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第1章

8「初雪」

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 璇と夾が想いを告げ合った秋の儀礼の日。
 それからというもの、いつも休日といえば自宅で掃除洗濯、料理に散歩とお決まりのことをして過ごしていた夾の生活は少しずつ変化を見せ、それまでとは異なるものになっていった。
 主な変化といえば、1人で暮らしていた彼の元を璇が訪ねてくるようになったことだろう。
 璇はそれまで休みを取ってもやることがないからというような理由でほとんど仕事を休むことがなかったのだが、夾の休日に合わせて彼も休みを取るようになり、昼頃になると料理を詰めたかごを手にやってきては森の方まで続く道を行く夾の散歩に同行するなどして共に過ごすようになった。
 特に何かをするというわけではなく、ただ一緒に歩く…それだけ。
 そして木陰に腰を下ろし、何気ない会話を交わしながらかごに詰めてきた料理を昼食として食べるのだ。
 自然に囲まれた中で2人きり過ごしていると そんな何ということのない時間でさえも特別になるもので…。

ーーーーーーー
「璇さんは何をきっかけに俺を意識するようになったんですか?それこそ最初は印象が悪かったでしょう?」

 ある日の食後のこと。
 家で用意してきていた茶を茶杯へと注ぎながら夾が訊ねると、璇は困ったように眉をひそめながら「う…あの時の話はもう止めてくれないか」と苦々しげに言った。

「俺は…はぁ、本当にあの時……」
「いいじゃないですか、璇さんのせいじゃないですよ。俺も悪かったんですから ちっとも気にしてません。それよりいつから俺のことを気にしていたのかが気になるんです、教えてくれないんですか?」

 いつから自分に好意を寄せていたのかということが気になっている夾の瞳は純粋そのもので、きらきらと輝いているようですらある。
 その瞳に見つめられてすっかり逃げ場を失ったらしい璇は「はっきりとそういう瞬間があったってわけじゃないけど…」と話し出した。

しょうが【觜宿の杯】に来るようになって、琥珀達と色々話してるのを聞いてた時に…その話しぶりがいいなと思ったりした、んだよな。ほら、琥珀の子供達の話とかもただ相槌を打つだけじゃなくてちゃんと会話してたっていうか…うまく説明できないんだけど…それで初めの時の印象とは違うんだなって思ったらいつの間にか気になりだして、うん」
「それっていつからですか?なんだか結構前からの気がしますけど」
「あぁ、それはまぁ…どうかな……」

 あまりの照れくささに俯いていた璇だが、自分に向けられている瞳をちらりと見るやもう目が離せなくなって、白状する。

「…韶の家に見舞いに行ったときだよ。窓辺のそばに座って色んな話をしただろ、それこそ仕事のこととか…そういうの。それである時、窓から射し込んできた陽の光に照らされた韶の目がすごく綺麗だってことに気づいて…驚いたし、見惚れたんだ」

「こんなに綺麗な色の目をした人がいるのかと…そう思って」

 紅葉した木々に囲まれた中で隣り合って座り、互いを見つめる2人。
 夾はまさか自分の瞳について言及されるとは思ってもいなかったのだが、しかし自分も璇の青みがかった灰色の瞳に初めから射止められていた身であるので、なんだか嬉しくなって「…俺の目は母親譲りなんだそうです」と打ち明けた。

「小さい頃から兄や祖父母によく『母親そっくりの瞳だ』と言われていました、色味が同じだって。俺の父は母の瞳に心惹かれて話しかけるようになったと聞いたことがありますが、璇さんが俺の目を気に入ったというのは…なんだか俺の両親の馴れ初めと似ている感じがしますね」

