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番外編
「赤子」
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陸国は夏に差し掛かり、屋敷に射し込む夕陽もすっかり長くなってきたある日。
その眩しいほどの夕陽を遮ろうと先を立った若領主の元へ、外から帰ってきた彼が「若、ただいま帰りました」と声をかけた。
「うん、おかえり。少し遅かったね、まだ明るいから気付かなかったけど」
「そうなんです、ちょっと色々ありまして…陽がのびてきましたね、少し前ならもう薄暗くなっていたのに」
彼は窓に寄っていき、夕陽を遮ろうとする若領主を手伝いながら「若、明日はずっとお屋敷ですか?」と尋ねる。
「明日?明日はいくつか区画を見に行く予定になってるけど、どうかした?」
「あの!もし良かったら、僕の実家に寄りませんか…?」
「第5医院に?」
「はい、良かったら…ですけど」
「うん、いいよ。あまり長くいられないかもしれないけどね。でもどうして?なにかあるの?」
彼は「来たら分かりますよ」と笑顔になる。
「さぁ、侍従さんがもう少ししたら夕食を運ぶと言っていました。記録室に戻す本はありますか?お手伝いします」
「ありがとう。それじゃ、そこの記録を…」
2人は手分けして1日の仕事の片付けをし始めた。
ーーーーーー
(『念の為、いらっしゃる時は静かに来てくださいね…』)
翌日、若領主は区画の見回り終え、記録を集めるのを侍従に任せて彼の実家である第5医院を訪れた。
彼の言葉を思い出しながらそっと戸を叩き、中を覗き込む。
すると、机のそばでこちらに背を向けて座っていた彼が振り向き、「若…!どうぞ、中へ!」と小声で促した。
若領主が音を立てないように注意しながら近付いていくと、彼はゆっくりと身体の向きを変え、腕の中に大事そうに抱えているなにかを見せる。
そこにはすやすやと眠る赤子がいた。
「か、かわいい…!そうか、春頃に産まれたって言ってた君のお兄さんとお義姉さんの…?」
「はい、僕の姪です!」
「そうか、この子が…」
彼は赤子を見やりながら今眠ったところなのだと話す。
「義姉さんが少し体調を崩していて…この子がちょっとだけ移動できる月齢になってから、たまにこっちで預かってたんです」
「お義姉さんは大丈夫なの?」
「はい、もうほとんど良くなったみたいです。この子に会うにはまた農業地域まで行かなきゃならなくなるし、その前に若にも会わせてあげたらって義姉から書付けが…」
「お義姉さんが?私のことを知ってる?」
「あ…はい、あの…」
彼は顔を赤くして「母さん、帰ってくるの遅いな」と話を逸した。
そうしていると、微かに身じろぎをして赤子は目を覚まし、むずがり始める。
彼があやそうとしていると、若領主は工芸地域の子守唄を優しい声音で歌い始めた。
その柔らかな歌声と曲調は小さいながらも美しく響き、赤子はすぐにご機嫌になって再びすうすうと眠り始める。
その一連の出来事に目を丸くした彼は「若、凄い…!」と感嘆の声を漏らした。
「知らなかったです、若が…なぜ子守唄を?というより、その歌声…!」
「あぁ、私の妹が小さい時に何度もせがんできたから今でも歌えるんだ。でもよく文句も言われたよ、『お母さんが歌うみたいにして』って。母上は元々楽団の一員だったから歌がとても上手なんだ。当時、私も母上に教えてもらって練習したりしたよ…懐かしいな」
「そうだったんですか…!」
彼は思いがけず若領主の歌声を聴き、満足そうに微笑んでは「君のおかげだね」と眠る赤子にそっと語りかける。
ゆったりと拍子をとりながら赤子を抱く彼の姿は、若領主の心に和みと微かなさざ波を立てた。
自分と一緒にいる限り、見えない彼の未来の姿。
「君に子がいたら…こんな感じなのかな」
ふと気が付けばそう口にしていた。
彼が抱くその子が、姪ではなく実の子だったら。
姪をこんなにも愛おしく見つめる彼は、普通に結婚をして子をもうけていたら、一体どんな父親になっていたのだろう。
(きっと、子を慈しむ良い父親になっていただろうね…)
どこか胸の締め付けられる思いがして彼を見ると、そこには若領主がまったく予想していなかった彼の姿があった。
顔を真っ赤にし、息まで止まりそうな彼は、もし赤子を胸に抱いていなかったらその顔を隠そうと必死になっていたはずだ。
思いがけない彼の様子に若領主が面食らっていると、彼は「そ、それは…」と口を開く。
「僕と若の子…ってことですか…?」
「えっ」
若領主は驚きのあまりしばし呆然とした後、次第に可笑しさがわいてきた。
(私はそういう意味で言ったのではなかったのに…!)
