その杯に葡萄酒を~オメガバ―ス編~

蓬屋 月餅

文字の大きさ
上 下
14 / 20
番外編

ショート話「うなじあて」

しおりを挟む
 アルファとオメガの間だけに成立する特別な絆関係【つがい】。
 つがいになるとそれまでの人生が一変し、オメガの者は『自分は相手がいるオメガだ』という証になる【うなじあて】を身に着けるようになる。
 このうなじあてというのはつがいになる際にアルファにつけられた『うなじの咬み痕』を覆って隠すためのもので、基本的に咬み痕をつがいの相手以外には見せるものではないという共通認識の下、常に身につけるべきであるものだ。
 その種類には様々あるが、今では【首飾り型】と【首輪型】が一般的となっている。
 首飾り型はうなじに当てた布がズレないように首飾りで押さえる形式のもので、首輪型はうなじだけではなく首全体をぐるりと布で巻いて留め具で留める形式のものを指す。
 首飾りや首輪型の留め具は専門の職人に頼んで作製してもらうものなのだが、その細工にはつがい相手のアルファとお揃いの紋章などを用いた飾りをあしらうのが慣わしであり、紋章の内容さえよく見れば誰と誰がつがい同士であるかなども分かるようになっているのだ。

 オメガはそのほとんどが女性であり、ベータの女性よりもいくらか力仕事に向いていないという身体的特徴もあって元から静かな手仕事を好む傾向がある。
 そのためうなじに布を当て続けていても特段気になることはないのだが…
 男性オメガの場合はそうとも限らないのだった。


ーーーーー


 つがいになろうということになってからすぐ。
 夾が1人で住んでいた家には璇が引っ越してきていて すでに2人での暮らしが始まっていた。
 2人で暮らすということで唯一の気がかりと言っても過言ではなかった生活の時間帯に関しても、まぁ、当初心配していたほどのずれもなく過ごせている。
 というのも璇はそれまで【觜宿の杯】の2階に住んでいたために夜遅くになっても酒場で働いていたのだが、彼が引っ越すということでその2階の部屋を酒場と食堂の見習いをしていた双子達に譲ることになり、それと同時に夜遅くまでの仕事もその双子に任せるようになったからだった。
 璇にしてみればまだ頼りないところもあるようだが、しかし一通りきちんと仕事ができるようになった双子は近頃きちんとあるじらしくなっていっている。
 璇は夜遅くまで仕事をしなくなった分、昼頃からだった仕事を午前中からにするようになり、あまり夜が深まり過ぎないうちに夾のいる家へと帰ってくるのだ。
 夾は相変わらず夕食を【觜宿の杯】で食べているのだが、食事を終えると「それじゃ、またあとで」と一足先に家に帰って璇を待つ。
 そうして数日が経つ頃には2人共すっかりこの新しい生活にも慣れ、彼らは一緒に過ごすことができる時間が増えたことに満足していたのだった。

 寝る前の静かな夜の時間にそれぞれの一日の出来事などを話していると、本当に穏やかな感じがしてなかなかにいいものだ。
 ある日、湯浴みを終えて浴室から出てきた璇は夾がなにやら繕い物をしているのを見て「それはなんだ?」と訊ねた。

「衣に穴でも開いたのか」

 夾が手にしているのは少々縫い目の粗さが目立つ薄緑色の布の帯である。
 縫い糸を切って手元から顔を上げた夾は「いえ、そうじゃないんですけど…これを作ってみてたんです」とそれまで縫っていたものを首に巻いて見せてきた。
 まさかと思う璇に夾は言う。

「俺のうなじあて、こういう風にしようと思いまして」

「どういうのがいいかなって考えてみたんですけど、俺は仕事の関係上結構汗をかいたりもしちゃうので立派なものはもったいないなと思ったんです。なのでこういう風に布で巻いたらいいんじゃないかと…首輪型みたいですけど、結ぶだけにしたらもっと簡単でいいじゃないですか?今の首飾り型とかになる前はまさにこういう感じだったみたいですよ。アルファにしかわからない結び方で留めていたんだとか…それもすごく素敵ですよね」

