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『油灯』
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2人目の子である『椋』が生まれ、4人家族となってから早5ヵ月。
樫と蔦は毎日、すくすくと育つ子供達と共に和やかな日々を過ごしている。
彼らの仕事は陸国の中でも特に務められる者が少ないという少々特殊なものであるため、いつも多忙ではあるのだが、それでも家に帰ってからの子供達と過ごす時間というのは樫と蔦にとって疲れを忘れさせるような特別な一時であり、有意義なものだった。
元々字を書くこと、本を読むこと、そして絵を描くことが好きな樫達だ。
仕事をしているときのように字や絵を描き写すのを見せると、息子の笹は「すごい!どうやってるの?」「お父ちゃん、もっかい見せて?ぼくもやってみたい!」と強い興味を示すため、樫達も『もっと色々な技法を見せてやりたい』『あれもこれも教えてやりたい』という気になってついつい寝支度をしなければならない時間近くまであれこれやって見せたり、話し込んだりしてしまっている。
散々仕事で字も絵も描いていたにもかかわらず、だ。
だが、それらは仕事とは全く別のことであり、樫と蔦はむしろ楽しく思っていた。
椋が産まれてしばらくの間は休む暇なく赤子の諸々の世話をしなければならず、仕事(挿絵描きなど)がまったくできずにいた蔦だったが、今では樫や樫の【香り】の助けもあってすっかり体調も回復し、椋がよく眠っている間には仕事ができるまでになっている。
樫と蔦は日中2人だけで使っている図書塔横の作業小屋に赤子の椋を連れて行き、1人目である笹のときと同じようにして世話と仕事を両立させているのだ。
樫と蔦はどちらも仕事に集中すると休むことを後回しにしてしまいがちなのだが、椋はそんな両親を気遣うかのように絶妙なところでぐずり始めるため、2人は「また椋に休めって注意されちゃったな」と笑いながら仕事の手を止めて小休止を挟むなどしている。
朝起きて自宅で朝食を摂った後、近くにある学び舎へと向かう長男の笹と共に樫と蔦は乳飲み子の椋を連れて自宅を出、図書塔横にある作業小屋へ行き夕方まで仕事を。
そして日暮れ頃にまた家族全員で自宅に帰り、揃って夕食を摂って明日に備える。
彼らの毎日はそうして穏やかに過ぎているのだった。
ーーーーー
「お父ちゃん…」
「うん?」
ある日の夕刻のこと。
笹は赤子用の柵付き寝台の中で すやすやと眠っている弟『椋』の寝顔を眺めながら、竈のそばで夕食の支度をしている蔦に声をかけた。
「椋が…すっごくかわいい…かわいいよぅ…」
『心の底から滲み出た』というようなその言葉はとても微笑ましいもので、蔦は笹の方に目を向けながら「そうか、可愛いか」と小さく笑って応える。
まだまだ乳飲み子の椋は男性オメガの子の特徴の一つである『よく腹を満たし、よく眠る』をまさにその言葉通りに体現していて、ぐずって授乳をせがんでは深く眠るということを1日に何度も繰り返しているのだが、その寝顔の愛らしさには見る者を惹きつける何かがあり…兄である笹もすっかり夢中になっているのだ。
笹は日中は学び舎へ行っているため、なかなか椋と一緒に長く過ごすことができない。
だからこそ余計に弟と共に過ごせるときにはこうして眺めては「かわいいね、すごく…」と息をするかのように言ってしまうのだろうが、蔦の体感では毎日100回ほど椋に『かわいい』と言っているのを聞いている。
いや、もしかしたら100回どころではなく、もっとかもしれない。
「椋も嬉しいだろうな、笹にそうやって可愛いって言ってもらえて。そのうち自分の名前よりも先に『可愛い』って言葉を覚えるんじゃないかって気がするけど」
蔦がふつふつと煮えている鍋の中の汁物を掻き混ぜると、笹はあまり大きな声を出さないようにと注意しながら「だってさ、見てよこのほっぺ」とため息をついた。
「ふわふわだよ、すごくふわふわ…ちょっと前まであんなにちっちゃかったのに、大きくなってから もっとふわふわになった。ほんとうについこの間まで、あんなにちっちゃかったのに…」
「ははっ、笹もそうだったよ、ほっぺたがフワフワ モチモチでさ。大きくなるのは椋よりもいくらか早かったんじゃないかな?…うん、そんな気がする」
「ほんと?ぼくもこれくらいだったの?」
「そうだよ、もちろん。笹にだって赤ちゃんの頃があったんだから」
「へぇ…」
不思議そうに言う笹。
椋が生まれる前のときからそうだったが、笹はどうやら自身にもこんな赤子の頃があったのだということが いまいち信じられずにいるらしい。
純粋というのか…そうしたところが笹の可愛らしいところだよな、と蔦は常々思っている。
しばらくして(いつまでも寝顔を見ていたら起こしてしまうだろうか)と心配したらしい笹は蔦に何か手伝えることはないかと訊ねたが、「いや、大丈夫。ごはんの時間まで好きに過ごしてていいよ」と言われると、部屋の片隅にある本棚のそばへ行き、1冊の本を手にとって読み始めた。
暗がりではよくないだろうと思った蔦がそばに置いてある油灯の明かりを少し大きくしてやると、笹は嬉しそうに礼を言って熱心に本へと目を向ける。
その姿は好きな本を読んでいる時の樫とそっくりであり、蔦はくすくすと小さく笑ってしまった。
樫は帰り際に他の司書に呼び止められていたためまだ帰ってきていないのだが、じきに『ただいま』と言って帰ってくるだろう。
温まった汁物の香りが鍋の中から立ち込める中、蔦は食卓の上を布巾で拭って夕食の支度を進めていった。
今日の彼らの夕食は、近くの食堂からもらってきた主菜に汁物、そして蔦が調理して拵えたいくつかのおかずなどだ。
毎日忙しくしている蔦と樫にとって食事の支度は一番の懸念材料だったのだが、食堂をよく利用することでそれを解消している。
というのも蔦は昔よりはいくらか料理が上手くなっているとはいえ、まだあまり手際がいいとは言えず、笹の成長のために何品も料理を用意しようとすると 今よりもかなり早く仕事を切り上げてこなくてはならなくなってしまうのだ。
樫の料理の腕はどういうわけか壊滅的であるため、絶対に任せることはできない。
大人2人きりの時よりも気を遣わなくてはならなくなっている食事内容についてを自力でどうにかするのは難しく、結局近くの食堂でもらってくるのが一番だということに落ち着いていた。
時々、料理上手な蔦の姉も彼らのために料理を多めに作っては差し入れてくれている。
