図書塔の2人~オメガバース編~

蓬屋 月餅

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『愛を紡ぐ』 後編

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「う、んっ…んんっ、ふぁ、ぁ…」

 花のような【香り】が濃く立ちこめる寝台。
 その上で絡み合う一組の番は上下を入れ替えるように目まぐるしく転げまわりながら衣を一枚ずつ解き、じっとしているとすぐに汗ばんできてしまうような体の熱を発散させる。
 蔦が下に押さえつけられると、その次に樫が下になり、しばらくそのまま体を撫でまわして口づけ合ってからまた蔦が下へ。
 何度もそうして繰り返しながら動き回っているうちに、いつの間にか2人のすべての衣は剥がれ、一糸纏わぬ素体になってそれを余すことなくくっつけ合っていた。
 蔦が身につけていた うなじあて も寝台のそばにある小机へと場所を移し、じっと事の次第を窺いながら再びあるべき場所へ戻されるのを待つことになった。


 これまでに数え切れないほど体を重ねてきたものの、蔦は未だに樫の肉体の素晴らしさには惚れ惚れと魅入ってしまう。
 普段の生活によって創り上げられた、素晴らしい肉体だ。

 姿勢よく座って文字を書き続ける姿。
 重い本を何冊も抱えて図書塔の中を歩き回る姿。
 複製を終えた本を依頼者の元へ届けるために長い道のりを歩く姿。

 姿勢のよさはしっかりとした体幹の体を、本を重ねて持つのは腕を、そして長く歩き続けるのは脚を。
 それぞれ特別意識して鍛えているわけではないというのが、よりいっそう無駄の無い引き締まった体を魅力的にしているのだ。
 さらに、胸などの筋肉の塊は一目でもその密度の高さがどれほどのものなのか分かるほどしっかりとしている。
 直接手のひらで覆うように触れてみると、その身に宿る確かな力強さをひしひしと感じることもできる。
 それはきっと樫が《アルファだから》というだけではない。
 すらりとした線でありながらも厚みのある胸の奥には、【香り】に惑わされなくても充分に強く脈打つ鼓動が隠されている。

「俺…まだ薬が効いてる、発情が抑えられてる」

 蔦の【香り】で胸をいっぱいにするように首筋に顔をうずめて囁く樫。
 どうやらまだ朝に飲んだ抑制薬がきちんと役目を果たしているらしいが、それが切れるのも もはや時間の問題だ。
 首筋に吹きかけられる吐息をくすぐったく思いながら、蔦は「別に…まだいいだろ」と吐息交じりに答えた。

「すぐ発情して訳分かんなくなるより…まずはお前にしっかり抱いてもらわなきゃ…」
「……」
「樫…俺の体、よくほぐしてくれるよな?沢山突いて、捏ねて、柔らかくして…後で全部ように…まずはちゃんと…」

 2人はまだ発情状態になっておらず、完全に正気を保ったままなのだが、いずれ樫の発情が始まって特別な【香り】がし始めると、蔦もそれに引きずられるようにして発情するだろう。
 そうなれば、後はほとんど理性の無いまま互いを求め合うことになる。
 そのため、そうなる前に1度でも2度でも何度でも、ただただ愛を確かめておく時間があれば文句のつけようがなかった。

 樫が舌と唇を使って耳元の皮膚の薄いところから愛撫をして下りていく。
 喉元のトクトクという拍動が感じられる血管やさらりとした質感のきめ細かな鎖骨、丸く色づいてその存在を知らしめている乳輪とぷっくり立った乳首。
 下へ移るにつれて蔦の感度は増していき、やがて辿りついた足の付け根はほんの少しの吐息がかかっただけでもピクリと反応を示した。
 すでに言うまでもなく、股の間にある男の象徴たるものは固く固く反り勃っている。
 だが樫はそんな男根には触れずにその周りばかりを口と手で愛撫し、焦らし、独りでにビクビクと動く《それ》を楽しむかのように眺めていた。

