地域で風邪を引いた者が多く、医者達の手が足りなくなったようです。そこで通りかかった彼が手伝いをと声をかけられたのだとか」
「『しばらく屋敷へ帰れそうにない』?明日か明後日には…」

 侍従は首を横に振って答える。

「彼はこの屋敷住まいですから、万が一にも御領主や若領主に風邪をうつすことがないよう、鉱業地域での手伝いが終わっても実家で幾日か過ごさなければならないそうです」
「それはいつまで…?」
「その手紙を届けに来た医者によると、彼がこの屋敷に戻れるまでに『少なくとも2週間ほどはかかるだろう』と」

 若領主はあまりにも突然のことに呆然として、手元の手紙に目を落としたまま動けなくなっていた。
 急いで書いたらしい彼の字は、逼迫しているであろうその場の状況を物語っているかのようで、彼は一体今どうしているのか、ただそれだけで心配と不安とに包まれる。
 侍従が「ひとまず夕食にしましょう」と言って支度をしても、城の料理人達によるいつもと変わらない美味しさの料理を口にしても、入浴をしにいっても…何をしていても今日の朝に「いってきます」と笑顔で言った彼の姿が忘れられない。
 それは小屋へ帰ると一層強くなった。


 彼が屋敷へ住まうことになってからというもの、侍従の都合の付く日には必ず2人でこの小屋へ帰ってきて、他愛もない話をしたり、裏の源泉から湯を汲んできて身体を温め直したり、抱き合ったりしてきた。
 それが普通のことになっていたからこそ、彼のいない小屋はひどく物寂しく、小屋を支えるために必要なものがいくつも崩れ落ちているかのような気さえしてくる。
 休もうと思って寝台へ身を横たえても一向に気が休まることはなく、彼がいつもいる辺りの寝具へ手をやったまま空は白んでいった。

ーーーーーー

「若領主、昨夜はお休みになっていないんですか」
「うん…?あぁ、いや…」

 結局、一睡もできないまま屋敷へと戻ってきた若領主は侍従から仕事を減らして休むように言われるも、大丈夫だと言って変わらない仕事量をこなす。
 そして、その日の夜も小屋へ帰れるはずだったが、「小屋へ行ってもどうせ休めないから」と侍従を家に帰し、若領主は執務室に残って夜を過ごすことにした。
 執務室の寝台に横になっていても眠れるわけではないが、小屋に1人でいるよりはいくらかよかった。

ーーーーーー

「若領主、今日もお休みになっていないんですね?」

 彼と最後に会ってから5日が過ぎた頃、朝になって屋敷へとやってきた侍従は若領主の様子を見ると、幾らか腹立たしさを滲ませながら言った。

「少しは休んでいるよ、うん」
「少しもそうお見受けできませんが。彼が戻ってくるまでにはまだ1週間余りあるんですよ、そんな様子でどうするんですか」
「すまないね…」

 弱々しく答える若領主に、侍従は更に続ける。

「昨日、漁業地域の侍女が、私の妻がここへ来ましたね。家へ帰ってから言われました、『若領主は随分と疲れているみたいだ』と。『あなたの補佐としての仕事が足りないんじゃないか』とも。いくら私のせいではないと言っても訝しがられるばかりです」
「あぁ、いや…君はよくやってくれてるよ、それは…すまない…」
「私は妻から誇りに思ってもらえるよう日々仕事をしているんですよ、そんなことを言われるなんて我慢なりません。いいですか、なので1つ私から提案があります」

 侍従は若領主の前に記録書や書類を積み上げていく。
 そのあまりの多さに目を瞬かせていると、侍従ははっきりと言った。

「これから彼が帰ってくるまでの約1週間、私は毎日家へ帰らせていただきます。その間、若領主はこれらの記録のまとめ直し、いくつか寄せられている施設の補修要請、さらに温泉場の改良案について取り組んでいただきます」

 それらを全て成し終えるには、1週間ではとても足りそうにない。
 だが、いくつか仕事を後回しにして休もうとしたところでこの状況が変わるということもなく、むしろ忙しくしていた方が気も紛れるだろう。
 若領主は「分かった、そうしよう」と頷いた。

「では、まずそれらに取り掛かる前にこちらを。鉱業地域から滋養にいい畜産物の要請が寄せられていますので、卵等を本日鉱業地域まで届ける手はずとなっています」
「鉱業地域…人々は行ってもいいのか」
「まさか。届けるのは地域の入り口までですよ」