若領主は彼の背を撫でながら「うん、そうだな」と笑い声を抑えて言う。
「もし私達に子がいたら、その子を君がこうやって抱っこして…」
「ちょっと若!からかわないでくださいよ…!」
恥ずかしそうに身を捩る彼と対照的に若領主はすっかり晴れやかな気持ちになり、「私はもう屋敷へ帰らないと」と立ち上がった。
「お義姉さん達にお祝いの品も送れていなかった、きちんとしないとな。今まで君を介してお世話になっていたにも関わらず申し訳ない。ご挨拶もしないといけないのに、それすらしていないとは…私も無礼がすぎる」
「あの!義姉には僕が言っておきますから…!その、僕達のことは母と義姉しか知らないし、それでいいじゃないですか…!挨拶なんてそんな、いいです!特に義姉は…」
小声を保ちながらも必死に言う彼の頭を撫でると、若領主は彼の腕の中にいる赤子に向かって「またね、お嬢さん」と声をかける。
「ゆっくりするといいよ。気をつけて帰っておいでね」
若領主はひらひらと手を振ると、家を出る。
外に出ると、ちょうど水を汲んで帰ってきた彼の母親と鉢合わせた。
彼と似た目元や髪色をしているその人は、たとえこの家の前でなくても『彼の母親だ』と気付くはずだ。
「お母様」
「若様…そんな、滅相もない」
若領主が礼をすると、彼の母親も慌てて水桶を置いて礼を返す。
「今までご挨拶もせず、申し訳ございません」
若領主が姿勢を正して恭しく言うと、彼の母親はにこやかに「ありがとうございます、若様」と応える。
「私共の方こそ、息子がお世話になっておりますのになにも…」
彼の母親は家の方を見やってふと笑みをこぼすと、「赤ちゃんに会ってきましたか」と若領主に尋ねた。
「はい…!とても可愛らしくて…!」
「そうでしょう!?私も仕事柄沢山の赤ちゃんを見てきましたけど、もう…ね!」
若領主も笑みを浮かべると、彼の母親は先程までの若領主の心の内を見透かしたかのように「きっと、思うこともおありでしょう?」と優しい声音で言った。
「どうにもならないこともあるし、この先そう思うことだって増えるかもしれません。でも…私は若様が息子に良くしてくださって、本当にありがたく思っているんです。息子が…あの子が今、本当に幸せなんだと伝わってきますから」
彼の母親は彼に似た微笑みを見せる。
以前、夫人が彼の母親と話をしたとは聞いていたものの、あまりにも理解のあるようなその様子に、若領主は「私達のことを…認めてくださっているのですか」と尋ねた。
「その、初めて御子息と私のことを知った時は…驚かれたでしょう」
「あぁ、いえいえ!夫人がいらっしゃった時もそのように仰ってましたけど、私は全く。…もしかして、若様はご自身の他にそういった関係の方をご存知ありませんか?」
「他の…?」
「えぇ」
「いらっしゃる…んですか?」
彼の母親は微笑みながらゆっくりと頷く。
「そうでしたか、それでは随分と悩まれたでしょう?それでもあの子を大切にしてくださって、本当にありがとうございます。決して多いわけではないけれど、若様達だけじゃないですよ」
「そう…なんですか」
彼の母親はそっと話し始めた。
工芸地域の医者一家出身だった彼の母親は、小さい頃から友達と遊ぶよりも母親にくっついて工房内をあちこち行くのを好む少女だった。
少女は工房で働く女性達を訪ね歩いては慣れた手つきで小さな傷や手荒れの手当をしていく母親を心から尊敬していて、その手つきをただ眺めたり、手伝いをして褒められたり、手当を終えて笑顔になっている女性達に囲まれるのが何よりも好きだった。
しかし、母親にくっついていると、退屈なことも多かった。
手荒れにはどの薬草がいいとか、肌の調子が崩れがちなときはどんなお茶がいいだとか。
女性達の悩みを聞きながらあれこれと母親が話すことは、医者一家の育ちである少女にとって真新しいことなど何もなく、どれもすでに分かりきっていることだ。
しかし、いくら退屈にしていたとしても工房内をふらふらと歩き回るわけにもいかない。
少女は母親達の話が始まると、周りの職人達の作業の様子を眺めて時間を潰すようになった。
だが、そのうち作業の手順も何もかもを憶えてしまった頃になると、それさえも退屈になる。
そこで、作業をしている人達を眺めるようになっていったのだ。
(あの男の人、片思いみたい。こっちは女の人の方が片思いしてる。あっちの2人は…付き合ってないのかな、お互いに好きそうなのに)
そうして日々 工房内を動き回る人々を見ていた少女は、ある時から『親しい友人』の間柄には自分が思っていたのとは違うものもあるようだと気付いた。
「じっと見ていると『あれ?』って、『なんだか他と違う』って分かってきたんです」
1度気付いてしまえば、よく目につくようになる。
いつも向かい合った刺繍台で刺繍をしている女性2人。
乾燥させた木材を担いで運ぶ男性2人。
どこかの地域から配達に来た人と、その人の時は必ず自分で対応しに出ていくあの人…。
彼らの声は、眼差しは、果たして『親しい友人』へのものだろうか。
あれは友愛よりも深く、更に言うなれば恋をしている者の、愛している者のそれではないか?