 直接の記憶が無くても両親がいかに仲睦まじい様子であったかというのは夾にもよく分かっているので、その両親と似ているというのは彼にとって とても喜ばしいことだった。
 (両親のようなつがいになれたとしたら…)という思いから笑みが込み上げてくる夾。
 しかし璇が真剣な眼差しで自分のことを見つめながら頬を手のひらで包みこんできたので、彼は途端に他の一切のことを考えられなくなってしまった。
 包み込まれた頬がじんわりと熱くなっているのを感じていると、彼に青みがかった灰色の瞳が迫ってくる。
 それまで穏やかそのものだった鼓動が騒ぎ出すのを感じつつ、夾はこれから起ころうとしていることに応えるかのようにそっとあごを上向けて唇を差し出した。
 2人の間にある茶杯やかごなどはものともせずに璇が囁く。

「…唇の力を抜いて」

 夾はわけも分からないまま、言われた通りにぴったりと閉じていた唇の力を弱めて半開きにもならないくらいに口を開いた。
 すると間もなくそこに璇の唇が重ねられる。
 そして軽くまれてから、彼はそれまでにはなかった柔らかな感触を感じた。

「っ………」

 初めは軽く舌でなぞられるくらいだったのが次第に大胆さを増してゆく口づけ。
 どうしたらいいのかと戸惑いながらも夾が同じように舌を差し出すと、唇は重なり合ったまま舌先が触れ合い、妙な柔らかさと熱さで口の中を一杯にしていく。
 すぐにその感覚の虜になった夾は璇の体に腕を回し、抱きしめるようにしてさらなる深い口づけを求めた。
 つい先ほどまでこんな口づけの仕方を知らなかったとは思えないほど夢中になってもつれ合う舌と吐息は いくらしてももう充分だという気にはなれないほど素晴らしく、2人は何度も唇の上下を入れ替えたりしながらねっとりと絡む。
 どれだけの時が経ったか、激しく拍動する胸のせいでさすがに息苦しくなってきた夾が身を引いて頬をすり寄せるようにすると、璇はその肩をしっかりと抱き寄せながら森の木々の香りに混じる2人の【香り】を堪能するかのように深く息をした。
 璇の方がどうなっていたかは分からないが、夾は密かに激しく勃起していて、璇に寄り添うだけではなくすぐさまその太ももの上に跨って体を密着させたいという想いを抑え込むのに苦労してしまうほどだった。
ーーーーーーー

 森の中で交わした 初めての舌を絡ませる深い口づけ。
 ただ触れ合うのとは違う性的な意味合いが強いそれを体験したことによって、夾は着実に璇との距離や関係が新たな段階を踏んでいることを理解していた。
 想いを告げ合い、手を繋ぎ、そして抱擁と口づけを交わした後のより一層深い口づけ。
 少しずつそうして触れ合いの段階が進んでいったその先にあるものが何なのかはもちろん夾も承知している。
 想い人の体へ触れたい、触れられたいと思うのはごく普通のことであり、当然の成り行きだろう。

 あの優しく頬を包み込んでくる手のひらが他のところへ触れたらどんな心地がするのか。
 あの柔らかくて熱い唇や舌で他のところへ触れられたらどうなるのか。

 夾は以前にもましてそういったことを考えるようになり、そして初めて深い口づけを交わした時のようながいつ訪れることになるのかとひそかに期待して待っていた。
 しかしそうして待つうちに、やがて散歩するにもちょうどよかった秋の装いは移り変わって冬支度も始まるくらいになっていったのだった。
 その頃になって、ようやく夾は一抹の不安を抱き始めた。
 手をつないだり、抱擁したり、互いに口づけたり。
 璇と彼との触れ合いというのはそればかりで一向にその先に進む兆しが見えなかったのだ。
 璇は休日の散歩に応じる他にも夾の好物である焼き菓子を作っては昼休み中の工房まで届けてくれたりもして その献身ぶりにはたしかに目を見張るものがあったが、夾が自宅へ誘おうとしても璇は一歩だって家に立ち入ろうとすることなく日が暮れる前には帰ってしまう。
 夾の脳裏にはいつの日かに黒耀から聞いた『こっちから行動を起こさないと』という言葉が頻繁によぎるようになり、このままではずっと何も起きないままなのではないかという思いが日に日に強くなっていった。
 待っているだけではいけない。
 そんな思いから、夾はある日ついに自分から行動を起こすことにした。