「樫…な、にやってんだよ」

 焦れる蔦が眉をひそめると、樫はちゅっと際どいところへ口づける。

「おまえの【香り】がもっと欲しいんだ。こうするとすごく濃いのが…でるからな」
「っ…!!もうやめろよ…!」

 いつまで経っても肝心な場所に触れられないことでいよいよ我慢ができなくなった蔦は、勢いに任せて起き上がり、逆に樫を押し倒してしまおうと画策したが、それを実行する前に樫に取り押さえられてしまう。
 ただでさえ力の強いアルファに捕らわれてしまっては、オメガの彼にはどうすることもできない。
 腰を掴まれた彼は突然肉棒を咥え込まれ、思わず背を大きくのけぞらせるほどの快感に打ち震えた。
 番になる前からこうして夜を共にしてきていた2人なのだ。
 樫が蔦を喜ばせる最善のすべを知らないはずも無い。
 舌と唇と喉を使って一心に蔦の反応が顕著なところを攻めると、すぐに蔦は脚をばたつかせるように身をよがらせ、きちんと敷かれた寝具がぐちゃぐちゃになるのも構わず手当たり次第に布地を引っ掴んで口元に引き寄せた。

「…っク、ううっ…んっ、んんっ…~~っ!!」

 体全体にありったけの力を込めるように、蔦は腰を寝台へと沈め、しばらく息を止める。
 樫が絶妙な力加減で吸い付いたまま肉棒を喉奥まで導くと、それと同時に熱く粘つくものが先端から勢いよく放出された。
 肉棒を喉奥に収めたままでは放出されたものをとどめきれないため、樫はほんの少し抜き出して先端のくびれたところを刺激し、一滴残らず出し尽くさせていく。
 放出が終わってもビクビクと跳ねて固いままの男根。
 樫が口内に出された白濁を舌で掬ってかけるようにしながら緩やかに刺激し続けていると、蔦は「や、やめろ…」と樫の肩を弱弱しく叩いた。

「いま、っ出したばっか…分かるだろ、樫…っ!!」

「おい…や、めろって…!」

 妙なくすぐったさとウズウズする感覚とに襲われる蔦は何とか逃れようとしているものの、それはほとんど意味を成していない。
 樫がようやく口を離して体を起こしてみると、蔦の潤んだ瞳と上気した頬が目に飛び込んできた。
 甘い【香り】を漂わせながらはぁはぁと息をつく男性オメガの、なんと魅力的なことか。
 樫は蔦の左足を抱えあげながら膝の辺りへ口づけると、そのまま蔦の体を隅々まで眺めつつ口内にある蔦の白濁を一息に飲み込んだ。
 濃厚に漂う【香り】のせいだろうか。
 不思議なことに、飲み込んだは花の蜜のように甘露だった。

 蔦の男根の付け根にあるずっしりとした袋からさらに奥へ辿っていくと、そこには一つの固く閉じた蕾が隠されている。
 それは男性オメガが男性オメガたる所以である、もっとも重要な部分だ。
 樫はそこへ人差し指をあてがうと、蔦の瞳を見つめながら中へと進入していく。
 入り口の感触とは真反対に柔らかく湿った体内。
 グチュグチュと溢れ出す愛液は彼の《準備》が整っているということをはっきりと知らしめてきている。
 とめどなく溢れる愛液を指に掬い、秘部に塗りつけて揉むと、つい先ほどまでしっかりと閉じていた蕾はすっかり綻んで人差し指を難なく奥まで導き始めた。
 続いて中指を挿し込み、同じようにして慣らすと、やはりそれもすぐに奥まで簡単に侵入できるようになる。
 そうしてついに薬指までもを奥まで飲み込めるまでになった秘部に、樫は更なる刺激を与え始めた。
 指先を曲げて腹側の壁をなぞるように動かすと、ビクリと蔦が一際大きく体を跳ねらせる場所がある。
 他とも少し感触の違うその一点。
 そこを指の腹で引っかくようにゆっくりと擦り、指を曲げ伸ばして小刻みに叩き、そして指の根元から先端までのすべてを使ってすばやく抜き挿ししすると、蔦はやはり寝具を口元に引き寄せながら苦しげにも取れるような表情で眉根を寄せて小さく唸り声を上げる。
 溢れ出した愛液が空気を抱き込んで立てる音は部屋中に響き、妖しい雰囲気を増長させていた。

