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第三部
25「口実」
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「…若領主」
「うん?」
「何かお困りごとですか」
執務室で記録を1つ仕上げた若領主は、それらをまとめながら「いや…まぁね」とため息をつく。
「君なら…なにか良い案があるかもしれないな」
「なんの、ですか?」
「あのさ…」
若領主は侍従に向けて声を潜めた。
「それでは失礼します。その…お招きいただいて、ありがとうございました」
「うん…あ、待って、次の休みはいつなんだ?」
「あ、休み…4日後…です」
「4日後か」
「はい…」
2日前、屋敷に泊まっていた彼は昼過ぎまで記録室で若領主と過ごした後、暗くなる前にと帰っていった。
若領主の手元には、彼によって書かれた若領主の名前と、若領主の頼みによって書き足された彼自身の名前の2つが並んだ紙があった。
「…つまり、2日後にあの医者の彼を再び屋敷へ招く口実はないだろうかと。そういうことですか」
「まぁ…うん、そうだ…」
侍従は若領主から仕上げた記録を受け取ると、「では、私も2日後は屋敷にいた方が良いということですね」と事もなげに言う。
「あ、君も自宅に帰る日だったか。いいんだ、それならまた次の休みまでになにか口実を考えて…」
「いえ、それは3日後ですから構いません。とにかく、彼を屋敷に招けばよろしいのですね」
「まぁそうしたいけど…でも…」
「それについては私が手配いたします。若領主はこちらの記録をまとめてください」
「あ、あぁ、分かった」
侍従は若領主に新たな記録を渡すと、1人記録室へと向かっていった。
「若領主、明日の件ですが」
翌日、飼料の備蓄分に関する記録を読んでいた若領主は侍従から声をかけられ、顔を上げる。
「明日の?…あ、屋敷に招くって話…か?」
「はい」
侍従は頷き、「そのように手配しておきました」と事もなげに言った。
若領主がなにか良い案は無いかと頭を痛めていたにも関わらず、この侍従は一夜の内に口実を作り、なおかつ彼にもすでに話を通したというのだ。
「あ、ありがとう…いや、どうやって?なんて言ったんだ?」
「それは彼に直接聞いたらいいでしょう。それよりも、これらを明日までに仕上げてください」
若領主は侍従が目で示す書類の山に強張った表情を向けた。
「ほ、本当に来た…」
「若?それってどういう?」
翌日が休みだという彼は、侍従の言う通り、夕方頃に荷物を持って屋敷へとやってきた。
若領主は侍従の仕事の出来を疑ったことは一切ないが、どうやって彼や彼の家族に話をつけたのかについてはさっぱり分からず、本当に彼は屋敷へ来るのかと信じきれずにいたのだ。
だが、侍従はそんな若領主をよそに「こちらに全て用意はしてあります」と彼を記録室へ連れて行った。
「一通りのものは揃えましたが、他にも必要なものがありましたらお声がけください」
「ありがとうございます。これ…全部揃えるのは大変だったんじゃないですか?」
「いえ、取り急ぎ少量ずつですから」
彼が「ありがとうございます」と頭を下げると、侍従も礼をして記録室を出ていった。
若領主はそんな2人のやり取りについていくことができず、侍従が揃えたという品々を興味深そうに眺める。
「これは何?」
若領主が尋ねると、荷物を下ろしていた彼はにこやかに答える。
「本の修復に使う糊や紙です。わっ、こんなのまで…昨日話したのに揃ってるなんて、さすが侍従さんですね」
「今日はなんて言われて屋敷に?」
「あれ、若、聞いていなかったんですか?『傷んでいる本がいくつかあるから見てくれないか』って侍従さんから言われたんです、僕が本の修復も出来るって知ってたんですね」
どうして彼が本の修復を出来ると知っていたのかは分からないが、とにかく若領主にとってこれは幸いなことだ。
「でも、ご両親は泊ま…ってもいいって?」