ーーーーーー


 外を散歩するには外套が必要なほどにまで冷え込むようになってきた陸国。
 いつものように散歩が終わり、夾の家の前まで戻ってきた璇は「じゃあ、俺はこれで」と帰途につこうとしたところを夾に呼び止められて足を止めた。

「璇さん。あの、璇さんも今日と明日は2日続けて休みだっておっしゃってましたよね」
「あぁ。だから明日も同じくらいにここへ来るよ、菓子も持ってくる」
「でも今夜は天気が荒れそうです」
「そうみたいだな、もうすでに空は雲でいっぱいになってるし。でも気にするなよ ちゃんと明日も来るから」
「……泊まっていきませんか、ここに」

「俺の家に泊まっていきませんか、璇さん」

 思い切ってそう提案した夾。彼は想い人を自宅に誘うということの緊張がいかほどのものかというのをその時嫌というほど思い知る。
 しかし、少しの間その場に立ち尽くした璇は「い…いやいや、帰るよ、うん」と食器の入ったかごを抱えながら言ったのだ。

「ほんとに気にしなくていいからさ。また明日、な」

 璇は動揺したように言いながら本当に帰ろうとする。
 どうしてそこまでして頑なに室内で2人きりになろうとしないのかということに疑問が湧くと同時に どういうわけかひどく寂しくなってしまった夾は「…どうして泊まるのが嫌なんですか」と口を開いていた。

「…璇さんは俺ともっと一緒に過ごしたいとは思わないんですか」

 璇の過去からして男の体に触れることに抵抗があるというわけではないのだろうと夾は思っていたが、やはり自分はとして見られていないのだろうかという気になってしまって声もいささか少し沈んでしまう。
 璇はそんな夾に「いや!?むしろ逆っていうか…!」と慌てて言葉を探した。

「あの…さ、分かってるのか?オメガがアルファを家に招くってことがどういうことなのかを。それこそ俺は…いや、そもそも怪我で療養してた時だって!俺がアルファだって知ってたんならあんな風に家に上げちゃダメだろ!しょうには危機感ってもんがないのか?やすやすとアルファを家に招いちゃダメだ、そう教わったろ?危ないんだって」

 様々に理由を並べ立てる璇だが、夾はますます胸の内に寂しさが募っていって、そして思うより早く「そんなこと、分かってますよ」と口にしていた。

「俺だって璇さんを家に入れるということがどういうことかくらい分かってます。分かってて誘ってるんです。俺は璇さんのことが好きだから、璇さんともっと一緒にいたいから、璇さんともっと親密になりたい、触れ合いたいと思っているから…だから誘ってるんです」

「璇さんは俺のことを何だと思ってるんですか。無防備にもアルファを家に引き込んで2人きりになろうとする不埒なオメガですか。違います。俺はそういうことをしたくないと思う相手を家に上げることはないし、その相手の家にも上がりません。俺は璇さんだから見舞いのときも家に入れたし、こうして今も泊まらないかと誘ってるんです。誰にでもそうだってわけじゃありません。俺は本当にただ、璇さんともっと……」

 なんとかして自分の思いを伝えようとしていた夾は、だんだんと自分が虚しくもなってきてそれ以上言葉を続けることができなくなってしまう。
 男女の場合でもアルファオメガの場合でも、相手の家に行くということは十分にそういう事が起こりうるものだ。それを踏まえたうえで夾は誘っているというのに、それを『無防備だ』『考えなしだ』とされては悲しくもなってくるだろう。
 先に進みたいと思っているのは自分だけなのだろうか、と独りよがりな考えを責められたような気にもなってきて落ち込む夾。
 だが彼は璇に抱き寄せられたことでいくらか気を持ち直した。
 温かな胸からふんわりと【香り】がして、不安で押しつぶされそうになっていた心を柔らかくほぐしていく。
 璇は夾を抱き寄せたまま「…わるい、そういうつもりじゃなかったんだ」と囁くように詫びた。