「たまにそういうような人達を見ましたよ、酪農地域ではどうなのか分かりませんけど。気にしたことがありませんからね」
「しかし…私も幼い頃から工房に行ったりしていましたが、そんなことは1度も…」
「それこそ、よくよく気を配っていないと分からないものなんじゃないでしょうか?私が気付いたのだって、本当に退屈で仕方なかったからです。だって、染め付け用の似たような筆が何百本も入っている筆立てから、たった1本無くなっているのに気付いて職人を驚かせたくらいなんですよ」
彼の母親は苦笑いを見せる。
「私は元々そういう人達を見てきていましたし、ことあるごとに若様の事を話すあの子の事もよく分かっていましたから。認めるも何も、丸く収まっていればそれで良いんじゃないかしらって思います」
「私のことを話していたって…彼はそんなに分かりやすかったんですか?」
「えぇ。本人は隠してるつもりなんですよ、だけど何気なく話題にする辺りが…もうね。あれでも気付かないのは私の夫くらいでしょう、夫はそういうことに疎いものですから…あの子は夫に、父親に似たんですよ」
くすくすと笑う彼の母親に、若領主はありがたい気持ちと申し訳ない気持ちから、どうしても言わなければと思っていたことを口に出した。
「お母様…大変ありがたく思っています。そして…その、彼の子供の顔を見る機会を奪ってしまい、本当に…申し訳ございません」
頭を下げる若領主に、彼の母親はそっと「…若様」と声をかける。
若領主が顔をあげると、そこには慈愛に満ちた眼差しがあった。
「若様がどうして申し訳ないと仰るのですか、それは私共が申し上げなければならないことです」
「しかし…」
「…私はあの子の若様への想いを目にする度に、微笑ましさと辛さを感じてきました。辛かったのは、あの子が想いを寄せている相手が同性だからではありません、若様だったからです。若様はいずれ夫人をお迎えになる身だというのに、どうしてあの子を受け入れてもらえると思うでしょうか…。普通の男女が想いを通わせ合うのでさえ簡単ではないのに、どうして…」
彼の母親はなおも続ける。
「いつの日か、あの子がひどく傷ついて帰ってくるのではないかと心配していたんです。若様が夫人をお迎えになるとかそういった話を聞けば、きっとあの子は…と。あの子が若様のお屋敷から心を弾ませながら帰ってきたのを見る度に、いつも胸が締め付けられる思いでした。なので夫人が私にお話してくださった時、どれだけありがたく、安堵したか…とても言い表せません。その想いを持ち続けるのはこちらよりも若様の方が大変なはずです。若様があの子への想いを持ち続けてくださるのなら、それ以上私が望むことは1つもありません」
彼の母親のかすかに潤んだ目は若領主の後ろの方にやってきた侍従の姿を捉えると、「やだ、こんなに長く立ち話を」と申し訳無さそうに眉をひそめた。
「お忙しい若様をお引き留めしてしまって申し訳ございません」
「いえ、構いません。それよりもお話できて良かったです。…あの、今度 屋敷へいらしていただけませんか。もっとお話できたらと…思いまして…」
緊張したように言う若領主に、彼の母親は「はい、ぜひ伺わせてください」と笑みを見せた。
それから礼をして立ち去ろうと歩きかけた若領主は、ふと振り返り、彼の母親の目をまっすぐに見ながら言う。
「私は…彼を心から想っています。彼のことを大切にします…!」
彼の母親はそれを聞いて目の辺りをほのかに赤く染めると、「よろしくお願いします!」と力強く言った。
ーーーーーー
「あぁ!もう、本当に可愛かった!若もそう思いましたよね!?」
小屋へ帰ってきてからというもの、彼は1日子守をしていて目にした姪の可愛らしさについてずっと話し続けていた。
若領主は寝台の上で端に寄りかかりながら本を読んで彼の話に付き合っていたものの、ついに顔を上げて「すっかり溺愛しているね」と彼を見る。
「君、あれくらいの子は初めてだったの?」
「いえ、全く初めてというわけじゃないですけど…でもあんなに長く抱っこしたのは初めてでした。若がお帰りになった後、帰ってきた母に渡そうとしたら『よく寝ているから動かすな、そのまま抱っこしてろ』って言われて…あれから伯父が迎えに来るまでずっと僕が抱っこしてたんですよ!さすがに腕が痛くなっちゃいました」
彼は寝台に上がり、若領主の持っている本を覗き込んでくる。
若領主は彼が今開いている頁に一通り目を通し終わるのを待ってから本を閉じ、横へ置く。
それから彼を後ろから抱きしめ、両腕を労るようにさすりながら耳元で囁いた。
「あの子も…君の腕の中だったから安心してよく眠ってたんだろうね。私から見ても、君はすごく母性的だったから」
「ぼ、母性的…?」
「うん。それに、君の腕の中がとても居心地がいいのは私がよく知ってる」
若領主が微笑むと、彼は耳の後ろまで真っ赤に染めながら「若の腕の中だって、そうですよ…」と呟く。
「きっと若に抱っこされたら…あの子守唄を歌われたら、どんなにぐずった子も寝付きます」
「そうかな?妹はそんなことなかったけど」
「妹さんが小さかった時は若だって小さかったでしょう?今のあなたは大きくて温かくて…そ、そうだ!若!小さい子の前であ、あんなことを言うなんて…!」
「あんなこと?」
「言ってたじゃないですか!その、僕達のがどうとかって…!」
彼は腕の中で身を捩り、若領主の胸に手を当てながら批判めいた声で訴えてくる。