 「そうか…」と項垂れた若領主に、侍従はもう1つの要件を伝える。

「それから、雪解けの影響でぬかるんだ家畜通路を先日補修しましたが、そろそろそちらの確認にも向かわなくてはなりません」
「家畜通路…?」
「もう少ししたら向かいましょう。…あぁ、その卵の運搬も同じ頃になるかもしれませんね」

 若領主はすぐに侍従の意図に気付いた。
 先日補修した家畜通路は鉱業地域と工芸地域の間にあるもので、そこを見に行くとなれば鉱業地域の前を通ることになる。
 ただの卵の運搬に若領主が同行するのは周りからおかしく見えても、『家畜通路を見に行く途中で卵の運搬に出くわした』のなら何も不自然なことはないはずだ。
 偶然出くわしたのなら卵の運搬を手伝うことにもなるだろうし、そうなれば彼の姿を少しでも見られるか、もしくは卵の間に手紙を差し込むくらいはできるだろう。
 若領主は紙を取り出すと、すぐさまそこへ筆記具を走らせた。

ーーーーーー

「おぉ、若領主!お出かけかい」
「はい、家畜通路の見回りに行くんです。…皆さんは卵の運搬でしたね」
「そうだよ、新鮮な卵を食べて元気になってもらいてぇからな!」

 案の定、若領主が侍従と共に馬で出かけると卵の運搬をしている人達と一緒になった。
 何台もの荷車に載せられた卵や牛乳は全て鉱業地域で体調を崩している人々に振る舞われるためのものだ。
 鉱業地域の入り口に到着し、若領主も馬から降りて荷降ろしを手伝いながら彼の姿を探す。
 だが、彼の姿はない。

(直接会えなくても、この手紙だけは…)

 そう思いながら荷車2つ分の荷降ろしを終えたところで、若領主は遠くの方に彼の姿を見つけた。
 彼は若領主の姿を見つけるやいなやじっと立ちすくみ、まるで駆け出しそうになるのを抑えるように両手を握りしめる。
 その彼の両手首には包帯が巻かれていて、幾分痛々しく見えた。

(少し痩せたか…あの手首は?風邪には罹っていなさそうでも、身体を壊していていないか…)

 若領主が彼を見つめたまま頷くと、彼も力強く頷いてみせる。
 若領主は卵を運ぼうと手をのばしながら、素早く懐に隠していた手紙を取り出し、彼にだけ見えるように卵の間へと差し込んだ。

(この手紙だけでも、君の元へ…)

 彼は何度も軽く頷いて応える。
 若領主にはもうそれだけで充分だった。


「若領主!忙しいのに手伝わせちまって悪かったな!」
「いえ、お手伝い出来てよかったです。帰りもお気をつけて」
「おう、若領主も気をつけてな!それじゃ俺らはここで」

 酪農地域の人々が荷車を引いて帰っていき、若領主も侍従と共に自らの馬へ乗って家畜通路の方へと向かう。
 あとにした鉱業地域の入り口では、運搬されてきた卵をさらに中へ運び込むべく人々がやってくるのが見えていた。


「ありがとう。少しでも会えて…本当に良かった」
「『偶然』でしょう。私は何もしていませんよ」
「じゃあ『偶然をありがとう』と言っておこうか。大丈夫、これからきちんと1週間を過ごすから」

 若領主は屋敷に帰ってから、山のような仕事に手を伸ばした。

ーーーーーー

 鉱業地域にある大きな医者一家の家屋。
 その敷地内にある1室で彼は若領主からの手紙を何度も読み返し、その文字をなぞるように指先を滑らせていた。
 窓の外には満天の星空が広がり、忙しかった1日が終わろうとしている。

「ん?それ、手紙か?」
「うん」
「へぇ、お前が嬉しそうにするなんてな。誰からの手紙なんだ?」

 同じ部屋を分けて使っている医者仲間の友人から尋ねられ、彼は素直に「若領主から」と答える。

「若領主から補修を頼まれてた本がね、まだしばらく取りかかれそうにないから申し訳なく思ってたんだけど…気にするなって言ってくださったんだ」
「そうか、お前は今や屋敷住まいだもんな。ははっ!あんまり嬉しそうにしてるから、てっきり彼女でもいるのかと思ったよ」