 どうですか?と見せながら嬉しそうに微笑む夾。
 たしかに彼の言うように、昔は首飾り型などではなくこうして布の端を特別な結び方をするなどしてうなじあてとしていた。
 しかし うなじあて というのは…どちらかというとアルファが特に特別視するものなのだ。
 そもそもうなじあては『アルファが番相手のオメガを自らのつがいであると周りに示すためのもの』であり、アルファによる独占欲の表れだ。
 アルファが自らの番に贈り、それを常に身につけさせる…本来うなじあてとはそういう意味合いを含んでいるものなのである。だが。

「これはとりあえず仮で作ってみたものなんです。なので色とかは特に気にしなかったんですけど、璇さんはどんなのがいいとかってありますか?俺としては璇さんが良いと思う色ならどんなのでも…」
「………」
「璇さん?」

 仮として首に巻いていたうなじあてを外しながらあれこれと話していた夾は ふと璇からの反応が一切ないことに気付いて顔を上げた。
 璇は普段こうして話しているとよく相槌を打ったりすぐに応えてくれたりして会話に参加してきてくれるものなのだが、そうした反応がまったくなかったのである。
 じっと布の帯を見つめている璇は何か言いかけては止めるということを何度か繰り返した後に ようやく口を開いた。
 
「いや…うなじあてってのは、アルファが…っていうか俺が用意しようと…それこそ次の休みには職人に話をしにいくつもりで…色々と……」
「そうだったんですか?それはそれは…でもアルファが用意しなきゃいけないってものでもないでしょう?」
「いや……だから…そういうもんじゃない…っていうか…」

「うなじあてはアルファがオメガに『これを身に着けてほしい』って言って渡すものであって…それにずっと使うものだからそんな何でもいいってわけには…きちんとした紋章を用意して飾りの細工に仕立てたやつを、俺が…俺がちゃんとしょうに…渡したいと…」
「あ、あの…璇さん…」
「俺はそう思ってた、んだけど…」

 戸惑っているような落ち込んでいるような、激しく動揺しているような…一体なんと言い表せばいいのかとこちらが悩んでしまうくらいの璇のその様子に、夾はアルファにとって(というよりも璇にとって)の【うなじあて】という存在がどういったものなのかを良くよく理解した気がした。
 ただの『証』ではなく、それにはもっと重要な意味合いが込められているべきものだったのだ。
 もちろん夾も誰かとつがいになる日のことを夢見ていた幼い頃から『将来アルファから渡される自分の うなじあて はどんなものになるだろうか』と想像してみたり、うなじあて をしているオメガの女性達に羨望の眼差しを向けたりしたものだが、しかしここまでアルファにとっても重要なものだとは思いもしていなかったのだった。

「璇さん、あの、すみません、俺はそんな…璇さんを落ち込ませることになるなんてこれっぽっちも思ってなかったんです、だってつがいになろうと言ってもらえただけで十分嬉しかったし、それに…用意してもらうのは手間をかけさせてしまうだけだろうと、そう思って…」
「…手間だなんてそんなわけがないだろ」
「璇さん…」

 寂しさと悲しさの織り交ざったような璇の表情。それも夾が初めて目にする表情だった。
 つがいになろうということになってから、そして一緒に暮らすようになってから。
 それまでには見たことのなかった璇の新たな表情をいくつも目にしてきていることに 夾はひそかにお互いが着実に『家族』になっていっているような気がして嬉しく思っているのだが、しかしあまりにもこの表情は寂しい感じがして夾も不安になってしまう。
 璇さん、と夾がその手を握ると、璇は立ったまま夾を包み込むようにして抱きしめて言った。

