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第二部
10「想い」
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「若領主、酪農地域から今年も『鴨の要請』が来ています」
「もうそんな時期になったか…まったく、早いな」
酪農地域では冬の間に降り積もった雪がすっかり溶け、牧草地に緑が戻り始めていた。
『鴨の要請』とは、水を張った畑で雑草取りや害虫対策をするために酪農地域からされる要請のことで、これが届くと酪農地域では畑の広さや時期に合わせて鴨の数の調整を行う風物詩のようなものだ。
鴨の雛が生まれると途端に賑やかになり、さらに酪農地域から畑までの大移動は子供ならず大人までもが顔を綻ばせるほどの愛らしさに溢れる。
(そうだ、彼にも教えてあげよう)
動物が大好きな彼はきっと雛が生まれる時期も知りたがるだろうと思った若領主は、区画を見廻りながら彼の姿を探した。
若領主は彼が仕事の合間に動物達を見に来ている事を知ってからというもの、大体いつの時間にどの場所に行けば彼が居るかを把握できるようになっている。
今日も予想をつけ、さり気なく辺りを見回すとやはり、彼はいつものように荷を背負って動物達に声をかけていた。
若領主がそっと彼の方に近づいていくと彼も若領主に気付き、パッと明るい笑顔で礼をした。
「若領主!今日も見廻りですか?」
「うん、君も薬の配達かな?お疲れ様」
「はい…ありがとうございます」
えへへ、と軽く頭を下げた彼に、若領主は鴨の雛が生まれる大体の予定や大移動の事を話す。
すると彼も「もうそんな季節ですか!」と嬉しそうに言った。
「わぁ…楽しみですね、あの小さい雛を手に乗せるとふわふわ温かくて…」
「うん、嘴は痛いけどね」
「あ、若領主もあの痛さをご存知でした?痛いんですよね、あんなに小さいのに…でも可愛くって可愛くって!」
彼がとても喜んでいるのを見て、若領主はなんとも言えない温かな気持ちに包まれる。
「…あっそうだ、そろそろまた皆で集まって昼食を食べるんですよ!若領主もいらっしゃい…ますか?」
「あ、あぁ…そうだね、うん。そうしようか」
冬の間はこうして時々顔を合わせて会話をする程度だったのが、これから暖かくなれば再び昼食の時間を共に過ごすことができるのだ。
気持ちを自覚してからというもの、顔を合わせる程度でそう長く彼と一緒にいたことがない若領主は、昨年まではなかった若干の緊張を感じた。
酪農地域には基本的に動物が好きでたまらない人々が住んでいる。
そのため、鴨の雛が生まれると人々が代わる代わる様子を見にやってきて、鴨の区画は多くの雛達と相まってとても賑やかになっていた。
陸国の特性として、他の地域に長く滞在した動物達は病に罹ってしまうため、鴨達も何班かに分けられ、交代で農業地域を訪れていく。
今年1番の班が農業地域へ向かった日、酪農地域でも再び皆が集まっての昼食が再開された。
「おぅ、若領主!今年も俺らと一緒に飯を食えるのか?」
「はい、普段はなるべくそうしようかと」
「よし、そうこなくっちゃな!さぁさぁ、飯にしよう!」
久しぶりに集まっていることもあって場は大賑わいだ。
しかし、若領主はとても緊張していた。
彼はどこに座るだろうか。
去年は私の隣に座っていたが、今年はどこか違う席にするだろうか。
若領主がなんとなく落ち着かない様子でいると、彼がやって来るのが見え、一層動きがぎこちなくなってしまう。
だが、そんな若領主とは対象的に、彼は若領主を見つけると「隣、良いですか?」と笑顔を見せた。
「あ…あぁ、もちろん。いいよ」
「良かった!それじゃ、僕はここに」
彼はニコニコと席に座り、大皿から料理を取る。
若領主は昨年とは違う自分の気持ちを胸の奥に閉じ込め、平静を装いながら食事を楽しんだ。
穏やかそうな酪農地域だが、いつもそうとは限らない。