 友人からの言葉に「か、彼女はいないし別にいいよ…」と答えた彼は、続けて興奮気味に話した。

「それよりもさ、字がすごく綺麗なんだよ!この領主文字さ、まだ書き始めてからそう何年も経ってないって信じられないよね?ほんと…御領主の字も素敵なんだけど、でも数年でこれってすごいと思うんだ。そうだ、そういえば君が随分前に持ってた医学書の字も素敵だったよね?やっぱり文字ってさ…」
「分かったわかった!分かったってば、お前の『文字好き話』には誰もついていけないよ…」

 友人は慌てて手を振りながら話を遮ると、こちらに背を向けて寝台に潜り込む。
 彼は、もう一度はじめから手紙に目を通すと、手紙にそっと口付けてから自らも寝台に横になった。


ーーーーーー


「若領主、本日はもう小屋でお休みになってください。今日からしばらくは私が屋敷におりますから」
「え?」

 若領主が屋敷で山のような仕事に手を付けてから1週間。
 彼にあの一瞬 会ったことで気持ちを持ち直した若領主は、相変わらず睡眠時間は少ないものの多少眠れるようになり、目が覚めれば仕事、仕事に疲れれば眠るということを繰り返していた。
 そんな中、湯浴みも終えてもう一仕事をしようかという時に突然侍従からそのように言われた若領主は「なぜ今日から?」と驚きながら尋ねる。

「彼が帰ってくるのは明日か明後日だろう?まだ今日は…」
「いいんです。すでにこの1週間で若領主は少なくとも3週間分の仕事はこなされました。もう小屋でゆっくりお休みになってください」
「いや、彼がいないのに小屋へ行っても仕方ないんだよ…小屋へは毎日様子を見に行ってるから、大丈夫」

 侍従はすっと目を細めると、「ではもう一度見に行くべきだと思います」と答える。

「な、なぜそんなに小屋へ行かせたがるんだ…」
「さぁ、早くどうぞ」

 侍従が小屋へ続く道の隠し扉を開けて促すため、結局若領主は訳も分からないまま小屋へと向かうことにした。

「それでは、おやすみなさいませ。若領主」

 若領主の後ろ姿を見送り、侍従は再び隠し扉を閉じた。


(一体何なんだ?)

 若領主は小屋へと続く道を歩きながら、侍従がなぜ小屋へと半ば強引に行かせたのかを考えていた。

(今日は元から小屋で休ませるつもりだったのかな?それにしても…昔はもっと考えていることが分かりやすかった気がするけど、今はさっぱりだ…あれ?)

 若領主は驚きに目を見張った。
 小屋の窓から灯りがもれているのだ。
 まさかそんなはずはない、と思いながらあの明かりの正体を考える。
 若領主は今日も様子を見に小屋へ来たものの、真昼だったために灯りなどつけなかった。
 ではあれは誰によるものなのか。

(小屋があることを知っているのは私と彼、そして侍従だけのはずだし、そもそも侍従は来たことすらないはずだ。だとすると…だとすると…!?)

 若領主は途端に小屋へ向かって走り出していた。
 湯浴みで濡れた髪を拭うために肩に掛けていた浴布が落ちそうになるも、それに構わず、小屋の扉に手をかける。

「若!若ーっ!!」

 扉を開けると、すぐさま何かが抱きついてきた。
 その声、香り、腕の回し方や力の込め方、全てに憶えがある。
 若領主も彼に腕を回すと、ありったけの力を込めて抱きしめた。
 しばらくしてからようやく彼を開放し、若領主は目の前にいる彼が幻ではない本物の彼だということを確かめる。

「どうして…明日か明後日と聞いて…」
「全部、全部お話します。あぁ、若…本当に会いたかった…」

 彼が再び抱きついてくると、若領主は少し身をかがめて彼の腰辺りに腕を回し、ぐっと抱き上げた。
 彼の方も浮いた足を若領主の腰に巻き付けて落ちないように腕と足を使って若領主にしがみつく。
 若領主は彼を抱きしめた後、そばにある長椅子へと彼を抱いたまま移動した。

ーーーーーー

 厚い布地が張られた長椅子の上、若領主は肘掛けに背を預けて横になり、身体の上に彼を乗せて後ろから抱きしめ続けている。
 彼は自らに回された若領主の腕をさすりながら、この2週間ほどの間に起きたことを1つ残らず話していった。

「あの日、昼前には屋敷へ帰ってくるつもりだったんです。だけど鉱業地域のところで医者友達に呼び止められて…行ってみたら医者達の中にも体調を崩している人がいて、色々と手が足りない状況になっていました」