「韶のことをそんな風に思ってたんじゃない。そうじゃなくて…こんなにも心から大切にしたいと思える人は初めてだから、その…どうしたらいいのかが俺にも分からなかったんだ。外でならまだしも部屋とかで2人きりってなると…まぁ…落ち着かないっていうか、抑えられなくなるんじゃないかと…俺はそんなにできた人間じゃないし、韶のオメガの【香り】にも弱い…から」

 璇のその言葉を聞いた夾は途端に目の前が開けるような思いがして顔を上げた。
(抑えきれなくなるかもっていうのは…つまり璇さんは俺に…)という高鳴る胸のまま、彼は「いいじゃないですか、抑えなくても」と璇を見つめる。

「俺は璇さんと口づけ以上のこともしたいです。言ったじゃないですか、俺はもっと璇さんと親密に…なりたいって」

「…璇さん、今日はここに泊っていってください。ずっと一緒に…朝まで過ごしましょう、俺達」

 まっすぐに想いを伝えた夾の頬はすっかり熱くなっていて、吹き抜けていった風の肌寒さなども気にならないくらいだ。
 今夜の天候が荒れるであろうことは間違いないという空の下でしばらく言葉もないまま向き合っていた夾と璇。
 璇はそれから…手に持っていたかごを持ち直すと「…俺、一度帰るよ」と視線を手元に移しながら言った。

「一度帰って、それで…また色々持ってここに来る。料理も何品か持ってくるから」

 このままここにいてほしいという思いもあった夾は「着替えならここにもありますけど」と伝えたが、それでも一度帰るという璇を引き留めることはできず、とりあえずその場はそれで解散となる。
 家に1人戻った夾は次第に濃く暗くなっていく空の雲行きを見て(璇さんは今日はもうここには来ないかもしれない)とまた物悲しい思いをしながら浴室の支度や夕食の支度にとりかかったのだが、そんな彼の心配をよそに、璇は本当にすぐ夾の元へと戻ってきたのだった。
 もう今日は来ないのかと思っていたと言う夾に、璇は「また来るって言っただろ」と持ってきたかごの中身を見せる。

「今日はもう帰らないから戸締りとかは頼むって言ってきた。それで調理場にこの新鮮な骨付き肉が届いてたからちょっともらってきてみたんだ。これでなにか作るのもいいかと思って…」

 璇が持ってきたかごの中には たしかに酒場や食堂で今夜振る舞われる予定のものであろうという汁物などの料理の他にも新鮮な骨付きの豚肉が入っていて、その肉は明日の朝食にしようということにして夾は璇を自宅に招き入れた。


 自分の家で想い人と2人きりになったとしたら きっと緊張しきりになってしまうだろうと思っていた夾だが、実際は緊張よりも嬉しさや楽しさが勝ってしまってむしろ自然体のままでいられる。
 璇はこれまでにあまりよその家に泊まったりした経験がなかったのか、まさに借りてきた猫というような感じで荷物の置き場や家での過ごし方についてを事細かに訊いてくるので、夾も「大丈夫ですよ、そんなにビクビクしなくても」と微笑ましくなっていたのだ。
 そして2人は調理場に並び立ち、一緒になって夕食の支度をした。
 いつもは1人で立っている調理場だがその広さのおかげもあって大人の男2人が並んでいても窮屈さはなく、日頃からよく料理をしている者同士 連携の取れた素晴らしい手際で夕食づくりが進み、あっという間に2人きりでの夕食が始まる。
 もちろん料理のお味の方は申し分ない。
 美味しい食事とあたたかな油灯の明かりは彼らの夜が深まりつつあることを示唆していた。


