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月夜の番

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 母屋と一本道で繋がっている離れ。
少し奥まったところにあるその離れでは、現在霙と冴、そして2人の三男と四男が寝起きしている。
 母屋での夕食後にぞろぞろとこの4人で離れに帰るのも、もはや慣れた光景だ。
 長男と次男は変わらず祖父母の元(母屋)で寝泊りしているため、滅多に霙達にはついて来ない。
 離れの1階にもいくつかの空き部屋があって、子供4人のための部屋も調度品も何もかも揃っているのだが、子供達はそれぞれ自分の好きな場所にいたがるため、もはや霙と冴は『それでいいことにしよう』と決めたのだ。
 子供達にあっけらかんとした様子で「どうせいつも一緒にいるんだから、わざわざ離れに行く必要はない。寂しくない」といわれた時は、さすがに霙も冴も(それもそうか…)と思いつつも寂しくなったものだが。



「父さん、おやすみー…」
「あぁ、おやすみ、 」

 離れの1階にある小ぢんまりとした部屋の中、霙はそっと小さな寝台の中で丸まって目を閉じたしゅうの額を撫でる。
 部屋の中に2つ並んだ、少し小さめの寝台。
 子供用の寝台には、それぞれしゅうりんが横になり、肩までしっかりと掛けられた掛け具の中で眠りにつこうとしている。
 一日中兄達と畑を駆け回り、本を読んで読み書きの練習もしたしゅうは、体も頭も存分に使って過ごしたためにもうクタクタで、すぐにでも深く寝入ってしまいそうな様子だ。
 四男のりんは1歳半を少し過ぎた頃だが、やはり3人の兄達が常に機嫌をとるように様々な物を見せてくれるおかげで目まぐるしい一日を送っている。
 大人とは違ってすべてのことが新鮮な子供達にしてみれば、楽しさに満ちたそれらの刺激は一日の終わりに眠気を引き起こすのに十分だ。
 すぐにすぅすぅと寝息を立てて眠りはじめたしゅうと その隣ですでに熟睡していたりんの様子をしばらく伺い、完全に深く眠りについたことを確かめた霙は、掛け具をしっかりと掛け直してやると子供部屋の戸を音が立たないよう慎重に開閉して外へ出た。


 月明かりが明るいため、1階に点々と点いていた明かりを消してもそれほど暗くはならない。
 きちんと戸締りができていることなども確認し終えた霙は、2階に続く階段の前で何度も大きく息を吸って呼吸を整えると、意を決したように一段ずつ踏みしめて上へと上がっていく。
 家中にほんのりと香る花のようながどこからのものなのかは、確かめるまでもなく はっきりとしていた。


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 この離れは農業地域に伝わる伝統的な造りをしていて、他の地域には見られない少し特別な構造をしている。
 農業地域伝統の造りとは、1階には居室とするためのいくつかの部屋や物置などを設け、2階を仕切りの無い広間としている様式のことだ。
 広大な畑を管理しなければならない農業地域の人々は、昔から畑の監視を兼ねて、家の2階に設けた広間から遠くまで広がる素晴らしい景色を楽しんできた。
 今もほとんどの家々がそうした様式にのっとった部屋割りなどをして住んでいるだろう。
 だが、霙達が住んでいるのはの方だ。
 すでに母屋の方の2階がその役割を果たしているということもあって、霙達は離れの2階にある広間をそのまま まるごと夫夫の、番の居室として使っている。


 階段をすべて上がりきらないうちから、霙の耳には小さなくぐもった呻き声が聞こえてきた。
 苦しげで切なげな、うんうんと唸るような声だ。
 2階の間と階段は本来開け放たれている造りのため、扉やそういったものを取り付けるための枠などは設けられていないのだが、霙達は扉の代わりに階下との空間を分けるを天井から下げている。
 その光さえ通さないような分厚い布地の端に手をかけ、中を覗き込む霙。
 するとそこには霙が予想していた通りの光景が広がっていた。