若領主は彼の背中に腕を回しながら「なぜ私が悪く言われるんだ」と笑った。
「私はそんな意味で言ったんじゃないのに、君が勝手にそう解釈したんだよ」
「そ、そんな…!」
「でも、そうだな。私と君との間に子がいたら…きっと私は甘やかして大変だ。男の子でも女の子でも可愛いに決まっているし、君の子だと思うと何でも言うことを聞きたくなる」
はははっと笑い声を上げる若領主に対し、彼はいかにも不満気だという表情をみせる。
「甘やかすって、そんなのだめでしょう!ちゃんとだめなものはだめだって言わないと」
「え、意外と厳しいんだな」
「当然でしょう!あなたの子なんですよ?いずれどこかの領主になるはずだし、それに…」
言いかけていた彼は頬に口づけられて言葉を切る。
それから細やかに口づけをし合ったあとで、若領主は彼の頬を撫でながら「でも」と口を開いた。
「子供達がいたら、こうして2人で過ごす時間も減るだろうし…それは残念だ」
「…うん」
「君に似た小さいのも見てみたかったけどね」
若領主は微笑みながら彼の額に口づけ、それから唇を重ね合わせた。
ーーーーーー
「あっ…ああっ、も、もうでちゃ…!」
「うっ…っ」
決定的な一突きをしてから、2人は同時に身体を震わせる。
はぁはぁと息を乱しながら抱きしめ合っていると、彼は若領主の腰に巻きつけていた両足をゆっくりと下ろし、そのまま若領主の両足を撫で擦るように動かした。
滑らかな肌が触れ合い、熱を持っては空気に晒されひんやりと冷える。
その繰り返しは豊かな幸福感をもたらした。
「…ねぇ、若」
「うん?」
「その…」
愉悦が高まりきった後で中が締め付けるように動いているにも関わらず、彼が足を動かすせいでまた僅かに擦るような刺激が加えられる。
若領主は眉根を寄せながら「もっとする?」と尋ねる。
「君もなかなか体力があるな。毎日のようにこうしてるっていうのに、それでもまだ…」
「……」
彼が再び腰に足を巻きつけた上、さらに身体を両膝で挟み込んできたことで若領主は『その気』になる。
ゆっくり始めようと若領主が自らの頬に当てられた彼の手のひらに口づけていると、彼は薄明かりの中でかすかに声を出した。
「ん…わか…」
「…どうした?」
彼の微かに潤んだ、真っ直ぐな視線に気付いた若領主が言葉を待っていると、彼は少しの間の後から言う。
「僕が若との…産むくらい…して…」
その一言は若領主を一瞬にして焚き付けた。
彼の言葉、声音、視線、熱はゆっくりしたのでは到底おさまらないほどの欲情をもたらす。
若領主は彼に深く口づけると、そのまま最奥まで何度も激しく貫き始めた。
「あっ、あっ、んぅ…!」
初めに中へ放った白濁は若領主の動きに合わせて少しずつ溢れ出し、彼の秘めた部分から流れていく。
いつもより激しめに突いたくらいでは足りず、若領主は彼の腰を抱えあげると、ほとんど上から押し込むようにして抜き挿しした。
「ぅああっ!あっ、はぁはぁぅ…んんっ!」
彼はすでに自らの下腹部へ2度も白濁を放っていて、吐き出されたそれは腰を高くあげられているせいで少しずつ胸の方へと流れていく。
貫かれ、良さを感じながらも高まりきった愉悦を落ち着かせていた彼だが、ふと抜き挿しされている部分を見たことで再び気が昂ぶり、何度目かの快感の波にすぐにのみ込まれていった。
ーーーーーーー
「うん…」
ちょうど真夜中を過ぎたところで、若領主は目が覚めた。
もう何度目とも分からない絶頂を迎えるうちにいつの間にか眠っていてしまっていて、薄い寝具1枚が身体の半分ほどを覆っている他には就寝の支度など何1つ整っていない。
若領主は胸元で眠っている彼の肩まで寝具を引き上げると、起こさないように最新の注意を払いながら寝台を下りた。
軽く衣を羽織って外へ出ると、1番輝く頃合いを少し過ぎた星が空のあちこちに見える。
まだ起床するには早すぎる時間だが、若領主は彼が起きた時、すぐに湯を浴びることができるようにと浴室へ続く樋に1桶ずつ湯を汲んで流し込んでいく。
湯桶がいっぱいになったであろう量を汲み終えて小屋へ戻ると、戸を開くなり彼が抱きついてきた。
若領主が驚きながら「起きてたの?」と尋ねると、彼は頷いて答える。
「さっき目が覚めたら若がいなくて…湯の流れてくる音がしたから、僕も外に行こうと…」
「よく寝ていたのに、起こしてしまったね。もう湯はいっぱいになってるはずだから、身体を流してからまた寝ようか」
彼は再び頷いて若領主から身を離ると、「あっ…」と声を上げて身をすくめた。
若領主がどうしたのかと様子を窺うと、彼は困惑したように口を開く。
「今まで横になっていたから…中から、その…溢れてきて…」
「…すぐに掻き出そう。私がするから、もう少し我慢して」
若領主は彼をすぐさま抱き上げると、浴室へと向かう。
「じ、自分でやります…若、またしたくなっちゃうでしょ…?」
「いや、さすがに今はあれだけした後だから。それに、それよりも君の身体の方が心配でそれどころじゃないよ…何度もしてしまったからね」
「……」
彼はそれ以上何も言わず、浴室で中から白濁を掻き出されている間も若領主を必要以上に刺激して苦しめないよう、声が出そうになるのを必死に抑えていた。
ようやく掻き出し終え、2人は頭から湯を浴びてすっかり汚れを洗い流すと、新しい寝間着に着替えて寝具を替えた寝台へ横になる。
若領主が背をゆっくりと撫で擦ると彼は額を若領主の胸へ擦り付けて呟いた。