「あ…あの、本の修復には透かしてみたりとか、ちょっと周りが薄暗いほうが明かりを調節できて良いこともあって、その…夕方から行ってもいいかと相談したら、いいと言ってくれたので…」
気恥ずかしそうにしている彼にあてられて、若領主も次第に顔が熱くなってくる。
すでに仕事を予定通り終えていた若領主は、早速本の修復に取り掛かる彼の邪魔をしないように見守りながら、時々作業の内容について質問したりして時を過ごした。
「しかしね、なんというか…君が真剣に集中して作業をしているのを見るのはとても良かった。なにより楽しそうだったし」
1日を終えるべく屋敷から小屋へと続く道を歩きながら、若領主は後ろについて歩く彼に向かって話しかける。
彼も湯浴みの後で湿っている髪を拭いながら「はい、楽しいですよ」と弾む声で答えた。
「さすがに緊張もしますけど…でも図書塔に持ち込まれる本のほとんどがもっと傷んでるものでしたから、それに比べたら簡単な修復で済みます。…あ、若、そういえば僕『あれ』を持ってきましたよ」
「『あれ』?」
「はい、小屋についてからお見せしますね」
小屋についた若領主が手に持っていた灯りを室内に移していると、その後ろでは彼が何やら荷を解き、机の上で「ことん」と軽い音を立てた。
「それが『あれ』?」
「はい!」
彼が袋の口を開けると、中に入っていた2つの卵が微かに揺れ、再び軽く音をたてる。
先日、起き抜けに「朝食の前に小屋でなにか食べたい」とは言ったが、まさか彼がこれを用意してくれるとは。
若領主は彼が得意気に「これ、温泉で調理すると特に美味しい卵なんですよ」と言うのを見ているとなんとも言えないふわふわとした気持ちになって、じっと彼の横顔を見つめた。
「若?どうかしましたか?」
「いや…嬉しいんだ、私が言ったことを覚えていてくれたんだと思うと。本当に…ありがとう」
「若…」
彼はふと微笑むと「明日の朝、源泉の所に置きに行きますね」と卵の入った袋の口を閉じた。
「ねぇ、君はいつまで私を『若』と呼ぶつもりなのかな。名前では呼んでくれないの?」
若領主が尋ねると、彼は頬を指先で掻きながら「それは…」と気まずそうに答える。
「ずっと『若』とお呼びするつもりですよ。だって、もしも他所で違う呼び方をしてしまったらおかしな事になりますし…そもそも、『若』とお呼びするのも馴れ馴れしくて、どうなのかと自分でも思ったりしますから」
「ずっとって…そんなの寂しいじゃないか、私が嫌だ。それに、君の性格上、公とここではきちんと使い分けられると思うな」
「そう言われても…」
渋る彼になんとなく対抗したくなってきた若領主は、わざとらしく彼に向かって言った。
「そうですか、医師殿」
「え…若?」
彼は若領主が怒っているのかと心配して声をかけたが、すぐにそれは怒っているのではなく、呼び方を変えないと言ったことに対しての抗議だと感じ取り、思わずふふっと笑みをこぼした。
「…何かおかしいですか」
「いえ、あの…若…若って、もっと完成されたというか…こんなことをする方だったかなと…」
「…そうですか、私は大人気ないと、そういうことですか」
「違…そうじゃありませんけど…」
「違わないでしょう。そんなに笑って」
あまりにも彼が愉快そうにしているので、若領主の方も気を抜けばくすくすと笑いだしそうになるが、それではなんだか負けのような気がして堪える。
すると、ようやく落ち着いた彼は「分かりましたから」と目の端に滲む涙を拭いながら言う。
「それじゃ、ここにいる間は若のことを『あなた』とも呼ぶことにします。ね、それならいいでしょう?」
「どうですか、あなたはどう思います?」と彼は若領主に笑みを見せる。
本当は名前で呼んでほしいと思っていた若領主も、『あなた』と呼ばれて悪い気が起きるはずもなく、「『あなた』…ね」とむくれたまま呟いた。
「まぁ…いいよ、君がそう呼びたいなら」
「あぁ、良かった!若の…『あなた』の機嫌が治って」
「よくよく考えれば、『あなた』って妻が夫を呼ぶのと同じだし。うん、悪くない」
「えっ…」