「っ、う…~~~っ!!!」

 左足を抱えられていることで下半身に上手く力が入れられないらしい蔦はしばらく唸って堪えた後、ガクガクと体を震わせて絶頂を迎える。
 体内に挿入している樫の3本の指は激しい内壁の収縮によってきつく締め付けられ、それ以上の動きを制限されていた。
 前と後ろとで立て続けに絶頂させられた蔦は、胸を落ち着きなく上下させながらぼぅっとした目で樫を捉え、静かに瞬きを繰り返す。

『もういいから、はやく繋がろう』

 まるでそんな風に訴えているかのように。


 2人はいつも、情事の最中にはあまり多く言葉を交わさない。
 互いのわずかな挙動や表情から言葉にならないものを感じ取っているからだ、といえば聞こえはいいのだろうが、実際は『話す言葉を考えるのも口に出すのも、またそれらを聞くのも忘れて夢中になっているからだ』といったところだ。
 意味をなさない喘ぎ声がほとんどを占める情事。
 それはがよりはっきりと聴こえるという素晴らしさがある。

 蔦から抜き出した愛液まみれの手で自身の肉棒を擦り、滑らかさを加えて挿入に備える樫。
 それまでの快感に悶える蔦を見ていて勃起した樫のは愛液を塗りつけられたことでよりいっそう固くなり、まだ発情していないにもかかわらず見事なまでに勃ち上がった。
 蔦はそれを目にするやいなや樫の男根を手で包み込み、根元から先端までゆっくりと扱きながら口づけをせがむ。

 樫が覆い被さってきた。

 うなじに手を添えられた。

 腰を撫でられた。

 互いの気持ちを確かめ合った後ではどんな些細なことでも心を溶かすのには充分すぎる。
 重ねられている唇を食み、舌を絡めながら、下で握っているものを大きく開いた自らの脚の間に導くと、樫は何度かを軽く腰を打ち付けるようにして目当ての場所を探った。
 そうして見つけた、先端がぴったりと吸い付くその場所。
 樫は蔦の手に支えられながら、秘められたその入り口に向けて切っ先を挿し込む。

「っ……」

 いくらとろとろに慣らされていたとしても、樫の細い指3本と立派な男根とではあまりにも太さ・大きさが違うため、挿入がすんなりと済むわけではない。
 どれだけ体を重ねても蔦の秘部はいつも樫のものをもったいぶるように咥え、馴染むまではけっして緩むことがないのだ。
 多少強引に奥まで進むほかないのだが、なにしろ内壁は熱い愛液で満たされている。
 その対比がかえって樫の胸に火をつけて燃え上がらせる。

 それ以上は奥へ行かないというほどに腰と尻をくっつけ合うと、それからはさらなる繋がりを求めた抽挿が始まった。
 膝裏を抱え上げて肩にかけさせながら、胸まで擦るような距離に迫って攻める樫の目はどこか獰猛さを秘めているようで、蔦はさらに興奮してしまう。
 深く体を折り曲げられている苦しさと、体内の一点をじっくりと押し潰すように刺激される快感と、そして間近にある欲情した番の瞳。
 そのすべてが蔦に体中がゾクゾクとするような、体内を激しく収縮させるほどの快感を与える。
 そして、それと同時に男根をきつく締め付けられた樫も、堪えることができないほどの強い射精感に身を打ち震わせた。


ーーーーーー


 上質な素材で仕立てられた寝具というのは、火照った体を程よく冷ましながら包み込んでくれるものだ。
 一通りしたい放題をして果てた後の気だるげな体にはその素晴らしさがよく身にしみる。
 余韻に浸りながらさらさらとした手触りの敷き具の上で寝返りを打つと、じんわりと熱くなっていた背がすっと涼しくなり、とても心地いい。