 彼が自分に手伝えることを、と動いていると、鉱業地域の領主達から要請を受けた各地域の医者達もやってきた。
 そこで彼は「それぞれの地域へ帰っても、しばらくはいつも通りの生活が送れない」と聞かされたのだ。
 医者達が慌ただしく動き回る中、彼は急いで手紙をしたため、なんとか屋敷へと届けさせた。


「突然あんなことになって…少し怖かったんです。もう屋敷へ戻れないんじゃないかとも思ったりして。忙しくて、毎日大変だったし…でも若がくれたあの手紙が僕をすごく元気付けてくれたんです。あの手紙、その…」

 彼は胸元から大事そうにその手紙を取り出し、指先でいくつかの文字をなぞる。

「いつこんなことを考えついたんですか?こんな…こんな素敵なこと…」

 手紙は全て同じ字体で書かれているように見えるものの、彼がなぞる文字だけは他とはごく僅かに字体が異なっている。
 だが、その僅かな違いに気付けるのは彼と手紙を書いた人、つまり若領主だけだろう。
 そしてその他と異なる字体のものだけを抜き出して読むと…。

「君に直接届けられるか分からなかったから、少しだけ工夫したんだ。たとえ君じゃない人が読んだとしても誤魔化せるようにね」
「でもこんなに甘いことを書いて、僕をどうするつもりだったんですか?あの時…あの少しだけ会えた時、僕はすぐにでも駆け出して行きたかった。でも状況が状況だったからそれもできなくて…もし先にこの手紙を読んでいたら、自分を抑えられたかどうか分かりません」

 若領主は彼から『甘い言葉』が隠された手紙を取り上げると、傍らの机の上に置き、彼の手首を取って後ろから口づけた。

「あの手はどうしたんだ?もう治ったのか…?」
「あ、やっぱり見えてましたよね…僕はずっと薬の調合を担当してたんです。朝から晩までずっと薬草を細かくしたり混ぜ合わせたりしていて、それで少し傷めてしまって…もう大丈夫ですよ」
「…大丈夫なものか」

 彼の手首はまだ少し熱を持っているようだ。
 若領主は彼の手首を手のひらで包み込み、何度も優しく擦る。

「でもね、そのおかげで少し早く帰ってこられたんです。僕は薬の調合をしていて直接患者さん達とは関わらなかったし、ずっと鉱業地域の医者一家の大きな屋敷から出ずに作業していたから、家で待機する時間は少し短縮させても構わないだろうって」
「そうだったのか」
「それで、今日屋敷へ帰ってきたんですけど、侍従さんに言って僕を先にこっそり小屋へ向かわせてもらったんです。若に会ったらすぐに抱きしめてほしかったから…」

 侍従は若領主よりも先に彼に会い、若領主とはち合わせないようにあれこれと手を回してくれていたようだ。
 小屋へ強引に向かわせたのも、全ては彼との計画だったのだろう。

「それにしても、医者達まで体調を崩すなんて珍しいことです。でも知ってます?僕はとっても身体が丈夫だから、産まれた時から風邪なんかほとんどなったことがないんですよ!すごいでしょう?父も母も感心するほどなんです」

 彼が得意げに話すものの、若領主は「…そうなのか」と答えるだけでなにも言わない。
 どこかがっかりしているような、不満気なその様子に彼はムッとして「なんですか、健康なのは良いことでしょう?」と言った。
 若領主は彼の髪に口づけ、彼の香りを味わってから答える。

「そうじゃないけど。君がもし体調を崩したとしたら、私がこうして看病してあげたいと思っただけだ。…まぁ、それもなさそうだね」

 若領主の言葉に彼は少しの間をおき、それから若領主の胸に頬を擦り寄せて「ねぇ…若」と呼びかけた。

「僕、やっぱり疲れてるみたい…」
「え…」

 若領主は胸元の彼を見やり、本当に具合でも悪くなったのかと心配したものの、その耳が真っ赤に染まっているのを見てそうではないのだと悟る。

「そうか…それなら私が…看てあげないといけないね」

 若領主は彼の額に手を当てた後、自らが髪を拭うために使っていた浴布で彼の手を丁寧に拭い始めた。
 指先から指の間、手のひらから手の甲…拭い終わったところで、若領主はしっかりと指と指を絡ませて手を握る。
 そして空いている方の手を彼の胸に置き、「すごく速く動いているね」と囁いた。