そのため多くの場合、蔦が夕食の支度ですることといえば、それらを温める他にいくつかのおかずを用意するくらいだ。
このおかず作りは『せめて1品ずつでも手作りしたものを家族に』という蔦の思いがあってのことである。
そうしてほとんどの支度が終わり、あとは一番最後に仕上げる1品のみとなった蔦。
薄切りにして味付けておいた肉を何枚か焼くくらいなもので、そろそろ樫も戻ってくるだろうと見当をつけた蔦はそれに取り掛かろうとしたのだが…そのとき、笹が後ろから「お父ちゃん、明かりが消えちゃった」と声をかけてきた。
見てみると、たしかに先ほど笹のためにと明かりを大きくした油灯の明かりが消えてしまっている。
どうやら元から芯が短くなっていたらしい。
蔦は「あぁ、それじゃ明るい方においで」と布巾で手を拭った。
「多分芯が短くなってたんだろうな、後で父ちゃん達が見ておくよ。…ちょうどいい、もうすぐご飯もできるから手を洗っておいで、笹。父さんもそろそろ帰ってくるはずだ」
「うん」
「油灯はまだ熱いから 絶対に触るなよ。いいな?」
蔦が注意すると笹は「うん」と頷いて手に取っていた本を棚に戻す。
するとちょうどそこへ樫も帰ってきた。
樫がなぜ司書仲間に呼び止められていたのかについて察していた蔦は「おかえり。随分話し込んでたな」とすぐさま樫を労う。
「また図書塔での当番の日を代わってほしいって?大変だな、本の修復に手間取ってるって聞いてたけど」
「あぁ、そうらしいな。蔦も何枚か挿絵の修復を頼まれてた1冊だから分かるだろ。思ってたよりもかなり傷みがひどくて、慎重にやらないといけなかったみたいだ。ほとんど作業自体は終わってるけど最後の装丁のし直しは特に集中してやった方がいいだろうし…しばらく図書塔の当番は俺と他の司書で振り分け直すことにしたよ」
「そっか」
陸国の図書塔に勤める『司書』となれる者はごくわずかであるため、時にはこうして当番の日を代わるなどして支え合うことも必要だ。
樫も何度か替わってもらった恩があり、もちろん協力は惜しまないつもりだった。
「まぁ、3週間もあれば全部済むだろう。当番も全員で週に1、2回多くすれば割り振れるし、そこまで負担じゃないから」
「ん、そうだな」
「俺もついこの間までやってた複製の仕事が終わって少し余裕があるからな。いつか図書塔での作業台の周りもきちんと整頓し直したいと思ってたし、この機会に他の司書達とも話し合って図書塔の中のあれこれを………」
樫が言いかけたその時のことだ。
後ろの方から「あちっ」という声と共に何か物が倒れるような音が響いてきた。
弾かれたようにその音がした方へと目を向けた樫と蔦。
本棚のそばでは、笹が自身の右手を押さえている。
樫はすぐさま笹のところへと駆け寄って行ったが、蔦は手を押さえている我が子とその足元に転がっている油灯を見るなり肝の冷えるような思いがして立ちすくみ、少し遅れてそこへ駆け寄っていった。
「どうした、この油灯を触ったのか?」
樫がそう訊きながら手を見せるように促すと、笹は右の人差し指を差し出して頷いた。
人差し指の先はじんわりと赤くなっている。
どうやら油灯の持ち手ではない部分に誤って触れてしまったらしい。
すぐに手を放したため、火傷といってもかなり軽いもののようだが…。
樫が「笹、痛いか?」と訊くと、笹は首を横に振った。
「だいじょうぶ、ちょっとびっくりしただけ…」
油灯は割れておらず、樫が注意深く持ち上げてみても中の油などが床に染みている様子はない。
幸いにも本当に指先だけの怪我で済んだようだ。
だが、蔦は言い表しようのない恐怖で胸が一杯になっていた。
たった今この瞬間。
ともすれば笹はあの油灯によって、ひどい大火傷をしてしまっていたかもしれない。
もし油灯が割れていれば、鋭い破片となった熱い硝子で怪我をしていた可能性だってあるだろう。
蔦には一瞬のそうした出来事がどんなに結果をもたらしていたか、と想像するだけでも恐ろしくてたまらない。
そして笹の手の届くところに油灯を置きっぱなしにし、その上目を離してしまっていたという自分に対しても強い後悔の念が湧き上がっていた。
『まさか笹が油灯に手を伸ばすとは思わなかった』では済まされないことだ。
だが当の笹は『油灯を落として両親の会話を遮ってしまった』『両親が自分のことを心配して駆け寄ってきた』ということに気恥ずかしくなっているらしく「へへへ……」と苦笑いを浮かべている。
そんな笹を前にした蔦は「笹」と一言かけて注意を引くと、毅然とした態度で口を開いていた。
「「まだ熱いから触るなって、さっきお父ちゃんが言っただろ!」」
一瞬にして家の中にビリリとした緊張感がはしる。
普段、蔦はこんなにも声を上げてなにかを言うことは一切ない。
もちろん樫にも聞いたこと、見たことのない姿だ。
だからこその独特な空気が流れる家の中…笹もすっかり緊張し、その顔からは苦笑いも消え失せていた。
「お、お父ちゃ…」
「ご、ごめ、ごめん、なさ……」
喉がつかえてうまく話せない笹。
その目は潤んでいるようで、蔦は一呼吸置いてからさらに言葉を続けようとしたのだが、そこで椋のぐずる声が聴こえてきた。
ちょうど夕刻のいい時間になったので目を覚ましたのだろう。
次第に大きくなると分かりきっているそのぐずる声は、どうしても放っておくこと、そして無視をすることができない。
蔦が思わず椋の方にわずかに気を取られたその瞬間、居ても立ってもいられなくなったらしい笹はパッと駆け出して家を出て行ってしまった。
「あっ、さ、笹っ…」
赤子の椋がぐずっている理由は明らかであり、それを考えると今の蔦は笹を追いかけるわけにはいかない。
戸惑う蔦だったが、樫に「大丈夫、俺が行くから」と肩を抱かれてため息をついた。
「あっちは任せろ。椋のことは頼んだからな」
「樫……」
「大丈夫だって、心配するな」
その場にほんの僅かに【香り】を残し、樫はすぐさま笹の後を追って家を出た。
ーーーーーーー
家のすぐ横には炊事などに使うための薪置場がある。
笹はそこに1人でうずくまって座っていた。
夕陽の色がいっそう濃くなっている中で見るその姿は、とても寂しそうで悲しそうで、幼くて小さい。
樫はそんな笹の手を取って改めて火傷の状態を確かめると、そばの水汲み場から桶に水をたっぷりと汲んできて「ほら、よく冷やしておかないとな」と笹の指先を浸けて冷やし始めた。
「お父ちゃん…怒ってた……」
俯いてぼそりと零す笹。
よほど蔦の言葉、声に驚いたのだろう。
すっかり縮こまってしまっている笹の肩を抱きながら、樫は「お父ちゃんは怒ってるんじゃない、父さんには分かるよ」と寄り添った。