(この時間、すごく…最高だな…)

 うっとりとしながら薄目を開けてみると、すぐ隣で同じように余韻に浸っている樫の姿が目に飛び込んでくる。
 豊かな睫毛とスラっとした弧を描く瞼。
 まさかこの男がつい先ほどまでこの寝台を激しく揺らしていたとは信じがたいような清廉な姿だ。
 かすかに眉根を寄せながら胸を落ち着きなく上下させる樫に、蔦はそっと手を伸ばす。
 しっとりとした前髪を掻きわけ、頬の輪郭をなぞり、そして指を絡めてしっかりと手を握った。
 まるで『こいつは俺の番だ、俺のアルファだ』と確認するかのように。

 一度体を流すか、それともこのまま眠りにつくか。
 蔦は何度も(もう一息ついたら樫に訊こう)と思うものの、余韻と気だるさからはなかなか抜け出すことができない。
 そうして つらつらと時が過ぎていくのも穏やかで良いのだが、いよいよなにか行動をしなければと動く決意を固めた蔦。
 するとそこにふとが漂ってきた。
 それはほんの少し香っただけでもと分かるものだ。
 常にそばで感じていたいと思わせるその香りは、例えるなら【生まれる前から求めていたもの】【なければならないもの】といった感じで、無条件に気だるさを吹き飛ばしてしまう。
 蔦は胸を躍らせながら「樫…」と呼びかけた。

「樫…?樫、のか?」

 濃くなっていく【香り】。

「あぁ…ほんと、お前の【香り】は…すごく、《良い》な…」

 息をする度に胸に入り込むそれはやっと落ち着きそうだった体を有無を言わせずに火照らせ、心臓の拍動を強めさせていく。
 それまで眉根を寄せてじっと横たわっていた樫は、鋭い視線を見せたとみるや、蔦に覆いかぶさってうなじの辺りへ顔を埋めた。
 そして間髪入れず繰り返される、噛みつくような口づけ。
 明らかに蔦の【香り】を欲しがっているという反応だ。

「はは…分かってるって…待ってろよ、今すぐに俺も……」

 蔦はしきりに濃い【香り】を求めてくる樫を強く抱きしめると、ぐるりと身を翻して下に組み敷き、同じく首筋に顔を埋めて深く呼吸を繰り返す。

 樫の【香り】。それは『枝葉の茂った樫』という彼の名前の通り『深い草木』を思わせるような香りだ。
 清々しいようで重さがあり、ほんの少しの青みを感じる香り。
 それは蔦のものとの相性がとてもとても良い。
 甘さのある、華やかで花のような蔦の【香り】に樫のものが加わると、混ざり合った【香り】はより一層深みを増したものになり、まるで美しく咲き乱れた花と草木の中にいるかのような気にさせる。
 そんな2人のものが合わさった【香り】は番の間では強烈な媚薬のように作用するのだ。

 蔦はすでに発情状態になっている樫の濃厚な【香り】を直接何度も肺の隅々に行き渡らせながら、自身からもそれまでのものとは違う【香り】が強引に引き出されていくのを感じる。
 普段はその存在を気にかけることもない体内のが疼き、蔦は樫の上で準備を進める。

 興奮によって否応なしに勃起する男根。
 むず痒ささえ感じる胸と腰。
 肌の擦れ合う感触が欲しくて動いてしまう脚。

 樫の胸の上で体を摺り、一足早く快感を求めて男根への刺激を始めた蔦。
 秘部からどくどくと溢れだした蔦の愛液は、先ほど放出された樫の精液が混ざっているせいで いくらか白濁している。

「っ……」

 十分に互いの【香り】を感じ、完全な発情状態になった2人。
 樫はとてつもない大きな力で再び蔦を下に組み伏せると、ほとんど秘部の状態を確かめることもなく一息の内にそこへ挿入して激しく蔦を攻めた。