「もう…湯も浴びたし、すっかり目が覚めちゃいました。寝れそうにありません」
「だめだよ、よく休まないと。まだ起きるには早すぎるし、疲れ切っているんだから」
「うーん…でもちょっと寝たからかえって目が冴えて…。若こそ、眠ってくださいね」
腕の中で顔を上げ、微笑む彼。
若領主はそんな彼をしっかりと抱き寄せると、そのまま低く落ち着いた歌声を響かせた。
若領主と触れ合った頬や耳元からはゆったりとした振動が伝わり、さらに自らを包み込む腕の温かさや同じ洗い粉を使っているにも関わらず感じる若領主の香り、そして紡がれている美しい調べが彼をゆったりとした気分にさせていく。
「あ…それ、ずっと聴いていたいのに…」
眠れそうにないほどまぶたが軽かった彼も次第に瞬きが遅くなっていき、ついには目を閉じた。
若領主はしばらく彼がたて始めた規則正しい寝息を感じた後、そっと彼の髪に口付けをして自らも眠りにつく。
結局、そうして2人は空が白むまで少しも離れずにいた。
その眩しいほどの夕陽を遮ろうと先を立った若領主の元へ、外から帰ってきた彼が「若、ただいま帰りました」と声をかけた。
「うん、おかえり。少し遅かったね、まだ明るいから気付かなかったけど」
「そうなんです、ちょっと色々ありまして…陽がのびてきましたね、少し前ならもう薄暗くなっていたのに」
彼は窓に寄っていき、夕陽を遮ろうとする若領主を手伝いながら「若、明日はずっとお屋敷ですか?」と尋ねる。
「明日?明日はいくつか区画を見に行く予定になってるけど、どうかした?」
「あの!もし良かったら、僕の実家に寄りませんか…?」
「第5医院に?」
「はい、良かったら…ですけど」
「うん、いいよ。あまり長くいられないかもしれないけどね。でもどうして?なにかあるの?」
彼は「来たら分かりますよ」と笑顔になる。
「さぁ、侍従さんがもう少ししたら夕食を運ぶと言っていました。記録室に戻す本はありますか?お手伝いします」
「ありがとう。それじゃ、そこの記録を…」
2人は手分けして1日の仕事の片付けをし始めた。
ーーーーーー
(『念の為、いらっしゃる時は静かに来てくださいね…』)
翌日、若領主は区画の見回り終え、記録を集めるのを侍従に任せて彼の実家である第5医院を訪れた。
彼の言葉を思い出しながらそっと戸を叩き、中を覗き込む。
すると、机のそばでこちらに背を向けて座っていた彼が振り向き、「若…!どうぞ、中へ!」と小声で促した。
若領主が音を立てないように注意しながら近付いていくと、彼はゆっくりと身体の向きを変え、腕の中に大事そうに抱えているなにかを見せる。
そこにはすやすやと眠る赤子がいた。
「か、かわいい…!そうか、春頃に産まれたって言ってた君のお兄さんとお義姉さんの…?」
「はい、僕の姪です!」
「そうか、この子が…」
彼は赤子を見やりながら今眠ったところなのだと話す。
「義姉さんが少し体調を崩していて…この子がちょっとだけ移動できる月齢になってから、たまにこっちで預かってたんです」
「お義姉さんは大丈夫なの?」
「はい、もうほとんど良くなったみたいです。この子に会うにはまた農業地域まで行かなきゃならなくなるし、その前に若にも会わせてあげたらって義姉から書付けが…」
「お義姉さんが?私のことを知ってる?」
「あ…はい、あの…」
彼は顔を赤くして「母さん、帰ってくるの遅いな」と話を逸した。
そうしていると、微かに身じろぎをして赤子は目を覚まし、むずがり始める。
彼があやそうとしていると、若領主は工芸地域の子守唄を優しい声音で歌い始めた。
その柔らかな歌声と曲調は小さいながらも美しく響き、赤子はすぐにご機嫌になって再びすうすうと眠り始める。
その一連の出来事に目を丸くした彼は「若、凄い…!」と感嘆の声を漏らした。
「知らなかったです、若が…なぜ子守唄を?というより、その歌声…!」
「あぁ、私の妹が小さい時に何度もせがんできたから今でも歌えるんだ。でもよく文句も言われたよ、『お母さんが歌うみたいにして』って。母上は元々楽団の一員だったから歌がとても上手なんだ。当時、私も母上に教えてもらって練習したりしたよ…懐かしいな」
「そうだったんですか…!」
彼は思いがけず若領主の歌声を聴き、満足そうに微笑んでは「君のおかげだね」と眠る赤子にそっと語りかける。
ゆったりと拍子をとりながら赤子を抱く彼の姿は、若領主の心に和みと微かなさざ波を立てた。
自分と一緒にいる限り、見えない彼の未来の姿。
「君に子がいたら…こんな感じなのかな」
ふと気が付けばそう口にしていた。
彼が抱くその子が、姪ではなく実の子だったら。
姪をこんなにも愛おしく見つめる彼は、普通に結婚をして子をもうけていたら、一体どんな父親になっていたのだろう。
(きっと、子を慈しむ良い父親になっていただろうね…)
どこか胸の締め付けられる思いがして彼を見ると、そこには若領主がまったく予想していなかった彼の姿があった。
顔を真っ赤にし、息まで止まりそうな彼は、もし赤子を胸に抱いていなかったらその顔を隠そうと必死になっていたはずだ。
思いがけない彼の様子に若領主が面食らっていると、彼は「そ、それは…」と口を開く。
「僕と若の子…ってことですか…?」
「えっ」
若領主は驚きのあまりしばし呆然とした後、次第に可笑しさがわいてきた。
(私はそういう意味で言ったのではなかったのに…!)