「何を赤くなってるんだ?君が言い出したんじゃないか、『あなた』って」
名前で呼ぶことを避けようとしてのことだったのだが、思わぬ指摘を受けてしまった。
若領主は彼の様子にすっかり満足して、俯く彼の顔を覗き込むようにしながらそっと口付けて囁く。
「でも…たまには名前で呼んで欲しい」
顔を上げた彼がいじらしく、若領主は再び、今度はより深くその唇に口づけた。
「んっ…うぅ」
寝台の上、ほとんど押さえつけるようにしてひとしきり彼と口づけを交わしていた若領主は、彼の上衣を脱ぎ捨てさせる。
すると、鎖骨の一部分に先日吸い付いたことによる痕がうっすらと残っていた。
ここに吸い付いてくれと言わんばかりのその痕に若領主がそっと口づけると、彼は慌てたように「や、だめです!」と声を上げる。
痛むのかと若領主は心配したものの、彼は首を横に振り、乱れた呼吸の合間から話す。
「それ、痕が消えなくて…暑くても首元が出せなくて大変だったんです…だから、痕はだめ…んっ」
彼が話す間も、若領主の唇は鎖骨や首筋を何度もなぞる。
そして再び鎖骨に吸い付くと、「だめ…!」と軽く押し退けられてしまった。
若領主はいくらか抗議の気持ちを込めて目を細めると、彼の肩や二の腕へと唇を移していく。
だが、肩、二の腕、胸元…彼は若領主が唇をつけるいかなる場所にも吸い付くことを許さなかった。
若領主は何度も拒否され続けたことで、かえってどこかに痕をつけるまでは気が収まらなくなっている。
拒否されない、拒否させないような場所は…。
彼の反応がいい胸の突起を避け、わざとらしくその周囲を口づけていた若領主はふと思い立って少しずつ下の方へと唇を移していった。
胸の真ん中から、無駄のない腹部を少しずつ唇でなぞる。
すると、目的の場所へ到達した。
「…こんなところ、私以外に見せるなよ…」
彼がなにか言うより早く、若領主は彼のへそのすぐ下へと強く吸い付いた。
鎖骨よりも痕がつきづらく、続けざまに何度も吸い付いた後でようやく若領主がその痕を舌でなぞると、彼の息遣いは一層乱れたものになる。
「ちょっ…と…も、もう早くこっちに来て…ください…」
彼がそう言うのと同時に、若領主の喉元には『何か』が突き立てられた。
見なくても分かるその『何か』は、若領主が身を起こすとすぐさま眼前にそそり勃つ。
若領主はその眼前にそそり勃ったものになんの躊躇いもなく口づけると、先の方からゆっくりと、極めてゆっくりと口内に飲み込んでいった。
「はぁ…あっ!いや!だ、だめ、そんな…そんなこと…!!」
彼は戸惑い驚き、若領主が今自分にしていることをやめさせようと、叫びのような声を上げる。
しかし、若領主はやめるどころか、より深く彼のものを含み、全てを飲み込み終えると一息ついた後から頭を動かし始めた。
自らの口内をいっぱいにしているものは、熱く、硬く、それでいて強く拍動している。
手で扱う時とは全く別のものの気がしてくるが、これは紛れもなく彼の敏感な一部分だ。
口で扱うなど想定もしていなかったが、眼前に迫った瞬間に湧いた欲は抗いようもないほど強烈なものだった。
「離し…あぁっ!!ん…や、やめて…!」
口内のものをしっかりと味わいたいものの、彼は若領主がしていることをやめさせようとしきりに身を捩るために思い通りにできない。
上から押さえつけるのにも限界があると悟った若領主は彼のものから顔を離すと、彼が身じろぎするよりも早く太ももの後ろに手を回し、そのまま腰を抱きしめるように強く固定した。
彼はついに足を動かすことも、身を捩らせることもできなくなり、下半身から伝わってくる苦しいほどの快感を受け入れる他なくなる。
「こ、こんな…あっ…はぁ…うっうぅ…!」
彼が寝具のあちこちを力いっぱい握るため、彼の周りには無数の丸い皺が寄せられていて、それはまるで彼を飾る花のようだ。
口内にあるものが一層熱く、硬くなったのを感じた若領主は手を彼の腰から強く握りしめられた手へと移し、指と指を絡ませるように強く握りしめる。
「んん…うぅ、も、もう…はぁ…あぁっ!!」