「こっちは…」

 胸に置かれていた手はするすると彼の体を辿り、そして下腹部のたった今存在感を示し始めたものに触れて止まる。
 衣の上から少し触れただけでもピクピクと反応していることがわかるそれは、彼の吐息をも熱くしていた。

「…触れるよ」

 若領主は彼の下衣をずらすと自らの膝を軽く曲げて彼の足を開かせる。
 膝の上に乗せられるようにして足を開かされた彼は、敏感な部分が手のひらに包み込まれ、ゆっくりと扱われるのを感じた。
 固く握った手をきつく胸に抱きよせながら時々声を漏らしていると、次第に先から滲み出したもので敏感な部分は濡れそぼり、一層なめらかに扱われる。

「はぁ…あ、あぅ…もうでちゃ…んっ…!」

 彼はあっという間に放出した。
 若領主の手のひらは白く粘つくものに塗れていている。
 彼は息も整え終わらないうちに先程まで自らの手を拭っていた浴布を使って若領主の手のひらを拭き清めた。

「…濃いね」
「う、言わないでくださいよ…そんなの…」
「一度も自分ではしなかった?」
「で、できるわけないでしょう…鉱業地域では友達と相部屋だったし、家では…」
「相部屋?」
「そうですけど…」
「聞いてない」

 若領主はそれまで大人しく手を拭われていたが、突然浴布を握りしめてそれ以上彼が拭えないようにする。

「ちょっと…本当にただの友達です。同じ酪農地域の医者友達」
「……」
「…嫉妬してるの?」

 彼は身体の向きを変え、若領主に向き合って尋ねたが、若領主は口をきつく結んでいて、明らかに不満気だ。

「若…僕は本当に他の人なんて何とも思ってません。相手が男でも女性でもそれは同じことです、ちっともそういう触れ合いをしたいと思わない。若だけなんです。あなただけに触れてほしい、あなただけに愛してほしい、あなただけに僕の全部を見せたいんだ…」

 彼の瞳が真剣に、切実に訴えるため、若領主は「分かった」とふと微笑むと彼を引き寄せて口づける。

「本当にお疲れ様。そして…おかえり」
「はい、ただいま帰りました。…若も大変だったんでしょう?お疲れ様でした」

 再び唇を合わせると、若領主は握っていた浴布を床に落とし、手を彼の上衣の裾から差し込んで彼の背と腰のあたりを撫で擦る。
 だが、尻に手をかけそうになったところで手を引き、「あぁ、いけない」とわざとらしく言った。

「君は疲れているのに、こんなことをしちゃいけないな。もう休もうか?」

 彼の様子を窺うように片眉を上げる若領主。
 彼はそんな若領主に「…ねぇ、若」と呼びかけた。

「僕、奥が疼いて仕方がないんです…どうしたらいいですか?若がこれを…治めてくれますか…?」

 熱っぽい視線とその声は効果てきめんで、若領主は弾かれたように長椅子から身を起こした。

ーーーーーー

 彼を寝台に横たわらせると、若領主は自らの上衣に手をかけ、ぱっと脱ぎ捨てる。
 それを見た彼は「か、かっこよすぎませんか…」と顔を赤らめた。

「…かわいすぎませんか」

 若領主は彼に口づけながら下衣をはだけさせていく。
 すぐにあられもない姿になった2人は、互いに甘さを含む吐息を漏らしながら絡み合い、全身のありとあらゆるところを撫でる。
 若領主は指を彼の尻の間にある秘めた部分にあてがい、そこを撫でたり押したりして柔らかくなる時を待った。
 2週間の間そのようにいじられていなかったその部分はきつく閉じていて、彼が1人で準備をしただけでは柔らかくなるのに不十分だ。
 始めから少しずつほぐさなくてはならないのは彼と初めてした時以来のことで、ふと2人が初めて本当の意味で『交わった』時のことを思い出した若領主は、当時の自分がひどく戸惑い、そして我を忘れてしまったことまで鮮明に思い出した。

「若…?どうしたんですか…?」
「いや…初めて君の中に入った時のことを思い出したんだ。あの時は私もいっぱいいっぱいだったなと思って…」
「もう…今もいっぱいいっぱいになってくださいよ…」