若領主は彼の背を撫でながら「うん、そうだな」と笑い声を抑えて言う。
「もし私達に子がいたら、その子を君がこうやって抱っこして…」
「ちょっと若!からかわないでくださいよ…!」
恥ずかしそうに身を捩る彼と対照的に若領主はすっかり晴れやかな気持ちになり、「私はもう屋敷へ帰らないと」と立ち上がった。
「お義姉さん達にお祝いの品も送れていなかった、きちんとしないとな。今まで君を介してお世話になっていたにも関わらず申し訳ない。ご挨拶もしないといけないのに、それすらしていないとは…私も無礼がすぎる」
「あの!義姉には僕が言っておきますから…!その、僕達のことは母と義姉しか知らないし、それでいいじゃないですか…!挨拶なんてそんな、いいです!特に義姉は…」
小声を保ちながらも必死に言う彼の頭を撫でると、若領主は彼の腕の中にいる赤子に向かって「またね、お嬢さん」と声をかける。
「ゆっくりするといいよ。気をつけて帰っておいでね」
若領主はひらひらと手を振ると、家を出る。
外に出ると、ちょうど水を汲んで帰ってきた彼の母親と鉢合わせた。
彼と似た目元や髪色をしているその人は、たとえこの家の前でなくても『彼の母親だ』と気付くはずだ。
「お母様」
「若様…そんな、滅相もない」
若領主が礼をすると、彼の母親も慌てて水桶を置いて礼を返す。
「今までご挨拶もせず、申し訳ございません」
若領主が姿勢を正して恭しく言うと、彼の母親はにこやかに「ありがとうございます、若様」と応える。
「私共の方こそ、息子がお世話になっておりますのになにも…」
彼の母親は家の方を見やってふと笑みをこぼすと、「赤ちゃんに会ってきましたか」と若領主に尋ねた。
「はい…!とても可愛らしくて…!」
「そうでしょう!?私も仕事柄沢山の赤ちゃんを見てきましたけど、もう…ね!」
若領主も笑みを浮かべると、彼の母親は先程までの若領主の心の内を見透かしたかのように「きっと、思うこともおありでしょう?」と優しい声音で言った。
「どうにもならないこともあるし、この先そう思うことだって増えるかもしれません。でも…私は若様が息子に良くしてくださって、本当にありがたく思っているんです。息子が…あの子が今、本当に幸せなんだと伝わってきますから」
彼の母親は彼に似た微笑みを見せる。
以前、夫人が彼の母親と話をしたとは聞いていたものの、あまりにも理解のあるようなその様子に、若領主は「私達のことを…認めてくださっているのですか」と尋ねた。
「その、初めて御子息と私のことを知った時は…驚かれたでしょう」
「あぁ、いえいえ!夫人がいらっしゃった時もそのように仰ってましたけど、私は全く。…もしかして、若様はご自身の他にそういった関係の方をご存知ありませんか?」
「他の…?」
「えぇ」
「いらっしゃる…んですか?」
彼の母親は微笑みながらゆっくりと頷く。
「そうでしたか、それでは随分と悩まれたでしょう?それでもあの子を大切にしてくださって、本当にありがとうございます。決して多いわけではないけれど、若様達だけじゃないですよ」
「そう…なんですか」
彼の母親はそっと話し始めた。
工芸地域の医者一家出身だった彼の母親は、小さい頃から友達と遊ぶよりも母親にくっついて工房内をあちこち行くのを好む少女だった。
少女は工房で働く女性達を訪ね歩いては慣れた手つきで小さな傷や手荒れの手当をしていく母親を心から尊敬していて、その手つきをただ眺めたり、手伝いをして褒められたり、手当を終えて笑顔になっている女性達に囲まれるのが何よりも好きだった。
しかし、母親にくっついていると、退屈なことも多かった。
手荒れにはどの薬草がいいとか、肌の調子が崩れがちなときはどんなお茶がいいだとか。
女性達の悩みを聞きながらあれこれと母親が話すことは、医者一家の育ちである少女にとって真新しいことなど何もなく、どれもすでに分かりきっていることだ。
しかし、いくら退屈にしていたとしても工房内をふらふらと歩き回るわけにもいかない。
少女は母親達の話が始まると、周りの職人達の作業の様子を眺めて時間を潰すようになった。
だが、そのうち作業の手順も何もかもを憶えてしまった頃になると、それさえも退屈になる。
そこで、作業をしている人達を眺めるようになっていったのだ。
(あの男の人、片思いみたい。こっちは女の人の方が片思いしてる。あっちの2人は…付き合ってないのかな、お互いに好きそうなのに)
そうして日々 工房内を動き回る人々を見ていた少女は、ある時から『親しい友人』の間柄には自分が思っていたのとは違うものもあるようだと気付いた。
「じっと見ていると『あれ?』って、『なんだか他と違う』って分かってきたんです」
1度気付いてしまえば、よく目につくようになる。
いつも向かい合った刺繍台で刺繍をしている女性2人。
乾燥させた木材を担いで運ぶ男性2人。
どこかの地域から配達に来た人と、その人の時は必ず自分で対応しに出ていくあの人…。
彼らの声は、眼差しは、果たして『親しい友人』へのものだろうか。
あれは友愛よりも深く、更に言うなれば恋をしている者の、愛している者のそれではないか?
「たまにそういうような人達を見ましたよ、酪農地域ではどうなのか分かりませんけど。気にしたことがありませんからね」
「しかし…私も幼い頃から工房に行ったりしていましたが、そんなことは1度も…」
「それこそ、よくよく気を配っていないと分からないものなんじゃないでしょうか?私が気付いたのだって、本当に退屈で仕方なかったからです。だって、染め付け用の似たような筆が何百本も入っている筆立てから、たった1本無くなっているのに気付いて職人を驚かせたくらいなんですよ」
彼の母親は苦笑いを見せる。
「私は元々そういう人達を見てきていましたし、ことあるごとに若様の事を話すあの子の事もよく分かっていましたから。認めるも何も、丸く収まっていればそれで良いんじゃないかしらって思います」