先ほどまで家の中から聴こえてきていた椋のぐずる泣き声はピタリと止まっている。
今の時間はいつも決まって椋がぐずりだす頃だ、きっと腹が空いたのだろう。
蔦が授乳などの世話をしているために泣き声が止まったのだと 樫には分かっていた。
「…お父ちゃんは『まだ触るなよ』って言ったんだろ?それならどうして油灯に触ったんだ?」
樫が静かな声音で理由を問うと、笹は俯いたまま「だって…父さん達、いそがしいから」としゃくりあげて答える。
「お仕事も、むく のお世話も全部やっててたいへんなのに…ぼくにお仕事のこと教えてくれたり、本をよんでくれたり、絵もかいてくれるし遊んでもくれるでしょ…だから僕もお手伝いしたいって、父さん達の役に立ちたいって思っただけ…そう思っただけだったのに……」
「だから油灯を自分で何とかしようと思ったのか」
「…ぼくが明かりをつけられるようにしておいたら、役に立つかなって、思った……でも、お父ちゃん怒ってた…触るなって言われてたのに、ぼくが…触ったから…」
一言話す度にみるみる涙声になっていく笹は明らかに落ち込んでいて、悲しい気持ちになっているというのは見ての通りだ。
しかし項垂れたその姿には幼子ならではの可愛らしさというものが多分に含まれているようで、樫は思わず頬を綻ばせながら「笹、お父ちゃんは心配でたまらなかっただけだ」と抱き寄せている小さな肩を撫でながら言った。
「たしかに突然あんな風に言われてびっくりしたよな。でもお父ちゃんは笹のことをすごく心配したから、ああやってはっきりと言ったんだぞ。お前が『大怪我になるかもしれないことをしたから』だ。分かるか?」
「さっきは指先の火傷だけで済んだかもしれないけど、もしかしたらもっとひどい火傷をしたかもしれないし、油灯が割れてたら硝子で手や足を切ってたかもしれないだろ。それが心配だったんだよ」
桶の中の水をかき混ぜて笹の指先をさらに冷やしながら「なぁ、笹」と樫は続ける。
「笹が父さん達のことを気にかけてくれて、父さんは本当に嬉しいよ。笹が何か自分にできることはないだろうかって考えて色々やってみるっていうのも、悪いことじゃない。むしろ良いことだし、父さん達も実際助けられてる。…だけどな、もう少し父さん達のことを信頼してもいいんだぞ」
「例えばだけど、笹は一度に何冊の本を持って歩くことができる?3冊か?うん、父さんは10冊以上一度に持って図書塔の中のあの長い階段を何往復もすることができる。お父ちゃんだって7、8冊は持ち歩けるだろう。それに、笹が1人でやっと抱えられるくらいの分厚くて大きい本だって、父さんなら5冊は持って歩くことができるんだ」
陽が傾いていく中、樫は笹のしっとりと濡れた頬を拭うように撫でてやりながら静かに語りかけた。
「いいか?父さん達は笹よりも長く生きてきて色んな経験をしてるし、体が大きくて力もあるんだよ。だから色々なことをしてても、笹が思うほど父さん達は大変だと思ってない。父さんの場合、仕事は元から趣味っていうか…まぁ子供の頃から楽しくてやってたことをそのまましてるようなもんだからな。お父ちゃんも、絵を描くことが好きだ。父さん達にとっては笹に字や絵を描いて見せるのだって楽しくてやってるんだぞ、ちっとも負担なんかじゃない。椋のこともそうだ、夜中に起きたりもするけどその分可愛くていい笑顔を見せてくれるだろ?それは笹にもよく分かるはずだ」
「…笹、お前が父さん達のことを心配して手伝おうとしてくれるのはすごく嬉しいよ。けどな、もう少し父さん達のことを信頼して、色々任せてもいいんだぞ。父さん達にとって一番元気が出ることは笹や椋が毎日健康で元気に過ごしてくれていることなんだから。いずれ笹も父さん達のように体が大きくなって何でもできるようになる、嫌でもできるようになるんだ。だから今、何でもやろうとする必要はないんだぞ」
樫が頬を軽くつまみながら「しかしまぁ、こんな親思いの息子がいて…俺達は最高だな」と微笑むと、笹はようやく少し照れたような笑顔を見せた。
「そんなに慌てて大きくなるなよ、まだ6歳だろ。沢山頼りな、父さん達に」
笹の小さな体の影は樫の大きな体の影にすっぽりと包み込まれていた。
ーーーーーーー
家の中に戻ると蔦は椋の授乳を終えて縦抱きにしているところだった。
樫と共に洗面台できちんと洗い粉を使って手を洗ってきた笹が「お父ちゃん、ごめんなさい」と言うと、蔦はもっと近くに来るように言って指先の状態を直接確かめる。
「本当に、他はなんともないんだな?」
「うん」
「すごく…心配したんだぞ」
蔦に額同士を合わせられながらそう囁かれ、笹は「心配かけて、ごめんなさい」と改めて口にしたのだった。
その後、笹の指先を軟膏と細く裂いた布で手当てした樫が「そろそろ夕飯にしようか」と明るく言って立ち上がると、それまでの少し しんみりとしていたような空気はふっと軽くなる。
「汁物のいい香りがしてるな、器によそえばいいか?」
「あっ、いやいや、俺がやるからいいよ。樫は椋を頼む、まだげっぷが出せてないんだ」
「いや、そのまま蔦が抱っこしててやってくれ。あとはやっておくから」
「いや、何枚か肉も焼くつもりなんだよ」
「焼けばいいだけだろ?俺がやるって」
「おい、樫がやったら生焼けか焦げ肉になるだろ…いいからほら、椋を頼む」
そんなやり取りを経て半ば強引に蔦から椋を託された樫は「まぁそりゃちょっとは…焦がすかもしれないけどな…」などと言いながら縦抱きにした椋の背をぽんぽんと優しく叩いてげっぷを促す。
笹はきょとんとしている椋の顔を覗き込みながら「むく、げっぷしないと苦しくなっちゃうよ」と優しげに声をかけた。
それからしばらくして始まった夕食。
食卓の上には急遽作られた蔦手製の卵焼きも加わっていた。
ーーーーー
「さっきは…ありがとうな、樫」
「うん?」
「…笹のこと」
子供達が寝静まり、ようやく2人きりとなった夫夫の寝台の上。
足を伸ばして本を読んでいた樫は蔦が「俺がちゃんと見てなかったから…笹が大怪我をするところだった」と後悔を滲ませるのを見るなり、本を横に片付けて「俺もその場にいただろ。蔦のせいじゃない」と自らの太ももの上に蔦を座らせた。
「うん…たしかに子供達ってのは俺達が見ててやらないといけないよな…身近にある危険を考えるとキリがない。けど過保護になりすぎるのもそれはそれでよくないと思うし、難しいよ。ただもう今日のことは『あんなもんで済んで良かった』って、そういうことなんじゃないか?それに笹は今日1日で色んなことを学んだんだ、きっと今後の成長の良い糧になるだろう」
「学んだって…油灯が危ないってこと?」