ーーーーーー


 夕食の片付けを終えた後、夾は璇の湯浴みが終わるのを待つ間によく洗った骨付き肉を火にかけて翌朝のための仕込みをした。
 下処理をしっかりとした骨付き肉というのは灰汁と余分な脂を丁寧に掬いながら煮込むだけで少しの塩しか使わずとも充分なほど美味しい一品が出来上がるので、いくら肉を洗う手が冷たくなろうとも彼にとっては苦ではない。
 湯浴みを終えた璇に「本当によくそんな手間を掛けられるもんだな」と声をかけられた彼は「こうするのとしないのとでは出来が全然違いますからね」と微笑みを浮かべながら薪の量を調節した。夾が焚べた薪が燃え尽きるまで放っておけば、おのずと明日の朝にはほんのりとした塩味の汁物になっているはずだ。

「かまどの方はもう放っておくだけなので大丈夫です。水差しはここに用意しておいたのでのどが渇いていたら自由に飲んでくださいね。それから…この居間は窓が多いせいか結構冷え込むんです。なのでそっちの寝室の方で温まっていてください」

 夾はそうして璇に言い残すと自らも湯浴みをするべく浴室へと向かった。
 衣を脱いで浴室に足を踏み入れるといつもは乾いている浴室の床が湿っていて、たしかに今この家には璇が泊まりに来ているのだということがありありと感じられた夾の胸はにわかにドキドキとしだす。
 この後、積極的に璇へと迫ってみるつもりでいる彼はそのための準備に余念が無かった。
 同じ男性オメガである琥珀に情事についての注意点をそれとなく聞いた際に《「まぁ、そりゃ厳密には違う場所だけど…でもは一緒だからね。黒耀のためにも僕は特に体を綺麗にするようにって心がけてるかな、その方がお互い集中できると思うし」》という助言をもらっていた彼は念入りに体を洗う。
 一体これからどんなことになるかは彼自身にも分からないが、しかしなんとか今夜のこの機会をものにしたいという思いで湯浴みを済ませる夾。
 浴布でくまなく体を拭い、新調していた寝間着の紐を止め、大きく息を吸った彼は浴室の脱衣所から出て室内へと戻っていった。



 湯浴みをしに行く前にすでに家の明かりはほとんど消してしまっていたので室内はどこも暗くなっているが、唯一、寝室としている一画だけは明るいままになっている。
 空間を仕切っている薄く透ける暖簾をくぐると、璇は窓辺に立って空模様をうかがっていた。

「外の天気、荒れてますか?」

 まだ濡れている短い黒髪を拭いながら夾が声をかけると、璇は窓の外を向いたまま「荒れてるっていうか…雪が降り始めたんだ」と答える。

「つい今しがた雪の音がして気がしえ見てみたら…初雪が」
「あっ、本当ですね。明日になったら少しは積もるでしょうか?」
「どうかな。雨にはならなかったみたいだから もしかしたら少しは積もるかもしれないけど…」

 こうして雪がちらついているのを眺めている時というのはなぜか声を潜めて話したくなるものだ。窓に時々当たる雪の結晶がたてる さらさらというような音を無意識的によく聴こうとするからなのかもしれない。
 雲に覆われた夜空から舞い降りてくる雪は牧草地を取り囲む明かりによって所々明るく輝き、地面を白銀に変えずとも充分に美しい景色を作り出している。
 室内の明るさが窓に反射して雪の鑑賞を多少妨げている事に気づいた夾が少し油灯の火を小さくすると、窓の外の風景はより一層はっきりとして幻想的な姿を見せた。
 この窓から雪の降る風景を眺めるのは初めてではないのにそれまでとはまったく違う美しさが感じられるのは、今この瞬間、自分の隣に璇がいるからに違いないと思う夾。
 雪が降るくらいにまで冷え込んだ外気が窓越しに伝わってきて湯上りの夾の肩を冷やすものの、彼が身震いするより早く璇はその肩を抱いて温めていた。