「私のことを話していたって…彼はそんなに分かりやすかったんですか?」
「えぇ。本人は隠してるつもりなんですよ、だけど何気なく話題にする辺りが…もうね。あれでも気付かないのは私の夫くらいでしょう、夫はそういうことに疎いものですから…あの子は夫に、父親に似たんですよ」
くすくすと笑う彼の母親に、若領主はありがたい気持ちと申し訳ない気持ちから、どうしても言わなければと思っていたことを口に出した。
「お母様…大変ありがたく思っています。そして…その、彼の子供の顔を見る機会を奪ってしまい、本当に…申し訳ございません」
頭を下げる若領主に、彼の母親はそっと「…若様」と声をかける。
若領主が顔をあげると、そこには慈愛に満ちた眼差しがあった。
「若様がどうして申し訳ないと仰るのですか、それは私共が申し上げなければならないことです」
「しかし…」
「…私はあの子の若様への想いを目にする度に、微笑ましさと辛さを感じてきました。辛かったのは、あの子が想いを寄せている相手が同性だからではありません、若様だったからです。若様はいずれ夫人をお迎えになる身だというのに、どうしてあの子を受け入れてもらえると思うでしょうか…。普通の男女が想いを通わせ合うのでさえ簡単ではないのに、どうして…」
彼の母親はなおも続ける。
「いつの日か、あの子がひどく傷ついて帰ってくるのではないかと心配していたんです。若様が夫人をお迎えになるとかそういった話を聞けば、きっとあの子は…と。あの子が若様のお屋敷から心を弾ませながら帰ってきたのを見る度に、いつも胸が締め付けられる思いでした。なので夫人が私にお話してくださった時、どれだけありがたく、安堵したか…とても言い表せません。その想いを持ち続けるのはこちらよりも若様の方が大変なはずです。若様があの子への想いを持ち続けてくださるのなら、それ以上私が望むことは1つもありません」
彼の母親のかすかに潤んだ目は若領主の後ろの方にやってきた侍従の姿を捉えると、「やだ、こんなに長く立ち話を」と申し訳無さそうに眉をひそめた。
「お忙しい若様をお引き留めしてしまって申し訳ございません」
「いえ、構いません。それよりもお話できて良かったです。…あの、今度 屋敷へいらしていただけませんか。もっとお話できたらと…思いまして…」
緊張したように言う若領主に、彼の母親は「はい、ぜひ伺わせてください」と笑みを見せた。
それから礼をして立ち去ろうと歩きかけた若領主は、ふと振り返り、彼の母親の目をまっすぐに見ながら言う。
「私は…彼を心から想っています。彼のことを大切にします…!」
彼の母親はそれを聞いて目の辺りをほのかに赤く染めると、「よろしくお願いします!」と力強く言った。
ーーーーーー
「あぁ!もう、本当に可愛かった!若もそう思いましたよね!?」
小屋へ帰ってきてからというもの、彼は1日子守をしていて目にした姪の可愛らしさについてずっと話し続けていた。
若領主は寝台の上で端に寄りかかりながら本を読んで彼の話に付き合っていたものの、ついに顔を上げて「すっかり溺愛しているね」と彼を見る。
「君、あれくらいの子は初めてだったの?」
「いえ、全く初めてというわけじゃないですけど…でもあんなに長く抱っこしたのは初めてでした。若がお帰りになった後、帰ってきた母に渡そうとしたら『よく寝ているから動かすな、そのまま抱っこしてろ』って言われて…あれから伯父が迎えに来るまでずっと僕が抱っこしてたんですよ!さすがに腕が痛くなっちゃいました」
彼は寝台に上がり、若領主の持っている本を覗き込んでくる。
若領主は彼が今開いている頁に一通り目を通し終わるのを待ってから本を閉じ、横へ置く。
それから彼を後ろから抱きしめ、両腕を労るようにさすりながら耳元で囁いた。
「あの子も…君の腕の中だったから安心してよく眠ってたんだろうね。私から見ても、君はすごく母性的だったから」
「ぼ、母性的…?」
「うん。それに、君の腕の中がとても居心地がいいのは私がよく知ってる」
若領主が微笑むと、彼は耳の後ろまで真っ赤に染めながら「若の腕の中だって、そうですよ…」と呟く。
「きっと若に抱っこされたら…あの子守唄を歌われたら、どんなにぐずった子も寝付きます」
「そうかな?妹はそんなことなかったけど」
「妹さんが小さかった時は若だって小さかったでしょう?今のあなたは大きくて温かくて…そ、そうだ!若!小さい子の前であ、あんなことを言うなんて…!」
「あんなこと?」
「言ってたじゃないですか!その、僕達のがどうとかって…!」
彼は腕の中で身を捩り、若領主の胸に手を当てながら批判めいた声で訴えてくる。
若領主は彼の背中に腕を回しながら「なぜ私が悪く言われるんだ」と笑った。
「私はそんな意味で言ったんじゃないのに、君が勝手にそう解釈したんだよ」
「そ、そんな…!」
「でも、そうだな。私と君との間に子がいたら…きっと私は甘やかして大変だ。男の子でも女の子でも可愛いに決まっているし、君の子だと思うと何でも言うことを聞きたくなる」
はははっと笑い声を上げる若領主に対し、彼はいかにも不満気だという表情をみせる。
「甘やかすって、そんなのだめでしょう!ちゃんとだめなものはだめだって言わないと」
「え、意外と厳しいんだな」
「当然でしょう!あなたの子なんですよ?いずれどこかの領主になるはずだし、それに…」
言いかけていた彼は頬に口づけられて言葉を切る。
それから細やかに口づけをし合ったあとで、若領主は彼の頬を撫でながら「でも」と口を開いた。
「子供達がいたら、こうして2人で過ごす時間も減るだろうし…それは残念だ」
「…うん」
「君に似た小さいのも見てみたかったけどね」
若領主は微笑みながら彼の額に口づけ、それから唇を重ね合わせた。
ーーーーーー
「あっ…ああっ、も、もうでちゃ…!」
「うっ…っ」
決定的な一突きをしてから、2人は同時に身体を震わせる。