「それもあるけど。1番は『親に頼ってもいいんだ』ってことだろうな」
樫は蔦の髪を指で梳く。
「笹は責任感が強くて好奇心もある、そしてなにより器用だ。やってみようとすれば何でもできるだろう。けど、必ずしもそれに体の成長や他の部分が追いついているとは限らない。まだ子供だからな、俺達のようにはいかないんだ。だから『父さん達に頼ることは悪いことじゃない』って気づけたのは大きいことだと思うんだよ。それにさ、普段の様子を見れば分かる通り、笹はきちんと自分でものを考えることができる子だ。そうだろ?この先もっと『どういうことが危険なのか』を自分で理解して無茶なことをしなくなっていくはずだ。笹はそれができる子なんだから、蔦が気にすることはない。子供は毎日色んなことを経験して、そしてそれを積み重ねて成長してる。昨日と今日と明日では、ちょっとずつ違ってるよ」
「でも蔦を追いかけなきゃいけなかったのも、本当は俺なのに…」
「おい、俺の役目を奪うなよ。1人でなんでもするつもりか?」
咎めるようにして蔦の鼻先を軽くつまんだ樫は、眉間にしわを寄せた蔦の表情に思わず噴き出しそうになったものの、なんとか堪える。
「…蔦、子供と大人ではできることに違いがあるように、俺達にもどうしてもそれぞれ《できること》と《できないこと》がある。一緒にできることは分担してできるけど、そうでないところがあったって、別にそれを悪く思う必要はないんだ。現に直接椋へ授乳してやれるのは蔦だけだろ、それはどうしたって俺にはできないことだ。なんだかんだ言って蔦がそばにいてやるほうが子供達の寝つきもいいんだし…俺だってそういうのを寂しく思わないわけじゃないけど、でもそういう違いみたいなのはあって当然だからな。それこそ【香り】の違いっていうのか…まぁ、本能的な部分でどうしようもないことがあるってことだ」
「だからさっきみたいなことがあると、俺はきちんと俺達2人で子育てしてるって感じがして嬉しいんだよ。何でもかんでも蔦1人でされたら俺の立場はどうなるんだ?1人で抱え込むなよ、何のために俺がいるのかを忘れるな」
まっすぐに届けられる言葉。
樫が共に歩んでくれていることを再認識し、蔦はその一言一句に聞き惚れていたのだが…一呼吸おくと「…ずるいぞ、【香り】を使うなんて」と呟いて樫の頼りがいのある体に腕を回した。
番のアルファの【香り】にはオメガの気分を安らかにする効果があるとされている。
夫夫の寝台を包むようにして漂っている草木のような【香り】は樫が放ったものに間違いなく、蔦はすっかり深い安心感を感じていた。
「ずるいな…」と再び呟くと、樫は悪びれずに笑って言う。
「しょげてるおまえが可愛いかったからな。そんな姿を見ることができるのも番であり夫夫である俺の特権だろ?【香り】が抑えきれなくなるのも当然だ」
「樫…」
「仕方がないだろって。番のおまえが…愛おしくてたまらないってことだよ」
樫が言った途端、辺りの空気にふわりと花のような【香り】が混ざり、蔦は樫の唇へと柔らかく口づけていた。
「お前は俺のことをいつもそうやって包みこんでくれるんだよな…」
軽く触れ合わせる程度ではまったく足りない。
唇を食むと、それからすぐに流れるように舌を絡めての口内への愛撫が始まる。
熱を帯びた柔らかな舌が暴れ回るそれは直接脳内に妖しい音を響かせ、双方の体に疼きをもたらしながらさらに濃い【香り】を寝台の上へと漂わせていった。
くすぐったさと幸福感に満たされ、蔦は腰を樫の下腹部へと押し当てる。
寝間着越しに触れ合う下半身のその部分はどちらもすでにいくらか硬くなっていた。
「昨日もシたのに…また誘うのか?まったく、俺の堪え性がないことを分かってるくせに」
「…後悔するなよ」
蔦のうなじあてを外した樫の手が寝間着の中に入り込み、尻のきわどいところを掴む。
肝心なところには触れないその手にじれったくなった蔦は、自ら下衣を脱ぐと、たごまったそれを寝台の端の方へ追いやって「樫こそ…先にへばるなよ」と挑発的に囁きながら樫の耳朶を甘噛みした。
声を潜めなければと思えば思うほど、混ざった2人の素晴らしい【香り】が鼻腔をくすぐる。
まるで媚薬のように激しい情欲を煽る【香り】だ。
樫に押し倒された蔦は首筋への熱烈な口づけを恍惚として受け入れながら「俺…おかしいのかも」と吐息混じりに囁いた。
「樫のことが…好きで、好きでたまらないんだよ…どうしようもないくらいに…」
「こんなのおかしいって、思うだろ…けどほんと…ほんとに俺、樫のこと…んっ、まいにち…」
むき出しになっている腹部に触れられて熱く艶やかな吐息を吐き出した蔦。
樫はその反応を楽しむかのように何度か腹部と太ももの内側の方をゆったりとした手つきで撫でさすると、蔦の手を取り、指を絡めるようにして握り合いながら「ちっともおかしくなんかないだろ」と目を細めた。
「俺の方がもっとおまえを好きになってるんだ。出逢ってから、番になってから、子供達が生まれてから…もっと、ずっと」
「樫…」
「愛してる、蔦。おまえの番でいられて、俺はすごく…誇らしいよ」
我が身一生を捧げた番からこんなにもまっすぐに愛を囁かれて喜ばない者はないだろう。
鼻先が触れ合うほどの距離感は蔦に安心感さえもたらし、「俺も…愛してる、樫」とさらに囁かせていた。
ーー
「うぅっ…うっ、あぁぁっ…」
「っ………」
指と指を絡めながら手を取り合い、体をぴったりと寄せて情事にふける2人。
そこには密やかな夫夫の時間が流れていた。
樫が蔦と自身の胸を擦り合わせるように密着しながら腰を動かすと、ちょうど樫の陰茎は蔦の体内で最も敏感な部分を刺激し、さらには会陰や陰嚢、陰茎の裏側といった皮膚の薄いところをもまとめてぐいぐいと押して えもいわれぬ快感を植えつける。
小刻みに、それからゆっくりと。
交互に訪れる絶妙な刺激はやがてそれ以上堪えきれないほどにまで気分を高まらせていった。
《はぁっ…蔦、そろそろ俺…》
《あっ、あぁっ、あっお、れも…っ》
《っ…!》
穏やかで身も心もとろけてしまうような夢見心地の抽挿から抜け出し、腰や足がガクガクと震えだすほどの強い刺激に身をまかせてただその後に訪れる至福のときを待ち望む樫と蔦。
ほとんど同時にその境地へ達した2人の間には、もはやはっきりとした言葉はなかった。
しかし、目が合っただけで、握り合った手に少し力が加わるだけで、そして互いの足に絡みつけている太ももやふくらはぎ、足の甲をほんのわずかにすり寄せるだけで…柔らかな微笑みと共に甘い雰囲気が漂う。
彼らが気持ちを伝え合うのには、たったそれだけでも充分だった。
立派な夫夫の寝台。