彼の腰が震えると同時に、深く咥えたものの先端から熱いものが若領主の喉奥に放たれた。
それは多少の苦しさをもたらしたが、それよりも大きな満足感を覚える。
彼の体から力が抜けきり、ようやく顔を離した若領主は口内のものを全て飲み込むと、そっと彼のものに口付けた。
彼は胸を激しく上下させながら艶めかしさのある上気した表情をしている。
だが、その目にうっすらと涙が浮かんでいるのを見た若領主は一気に血の気が引いていくのを感じた。
目に浮かぶ涙は快感のためか、それとも何か暗い気持ちのせいなのか分からず、若領主はおずおずと彼の額に口づけると「…ごめん」と呟く。
「君は抵抗…してたのに…」
詫びる若領主の背を、彼はゆっくりとさすって応える。
どれだけ申し訳なく思っていても一連の出来事は若領主のものを硬くさせるためには十分すぎていて、こうして彼が背をさするだけでも痛いくらいだ。
若領主は彼の耳元に顔を埋めて囁いた。
「許して…」
彼は少しの間の後で若領主を抱き寄せながら深く口づける。
深く口づけを交わすと若領主の口内に残っていた白濁を味わってしまい、彼は「うっ…」と顔をしかめた。
「こ、こんなものを…だから放してと言ったんです、ましてやそのまま…」
「いや…私には何よりも甘く、美味しく感じるよ」
若領主がにこやかに言うと、彼は眉をひそめながら腕に力を込めて体を反転させ、若領主を下にして首筋に口づけながら名前を呼んだ。
「…待って」
彼が同じように下へ下がっていこうとするのを止めた若領主は、「もっと」と口付けるよう要求する。
「君はしなくていいから…このままたくさん口付けをしていて」
「でも…僕も…」
「いいから。それより…もう本当に痛いくらいなんだ…」
若領主が腰を動かして自身のものの在り処を知らせると、彼は下へ辿っていくのをやめ、若領主の熱くそそり立つものを手のひらで包み込んで擦り始める。
擦り始めてすぐに若領主の手は彼のものにも伸びてきて、先程放ったばかりの彼のものも再び熱をもつ。
それから程なくして、2人の隙間なく重なった体は大きく震えた。
「うん?」
「何かお困りごとですか」
執務室で記録を1つ仕上げた若領主は、それらをまとめながら「いや…まぁね」とため息をつく。
「君なら…なにか良い案があるかもしれないな」
「なんの、ですか?」
「あのさ…」
若領主は侍従に向けて声を潜めた。
「それでは失礼します。その…お招きいただいて、ありがとうございました」
「うん…あ、待って、次の休みはいつなんだ?」
「あ、休み…4日後…です」
「4日後か」
「はい…」
2日前、屋敷に泊まっていた彼は昼過ぎまで記録室で若領主と過ごした後、暗くなる前にと帰っていった。
若領主の手元には、彼によって書かれた若領主の名前と、若領主の頼みによって書き足された彼自身の名前の2つが並んだ紙があった。
「…つまり、2日後にあの医者の彼を再び屋敷へ招く口実はないだろうかと。そういうことですか」
「まぁ…うん、そうだ…」
侍従は若領主から仕上げた記録を受け取ると、「では、私も2日後は屋敷にいた方が良いということですね」と事もなげに言う。
「あ、君も自宅に帰る日だったか。いいんだ、それならまた次の休みまでになにか口実を考えて…」
「いえ、それは3日後ですから構いません。とにかく、彼を屋敷に招けばよろしいのですね」
「まぁそうしたいけど…でも…」
「それについては私が手配いたします。若領主はこちらの記録をまとめてください」
「あ、あぁ、分かった」
侍従は若領主に新たな記録を渡すと、1人記録室へと向かっていった。
「若領主、明日の件ですが」
翌日、飼料の備蓄分に関する記録を読んでいた若領主は侍従から声をかけられ、顔を上げる。
「明日の?…あ、屋敷に招くって話…か?」
「はい」
侍従は頷き、「そのように手配しておきました」と事もなげに言った。
若領主がなにか良い案は無いかと頭を痛めていたにも関わらず、この侍従は一夜の内に口実を作り、なおかつ彼にもすでに話を通したというのだ。
「あ、ありがとう…いや、どうやって?なんて言ったんだ?」
