酪農地域にて

蓬屋 月餅

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第二部

12「家畜通路」

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「どうかな、鶏達も随分と大きくなってきたようだけど」
「はい、若領主。数も揃ってますしもう生み始めてるのもいますから、卵の流通は元通りになりますよ」
「そうか、なによりだ。それでは徐々に制限を無くそう」

 野生動物に被害を受けた鶏小屋はすっかり元通りになり、この件で若領主がするべきことは各地域への卵の流通制限を無くすという文書を出すだけになった。

「若領主、小屋の補修から何から手配頂き、ありがとうございました」
「いや、私は手配をしただけじゃないか。それよりも実際に動いている皆の方が大変だ。お疲れ様」

 若領主が各方面へ出す文書の内容を考えながらその場を後にすると、近くにある犬の区画から楽しそうな子供達の声が響いてきた。
 だが、その中には あの彼の声も混ざっている。

「ねぇお兄ちゃん、あっちの子達とは遊んじゃだめなの?」

 そっと犬の区画を覗いてみると、彼や子供達は子犬達に取り囲まれながら話をしていた。
 『あっちの子達』と指を指した先にいる犬達は1、2歳ほどの犬達で、力が増し始めたばかりのまだまだ遊びたい盛りという年頃だ。

「うーん、あっちの子達はこの子達よりもずっと力が強いんだよ。…皆はお友達に怪我をさせちゃったら、どんな気持ちになる?」
「かなしい…」
「いやな気持ちになる!」
「うん、そうだよね。あの子達も同じで、もし皆に怪我をさせちゃったらとっても悲しい気持ちになると思う。だから、皆がもっと大きくなったらいっぱい遊んであげて?」
「うん!」
「よし、じゃあ大きくなるためには?」
「ご飯を食べる!」
「いっぱい遊ぶ!」
「そう。ご飯を食べて、いっぱい遊んで、よく寝るんだよ?」
「うん!」
 
 再び子供達と仲良く子犬たちを撫で始めた彼に、犬の飼育をしている女性は「さすが慣れてるわね」と話しかけた。

「本当に面倒見がいいわよね。ねぇ、そんなんじゃ女の子達が放っておかないでしょう?彼女は?いるの?」
「え、あはは…」

 若領主はすぐさまその場から離れた。

(うん、そうだ…これは分かりきっていたことじゃないか)

 彼は腕がいいと評判の医者であり、穏やかで人懐っこい雰囲気も持っている。
 そんな彼が一生独り身でいるとはとても考えられなかった。
 ある日突然、「僕達、結婚するんです」と女性を伴って挨拶に来るかもしれない。
 想像しただけでも、若領主には耐えられそうにもなかった。

(私は本当に…まさかこんなに深く彼のことを想っていたとはね)

 こみ上げてくるものを必死に抑えていると、帳簿を受け取りに行っていた侍従がやってきて「若領主」と声をかける。

「昼食は外で召し上がりますか」
「あ、あぁ…いや、屋敷に帰ろう。文書を書いてご領主に検めていただかなくてはならないからね」
「かしこまりました」

 若領主はすでに彼のそばにいることも、応えてくれる望みのないこの想いを持ち続けることも、苦しくてたまらなかった。

 春が過ぎれば雨季がやってくる。
 雨季の間は外での昼食も無く、若領主には気が楽だった。
 会わなければ彼のことを気にすることもない。
 関わりさえしなければこの気持ちも覚めていくに違いなかった。


「若領主、この大雨で家畜通路にぬかるみや部分的な崩れなどが発生しているとのことです」
「うん、これは対処が必要だな」

 家畜通路は、人用とは別に作られた石のひかれていない通路で、各地域に通じている全ての家畜通路の管理は酪農地域が担っている。
 主に運搬のための牛や馬が使う通路なのだが、今年の雨季はとくに雨量が多く、被害が出ていた。


「ご領主。家畜通路の件ですが、大きな被害が出ている部分を早急に対処した後、全体的に補修を行ってはいかがでしょうか」
「そうだな」
「そして、補修の監督は私に務めさせていただけませんか。今までの仕事に加え、隔日で現場に向かいたいと思います」
「…いいだろう」
「ありがとうございます、ご領主」

 家畜通路を全て合わせればとてつもなく長い距離になる。
 屋敷にいる日は管理記録をつけ、別日に家畜通路の現場へ向かって監督をするというこの生活は、秋ごろまで続くことになるだろう。
 若領主はただただひたむきに日々を過ごした。
 忙しくしてさえいれば、他のことなどを気にするまでもないのだから。

 時折、現場からの帰りに酪農地域内を通っていると彼の声が聞こえてくることもあったが、若領主はその度に侍従に話しかけ、決して彼と言葉を交わそうとしなかった。
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