酪農地域にて

蓬屋 月餅

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第一部

6「牧草刈り」

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「よぉ、若領主!よく晴れたな!」
「えぇ、本当に良かったです。今日からしばらく、よろしくお願いします」

 暑さもすっかり落ち着いてきたある日、酪農地域では家畜達の冬の間の飼料となる牧草刈りが始まる。
 今年は牧草の生育が多少遅かったこともあり、例年よりも少し遅めの作業になった。

「若領主と侍従さんもいるんだ、今年は若い力が多くて頼もしいや。さぁ、そろそろやっちまおうか」

 広大な牧草地を何分割にもし、1日かけて刈り取りと保存の作業をするのだが、冬の間、全ての家畜に食べさせるのために蓄えるの牧草の量は牧草地1面や2面どころではない。
 何日もかかるこの作業を、交流も兼ねて手伝うようにと領主から言われていた若領主は、朝から侍従と共に牧草地へとやってきていた。

 夏の暑さが過ぎたとはいえ、牧草を刈り取るためにずっと体を動かしていればひどく暑くなってくる。
 若領主は人々と共に休息を取り、時々冷たい井戸の水を飲んだ。

「あれ、若領主?いらしてたんですか」

 声に振り返ると、そこにはあの青年がいた。
 青年は水を汲みに来たようで、大きな水桶を2つ手に提げている。

「うん、牧草刈りの手伝いにね。君も?」
「はい、僕は皆さんの体調管理のために来てるんです。そろそろ昼食なので、皆さんの分のお水を汲もうと思って」

 両手の水桶を下ろすと、青年は井戸から汲み上げた水をざぁっと桶に注ぐ。

「しかし…ずっと刈り取りをするのは大変だな。私も体力はそれなりだと思っていたんだけど、牛飼いのおじさん達のほうがよっぽど元気だ」
「ふふ、それはそれこそ慣れもあるでしょう?若領主は初めてじゃないですか、おじさん達はもう毎年のことですもん」
「はぁ…それでもなぁ。最終日まで自分の体が持つか、心配になってくるよ」

 青年は「え、今日だけじゃないんですか?」と驚いたように言う。

「うん、最終日まで毎日来るよ」
「わぁ…あの、無理はだめですよ、何かあればすぐに僕達医者に言ってください」
「あぁ、ありがとう。気をつけるよ」

 青年が水桶を2つともいっぱいにし終えたのを見て、若領主はその1つを軽々と持った。
 青年は「だ、だめです、僕が持ちますから!」と慌てて水桶に手を伸ばす。

「これくらいはどうってことないよ、もう昼食なんだろう?一緒に水桶を持って行けばいい」
「でも若領主にそんな…僕はいつも持ち慣れていますから!」
「いいからいいから。ほら、行かないのか?」

 1人で歩き出した若領主を追いかけ、結局青年ももう1つの水桶を手に後をついて行った。

「…あぁ!そういえば、この間君が言っていた『女の人』だと思っていたことについて、分かったよ」

 若領主が歩きながら当時の自分の姿について説明すると、青年は「そうだったんですか?」とクスクス笑いながら言った。

「じゃあ…じゃあ僕があの時お話したのは、本当に若領主だったんですね!すみません、女の人と思っていたなんて…」
「いや、いいんだ。私も周りから見たらどう見えるかを気にしていなかったんだなと知って…恥ずかしいというか、なんというか…」

 幼い頃に会っていたとお互いに知ったことで、若領主と青年の間にはすっかり親近感が湧いていた。

ーーーーーー

 陸国での朝食や夕食はそれぞれの家でとることが多いが、昼食に限ってはそうではない。
 地域や区画によっては沢山の人が集まって作業を行っている場合もあり、そのような所では大卓を囲んで食事をするのが一般的だ。
 料理は中央広場にある食堂や陸国の城にいる料理人に頼んで用意してもらうこともあるが、何品かはその場での炊き出しも行われる。

 牧草刈りといった、特に沢山の人手を必要とする作業の際はいつもよりも大所帯での食事となり、あちこちが非常に賑やかだ。
 若領主は屋敷以外で昼食をとるのも初めてのことで、この賑やかな中での食事が楽しみでもあった。