「………」

 薄暗い中、これ以上ないというほど彼らの体は密着し合う。
 静かに視線を交わした2人は、それからどちらからともなく唇を合わせ、そして固く抱きしめあっていた。

「……っ」

 期待感と緊張で胸がいっぱいになりながら、夾は片手で窓掛けの留め具を外して窓に覆いをすると、璇に口づけたまま後ろ向きに歩いて寝台のそばまで連れて行く。
 彼にはすべきことがわかっていた。
 璇を寝台に押し倒し、ありとあらゆる場所へ口づけたり手のひらで撫でるなどして、徐々に情欲を煽っていくのだということを。
 『初めてだから』『慣れていないから』といってここで手をこまねいているわけにはいかない。
 夾は膝裏に寝台の端が当たったとみるやいなや、体を翻して璇を寝台に座らせると、さらにその斜め上から口づけるようにして押し倒そうと試みた。
 両肩にかけた手を後ろに押して、璇の上体を倒そうとする夾。
 …だが思惑とは外れてなかなか璇は寝台に倒れない。
 夾がかすかに戸惑った様子を見せると、なんと璇はそんな彼の体に腕を回し、いとも簡単に上下を入れ替えてしまった。
 一瞬のことすぎて自分の身に一体何が起きたのかも分からなかった夾の頬を手のひらで包み込みながら、璇は囁く。

「…本当にいいのか?」

 璇のその瞳に熱く滾る何かを見た夾は、高鳴る鼓動のままに頷いて璇に抱きついた。


 寝台の上、覆いかぶされながらする深い口づけは息も出来なくなってしまうほど濃厚で次第に夾はぼぅっとしてきてしまう。
 押さえつけられているせいで身動きが出来ない体は寝間着の上から愛撫されるうちに少しの刺激にも敏感に反応を示すようになり、気分をさらに高めていって、璇の手が寝間着の中に滑り込んで胸へと触れた瞬間には思わず息を呑んで【香り】を放つ。

しょう…」

 掠れたようなごく小さい声で名前を呼ばれると夾の全身にぞわぞわと妙なくすぐったさが駆け巡り、頬や耳元までもが真っ赤になる。
 もぞもぞと衣が擦れるその感覚すらもくすぐったくなってしまった夾が自ら寝間着の留め紐を解くと、璇はピンと立っていた彼の胸の突起を摘み、そしてさらに腹部の方にまでその手を移動させていった。
 もちろんそこでさえ誰かに触れられた経験などない夾にはたったそれだけでもどぎまぎするのに充分だったのだが、璇の手はそれに留まらず、下衣の中までも入り込んで危険な辺りを柔らかく触れる。
 そして前のものへと触れられた途端、彼はビクりと体を跳ねらせてすでに甘く反応していた男根を激しく勃起させた。

「~~…っ」

 当然、璇には夾が反応して激しく勃起したことは伝わっているだろう。
 想像していた以上の羞恥に耐え切れず、夾は顔を壁の方に背けると体をも横向かせて真正面から触れられることを避けようとしたが、しかし璇はそれにも構わずむしろ露わになった夾の首筋へとしつこく口づけながら前の方を扱いだした。
 夾のうなじや陰部の辺りから立ち込める【香り】とそれによって引き出された璇の【香り】が交じり合い、それらはまるで媚薬のようになって2人の寝台を包み込む。
 そうして充分に愛撫が繰り出された後、ついに璇は手を夾の後ろの方へと差し向けて彼の秘部を揉み、拡げるべく動き始めた。
 ほとんどうつ伏せのようになった璇はそれを甘んじて受け入れながらも羞恥と嬉しさ、期待感で胸がいっぱいになり、熱い吐息と共に【香り】を放つ。
 じっくりと時間をかけて拓かれていく体。
 中に挿れられた指は1本、2本、3本と増えていき、根元まで挿し込まれてから抜いたり挿したり、ぐにぐにと拡げられたりして彼の中がアルファの男根を受け入れることが出来るようになるまでの準備をすすめていく。
 自分の後ろがどんなことになっているのかは想像もつかない夾だが、とにかく男性オメガとしての支度が着々整いつつあることは溢れていく愛液と水音から理解していた。
 もうどれだけ長いことそんな風にされただろうか。