「それは彼に直接聞いたらいいでしょう。それよりも、これらを明日までに仕上げてください」
若領主は侍従が目で示す書類の山に強張った表情を向けた。
「ほ、本当に来た…」
「若?それってどういう?」
翌日が休みだという彼は、侍従の言う通り、夕方頃に荷物を持って屋敷へとやってきた。
若領主は侍従の仕事の出来を疑ったことは一切ないが、どうやって彼や彼の家族に話をつけたのかについてはさっぱり分からず、本当に彼は屋敷へ来るのかと信じきれずにいたのだ。
だが、侍従はそんな若領主をよそに「こちらに全て用意はしてあります」と彼を記録室へ連れて行った。
「一通りのものは揃えましたが、他にも必要なものがありましたらお声がけください」
「ありがとうございます。これ…全部揃えるのは大変だったんじゃないですか?」
「いえ、取り急ぎ少量ずつですから」
彼が「ありがとうございます」と頭を下げると、侍従も礼をして記録室を出ていった。
若領主はそんな2人のやり取りについていくことができず、侍従が揃えたという品々を興味深そうに眺める。
「これは何?」
若領主が尋ねると、荷物を下ろしていた彼はにこやかに答える。
「本の修復に使う糊や紙です。わっ、こんなのまで…昨日話したのに揃ってるなんて、さすが侍従さんですね」
「今日はなんて言われて屋敷に?」
「あれ、若、聞いていなかったんですか?『傷んでいる本がいくつかあるから見てくれないか』って侍従さんから言われたんです、僕が本の修復も出来るって知ってたんですね」
どうして彼が本の修復を出来ると知っていたのかは分からないが、とにかく若領主にとってこれは幸いなことだ。
「でも、ご両親は泊ま…ってもいいって?」
「あ…あの、本の修復には透かしてみたりとか、ちょっと周りが薄暗いほうが明かりを調節できて良いこともあって、その…夕方から行ってもいいかと相談したら、いいと言ってくれたので…」
気恥ずかしそうにしている彼にあてられて、若領主も次第に顔が熱くなってくる。
すでに仕事を予定通り終えていた若領主は、早速本の修復に取り掛かる彼の邪魔をしないように見守りながら、時々作業の内容について質問したりして時を過ごした。
「しかしね、なんというか…君が真剣に集中して作業をしているのを見るのはとても良かった。なにより楽しそうだったし」
1日を終えるべく屋敷から小屋へと続く道を歩きながら、若領主は後ろについて歩く彼に向かって話しかける。
彼も湯浴みの後で湿っている髪を拭いながら「はい、楽しいですよ」と弾む声で答えた。
「さすがに緊張もしますけど…でも図書塔に持ち込まれる本のほとんどがもっと傷んでるものでしたから、それに比べたら簡単な修復で済みます。…あ、若、そういえば僕『あれ』を持ってきましたよ」
「『あれ』?」
「はい、小屋についてからお見せしますね」
小屋についた若領主が手に持っていた灯りを室内に移していると、その後ろでは彼が何やら荷を解き、机の上で「ことん」と軽い音を立てた。
「それが『あれ』?」
「はい!」
彼が袋の口を開けると、中に入っていた2つの卵が微かに揺れ、再び軽く音をたてる。
先日、起き抜けに「朝食の前に小屋でなにか食べたい」とは言ったが、まさか彼がこれを用意してくれるとは。
若領主は彼が得意気に「これ、温泉で調理すると特に美味しい卵なんですよ」と言うのを見ているとなんとも言えないふわふわとした気持ちになって、じっと彼の横顔を見つめた。
「若?どうかしましたか?」
「いや…嬉しいんだ、私が言ったことを覚えていてくれたんだと思うと。本当に…ありがとう」
「若…」
彼はふと微笑むと「明日の朝、源泉の所に置きに行きますね」と卵の入った袋の口を閉じた。
「ねぇ、君はいつまで私を『若』と呼ぶつもりなのかな。名前では呼んでくれないの?」
若領主が尋ねると、彼は頬を指先で掻きながら「それは…」と気まずそうに答える。
「ずっと『若』とお呼びするつもりですよ。だって、もしも他所で違う呼び方をしてしまったらおかしな事になりますし…そもそも、『若』とお呼びするのも馴れ馴れしくて、どうなのかと自分でも思ったりしますから」