はぁはぁと息を乱しながら抱きしめ合っていると、彼は若領主の腰に巻きつけていた両足をゆっくりと下ろし、そのまま若領主の両足を撫で擦るように動かした。
滑らかな肌が触れ合い、熱を持っては空気に晒されひんやりと冷える。
その繰り返しは豊かな幸福感をもたらした。
「…ねぇ、若」
「うん?」
「その…」
愉悦が高まりきった後で中が締め付けるように動いているにも関わらず、彼が足を動かすせいでまた僅かに擦るような刺激が加えられる。
若領主は眉根を寄せながら「もっとする?」と尋ねる。
「君もなかなか体力があるな。毎日のようにこうしてるっていうのに、それでもまだ…」
「……」
彼が再び腰に足を巻きつけた上、さらに身体を両膝で挟み込んできたことで若領主は『その気』になる。
ゆっくり始めようと若領主が自らの頬に当てられた彼の手のひらに口づけていると、彼は薄明かりの中でかすかに声を出した。
「ん…わか…」
「…どうした?」
彼の微かに潤んだ、真っ直ぐな視線に気付いた若領主が言葉を待っていると、彼は少しの間の後から言う。
「僕が若との…産むくらい…して…」
その一言は若領主を一瞬にして焚き付けた。
彼の言葉、声音、視線、熱はゆっくりしたのでは到底おさまらないほどの欲情をもたらす。
若領主は彼に深く口づけると、そのまま最奥まで何度も激しく貫き始めた。
「あっ、あっ、んぅ…!」
初めに中へ放った白濁は若領主の動きに合わせて少しずつ溢れ出し、彼の秘めた部分から流れていく。
いつもより激しめに突いたくらいでは足りず、若領主は彼の腰を抱えあげると、ほとんど上から押し込むようにして抜き挿しした。
「ぅああっ!あっ、はぁはぁぅ…んんっ!」
彼はすでに自らの下腹部へ2度も白濁を放っていて、吐き出されたそれは腰を高くあげられているせいで少しずつ胸の方へと流れていく。
貫かれ、良さを感じながらも高まりきった愉悦を落ち着かせていた彼だが、ふと抜き挿しされている部分を見たことで再び気が昂ぶり、何度目かの快感の波にすぐにのみ込まれていった。
ーーーーーーー
「うん…」
ちょうど真夜中を過ぎたところで、若領主は目が覚めた。
もう何度目とも分からない絶頂を迎えるうちにいつの間にか眠っていてしまっていて、薄い寝具1枚が身体の半分ほどを覆っている他には就寝の支度など何1つ整っていない。
若領主は胸元で眠っている彼の肩まで寝具を引き上げると、起こさないように最新の注意を払いながら寝台を下りた。
軽く衣を羽織って外へ出ると、1番輝く頃合いを少し過ぎた星が空のあちこちに見える。
まだ起床するには早すぎる時間だが、若領主は彼が起きた時、すぐに湯を浴びることができるようにと浴室へ続く樋に1桶ずつ湯を汲んで流し込んでいく。
湯桶がいっぱいになったであろう量を汲み終えて小屋へ戻ると、戸を開くなり彼が抱きついてきた。
若領主が驚きながら「起きてたの?」と尋ねると、彼は頷いて答える。
「さっき目が覚めたら若がいなくて…湯の流れてくる音がしたから、僕も外に行こうと…」
「よく寝ていたのに、起こしてしまったね。もう湯はいっぱいになってるはずだから、身体を流してからまた寝ようか」
彼は再び頷いて若領主から身を離ると、「あっ…」と声を上げて身をすくめた。
若領主がどうしたのかと様子を窺うと、彼は困惑したように口を開く。
「今まで横になっていたから…中から、その…溢れてきて…」
「…すぐに掻き出そう。私がするから、もう少し我慢して」
若領主は彼をすぐさま抱き上げると、浴室へと向かう。
「じ、自分でやります…若、またしたくなっちゃうでしょ…?」
「いや、さすがに今はあれだけした後だから。それに、それよりも君の身体の方が心配でそれどころじゃないよ…何度もしてしまったからね」
「……」
彼はそれ以上何も言わず、浴室で中から白濁を掻き出されている間も若領主を必要以上に刺激して苦しめないよう、声が出そうになるのを必死に抑えていた。
ようやく掻き出し終え、2人は頭から湯を浴びてすっかり汚れを洗い流すと、新しい寝間着に着替えて寝具を替えた寝台へ横になる。
若領主が背をゆっくりと撫で擦ると彼は額を若領主の胸へ擦り付けて呟いた。
「もう…湯も浴びたし、すっかり目が覚めちゃいました。寝れそうにありません」
「だめだよ、よく休まないと。まだ起きるには早すぎるし、疲れ切っているんだから」
「うーん…でもちょっと寝たからかえって目が冴えて…。若こそ、眠ってくださいね」
腕の中で顔を上げ、微笑む彼。
若領主はそんな彼をしっかりと抱き寄せると、そのまま低く落ち着いた歌声を響かせた。
若領主と触れ合った頬や耳元からはゆったりとした振動が伝わり、さらに自らを包み込む腕の温かさや同じ洗い粉を使っているにも関わらず感じる若領主の香り、そして紡がれている美しい調べが彼をゆったりとした気分にさせていく。
「あ…それ、ずっと聴いていたいのに…」
眠れそうにないほどまぶたが軽かった彼も次第に瞬きが遅くなっていき、ついには目を閉じた。
若領主はしばらく彼がたて始めた規則正しい寝息を感じた後、そっと彼の髪に口付けをして自らも眠りにつく。
結局、そうして2人は空が白むまで少しも離れずにいた。
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蓬屋のBLに興味をもって下さった方へ…ぜひ他作品の方も併せてご覧下さい。【以下、蓬屋のBL作品紹介】《陸国が舞台の作品》: ・スパダリ攻め×不遇受け『熊の魚(オメガバース編有)』 ・クール(?)攻め×美人受け『彼と姫と(オメガバース編有)』 ・陸国の司書×特別体質受け『図書塔の2人(今後オメガバース編の予定有)』 ・神の側仕え×陸国の神『牧草地の白馬(多数カップル有)』 《現代が舞台の作品》:・元ゲイビ男優×フリーランス税理士『悠久の城(リバあり)』 それぞれの甘々カップル達をよろしくお願いします★
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