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プロローグ
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「あっ、おとうさま!やめてください!ぼく、がんばってつくったのに…」
工芸地域の領主の屋敷に隣接する工房で男の子は必死に声を上げていた。
その子の目の前には木の棒で組み立てられた家の骨組みの模型があるが、その模型が載っている板は『おとうさま』によって揺さぶられ、模型は今にも崩れそうなほど大きく右に左にと揺れている。
「おとうさま!く、くずれちゃいます…」
涙がうっすらと浮かんできたのを見て『おとうさま』はようやく手を止めると、「悪かった、悪かった」と微笑みながら男の子の頭をそっと撫でた。
「でもほら、丈夫に作ったと言っていたのに、今はどうだった?」
「すごくゆれて…こわれそうでした」
「そうだ。あと少しで本当に壊れるところだっただろう。でも実際の建物はどうかな?こんなふうになるかな?」
男の子はふるふると頭をふって答える。
「この模型は基本的な家屋の設計図から作られているし、とても出来がいいよ。あと1つ足りないものがあるだけだ」
『おとうさま』は男の子の目の前で木の棒を切り揃えて軽く仕上げると、模型の数カ所にそれをはめ込んでいった。
「…よし、これで良い。ほら、見ててごらん」
男の子は再び『おとうさま』が模型を揺らし始めたのを見て心配そうにしていたものの、すぐにキラキラと目を輝かせ始めた。
模型は先程とは違い、どれだけ揺らされてもしっかりと建っているのだ。
「すごい!どうして?どうしてこれだけで?」
男の子は自分でも模型を揺らしながら、興奮した様子で尋ねた。
「今、私は『筋交い』というものを入れたんだ。これがあるのとないのとでは大きな違いがある。設計図だとこの部分だ…」
机の上に大きな設計図が広げられ、男の子は夢中になってそれを覗き込んだ。
「あら、もうそんなことを教わっているの?」
「あっ、おかあさま!」
2人が後ろを振り返ると、そこには大きなお腹を抱えた女性が居た。
男の子は「みて!みてください、これ!」と模型を手にして駆け寄っていく。
「まぁ、本当に良くできているわね!この歳でこれだけのものを作れるんだもの、凄いわ」
褒められて嬉しそうな男の子の目にはまだ涙がうっすらと残っていて、それに気づいた『おかあさま』は「何があったの?」と優しく頬を撫でながら尋ねた。
「あぁ、いや、少しね。筋交いのない模型を揺らしたら、壊れるんじゃないかって心配して泣きそうになったんだ」
「もう…あなたったら、またそんなことを」
「うん、つい反応が可愛くてね」
そんな会話もよそに、男の子は手の中の模型をしげしげと見つめている。
そんな時、突然扉を叩く音がして「失礼します」と息を切らした男がやってきた。
「ご領主、夫人、若様」
「どうした」
「酪農地域にて怪我人が多く出ているとの報せです。医者の応援と物資の補給を頼むと酪農地域のご領主から…」
「分かった、医者達をすぐに向かわせろ。私もすぐに物資の手はずを整える」
「かしこまりました」
男は息を整える間もなく再び外へと出ていく。
「行ってくる、後を頼んだ」
「はいあなた。…どうかお気をつけて」
「ありがとう、君も気をつけて」
領主は夫人の額に軽く口づけをすると、「お母様を頼んだぞ」と男の子に声をかけて駆け出していった。
「何があったのかしら…怪我をされた方がたくさんいるって…」
領主が駆けていった後を不安そうな面持ちで見つめていた夫人は、男の子にぎゅっと手を握られて、ようやく意識を取り直す。
「おかあさま、きっとだいじょうぶです!おいしゃさんたちが みんなを なおしてくれますから」
「そうね…そうよね、あなたの言う通り、きっと大丈夫」
夫人に笑顔が戻り、男の子は得意げだ。
「さぁ…工房の方は物資の調達で忙しくなっているでしょうし、私達は綺麗な布が干してあるところでも見に行く?それとも、色んな建物を見るほうが良いかしら?」
「いえ!たてものは またこんど みればいいです!おかあさまは おはなやきれいなぬのをみて おさんぽするのがいいって おいしゃさんがいってました!」
「あら、私達のことを気遣ってくれてありがとう。…お兄様はとても優しいわね」
夫人はお腹の子に向かってそっと話しかけると、「それじゃあ、お散歩に行きましょうか」と男の子と手を繋いで歩き出した。
赤や青、黄…様々な色と濃淡が美しい布がたなびく中を、夫人と男の子は歩いている。
幼い頃から夫人と共に育ってきた侍女も、2人を見守るように後ろから付き添って歩いていた。
「ねぇ、おかあさま。おかあさまとおとうさまは、とってもなかよしですね」
突然そう言われ、夫人は顔を赤らめながら「えぇ、そうね」と答える。
「…私はあなたのお父様のことがとっても好きで大切に思っているし、お父様も…私をとても大切にしてくださっているわね」
夫人が気恥ずかしそうに言うと、男の子は俯きながら「…ぼく、おとうさまとおかあさまみたいに なりたいです」と呟いた。
それを聞いた夫人は後ろを歩く侍女に目を向け、声を出さずに口の形だけで(聞いた?)と尋ねる。
(えぇ…えぇ、聞きました!)