そのそばにある小さな油灯の明かりが消されたのは、真夜中を過ぎて陸国中がすっかり寝静まってからのことだった。
樫と蔦は毎日、すくすくと育つ子供達と共に和やかな日々を過ごしている。
彼らの仕事は陸国の中でも特に務められる者が少ないという少々特殊なものであるため、いつも多忙ではあるのだが、それでも家に帰ってからの子供達と過ごす時間というのは樫と蔦にとって疲れを忘れさせるような特別な一時であり、有意義なものだった。
元々字を書くこと、本を読むこと、そして絵を描くことが好きな樫達だ。
仕事をしているときのように字や絵を描き写すのを見せると、息子の笹は「すごい!どうやってるの?」「お父ちゃん、もっかい見せて?ぼくもやってみたい!」と強い興味を示すため、樫達も『もっと色々な技法を見せてやりたい』『あれもこれも教えてやりたい』という気になってついつい寝支度をしなければならない時間近くまであれこれやって見せたり、話し込んだりしてしまっている。
散々仕事で字も絵も描いていたにもかかわらず、だ。
だが、それらは仕事とは全く別のことであり、樫と蔦はむしろ楽しく思っていた。
椋が産まれてしばらくの間は休む暇なく赤子の諸々の世話をしなければならず、仕事(挿絵描きなど)がまったくできずにいた蔦だったが、今では樫や樫の【香り】の助けもあってすっかり体調も回復し、椋がよく眠っている間には仕事ができるまでになっている。
樫と蔦は日中2人だけで使っている図書塔横の作業小屋に赤子の椋を連れて行き、1人目である笹のときと同じようにして世話と仕事を両立させているのだ。
樫と蔦はどちらも仕事に集中すると休むことを後回しにしてしまいがちなのだが、椋はそんな両親を気遣うかのように絶妙なところでぐずり始めるため、2人は「また椋に休めって注意されちゃったな」と笑いながら仕事の手を止めて小休止を挟むなどしている。
朝起きて自宅で朝食を摂った後、近くにある学び舎へと向かう長男の笹と共に樫と蔦は乳飲み子の椋を連れて自宅を出、図書塔横にある作業小屋へ行き夕方まで仕事を。
そして日暮れ頃にまた家族全員で自宅に帰り、揃って夕食を摂って明日に備える。
彼らの毎日はそうして穏やかに過ぎているのだった。
ーーーーー
「お父ちゃん…」
「うん?」
ある日の夕刻のこと。
笹は赤子用の柵付き寝台の中で すやすやと眠っている弟『椋』の寝顔を眺めながら、竈のそばで夕食の支度をしている蔦に声をかけた。
「椋が…すっごくかわいい…かわいいよぅ…」
『心の底から滲み出た』というようなその言葉はとても微笑ましいもので、蔦は笹の方に目を向けながら「そうか、可愛いか」と小さく笑って応える。
まだまだ乳飲み子の椋は男性オメガの子の特徴の一つである『よく腹を満たし、よく眠る』をまさにその言葉通りに体現していて、ぐずって授乳をせがんでは深く眠るということを1日に何度も繰り返しているのだが、その寝顔の愛らしさには見る者を惹きつける何かがあり…兄である笹もすっかり夢中になっているのだ。
笹は日中は学び舎へ行っているため、なかなか椋と一緒に長く過ごすことができない。
だからこそ余計に弟と共に過ごせるときにはこうして眺めては「かわいいね、すごく…」と息をするかのように言ってしまうのだろうが、蔦の体感では毎日100回ほど椋に『かわいい』と言っているのを聞いている。
いや、もしかしたら100回どころではなく、もっとかもしれない。
「椋も嬉しいだろうな、笹にそうやって可愛いって言ってもらえて。そのうち自分の名前よりも先に『可愛い』って言葉を覚えるんじゃないかって気がするけど」
蔦がふつふつと煮えている鍋の中の汁物を掻き混ぜると、笹はあまり大きな声を出さないようにと注意しながら「だってさ、見てよこのほっぺ」とため息をついた。
「ふわふわだよ、すごくふわふわ…ちょっと前まであんなにちっちゃかったのに、大きくなってから もっとふわふわになった。ほんとうについこの間まで、あんなにちっちゃかったのに…」
「ははっ、笹もそうだったよ、ほっぺたがフワフワ モチモチでさ。大きくなるのは椋よりもいくらか早かったんじゃないかな?…うん、そんな気がする」
「ほんと?ぼくもこれくらいだったの?」
「そうだよ、もちろん。笹にだって赤ちゃんの頃があったんだから」
「へぇ…」
不思議そうに言う笹。
椋が生まれる前のときからそうだったが、笹はどうやら自身にもこんな赤子の頃があったのだということが いまいち信じられずにいるらしい。
純粋というのか…そうしたところが笹の可愛らしいところだよな、と蔦は常々思っている。
しばらくして(いつまでも寝顔を見ていたら起こしてしまうだろうか)と心配したらしい笹は蔦に何か手伝えることはないかと訊ねたが、「いや、大丈夫。ごはんの時間まで好きに過ごしてていいよ」と言われると、部屋の片隅にある本棚のそばへ行き、1冊の本を手にとって読み始めた。
暗がりではよくないだろうと思った蔦がそばに置いてある油灯の明かりを少し大きくしてやると、笹は嬉しそうに礼を言って熱心に本へと目を向ける。
その姿は好きな本を読んでいる時の樫とそっくりであり、蔦はくすくすと小さく笑ってしまった。
樫は帰り際に他の司書に呼び止められていたためまだ帰ってきていないのだが、じきに『ただいま』と言って帰ってくるだろう。
温まった汁物の香りが鍋の中から立ち込める中、蔦は食卓の上を布巾で拭って夕食の支度を進めていった。
今日の彼らの夕食は、近くの食堂からもらってきた主菜に汁物、そして蔦が調理して拵えたいくつかのおかずなどだ。
毎日忙しくしている蔦と樫にとって食事の支度は一番の懸念材料だったのだが、食堂をよく利用することでそれを解消している。
というのも蔦は昔よりはいくらか料理が上手くなっているとはいえ、まだあまり手際がいいとは言えず、笹の成長のために何品も料理を用意しようとすると 今よりもかなり早く仕事を切り上げてこなくてはならなくなってしまうのだ。
樫の料理の腕はどういうわけか壊滅的であるため、絶対に任せることはできない。
大人2人きりの時よりも気を遣わなくてはならなくなっている食事内容についてを自力でどうにかするのは難しく、結局近くの食堂でもらってくるのが一番だということに落ち着いていた。
時々、料理上手な蔦の姉も彼らのために料理を多めに作っては差し入れてくれている。
そのため多くの場合、蔦が夕食の支度ですることといえば、それらを温める他にいくつかのおかずを用意するくらいだ。
このおかず作りは『せめて1品ずつでも手作りしたものを家族に』という蔦の思いがあってのことである。