「ずっとって…そんなの寂しいじゃないか、私が嫌だ。それに、君の性格上、公とここではきちんと使い分けられると思うな」
「そう言われても…」
渋る彼になんとなく対抗したくなってきた若領主は、わざとらしく彼に向かって言った。
「そうですか、医師殿」
「え…若?」
彼は若領主が怒っているのかと心配して声をかけたが、すぐにそれは怒っているのではなく、呼び方を変えないと言ったことに対しての抗議だと感じ取り、思わずふふっと笑みをこぼした。
「…何かおかしいですか」
「いえ、あの…若…若って、もっと完成されたというか…こんなことをする方だったかなと…」
「…そうですか、私は大人気ないと、そういうことですか」
「違…そうじゃありませんけど…」
「違わないでしょう。そんなに笑って」
あまりにも彼が愉快そうにしているので、若領主の方も気を抜けばくすくすと笑いだしそうになるが、それではなんだか負けのような気がして堪える。
すると、ようやく落ち着いた彼は「分かりましたから」と目の端に滲む涙を拭いながら言う。
「それじゃ、ここにいる間は若のことを『あなた』とも呼ぶことにします。ね、それならいいでしょう?」
「どうですか、あなたはどう思います?」と彼は若領主に笑みを見せる。
本当は名前で呼んでほしいと思っていた若領主も、『あなた』と呼ばれて悪い気が起きるはずもなく、「『あなた』…ね」とむくれたまま呟いた。
「まぁ…いいよ、君がそう呼びたいなら」
「あぁ、良かった!若の…『あなた』の機嫌が治って」
「よくよく考えれば、『あなた』って妻が夫を呼ぶのと同じだし。うん、悪くない」
「えっ…」
「何を赤くなってるんだ?君が言い出したんじゃないか、『あなた』って」
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若領主は彼の様子にすっかり満足して、俯く彼の顔を覗き込むようにしながらそっと口付けて囁く。
「でも…たまには名前で呼んで欲しい」
顔を上げた彼がいじらしく、若領主は再び、今度はより深くその唇に口づけた。
「んっ…うぅ」
寝台の上、ほとんど押さえつけるようにしてひとしきり彼と口づけを交わしていた若領主は、彼の上衣を脱ぎ捨てさせる。
すると、鎖骨の一部分に先日吸い付いたことによる痕がうっすらと残っていた。
ここに吸い付いてくれと言わんばかりのその痕に若領主がそっと口づけると、彼は慌てたように「や、だめです!」と声を上げる。
痛むのかと若領主は心配したものの、彼は首を横に振り、乱れた呼吸の合間から話す。
「それ、痕が消えなくて…暑くても首元が出せなくて大変だったんです…だから、痕はだめ…んっ」
彼が話す間も、若領主の唇は鎖骨や首筋を何度もなぞる。
そして再び鎖骨に吸い付くと、「だめ…!」と軽く押し退けられてしまった。
若領主はいくらか抗議の気持ちを込めて目を細めると、彼の肩や二の腕へと唇を移していく。
だが、肩、二の腕、胸元…彼は若領主が唇をつけるいかなる場所にも吸い付くことを許さなかった。
若領主は何度も拒否され続けたことで、かえってどこかに痕をつけるまでは気が収まらなくなっている。
拒否されない、拒否させないような場所は…。
彼の反応がいい胸の突起を避け、わざとらしくその周囲を口づけていた若領主はふと思い立って少しずつ下の方へと唇を移していった。
胸の真ん中から、無駄のない腹部を少しずつ唇でなぞる。
すると、目的の場所へ到達した。
「…こんなところ、私以外に見せるなよ…」
彼がなにか言うより早く、若領主は彼のへそのすぐ下へと強く吸い付いた。
鎖骨よりも痕がつきづらく、続けざまに何度も吸い付いた後でようやく若領主がその痕を舌でなぞると、彼の息遣いは一層乱れたものになる。
「ちょっ…と…も、もう早くこっちに来て…ください…」
彼がそう言うのと同時に、若領主の喉元には『何か』が突き立てられた。