ーーーーー


「うぅっ、うっあぁっ…!!!」

 腰と背が浮くほど高く足を抱え上げられながら突かれ、蔦は思わず大きな喘ぎ声をあげる。
 樫はほとんど上から突き刺すようにして抽挿を繰り返しているが、その乱暴にさえ思える格好と動きがさらに蔦を快感へと引き上げていた。
 もはや、これは愛を確かめ合うためのものとは違い、ただ《1つの目的のためのもの》だと言える。
 本能に忠実に従って行う行為だ。
 それをはっきりと示すかのように、樫の肉棒はひたすら蔦の体内を探っては『目指すべき一点をこじ開けようとする』かのように執拗にそこを突き続けている。
 
 自らの番が、自分の放つ【香り】に触発されて理性を失い、夢中になっている。

 それは番がいる者にだけ分かるを呼び覚まし、そして蔦に無意識的な言葉を呟かせていた。

「樫…かし、なぁ…おれを…」


「おれを…孕ませてくれ…」


 上気して紅色に染まった頬、耳、唇、そして潤んだ瞳のオメガが言うには絶大な効果がある。
 樫は荒い吐息のまま蔦にのしかかると、逃がすまいとするかのようにきつく抱き締め、少しゆったりとした動きで数回深く奥を突いた。
 素早く猛々しいものも素晴らしいが、やはり敏感な一点を大きな男根の根元から先端まですべてを使ってゆっくり擦られると、体中ががくがくと痙攣してしまうほどの快感が走ることも事実だ。
 意識が飛びそうになるのを堪えるように、足を樫の腰に絡みつける蔦。
 ふぅふぅという大きな呼吸の音が間近で聴こえてからすぐ、蔦は挿入されている樫のものが一回りも二回りも大きくなり始めたのをぼんやりと感じていた。
 いよいよ、発情状態での行為たらしめることが始まったのだ。

 蔦はそれを経験するのはもちろん初めてではない。なにせ番になる瞬間には男性オメガの誰しもが必ず経験することなのだ。
 それに、彼はすでに長時間にわたる壮絶な陣痛すらも乗り越えてきた身であり、すっかりに対する心づもりもできていた。
 にはすっかり慣れきったものと思いさえしていた。
……
 だが、実際はそうではなかった。
 恍惚とした気分の中で(この程度なら、まだなんともない…)と考える蔦の体内で容赦なく膨らんでいく樫の男根。
 これ以上は苦しくなる、という限度を超えてもそれは続き、いよいよ息をするのも難しくなっていく。

「……っ」

 密度の高い筋肉で覆われた体でのしかかられ、いつもとは比べ物にならないほど大きなもの最奥まで呑み込まされたうえに さらにそこへ大量の精液を放出される。
 腹が膨れているようにさえ感じるそれはあまりにも苦しい。
 なんとか堪えようと歯を食いしばり、樫の体に回した手を固く握りしめるものの、腹に力が入らないようにと浅い呼吸をしているせいもあって、ついに蔦は呻き声を漏らした。

「…うっ、い、いた……い、あぁっ…」

 悲痛なその声は苦しみの末に滲み出たものだということがはっきりとしている。
 聴く者にも苦痛を思わせるようなその声に、本能に従っていた樫も正気を取り戻した。

「つ、蔦…!」

 まるで冷水を浴びせられでもしたかのように慌てて身を起こそうとする樫を、蔦は「う、動くな!」と必死にしがみついて引き止める。
 ほんの少し動かれただけでも蔦の腹には激痛が走る。
 ふぅふぅと息をつきながら「悪い…こんな痛がるつもりじゃ、なかったんだけど…」と苦しげに言う蔦に、樫は「そんなことは考えなくていい」と戸惑いの表情を浮かべた。
 歯を食いしばり、体がぶるぶると小刻みに震えるほど力を入れて耐えようとしている蔦に、樫はこれがいくら必要なことだといえども申し訳なさでいっぱいになる。
 いつの間にか、辺りに立ち込めていた2人の【香り】もすっかり止まっていた。