「んっ、んんっ…はっあぁっ、みぞっ…れ…ぇっ…」

 2階の広間の、左端の方に置かれた大きめの寝台。
 夫夫のためのその寝台の上では、冴があられもない姿で寝そべり、1人で乱れている。
 明かりに照らされて輝くように輪郭を表している冴の丸い尻。
 すでに寝間着は寝間着の役割を果たしているとはいえないほどはだけ、下衣などは半分寝台から滑り落ちていた。
 ほとんど真裸な体だからこそ、その首にぐるりと巻いたうなじあてがよく目立つ。
 そんな冴はこちらに背を向けるようにしているが、モゾモゾとしているその手が秘部を弄っていることは はっきりとしていた。

 もし、仮に、だが。

 階下とを隔てるこの分厚い布地の仕切りがなかったとしたら、階段を上がってすぐにこの光景を目にすることになるだろう。
 それはあまりにもまずい。
 番の霙でさえ、心の準備もないままに冴のこうした姿を見たとしたら…強い衝撃によって途端に理性が飛んでしまうだろう。

 2階に上がり、手で除けていた仕切りの布地をきちんと隙間の無いよう元に戻して部屋の中に向き合うと、霙は室内に冴の【香り】が充満していることに気づく。
 それはただの【香り】ではない。
 むせかえるほどに濃厚な、の香りだ。 

「冴」

 声をかけながら寝台の方へ近づいていくと、冴はさらに唸り声をあげる。
 彼は寝具に顔をうずめつつ掛け具を抱き締めているのだが、その体はすでに濡れそぼり、すでに前も後ろも自身の精液と愛液に塗れていた。
 冴がすでに何度も自らを慰めていたということは明らかだ。
 寝台に近づいてみると、冴の手元にはなにやら見覚えのある布切れがしっかりと握られている。
 霙は「冴、それを離せ」その布切れを軽く引っ張った。
 広げてたしかめて見るまでもなく、それは霙の肌着だ。
 使用済みかどうかも分からないほどぐちゃぐちゃになっていて…使だろう。
 霙がその肌着を取ろうとすると、冴は不満げに「ん~…っ!」と激しく唸る。
 肌着を取られまいと意地になってそれまで以上に抱え込もうとするその様子は、まるで大切な宝物を奪われまいとする獣のようであり、体の線の細さ以上の力が出ているようだ。

「離せよ、なぁ」
「んんっ、ん~!!!」
「冴」

 どれだけ引っ張ってもむしろ咥え込んで離さない冴。

(よほど取られたくないらしいな…)

 必死になっている冴のそんな姿は愛らしさが溢れ出ていて、霙に笑みさえもたらす。
 だが、そうやって肌着にばかり一生懸命になられてはかなわない。
 霙は紅潮した冴の耳たぶに齧りつきながら「離せって言ってるだろ」と囁いた。

「いつまでこんなの持ってるつもりなんだ、うん?」

「ここにがいるってのに…」

 吸い込んだ冴の【香り】によってじわじわと体の中心が熱くなっていくのを感じながら霙は【香り】を放つ。
 興奮によって息が荒くなっている冴はそれをすぐに感じ取り、勢いよく顔を上げた。

「み、みぞれ…みぞれ…っ!!」

 それまで宝物のように抱え込んでいた霙の肌着からぱっと手を離した冴は、両腕を伸ばして霙に抱きつき、深く呼吸を繰り返す。

「んっ、みぞれ…みぞれぇっ…」
「悪い、遅くなって」
「んうぅ…」

 霙がそばに来たことを認識した冴は突然濃厚【香り】を放ち、それを直接香った霙は思わず咳き込んだ。
 咳き込んだことでさらに【香り】を吸い込んでしまった霙の体はすぐに顕著な変化を示す。
 抱きついてくる冴の瞳はとろんとしていて、上気した頬や周囲を一切顧みない様子からすると酩酊しているようにも思える。
 だが、冴はめっぽう酒に強く、酩酊することなどありえないという人物だ。
 だからこそ、こんな風に前後不覚になっている姿というのはかなり貴重なものであり、強烈な色香を感じる。