「韶…挿れたい、挿れたい…韶……」

 耳元で囁かれる切実な璇からのその訴えに何度も頷いて応える夾。
 するとついに3本の指を引き抜いた璇は、自らと夾の下衣を一息のうちに取り去ると、夾に覆いかぶさり、およそ人の体の一部とは思えないほど熱く固くなったものを彼の尻に押し当てた。
 いよいよその瞬間が来るということを感じて、夾は はぁはぁと浅い呼吸を繰り返す。
 高まりきった璇の興奮を首筋に感じながら夾がほとんどうつぶせのまま尻をわずかに浮かせると、その割れ目の中心めがけて、璇は腰を突き入れた。

「っ~~~!!!」

 それは初めて彼の体が奥深くまで拓かれた瞬間だった。
 興奮したアルファのものを呑み込むには指でいくらほぐしたとしても足りるはずもなく、鈍い痛みが夾の秘部に走ったが、しかしそれも璇の【香り】を感じればすぐに気にならなくなってただ結合しているところの感覚だけに集中できるようになる。
 ゆっくりと始まる抽挿は初めてとは思えないほど夾の中の一番感じる部分を的確に刺激し、たちまち夾を快楽の渦へと強烈に引きずり込んでいった。

「あっ、あぁっあっ…~~~っ!!!」

 目を白黒させながら寝具を掴み、自分で弄っていたときなどとは比べ物にならないような良さに夾は涙まで滲ませる。
 ギシギシと音を立てる寝台にしがみつくようにしている夾の手の甲に璇の手が重なり、手を握られたことに気づいた彼が手のひらを上向きにしてきちんと指と指を絡ませて手を握り返すと、2人の気分はより一層高まってさらなる情事にのめり込んでいった。

 ほとんどうつ伏せだった状態から両足を片方の肩に担がれた体勢、そして両足を左右それぞれの肩にかけさせられるような体勢にまで璇は次々と体位を変えていく。
 夾はもうすでにその頃にはすっかり快楽の虜となって恥も何もなくなっていて、されるがまま与えられる快楽にひたすら喘いでいた。
 深くまで突き入れられながら体を抱き起こされ、やっとの思いでかろうじて身に纏っていた最後の衣服、寝間着の上衣を脱ぎ捨てると、璇はそっと夾の背をまた寝台に寝かせて上から見下ろすようにして見つめる。
 興奮しきったアルファのその目は不思議な魅力に満ちていて、夾はそれだけでもまた体の中に愛液を染み出させてしまうが、璇は何を思ったのか彼の腰と尻を上向かせるように枕を腰の下へと置いた。

「っ、せんさん…!」

 一糸纏わぬ自らの裸体が璇のイチモツに貫かれて結合していることがはっきりと分かるその光景に思わず彼は狼狽えたが、しかしそこから目を離すことは出来なかった。
 なぜならアルファである璇のそれはそのほとんどが夾の中に入っていて見えなくなっているというのにもかかわらず、根元からして非常に大きく立派であるということが伺えたからだ。

(あんなに大きいものが…自分の中に…?)

 とても信じられない思いだが、璇はその長さすらも知らしめるように夾の腹に手を当てて抽挿を再開させる。
 体内に蠢くアルファの立派なそれを体の中に収めることが出来たのは夾が男性オメガであるからに他ならなかった。
 璇が放った【香り】の作用によって、彼の体は普段の数倍柔軟になり、余分な力が抜けて通常よりもずっと大きなものを受け入れることが出来るようになっているのだ。そうでなければ初めてでこんなに立派なものを奥まで呑み込むことなど到底出来るはずもない。
 繋がっているのだということをあらためて見せつけられるようにしながら行為を始められた夾はさらにそれまで以上に淫らになって、璇の抽挿を妨げないようにと両足を大きく左右に広げながら、時には覆いかぶさってくる璇に抱きついたりしてひたすら快感を貪った。
 やがて彼の腹には璇と夾自身のものによる幾筋もの白濁が飛び交い、混ざり合ったそれは拭う間もなくだらだらと寝具へ流れ始める。
 真夜中にさしかかった頃には、すでに2人で絶頂の波をいくつ乗り越えたか分からないほどになっていたのだった。
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