そうしてほとんどの支度が終わり、あとは一番最後に仕上げる1品のみとなった蔦。
薄切りにして味付けておいた肉を何枚か焼くくらいなもので、そろそろ樫も戻ってくるだろうと見当をつけた蔦はそれに取り掛かろうとしたのだが…そのとき、笹が後ろから「お父ちゃん、明かりが消えちゃった」と声をかけてきた。
見てみると、たしかに先ほど笹のためにと明かりを大きくした油灯の明かりが消えてしまっている。
どうやら元から芯が短くなっていたらしい。
蔦は「あぁ、それじゃ明るい方においで」と布巾で手を拭った。
「多分芯が短くなってたんだろうな、後で父ちゃん達が見ておくよ。…ちょうどいい、もうすぐご飯もできるから手を洗っておいで、笹。父さんもそろそろ帰ってくるはずだ」
「うん」
「油灯はまだ熱いから 絶対に触るなよ。いいな?」
蔦が注意すると笹は「うん」と頷いて手に取っていた本を棚に戻す。
するとちょうどそこへ樫も帰ってきた。
樫がなぜ司書仲間に呼び止められていたのかについて察していた蔦は「おかえり。随分話し込んでたな」とすぐさま樫を労う。
「また図書塔での当番の日を代わってほしいって?大変だな、本の修復に手間取ってるって聞いてたけど」
「あぁ、そうらしいな。蔦も何枚か挿絵の修復を頼まれてた1冊だから分かるだろ。思ってたよりもかなり傷みがひどくて、慎重にやらないといけなかったみたいだ。ほとんど作業自体は終わってるけど最後の装丁のし直しは特に集中してやった方がいいだろうし…しばらく図書塔の当番は俺と他の司書で振り分け直すことにしたよ」
「そっか」
陸国の図書塔に勤める『司書』となれる者はごくわずかであるため、時にはこうして当番の日を代わるなどして支え合うことも必要だ。
樫も何度か替わってもらった恩があり、もちろん協力は惜しまないつもりだった。
「まぁ、3週間もあれば全部済むだろう。当番も全員で週に1、2回多くすれば割り振れるし、そこまで負担じゃないから」
「ん、そうだな」
「俺もついこの間までやってた複製の仕事が終わって少し余裕があるからな。いつか図書塔での作業台の周りもきちんと整頓し直したいと思ってたし、この機会に他の司書達とも話し合って図書塔の中のあれこれを………」
樫が言いかけたその時のことだ。
後ろの方から「あちっ」という声と共に何か物が倒れるような音が響いてきた。
弾かれたようにその音がした方へと目を向けた樫と蔦。
本棚のそばでは、笹が自身の右手を押さえている。
樫はすぐさま笹のところへと駆け寄って行ったが、蔦は手を押さえている我が子とその足元に転がっている油灯を見るなり肝の冷えるような思いがして立ちすくみ、少し遅れてそこへ駆け寄っていった。
「どうした、この油灯を触ったのか?」
樫がそう訊きながら手を見せるように促すと、笹は右の人差し指を差し出して頷いた。
人差し指の先はじんわりと赤くなっている。
どうやら油灯の持ち手ではない部分に誤って触れてしまったらしい。
すぐに手を放したため、火傷といってもかなり軽いもののようだが…。
樫が「笹、痛いか?」と訊くと、笹は首を横に振った。
「だいじょうぶ、ちょっとびっくりしただけ…」
油灯は割れておらず、樫が注意深く持ち上げてみても中の油などが床に染みている様子はない。
幸いにも本当に指先だけの怪我で済んだようだ。
だが、蔦は言い表しようのない恐怖で胸が一杯になっていた。
たった今この瞬間。
ともすれば笹はあの油灯によって、ひどい大火傷をしてしまっていたかもしれない。
もし油灯が割れていれば、鋭い破片となった熱い硝子で怪我をしていた可能性だってあるだろう。
蔦には一瞬のそうした出来事がどんなに結果をもたらしていたか、と想像するだけでも恐ろしくてたまらない。
そして笹の手の届くところに油灯を置きっぱなしにし、その上目を離してしまっていたという自分に対しても強い後悔の念が湧き上がっていた。
『まさか笹が油灯に手を伸ばすとは思わなかった』では済まされないことだ。
だが当の笹は『油灯を落として両親の会話を遮ってしまった』『両親が自分のことを心配して駆け寄ってきた』ということに気恥ずかしくなっているらしく「へへへ……」と苦笑いを浮かべている。
そんな笹を前にした蔦は「笹」と一言かけて注意を引くと、毅然とした態度で口を開いていた。
「「まだ熱いから触るなって、さっきお父ちゃんが言っただろ!」」
一瞬にして家の中にビリリとした緊張感がはしる。
普段、蔦はこんなにも声を上げてなにかを言うことは一切ない。
もちろん樫にも聞いたこと、見たことのない姿だ。
だからこその独特な空気が流れる家の中…笹もすっかり緊張し、その顔からは苦笑いも消え失せていた。
「お、お父ちゃ…」
「ご、ごめ、ごめん、なさ……」
喉がつかえてうまく話せない笹。
その目は潤んでいるようで、蔦は一呼吸置いてからさらに言葉を続けようとしたのだが、そこで椋のぐずる声が聴こえてきた。
ちょうど夕刻のいい時間になったので目を覚ましたのだろう。
次第に大きくなると分かりきっているそのぐずる声は、どうしても放っておくこと、そして無視をすることができない。
蔦が思わず椋の方にわずかに気を取られたその瞬間、居ても立ってもいられなくなったらしい笹はパッと駆け出して家を出て行ってしまった。
「あっ、さ、笹っ…」
赤子の椋がぐずっている理由は明らかであり、それを考えると今の蔦は笹を追いかけるわけにはいかない。
戸惑う蔦だったが、樫に「大丈夫、俺が行くから」と肩を抱かれてため息をついた。
「あっちは任せろ。椋のことは頼んだからな」
「樫……」
「大丈夫だって、心配するな」
その場にほんの僅かに【香り】を残し、樫はすぐさま笹の後を追って家を出た。
ーーーーーーー
家のすぐ横には炊事などに使うための薪置場がある。
笹はそこに1人でうずくまって座っていた。
夕陽の色がいっそう濃くなっている中で見るその姿は、とても寂しそうで悲しそうで、幼くて小さい。
樫はそんな笹の手を取って改めて火傷の状態を確かめると、そばの水汲み場から桶に水をたっぷりと汲んできて「ほら、よく冷やしておかないとな」と笹の指先を浸けて冷やし始めた。
「お父ちゃん…怒ってた……」
俯いてぼそりと零す笹。
よほど蔦の言葉、声に驚いたのだろう。
すっかり縮こまってしまっている笹の肩を抱きながら、樫は「お父ちゃんは怒ってるんじゃない、父さんには分かるよ」と寄り添った。
先ほどまで家の中から聴こえてきていた椋のぐずる泣き声はピタリと止まっている。
今の時間はいつも決まって椋がぐずりだす頃だ、きっと腹が空いたのだろう。
蔦が授乳などの世話をしているために泣き声が止まったのだと 樫には分かっていた。