「蔦…いいから、我慢するな」
「……」
「こんなに歯を食いしばっちゃ良くないだろ…な?キツいなら……それなら堪えずに全部見せろ、見せていいんだ」
「…うぅ、あぁっ……」
「俺はおまえの《番》なんだから」

 樫がそっと頬を撫でると、蔦は息を吐きだしながらぽろぽろと涙を流して素直にその苦しみを表し始める。
 涙に濡れた睫毛が黒く艶めき、蔦の色素の薄い肌や紅に染まった頬などとの強烈な対比を作り出していた。

この姿は俺だけのもの

俺がこうさせている

蔦が俺のすべてを受け入れている

 アルファにとってそれは、堪らない光景だった。

「蔦…蔦、俺の、蔦…」

「愛してる…愛してるよ、蔦」

「心から…心から愛してる」

 心の奥底から自然と溢れだす言葉に、蔦は薄目を開ける。
 ぼぅっと樫を見つめ、浅く呼吸をする蔦。
 そこには蔦がいつも纏っている凛とした雰囲気はない。
 ただただ愛を乞う1人のオメガの姿があるだけだ。

「苦しませて…本当に悪い。けど、俺はすごくすごくおまえのことを愛してるから……だから嬉しくてたまらない」

「俺の全部を受け止めてくれて…ありがとうな、蔦」

 それはけっして口任せな言葉などではない。
 心から滲み出た言葉というものは理屈を超えて相手に伝わるものだ。
 蔦はさらに大きな雫を一粒こぼすと「おれも…おれもだ」と途切れ途切れに応えた。

「おれも…あいしてる、っ…だいすきなんだ、かしのこと…」
「あぁ」
「うぅっ…あいしてる、ほんとうに、こころ、から……っ」

 涙を指先で拭いながら、額に口づけ、そして唇を重ね合わる樫。
 するとその瞬間、樫は敏感な部分で明らかに蔦の体に変化が起きたのをはっきりと感じ取った。
 熱いようにさえ感じる体内が激しく一度うねると同時に、それまでそこに蓄えられていた精液がどこかへと消えていくような、男根の中に残っているものまで吸い取られていくような、そんな感覚が伝わってくる。

「うあぁっ、あっ、あぁっんっ…~~~!!!」
「っク…」

 樫と蔦は同時に信じられないほど強く深い快感に包まれて思わず声を漏らした。
 それは通常の交わりでは得られない真の絶頂であり、文字通りようなものだ。
 もはや何も考えられなくなるほどのその感覚に、2人はぐったりと力を抜いて寝台に身を投げ出す。
 全身から溢れだす多幸感。
 発情時にしか味わえない、人生のうちで何度も得られることの無い感覚だ。

 一度激しいものを行うと、発情状態は徐々に収まっていくのだが、それでも完全に発情が終わったわけではない。
 むしろその逆で、まだまだどちらも余力は残っている上に、最大の苦痛を乗り越えた後の素晴らしい余韻がさらなる欲情を煽るのだ。

 ふと隣に目を向ければ、同じく自らを見つめる番がいる。

 その心地よさと安心感は何物にも代えがたく、ふと2人からは再び【香り】が漂い始めた。
 先に手を伸ばしたのは蔦と樫のどちらだっただろうか。
 それさえも分からないほど、2人はさらに互いを求めた。



ーーーーーー



 瞼越しに感じる朝日。
 深く息を吸い込むと胸に満ちる、新たな一日の空気。

 ふと目を覚ました蔦が目を閉じたまま朝の雰囲気を噛みしめていると、すぐさま隣から「おはよう」という声が聞こえてくる。

「起きたんだろ?おはよう、蔦」
「ん…はよ…」

 ぼそりと呟くように応えながら樫に抱きつくと、温かな体とかすかに残っている【香り】がこの朝をさらに素晴らしいものにする。

 蔦の体には樫が夢中になってつけた口づけの痕がそこら中についていた。
 深紅のそれはまるで蔦の体に花が咲いているかのように見える。ともすれば『蔦の【香り】はこの花から放たれているもの』のようにさえ思えるだろう。
 見なくてもそれを承知している蔦は、申し訳無さそうにする樫とは対象的に、それだけ樫が夢中になっていたのだということをありありと感じて、これまた胸を躍らせる。