「おそい…おそいよ、みぞれ…」
「悪かったって…」
「んん…おかしく、なるぅ…はやく、はやくみぞれの、ちょうだい…ちょうだいよ…」

 発情状態にある者が1人でそれに耐えるということの困難さはアルファである霙にもよく分かっている。
 発情期がきていることを感じていた冴は日中は発情を抑える薬を飲んでしのんでいたが、夜に向けて徐々に薬の効果が切れて発情状態になるのを待っていたのだ。
 まず子供達の寝かしつけが必要だという冴にしたがって霙は冴を先に1人で寝台に入らせていたものの、どれだけ弄っても体が満たされることはないというその疼きは相当冴を焦らして苦しめていたことだろう。
 だからこそ少しでも体を楽にしようと霙の【香り】が薄く染みついた肌着を棚から取り出して使に違いない。
 霙が子供達の面倒を見ていた間に完全な発情状態になっていた冴。
 ようやく本物の番が寝台に戻ってきたという安堵感と期待感によって、彼が放つ【香り】の濃さは凄まじいものになっていた。

「すごいな…久しぶりだ、発情した冴の【香り】は…」

 じわじわと熱くなっていく体に従って自らの上衣を脱ぎ捨てた霙を、冴が四肢のすべてを使って捕らえる。
 引き出されるように香り始めた霙の【香り】に、冴は艶やかな声を漏らした。

「はや、く…もう、ぼくがまんできない…!」
「わかってる、わかってるから…」
「みぞれぇっ…」

 しがみつきながら腰を揺らす冴の陰茎と勃ち始めたばかりの霙の陰茎が触れ合い、互いを敏感に刺激し合う。
 すでに十分慣らされている冴の秘部。
 だが霙は冴の望み通りに挿入せず、下の方へ降っていって冴の男根を口に含んだ。

「あっ、や…みぞれ…」

 身を捩る冴の腰を押さえつけながら口で奉仕し、さらに秘部も舌で舐め上げると、冴はなんとも淫らな喘ぎ声をあげてその感覚に浸る。
 物足りなさを感じていたとはいえ霙が来る以前に何度も絶頂していたらしい冴の感度は、完全な発情状態になっているということもあって、あまりにも簡単に高みまで冴を追いやってしまう。
 一吸い、一舐めしただけでもがくがくと腰を小刻みに震わせる冴は先端からとろりと精液を滲ませるものの、それらはほとんど量もなく、薄い。
 冴の体液はどれも濃厚な【香り】のせいか甘い味がしていて、霙は花の蜜でも味わうかのように夢中になってそれを求めた。

 抵抗できないのか、そもそも抵抗する気がないのか。

 冴は繰り返し行われる口での愛撫とそれに伴う絶頂に、どこか体の奥の深いところで渦巻くに涙まで流し始めた。
 うぅ、としゃくりあげる声にようやく身を起こした霙は、冴を抱き締めて今度は耳たぶと首筋にかぶりつく。
 (早く体の中まで満たしてくれ)という声なき嘆願に、霙は濃い【香り】を放って応えた。

「はやっくぅ…も、くるし…」

 大きく胸を上下させながらそう訴える番の姿を見て猛らないアルファなど存在しないだろう。
 いよいよ準備の整った霙は発情によって凶悪なほどに勃起した男根を手で支えながら、大人しく両足を抱えて待つ冴の秘部に向けてそれを突き刺した。