「…お父ちゃんは『まだ触るなよ』って言ったんだろ?それならどうして油灯に触ったんだ?」
樫が静かな声音で理由を問うと、笹は俯いたまま「だって…父さん達、いそがしいから」としゃくりあげて答える。
「お仕事も、むく のお世話も全部やっててたいへんなのに…ぼくにお仕事のこと教えてくれたり、本をよんでくれたり、絵もかいてくれるし遊んでもくれるでしょ…だから僕もお手伝いしたいって、父さん達の役に立ちたいって思っただけ…そう思っただけだったのに……」
「だから油灯を自分で何とかしようと思ったのか」
「…ぼくが明かりをつけられるようにしておいたら、役に立つかなって、思った……でも、お父ちゃん怒ってた…触るなって言われてたのに、ぼくが…触ったから…」
一言話す度にみるみる涙声になっていく笹は明らかに落ち込んでいて、悲しい気持ちになっているというのは見ての通りだ。
しかし項垂れたその姿には幼子ならではの可愛らしさというものが多分に含まれているようで、樫は思わず頬を綻ばせながら「笹、お父ちゃんは心配でたまらなかっただけだ」と抱き寄せている小さな肩を撫でながら言った。
「たしかに突然あんな風に言われてびっくりしたよな。でもお父ちゃんは笹のことをすごく心配したから、ああやってはっきりと言ったんだぞ。お前が『大怪我になるかもしれないことをしたから』だ。分かるか?」
「さっきは指先の火傷だけで済んだかもしれないけど、もしかしたらもっとひどい火傷をしたかもしれないし、油灯が割れてたら硝子で手や足を切ってたかもしれないだろ。それが心配だったんだよ」
桶の中の水をかき混ぜて笹の指先をさらに冷やしながら「なぁ、笹」と樫は続ける。
「笹が父さん達のことを気にかけてくれて、父さんは本当に嬉しいよ。笹が何か自分にできることはないだろうかって考えて色々やってみるっていうのも、悪いことじゃない。むしろ良いことだし、父さん達も実際助けられてる。…だけどな、もう少し父さん達のことを信頼してもいいんだぞ」
「例えばだけど、笹は一度に何冊の本を持って歩くことができる?3冊か?うん、父さんは10冊以上一度に持って図書塔の中のあの長い階段を何往復もすることができる。お父ちゃんだって7、8冊は持ち歩けるだろう。それに、笹が1人でやっと抱えられるくらいの分厚くて大きい本だって、父さんなら5冊は持って歩くことができるんだ」
陽が傾いていく中、樫は笹のしっとりと濡れた頬を拭うように撫でてやりながら静かに語りかけた。
「いいか?父さん達は笹よりも長く生きてきて色んな経験をしてるし、体が大きくて力もあるんだよ。だから色々なことをしてても、笹が思うほど父さん達は大変だと思ってない。父さんの場合、仕事は元から趣味っていうか…まぁ子供の頃から楽しくてやってたことをそのまましてるようなもんだからな。お父ちゃんも、絵を描くことが好きだ。父さん達にとっては笹に字や絵を描いて見せるのだって楽しくてやってるんだぞ、ちっとも負担なんかじゃない。椋のこともそうだ、夜中に起きたりもするけどその分可愛くていい笑顔を見せてくれるだろ?それは笹にもよく分かるはずだ」
「…笹、お前が父さん達のことを心配して手伝おうとしてくれるのはすごく嬉しいよ。けどな、もう少し父さん達のことを信頼して、色々任せてもいいんだぞ。父さん達にとって一番元気が出ることは笹や椋が毎日健康で元気に過ごしてくれていることなんだから。いずれ笹も父さん達のように体が大きくなって何でもできるようになる、嫌でもできるようになるんだ。だから今、何でもやろうとする必要はないんだぞ」
樫が頬を軽くつまみながら「しかしまぁ、こんな親思いの息子がいて…俺達は最高だな」と微笑むと、笹はようやく少し照れたような笑顔を見せた。
「そんなに慌てて大きくなるなよ、まだ6歳だろ。沢山頼りな、父さん達に」
笹の小さな体の影は樫の大きな体の影にすっぽりと包み込まれていた。
ーーーーーーー
家の中に戻ると蔦は椋の授乳を終えて縦抱きにしているところだった。
樫と共に洗面台できちんと洗い粉を使って手を洗ってきた笹が「お父ちゃん、ごめんなさい」と言うと、蔦はもっと近くに来るように言って指先の状態を直接確かめる。
「本当に、他はなんともないんだな?」
「うん」
「すごく…心配したんだぞ」
蔦に額同士を合わせられながらそう囁かれ、笹は「心配かけて、ごめんなさい」と改めて口にしたのだった。
その後、笹の指先を軟膏と細く裂いた布で手当てした樫が「そろそろ夕飯にしようか」と明るく言って立ち上がると、それまでの少し しんみりとしていたような空気はふっと軽くなる。
「汁物のいい香りがしてるな、器によそえばいいか?」
「あっ、いやいや、俺がやるからいいよ。樫は椋を頼む、まだげっぷが出せてないんだ」
「いや、そのまま蔦が抱っこしててやってくれ。あとはやっておくから」
「いや、何枚か肉も焼くつもりなんだよ」
「焼けばいいだけだろ?俺がやるって」
「おい、樫がやったら生焼けか焦げ肉になるだろ…いいからほら、椋を頼む」
そんなやり取りを経て半ば強引に蔦から椋を託された樫は「まぁそりゃちょっとは…焦がすかもしれないけどな…」などと言いながら縦抱きにした椋の背をぽんぽんと優しく叩いてげっぷを促す。
笹はきょとんとしている椋の顔を覗き込みながら「むく、げっぷしないと苦しくなっちゃうよ」と優しげに声をかけた。
それからしばらくして始まった夕食。
食卓の上には急遽作られた蔦手製の卵焼きも加わっていた。
ーーーーー
「さっきは…ありがとうな、樫」
「うん?」
「…笹のこと」
子供達が寝静まり、ようやく2人きりとなった夫夫の寝台の上。
足を伸ばして本を読んでいた樫は蔦が「俺がちゃんと見てなかったから…笹が大怪我をするところだった」と後悔を滲ませるのを見るなり、本を横に片付けて「俺もその場にいただろ。蔦のせいじゃない」と自らの太ももの上に蔦を座らせた。
「うん…たしかに子供達ってのは俺達が見ててやらないといけないよな…身近にある危険を考えるとキリがない。けど過保護になりすぎるのもそれはそれでよくないと思うし、難しいよ。ただもう今日のことは『あんなもんで済んで良かった』って、そういうことなんじゃないか?それに笹は今日1日で色んなことを学んだんだ、きっと今後の成長の良い糧になるだろう」
「学んだって…油灯が危ないってこと?」
「それもあるけど。1番は『親に頼ってもいいんだ』ってことだろうな」
樫は蔦の髪を指で梳く。