 瞼を上げると、すぐに樫と目が合い、労わるような優しい手つきで頬を撫でられた。
 手つきも視線も何もかも、すべてが《番》である自分に向けてのものであり、他へは決して向けられることのないものだ。
 ゆったりとした朝の時間。せっかく番の2人きりで過ごせるということもあって、どちらも今日はきちんと休日にしている。
 時間に追われる必要のない中、樫は「湯浴みをしよう、蔦」と寝台から起き上がった。

「体を流して、それから軽くでもなにか食べないと…」

 寝台の周りには夢中になって脱ぎ捨てた衣が散乱している。
 樫がそれらを拾い集めながら寝台に向き直ると、蔦はなにやら嬉しそうに ごろごろと寝具の中で転がっていた。

「なにしてるんだ?」

 樫が訊ねると、蔦は下腹部に手を当てて微笑む。

「俺…分かる気がする」
「うん?」
「赤ちゃん…赤ちゃんがいる気がする、いると思う」

 あまりにも幸せそうに笑う蔦に、樫はそこに突っ立ったまま目を瞬かせた。
 たしかに、昨晩彼らは男性オメガが妊娠するために必要なことをすべて果たしただろう。
 痛みが大きいほど、そしてその後の快感が大きいほど、男性オメガは妊娠する確率が高くなるのだ。
 しかしいくら確率が高いとはいえ、『必ず』とは言いきれない。
 樫は「まだ分からないだろ」とため息をつくように言いながら上衣を1枚羽織った。

「まだ【巣作り】をするまでは確実とは言えないんだぞ」

 すると蔦は「でも、俺には分かる」と口を尖らせた。

「分かるんだよ、俺には。分かるんだ、きっとここにいるって…俺達の、2人目の子が」

 はにかんだ表情で腹を撫でる蔦の姿は、なんだか神聖なようで愛らしく、そしてなんとも魅力的だ。
 よほど嬉しいらしく、弱く【香り】を放ってさえもいる。
 樫は蔦のそんな様子に「そうか、《いる》のか」とわざとらしく納得したように言い、蔦にも衣を羽織らせようと手を伸ばした。

「もう《いる》んなら、これ以上はだめだな。あまり刺激するのも良くないだろうし、体を洗うのだけは手伝うからその後は…」
「……おい」
「うん?だってそうだろ。あまりとよくないんだから」

 樫が何を言いたいのかを敏感に察していた蔦は、衣に袖を通させようとする樫の腕を掴んで「なぁ…っとにお前は…」と目を細める。
 何と言うべきかを少し思案した後に口を開く蔦。

「別に…笹の時だって、俺が巣作りを始めるまでは普通にしてたし、そんなの…そもそも、俺はとは言ってないし、もしかしたらまだかもしれないし、だから…」

「樫、にしてくれよ。………分かるだろ」

 控えめな態度、袖を引く力、そして様子を窺うような瞳。
 樫は吹き出しそうになりながら「おまえは本当に俺をよく煽るよな」と蔦を横抱きにして寝台から抱え上げた。
 蔦も樫の体に腕を回してしっかりとしがみつく。

「でも…激しいのはだめだ、するにしてもきちんと労わりながらじゃないと」
「分かってるって…」
「まったく…本当に分かってるんだか、どうだか」

 樫の発情はほとんど収まりつつあり、もうを起こすことはないだろう。
 抱き合うにしても、もうゆったりとしたものになるはずだ。
 蔦からふんわりと立ち上る【香り】に包まれ、樫もほんのりと【香り】を放つ。

 深い絆で結ばれた番が迎える温かな朝。
 樫は両腕でしっかりと絡みついてくる蔦を連れて浴室へ向かった。
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