「頼むから…うなじあては俺からきちんと贈らせてくれ、しょう

「仕事をしてる時もつけられるようなのをきちんと考えるから…だから頼むよ」

「こういう風にうなじにあてがう布を洗い替えとして用意するのは構わないから、せめて飾りとか留め具は俺からちゃんと…な?」

 優しい声音でそんな風に懇願されずとも、すでに夾の答えは決まっている。

「はい、璇さん。璇さんがどんなうなじあてを俺に贈ってくれるのか…楽しみにしていますね」
「あぁ」
「ありがとうございます、本当に…本当に楽しみです」

 しばらくそうしてそのまま抱きしめあった後、ようやく解放された夾は璇の唇にちゅっと口づけて【香り】を弱く放った。
 それに璇が気付かないはずもない。
 璇は片眉を少し上げてやれやれというように同じく【香り】を弱く放つと、試しに作ったというその布の帯を夾の首周りにかざして「色か…色はどうするかな」と逡巡し始める。

しょうは何でも似合うだろ。けど…紺とか藍はどうかな」
「良いですね、俺達の名前にも合うじゃないですか」
「星空の色だな。紋章はやっぱり俺達の名前にちなんだ星をあしらったものにしないと、『璇』と『夾白』で…」

 真剣になってあれこれと考える璇からはすっかり落ち込んでいたあの様子は消え去っている。
 夾はそんな彼が湯冷めをしないようにと気を遣いながら2人の混ざった【香り】に笑みをこぼしたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜

車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第二の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

最愛の番になる話

屑籠
BL
 坂牧というアルファの名家に生まれたベータの咲也。  色々あって、坂牧の家から逃げ出そうとしたら、運命の番に捕まった話。 誤字脱字とうとう、あるとは思いますが脳内補完でお願いします。 久しぶりに書いてます。長い。 完結させるぞって意気込んで、書いた所まで。

孤独を癒して

星屑
BL
運命の番として出会った2人。 「運命」という言葉がピッタリの出会い方をした、 デロデロに甘やかしたいアルファと、守られるだけじゃないオメガの話。 *不定期更新。 *感想などいただけると励みになります。 *完結は絶対させます!

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない

天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。 ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。 運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった―――― ※他サイトにも掲載中 ★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★  「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」  が、レジーナブックスさまより発売中です。  どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

恋するαの奮闘記

天海みつき
BL
 数年来の恋人につれなくされて怒り狂うαと、今日も今日とてパフェを食べるのんびりβ  溺愛するΩに愛人をあてがわれそうになって怒り狂うαと、番にハーレムと作らせようとたくらむΩ  やたらと空回る番に振り回されて怒り狂うαと、完璧を目指して空回る天然Ω  とある国に、司東家という巨大な財閥の総帥一家がある。そこの跡取り三兄弟は今日も今日とて最愛の恋人に振り回されている様子。  「今日も今日とて」――次男編――  お互いにべたぼれで、付き合い期間も長い二人。一緒に昼を食べようと誘っておいたものの、真っ赤な顔のΩに捕まっている内に、つれない恋人(β)は先に言ってしまった様子。怒ったαはその後を追いかけ雷を落とす。  はて、この状況は何と言ったか。そう考えた友人はポツリと零す。  「ああ、痴話げんか」  「英雄色を好む」――長男編――  運命の番として番契約を交わした二人。せっせと仕事をするαの元に届けられたのはお見合い写真。差出人(Ω)は虎視眈々と番のハーレム開設計画を練っている様子。怒り狂ったαは仕事を猛烈な勢いで片付けて雷を落としに飛び出した。  ああ、またやらかしたのか。そう察した社員一同はポツリと零す。  「また、痴話げんか」  「拝啓、溺愛の候」――三男編――  運命の番として番契約を交わした二人。今日も大学で学業に励むα元に届けられたのは1通の恋文。しかし、謎の使命感に憑りつかれた差出人(Ω)は、いい雰囲気をぶち壊す天才だった。お預けを喰らい続けて怒り狂ったαは、仕事終わりの番を捕まえ雷を落とす。  ああ、これが噂の。偶然居合わせた野次馬一同はポツリと零す。  「おお、痴話げんか」

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

処理中です...