春先に生まれるはずだった子牛の数が予定数に達しなかったり、母牛の乳量が低下したり、いくつかの鶏小屋が野生動物によって被害を受けるなどした。
さらに、農業地域では気温が冬に戻ったかのように冷えた日も続き、動物達のための野菜も届くのが遅くなってしまったのだ。
領主と若領主はそれぞれの対応に忙しい日々を余儀なくされた。
「とりあえず、卵の要請には当分無制限に応えられそうにないな。屋敷に戻り次第、すぐに各方へ文書を出そう。君はこのまま工芸地域に行ってくれ、鶏小屋の補修の依頼をするんだ」
「はい」
侍従と別れて屋敷へと向かう途中、向かいから彼がやって来るのが見えた若領主はしばらく昼食は屋敷でとることになると伝えた。
「僕も聞きました、大変なんですよね…どうか体調にはお気を付けてください」
「うん、ありがとう。君もね」
たった2、3言だったが、その僅かな時間でさえもこの後の仕事を奮起させるには十分だった。
若領主は昔、とある女性に想いを寄せたことがあった。
父親と共に陸国の城へ参内したときのことだ。
城へ遊びに来ていた幼い子供達と一緒に遊ぶ女性はとても優しく、穏やかな雰囲気を持っていて、自らにも幼い妹がいた若領主はそんな女性の姿に好意を持ったのだ。
当時の自分がいくら幼くても、それは恋だと思っていた。
しかし今になってみれば、あれは恋ではなかったのだと気付く。
この話をすれば喜ぶだろうか
今日もあの笑顔を見れるだろうか
…彼はどこに来るだろうか、私の隣に座るだろうか
顔を見るだけで、声を聴くだけで、そばにいるだけで…
たったそれだけで何でもできるような気持ちになれるこの想いこそが、本当の恋なのだ。
初めて抱くこの想いに、若領主はいつの間にか浮足立つ心を抑えきれなくなっていた。
「もうそんな時期になったか…まったく、早いな」
酪農地域では冬の間に降り積もった雪がすっかり溶け、牧草地に緑が戻り始めていた。
『鴨の要請』とは、水を張った畑で雑草取りや害虫対策をするために酪農地域からされる要請のことで、これが届くと酪農地域では畑の広さや時期に合わせて鴨の数の調整を行う風物詩のようなものだ。
鴨の雛が生まれると途端に賑やかになり、さらに酪農地域から畑までの大移動は子供ならず大人までもが顔を綻ばせるほどの愛らしさに溢れる。
(そうだ、彼にも教えてあげよう)
動物が大好きな彼はきっと雛が生まれる時期も知りたがるだろうと思った若領主は、区画を見廻りながら彼の姿を探した。
若領主は彼が仕事の合間に動物達を見に来ている事を知ってからというもの、大体いつの時間にどの場所に行けば彼が居るかを把握できるようになっている。
今日も予想をつけ、さり気なく辺りを見回すとやはり、彼はいつものように荷を背負って動物達に声をかけていた。
若領主がそっと彼の方に近づいていくと彼も若領主に気付き、パッと明るい笑顔で礼をした。
「若領主!今日も見廻りですか?」
「うん、君も薬の配達かな?お疲れ様」
「はい…ありがとうございます」
えへへ、と軽く頭を下げた彼に、若領主は鴨の雛が生まれる大体の予定や大移動の事を話す。
すると彼も「もうそんな季節ですか!」と嬉しそうに言った。
「わぁ…楽しみですね、あの小さい雛を手に乗せるとふわふわ温かくて…」
「うん、嘴は痛いけどね」
「あ、若領主もあの痛さをご存知でした?痛いんですよね、あんなに小さいのに…でも可愛くって可愛くって!」
彼がとても喜んでいるのを見て、若領主はなんとも言えない温かな気持ちに包まれる。
「…あっそうだ、そろそろまた皆で集まって昼食を食べるんですよ!若領主もいらっしゃい…ますか?」
「あ、あぁ…そうだね、うん。そうしようか」
冬の間はこうして時々顔を合わせて会話をする程度だったのが、これから暖かくなれば再び昼食の時間を共に過ごすことができるのだ。
気持ちを自覚してからというもの、顔を合わせる程度でそう長く彼と一緒にいたことがない若領主は、昨年まではなかった若干の緊張を感じた。
酪農地域には基本的に動物が好きでたまらない人々が住んでいる。