「笹は責任感が強くて好奇心もある、そしてなにより器用だ。やってみようとすれば何でもできるだろう。けど、必ずしもそれに体の成長や他の部分が追いついているとは限らない。まだ子供だからな、俺達のようにはいかないんだ。だから『父さん達に頼ることは悪いことじゃない』って気づけたのは大きいことだと思うんだよ。それにさ、普段の様子を見れば分かる通り、笹はきちんと自分でものを考えることができる子だ。そうだろ?この先もっと『どういうことが危険なのか』を自分で理解して無茶なことをしなくなっていくはずだ。笹はそれができる子なんだから、蔦が気にすることはない。子供は毎日色んなことを経験して、そしてそれを積み重ねて成長してる。昨日と今日と明日では、ちょっとずつ違ってるよ」
「でも蔦を追いかけなきゃいけなかったのも、本当は俺なのに…」
「おい、俺の役目を奪うなよ。1人でなんでもするつもりか?」
咎めるようにして蔦の鼻先を軽くつまんだ樫は、眉間にしわを寄せた蔦の表情に思わず噴き出しそうになったものの、なんとか堪える。
「…蔦、子供と大人ではできることに違いがあるように、俺達にもどうしてもそれぞれ《できること》と《できないこと》がある。一緒にできることは分担してできるけど、そうでないところがあったって、別にそれを悪く思う必要はないんだ。現に直接椋へ授乳してやれるのは蔦だけだろ、それはどうしたって俺にはできないことだ。なんだかんだ言って蔦がそばにいてやるほうが子供達の寝つきもいいんだし…俺だってそういうのを寂しく思わないわけじゃないけど、でもそういう違いみたいなのはあって当然だからな。それこそ【香り】の違いっていうのか…まぁ、本能的な部分でどうしようもないことがあるってことだ」
「だからさっきみたいなことがあると、俺はきちんと俺達2人で子育てしてるって感じがして嬉しいんだよ。何でもかんでも蔦1人でされたら俺の立場はどうなるんだ?1人で抱え込むなよ、何のために俺がいるのかを忘れるな」
まっすぐに届けられる言葉。
樫が共に歩んでくれていることを再認識し、蔦はその一言一句に聞き惚れていたのだが…一呼吸おくと「…ずるいぞ、【香り】を使うなんて」と呟いて樫の頼りがいのある体に腕を回した。
番のアルファの【香り】にはオメガの気分を安らかにする効果があるとされている。
夫夫の寝台を包むようにして漂っている草木のような【香り】は樫が放ったものに間違いなく、蔦はすっかり深い安心感を感じていた。
「ずるいな…」と再び呟くと、樫は悪びれずに笑って言う。
「しょげてるおまえが可愛いかったからな。そんな姿を見ることができるのも番であり夫夫である俺の特権だろ?【香り】が抑えきれなくなるのも当然だ」
「樫…」
「仕方がないだろって。番のおまえが…愛おしくてたまらないってことだよ」
樫が言った途端、辺りの空気にふわりと花のような【香り】が混ざり、蔦は樫の唇へと柔らかく口づけていた。
「お前は俺のことをいつもそうやって包みこんでくれるんだよな…」
軽く触れ合わせる程度ではまったく足りない。
唇を食むと、それからすぐに流れるように舌を絡めての口内への愛撫が始まる。
熱を帯びた柔らかな舌が暴れ回るそれは直接脳内に妖しい音を響かせ、双方の体に疼きをもたらしながらさらに濃い【香り】を寝台の上へと漂わせていった。
くすぐったさと幸福感に満たされ、蔦は腰を樫の下腹部へと押し当てる。
寝間着越しに触れ合う下半身のその部分はどちらもすでにいくらか硬くなっていた。
「昨日もシたのに…また誘うのか?まったく、俺の堪え性がないことを分かってるくせに」
「…後悔するなよ」
蔦のうなじあてを外した樫の手が寝間着の中に入り込み、尻のきわどいところを掴む。
肝心なところには触れないその手にじれったくなった蔦は、自ら下衣を脱ぐと、たごまったそれを寝台の端の方へ追いやって「樫こそ…先にへばるなよ」と挑発的に囁きながら樫の耳朶を甘噛みした。
声を潜めなければと思えば思うほど、混ざった2人の素晴らしい【香り】が鼻腔をくすぐる。
まるで媚薬のように激しい情欲を煽る【香り】だ。
樫に押し倒された蔦は首筋への熱烈な口づけを恍惚として受け入れながら「俺…おかしいのかも」と吐息混じりに囁いた。
「樫のことが…好きで、好きでたまらないんだよ…どうしようもないくらいに…」
「こんなのおかしいって、思うだろ…けどほんと…ほんとに俺、樫のこと…んっ、まいにち…」
むき出しになっている腹部に触れられて熱く艶やかな吐息を吐き出した蔦。
樫はその反応を楽しむかのように何度か腹部と太ももの内側の方をゆったりとした手つきで撫でさすると、蔦の手を取り、指を絡めるようにして握り合いながら「ちっともおかしくなんかないだろ」と目を細めた。
「俺の方がもっとおまえを好きになってるんだ。出逢ってから、番になってから、子供達が生まれてから…もっと、ずっと」
「樫…」
「愛してる、蔦。おまえの番でいられて、俺はすごく…誇らしいよ」
我が身一生を捧げた番からこんなにもまっすぐに愛を囁かれて喜ばない者はないだろう。
鼻先が触れ合うほどの距離感は蔦に安心感さえもたらし、「俺も…愛してる、樫」とさらに囁かせていた。
ーー
「うぅっ…うっ、あぁぁっ…」
「っ………」
指と指を絡めながら手を取り合い、体をぴったりと寄せて情事にふける2人。
そこには密やかな夫夫の時間が流れていた。
樫が蔦と自身の胸を擦り合わせるように密着しながら腰を動かすと、ちょうど樫の陰茎は蔦の体内で最も敏感な部分を刺激し、さらには会陰や陰嚢、陰茎の裏側といった皮膚の薄いところをもまとめてぐいぐいと押して えもいわれぬ快感を植えつける。
小刻みに、それからゆっくりと。
交互に訪れる絶妙な刺激はやがてそれ以上堪えきれないほどにまで気分を高まらせていった。
《はぁっ…蔦、そろそろ俺…》
《あっ、あぁっ、あっお、れも…っ》
《っ…!》
穏やかで身も心もとろけてしまうような夢見心地の抽挿から抜け出し、腰や足がガクガクと震えだすほどの強い刺激に身をまかせてただその後に訪れる至福のときを待ち望む樫と蔦。
ほとんど同時にその境地へ達した2人の間には、もはやはっきりとした言葉はなかった。
しかし、目が合っただけで、握り合った手に少し力が加わるだけで、そして互いの足に絡みつけている太ももやふくらはぎ、足の甲をほんのわずかにすり寄せるだけで…柔らかな微笑みと共に甘い雰囲気が漂う。
彼らが気持ちを伝え合うのには、たったそれだけでも充分だった。
立派な夫夫の寝台。
そのそばにある小さな油灯の明かりが消されたのは、真夜中を過ぎて陸国中がすっかり寝静まってからのことだった。
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