「若領主!こちらへどうぞ!」

 青年と共に水桶を運んできた若領主は牛飼いの男に声をかけられ、いくつもある大卓の1つに歩いていった。
 侍従も大皿をそれぞれの卓に運んだりしていて、地域の人達と親しげに話している。
 若領主が座ることにした大卓には既にいくつもの大皿が並べられていて、どれも良い香りを漂わせた料理でいっぱいになっていた。

「いやぁ、若領主がいらっしゃるとなんだか良いなぁ!ご領主も若い頃とかはよくここで俺達と食ってたんだよ」
「そうなんですか?」
「おぉ。最近は国の方の仕事も忙しくなっちまって、あんまりこっちで食うことはないけどな」
「じゃあ…皆さんが寂しがっていたと、ご領主にお伝えしておきますよ」
「ハハッ!よせやい、照れるよ」

 そうして談笑しながら若領主が大皿の料理を取ろうと席を立つと、あの青年が「これ、今出来上がったばかりなんです」ともう1つ大皿を持ってやってきた。

「若領主、僕もこちらでご一緒してもいいですか?」
「もちろんだよ、ここに座るといい」

 若領主は自分の隣の席を青年のために空けてやると、「それも美味しそうだね」と青年が持ってきた大皿の料理に目を向けた。
 青年はお礼を言って大皿を卓に置くと、料理の説明をしていく。

「これは甘辛い味付けがされているんですけど、本当に何にでも合うんですよ!きっと若領主もお好きなんじゃないかな…あっ、こっちは塩味の効いたお料理です、午前中は汗を沢山かいたでしょう?こういう塩味のものもちゃんと召し上がってくださいね」
「分かった、まずは君のおすすめの通りに食べてみるよ」

 若領主は青年と同じように大皿から料理を取っていった。
 料理はどれも美味しく、青年や同じ卓の人々とあれこれと話をしながらだとさらに食が進み、すっかり大皿は空になる。
 だがどの卓もそれは同じようで、満腹になりきらなかった者達はまだ残っている料理がないかとあちこちを見て回ってはがっかりしていた。

 それから牧草刈りの期間中、若領主と侍従は酪農地域の人々と共に昼食を取っていて、最終日には多くの人々から「普段も、時々でいいからこうして我々と昼食を共にしないか」と誘われる。
 若領主は快諾し、今年の牧草刈りの全ての日程を終えた。

ーーーーーー

「ようやく終わったなぁ」
「若領主、お疲れ様でした」

 若領主が屋敷への道を歩きながら思い切り伸びをすると、暑さを含まない爽やかな風が辺りを撫でていく。
 1年の内でも、最も過ごしやすい時期だろう。

「大変だったけど楽しかったな…えっ、あれはなんだ?馬かな?」

 道の先の方で大きな影がうごめいていた。
 近寄って見てみるとそれはやはり1頭の馬で、どうやら額の星からして若領主が以前放牧場で野菜をやった馬のようだ。

「なんだ、逃げ出しちゃったのか?君の放牧場はこっちの方じゃないだろう」
「若領主の知っている馬ですか?」
「知っているというか、1度見たことがあるくらいだ。…どうしたものかな。もうじき日も暮れるし、こんな所にいては野生動物に襲われるかもしれない。連れて行くか」

 警戒を滲ませている馬に「ついておいで」と声をかけると、思いの外素直に若領主の後について歩きだした。

「なんだ、ちゃんと馴れてるじゃないか」
「馬房まで連れて行くおつもりですか?」
「いや、とりあえず放牧場まででいいだろう。もうじき夜の見張りが来るはずだし」

 馬房に隣接する放牧場の端に到着すると、若領主は「ほら、仲間達のところへ帰りなさい」と言いながら馬を中へと誘導する。

「まぁ、あとは係の者が何とかするだろう。じゃあ、私達は行くからな。…あ、もう脱走するんじゃないぞ」

 若領主は「その内、柵の建て直しもしなくちゃならないかもしれないな」と話しながら屋敷へと帰っていった。
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