そのため、鴨の雛が生まれると人々が代わる代わる様子を見にやってきて、鴨の区画は多くの雛達と相まってとても賑やかになっていた。
陸国の特性として、他の地域に長く滞在した動物達は病に罹ってしまうため、鴨達も何班かに分けられ、交代で農業地域を訪れていく。
今年1番の班が農業地域へ向かった日、酪農地域でも再び皆が集まっての昼食が再開された。
「おぅ、若領主!今年も俺らと一緒に飯を食えるのか?」
「はい、普段はなるべくそうしようかと」
「よし、そうこなくっちゃな!さぁさぁ、飯にしよう!」
久しぶりに集まっていることもあって場は大賑わいだ。
しかし、若領主はとても緊張していた。
彼はどこに座るだろうか。
去年は私の隣に座っていたが、今年はどこか違う席にするだろうか。
若領主がなんとなく落ち着かない様子でいると、彼がやって来るのが見え、一層動きがぎこちなくなってしまう。
だが、そんな若領主とは対象的に、彼は若領主を見つけると「隣、良いですか?」と笑顔を見せた。
「あ…あぁ、もちろん。いいよ」
「良かった!それじゃ、僕はここに」
彼はニコニコと席に座り、大皿から料理を取る。
若領主は昨年とは違う自分の気持ちを胸の奥に閉じ込め、平静を装いながら食事を楽しんだ。
穏やかそうな酪農地域だが、いつもそうとは限らない。
春先に生まれるはずだった子牛の数が予定数に達しなかったり、母牛の乳量が低下したり、いくつかの鶏小屋が野生動物によって被害を受けるなどした。
さらに、農業地域では気温が冬に戻ったかのように冷えた日も続き、動物達のための野菜も届くのが遅くなってしまったのだ。
領主と若領主はそれぞれの対応に忙しい日々を余儀なくされた。
「とりあえず、卵の要請には当分無制限に応えられそうにないな。屋敷に戻り次第、すぐに各方へ文書を出そう。君はこのまま工芸地域に行ってくれ、鶏小屋の補修の依頼をするんだ」
「はい」
侍従と別れて屋敷へと向かう途中、向かいから彼がやって来るのが見えた若領主はしばらく昼食は屋敷でとることになると伝えた。
「僕も聞きました、大変なんですよね…どうか体調にはお気を付けてください」
「うん、ありがとう。君もね」
たった2、3言だったが、その僅かな時間でさえもこの後の仕事を奮起させるには十分だった。
若領主は昔、とある女性に想いを寄せたことがあった。
父親と共に陸国の城へ参内したときのことだ。
城へ遊びに来ていた幼い子供達と一緒に遊ぶ女性はとても優しく、穏やかな雰囲気を持っていて、自らにも幼い妹がいた若領主はそんな女性の姿に好意を持ったのだ。
当時の自分がいくら幼くても、それは恋だと思っていた。
しかし今になってみれば、あれは恋ではなかったのだと気付く。
この話をすれば喜ぶだろうか
今日もあの笑顔を見れるだろうか
…彼はどこに来るだろうか、私の隣に座るだろうか
顔を見るだけで、声を聴くだけで、そばにいるだけで…
たったそれだけで何でもできるような気持ちになれるこの想いこそが、本当の恋なのだ。
初めて抱くこの想いに、若領主はいつの間にか浮足立つ心を抑えきれなくなっていた。
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蓬屋のBLに興味をもって下さった方へ…ぜひ他作品の方も併せてご覧下さい。【以下、蓬屋のBL作品紹介】《陸国が舞台の作品》: ・スパダリ攻め×不遇受け『熊の魚(オメガバース編有)』 ・クール(?)攻め×美人受け『彼と姫と(オメガバース編有)』 ・陸国の司書×特別体質受け『図書塔の2人(今後オメガバース編の予定有)』 ・神の側仕え×陸国の神『牧草地の白馬(多数カップル有)』 《現代が舞台の作品》:・元ゲイビ男優×フリーランス税理士『悠久の城(リバあり)』 それぞれの甘々カップル達をよろしくお願いします★
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