(なんて可愛いの…こんなに、こんなに可愛いことを言うなんて!)
「おとうさま も おかあさま も、いっしょにいると いつもたのしそうで、ぼく、いいなぁっておもうんです」
まだ幼いにもかかわらず、男の子は夫人の手を握りしめて率直に言う。
夫人は愛おしそうにその小さな手を見つめ、優しく言葉をかけた。
「あなたにも将来、心から大切にしたいと思う人が現れますよ。お父様にとっての私や、私にとってのお父様が…」
空いている方の手でそっと男の子の頭を撫でると、男の子は「ほんとうですか?」と心配そうに尋ねてくる。
「えぇ、もちろんよ。だからね、そんな風に思う人に会えたなら、その時は、その人に沢山あなたの心を伝えて、精一杯大切にすること。いい?恥ずかしがって隠していても、心や気持ちは伝わらないから。素直に、素直にね」
夫人も侍女も、こくんと頷いた男の子の姿に心をじんわりと温められる。
「…さぁ、そろそろ帰りましょうか。随分歩いたけれど、大丈夫?」
「はい!ぼくはまだまだ いっぱいげんきです!」
その場で何度も飛び跳ねる男の子の後ろでは、色とりどりの布がたなびいていた。
工芸地域の領主の屋敷に隣接する工房で男の子は必死に声を上げていた。
その子の目の前には木の棒で組み立てられた家の骨組みの模型があるが、その模型が載っている板は『おとうさま』によって揺さぶられ、模型は今にも崩れそうなほど大きく右に左にと揺れている。
「おとうさま!く、くずれちゃいます…」
涙がうっすらと浮かんできたのを見て『おとうさま』はようやく手を止めると、「悪かった、悪かった」と微笑みながら男の子の頭をそっと撫でた。
「でもほら、丈夫に作ったと言っていたのに、今はどうだった?」
「すごくゆれて…こわれそうでした」
「そうだ。あと少しで本当に壊れるところだっただろう。でも実際の建物はどうかな?こんなふうになるかな?」
男の子はふるふると頭をふって答える。
「この模型は基本的な家屋の設計図から作られているし、とても出来がいいよ。あと1つ足りないものがあるだけだ」
『おとうさま』は男の子の目の前で木の棒を切り揃えて軽く仕上げると、模型の数カ所にそれをはめ込んでいった。
「…よし、これで良い。ほら、見ててごらん」
男の子は再び『おとうさま』が模型を揺らし始めたのを見て心配そうにしていたものの、すぐにキラキラと目を輝かせ始めた。
模型は先程とは違い、どれだけ揺らされてもしっかりと建っているのだ。
「すごい!どうして?どうしてこれだけで?」
男の子は自分でも模型を揺らしながら、興奮した様子で尋ねた。
「今、私は『筋交い』というものを入れたんだ。これがあるのとないのとでは大きな違いがある。設計図だとこの部分だ…」
机の上に大きな設計図が広げられ、男の子は夢中になってそれを覗き込んだ。
「あら、もうそんなことを教わっているの?」
「あっ、おかあさま!」
2人が後ろを振り返ると、そこには大きなお腹を抱えた女性が居た。
男の子は「みて!みてください、これ!」と模型を手にして駆け寄っていく。
「まぁ、本当に良くできているわね!この歳でこれだけのものを作れるんだもの、凄いわ」
褒められて嬉しそうな男の子の目にはまだ涙がうっすらと残っていて、それに気づいた『おかあさま』は「何があったの?」と優しく頬を撫でながら尋ねた。
「あぁ、いや、少しね。筋交いのない模型を揺らしたら、壊れるんじゃないかって心配して泣きそうになったんだ」
「もう…あなたったら、またそんなことを」
「うん、つい反応が可愛くてね」
そんな会話もよそに、男の子は手の中の模型をしげしげと見つめている。