 彼は足を若領主の足に絡みつけ、そっと摩りあげてくる。

「…そんなに煽ってどうするつもりなんだ…」

 若領主はようやく入った2本の指を折り曲げ、彼の中の最も敏感な部分を押した。
 彼は久しぶりに感じるその刺激に身を捩らせ、「あっ、あぁっ!」と何度も声を上げる。
 彼の中は擦る度に音を立てるほど潤い始め、まるで「準備はできている」と言わんばかりにうねった。
 若領主は指を抜き出すと、彼の足の間に身を割り入れ、喉元、鎖骨、胸に繰り返し口づける。
 彼がわずかに尻を上げて若領主に差し出すと、若領主は腰に手を回し、「入るよ」とだけ声をかけて瑞々しいその1点に自らの猛ったものを突き入れた。

「あっ、あぁぁ!んぅぅ……っ!」
「っ…キツすぎる…」

 自らを慰めていなかったのは彼だけではなく、若領主も同じだ。
 彼を想わない日はなかったが、それよりも「元気にしているのか」「辛いことはないか」「どう過ごしているのか」ばかりが気になっていて、とてもそのような気にならなかった。
 ほぼ毎日のように抱き合っていたにも関わらず、突然2週間ほどなにもせずに過ごし、さらに仕事漬けの疲れる日々を送ったせいで今の若領主の身体は刺激に非常に敏感になっている。
 そこに彼が帰ってきたという安堵感と積もり積もった恋しさ、彼と共にいられることの幸福感が加わった上、久しぶりに外からのものを受け入れた彼の中はとても狭く、締め付けが強い。
 ただ突き入れただけですぐに放出してしまいそうなほど若領主のものは熱く脈打った。

「あぁ、ちょっと…動かないで」
「…しましょうよ、だめなんですか?」
「そうじゃなくて…久しぶりだし、私ももう出してしまいそうなんだ。そんなに焦らなくても、ゆっくりしよう」
「だから…1回出してからゆっくりすればいいじゃないですか…?」
「…っ」

 彼は若領主の喉に噛みつくように口づけると、わざと中を締め付けて刺激を強くする。
 若領主はその刺激に耐えられず、1回、もう1回と腰を打ちつけ始めた。

 若領主を焚き付けて動くよう要求した彼だが、もちろん彼の方も苦しい思いをしている。
 久しぶりに太く硬いものを飲み込まされた柔らかな部分は、まるで初めての時のように痛み、快感だけを感じとれるようになるまでにはまだ時間が必要に思える。
 しかし、すでに慣れきって快感だけになるあの感覚を味わったことのある彼は、早くその感覚を取り戻したいがために痛みを無視していた。
 事実、じっくりと抜き差しされるよりもいくらか猛々しくされた方が楽だ。
 本当の『初めて』の時とは違い、こうして突かれていると身体は自然と反応し、行き来を繰り返すものが危険なものではなく、むしろ『必要なものだ』と受け入れ始めたのだから。

「うっ…もう出すよ…」
「うん…きて…」
「…っ」

 彼は自らの中で若領主が大きく跳ね、熱い1筋の液体が広がっていくのを感じた。
 それは彼が放ったものと同じくらい濃いものに違いない。
 腹の中で拍動する硬いものや熱い液体は不快感どころか大きな幸福感をもたらし、満ち足りた気分の彼は若領主を強く抱きしめた。

「ごめん…先によくなってしまった」

 はぁはぁと息を整えながら申し訳無さそうに言う若領主に、彼は首を振って答える。

「僕もさっき出したし…これでおあいこ。それより…」

 彼は重心を移動させて身体の向きを変えると、若領主を下にした。

「これから、でしょ?」

 若領主は ははっと軽く笑い声を上げると、再び腰を動かし始める。
 繋がったところからは、やはり濃厚な白濁が溢れ出していた。
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蓬屋のBLに興味をもって下さった方へ…ぜひ他作品の方も併せてご覧下さい。【以下、蓬屋のBL作品紹介】《陸国が舞台の作品》: ・スパダリ攻め×不遇受け『熊の魚(オメガバース編有)』 ・クール(?)攻め×美人受け『彼と姫と(オメガバース編有)』 ・陸国の司書×特別体質受け『図書塔の2人(今後オメガバース編の予定有)』 ・神の側仕え×陸国の神『牧草地の白馬(多数カップル有)』   《現代が舞台の作品》:・元ゲイビ男優×フリーランス税理士『悠久の城(リバあり)』 それぞれの甘々カップル達をよろしくお願いします★
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