見なくても分かるその『何か』は、若領主が身を起こすとすぐさま眼前にそそり勃つ。
若領主はその眼前にそそり勃ったものになんの躊躇いもなく口づけると、先の方からゆっくりと、極めてゆっくりと口内に飲み込んでいった。
「はぁ…あっ!いや!だ、だめ、そんな…そんなこと…!!」
彼は戸惑い驚き、若領主が今自分にしていることをやめさせようと、叫びのような声を上げる。
しかし、若領主はやめるどころか、より深く彼のものを含み、全てを飲み込み終えると一息ついた後から頭を動かし始めた。
自らの口内をいっぱいにしているものは、熱く、硬く、それでいて強く拍動している。
手で扱う時とは全く別のものの気がしてくるが、これは紛れもなく彼の敏感な一部分だ。
口で扱うなど想定もしていなかったが、眼前に迫った瞬間に湧いた欲は抗いようもないほど強烈なものだった。
「離し…あぁっ!!ん…や、やめて…!」
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彼はついに足を動かすことも、身を捩らせることもできなくなり、下半身から伝わってくる苦しいほどの快感を受け入れる他なくなる。
「こ、こんな…あっ…はぁ…うっうぅ…!」
彼が寝具のあちこちを力いっぱい握るため、彼の周りには無数の丸い皺が寄せられていて、それはまるで彼を飾る花のようだ。
口内にあるものが一層熱く、硬くなったのを感じた若領主は手を彼の腰から強く握りしめられた手へと移し、指と指を絡ませるように強く握りしめる。
「んん…うぅ、も、もう…はぁ…あぁっ!!」
彼の腰が震えると同時に、深く咥えたものの先端から熱いものが若領主の喉奥に放たれた。
それは多少の苦しさをもたらしたが、それよりも大きな満足感を覚える。
彼の体から力が抜けきり、ようやく顔を離した若領主は口内のものを全て飲み込むと、そっと彼のものに口付けた。
彼は胸を激しく上下させながら艶めかしさのある上気した表情をしている。
だが、その目にうっすらと涙が浮かんでいるのを見た若領主は一気に血の気が引いていくのを感じた。
目に浮かぶ涙は快感のためか、それとも何か暗い気持ちのせいなのか分からず、若領主はおずおずと彼の額に口づけると「…ごめん」と呟く。
「君は抵抗…してたのに…」
詫びる若領主の背を、彼はゆっくりとさすって応える。
どれだけ申し訳なく思っていても一連の出来事は若領主のものを硬くさせるためには十分すぎていて、こうして彼が背をさするだけでも痛いくらいだ。
若領主は彼の耳元に顔を埋めて囁いた。
「許して…」
彼は少しの間の後で若領主を抱き寄せながら深く口づける。
深く口づけを交わすと若領主の口内に残っていた白濁を味わってしまい、彼は「うっ…」と顔をしかめた。
「こ、こんなものを…だから放してと言ったんです、ましてやそのまま…」
「いや…私には何よりも甘く、美味しく感じるよ」
若領主がにこやかに言うと、彼は眉をひそめながら腕に力を込めて体を反転させ、若領主を下にして首筋に口づけながら名前を呼んだ。
「…待って」
彼が同じように下へ下がっていこうとするのを止めた若領主は、「もっと」と口付けるよう要求する。
「君はしなくていいから…このままたくさん口付けをしていて」
「でも…僕も…」
「いいから。それより…もう本当に痛いくらいなんだ…」
若領主が腰を動かして自身のものの在り処を知らせると、彼は下へ辿っていくのをやめ、若領主の熱くそそり立つものを手のひらで包み込んで擦り始める。
擦り始めてすぐに若領主の手は彼のものにも伸びてきて、先程放ったばかりの彼のものも再び熱をもつ。
それから程なくして、2人の隙間なく重なった体は大きく震えた。
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スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

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