そんな時、突然扉を叩く音がして「失礼します」と息を切らした男がやってきた。
「ご領主、夫人、若様」
「どうした」
「酪農地域にて怪我人が多く出ているとの報せです。医者の応援と物資の補給を頼むと酪農地域のご領主から…」
「分かった、医者達をすぐに向かわせろ。私もすぐに物資の手はずを整える」
「かしこまりました」
男は息を整える間もなく再び外へと出ていく。
「行ってくる、後を頼んだ」
「はいあなた。…どうかお気をつけて」
「ありがとう、君も気をつけて」
領主は夫人の額に軽く口づけをすると、「お母様を頼んだぞ」と男の子に声をかけて駆け出していった。
「何があったのかしら…怪我をされた方がたくさんいるって…」
領主が駆けていった後を不安そうな面持ちで見つめていた夫人は、男の子にぎゅっと手を握られて、ようやく意識を取り直す。
「おかあさま、きっとだいじょうぶです!おいしゃさんたちが みんなを なおしてくれますから」
「そうね…そうよね、あなたの言う通り、きっと大丈夫」
夫人に笑顔が戻り、男の子は得意げだ。
「さぁ…工房の方は物資の調達で忙しくなっているでしょうし、私達は綺麗な布が干してあるところでも見に行く?それとも、色んな建物を見るほうが良いかしら?」
「いえ!たてものは またこんど みればいいです!おかあさまは おはなやきれいなぬのをみて おさんぽするのがいいって おいしゃさんがいってました!」
「あら、私達のことを気遣ってくれてありがとう。…お兄様はとても優しいわね」
夫人はお腹の子に向かってそっと話しかけると、「それじゃあ、お散歩に行きましょうか」と男の子と手を繋いで歩き出した。
赤や青、黄…様々な色と濃淡が美しい布がたなびく中を、夫人と男の子は歩いている。
幼い頃から夫人と共に育ってきた侍女も、2人を見守るように後ろから付き添って歩いていた。
「ねぇ、おかあさま。おかあさまとおとうさまは、とってもなかよしですね」
突然そう言われ、夫人は顔を赤らめながら「えぇ、そうね」と答える。
「…私はあなたのお父様のことがとっても好きで大切に思っているし、お父様も…私をとても大切にしてくださっているわね」
夫人が気恥ずかしそうに言うと、男の子は俯きながら「…ぼく、おとうさまとおかあさまみたいに なりたいです」と呟いた。
それを聞いた夫人は後ろを歩く侍女に目を向け、声を出さずに口の形だけで(聞いた?)と尋ねる。
(えぇ…えぇ、聞きました!)
(なんて可愛いの…こんなに、こんなに可愛いことを言うなんて!)
「おとうさま も おかあさま も、いっしょにいると いつもたのしそうで、ぼく、いいなぁっておもうんです」
まだ幼いにもかかわらず、男の子は夫人の手を握りしめて率直に言う。
夫人は愛おしそうにその小さな手を見つめ、優しく言葉をかけた。
「あなたにも将来、心から大切にしたいと思う人が現れますよ。お父様にとっての私や、私にとってのお父様が…」
空いている方の手でそっと男の子の頭を撫でると、男の子は「ほんとうですか?」と心配そうに尋ねてくる。
「えぇ、もちろんよ。だからね、そんな風に思う人に会えたなら、その時は、その人に沢山あなたの心を伝えて、精一杯大切にすること。いい?恥ずかしがって隠していても、心や気持ちは伝わらないから。素直に、素直にね」
夫人も侍女も、こくんと頷いた男の子の姿に心をじんわりと温められる。
「…さぁ、そろそろ帰りましょうか。随分歩いたけれど、大丈夫?」
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