 階下とこの広間とを仕切っている分厚い布地は様々な音を遮るのにも役立っている。
 明らかにと分かる交わりの最中の音というのは当人たちが思っている以上によく響くものであり、この仕切りがなければ家中のどこにでも聞こえてしまっていたに違いないのだ。
 寝台と床の軋みについては特に霙達が気を使っているため、ほとんど階下への影響はない。
 もし仮に多少の音が立ってしまっても、親であるオメガ達が放つ発情時の【香り】には子供達の心身を安定させて深い眠りに誘う効果がある(といわれている)ため、子供達が目を覚ますことも、目を覚ました子供達に音を聴かれることも、そして様子を見に来られることはないはずだ。
 もちろん、普段から霙と冴は4人の子供達に対して深い愛情と関心をもって接していることは間違いない。
 だが、発情時ばかりはそうも言っていられない。
 なぜなら本能がそうさせているからだ。

 本能が【番とのさらなる子を求めて性交を誘う】。それこそがなのだ。


「いっ…イクぅ…あっ、みぞれ…ぇっ!」

 もう何度目とも分からない大きな快感の波に呑まれながらも突かれ続ける冴は、向き合って行う正常位から大きく体勢は変えられていないものの、脚を深く折り曲げさせられたり、肩に担がれたり、2本まとめて横に向けられたりと様々に試されている。
 どれも中を引き締める効果があり、霙はどうするのが最も良いのかを探っているようにすら思える。
 とっくに前後不覚になっている冴は、不意に霙に胸へ吸い付かれて「やっ、あぁぁっ!!!」とひと際大きな喘ぎ声と共に体を仰け反らせた。
 だが、どれだけ快感の高みまで押しやられても、まだ足りない。
 発情した体が欲している最も重要なことが、まだ行われていないのだ。

 【奥の奥で深くつながりたい】

 その一存に支配されている冴は、ほとんど力の入らなくなっている体を何とか四つん這いにさせ、尻を霙へと差し出した。
 上から背に覆い被されると、腕からも足からも力が失われてペタリとうつ伏せになってしまう。
 体全体を揺り動かせるそれはそれまでよりもずっと抽挿を深くさせているうえ、冴の男根を体と寝具で挟み込んでぐりぐりと刺激し始めた。
 前と中のどちらからも快感を与えられながら、混ざりあった濃い【番の香り】に包まれてただ身を任せる冴。
 すると霙はうなじあてを外して露わになった冴のうなじに唇を這わせ、深く呼吸を繰り返して腰をぴったりと冴の尻に押し付けた。
 体内で霙のが時を追うごとに大きくなっていくのを感じながら、冴は体に回された霙の腕を抱きしめて虚ろに言う。

「みぞれ…噛んで…痛くして……」

 脚をぴんと伸ばし、寝具をぐっと握りしめた冴。
 それが冴に言われたからなのかどうかは分からない。
 だが霙は口づけていた冴のうなじを一舐めすると、そこについている咬み痕に重ねるようにして歯を食い込ませた。

「………」

 体内では霙の最大まで大きくなった陰茎が大量の精液ですべてを埋め尽くそうとしているものの、もはやそれではとは言えない。
 ギリギリと食い込んでいく霙の歯も、冴にはまだまだ物足りない。
 冴は霙の腕をさらに強く胸に抱きしめてくぐもった声を上げた。

「もっと噛んで、強く…!足りない…たりない、こんなのじゃ、まだ…!!」
「っ……」
「うぅ…~っ、みぞれぇっ…」

 うなじに噛みつかれるそれはのようだ。
 ありったけの力で抱き締め、うなじに噛みつき、そしてもうすでにこれ以上ないというほど奥まで挿入っているのにもかかわらず さらに冴の体内の奥深くへと侵入を試みる霙。
 《腹部が重くも感じられるほどの長い射精》と《体の固く閉じているところをこじ開けられるような感覚》、そして《チリチリとしだしたうなじ》の3種のがそれまでのふわふわとした気分に一石を投じる中、そこでようやく冴は苦しげな声を上げて【香り】を放つのを止めた。


ーーーーー


 霙と冴はいわゆる農家なのだが、朝は特別早いというわけではなく、特定の特別職に就いている人々とほとんど同じくらいの時間に目を覚ましている。(といっても朝日が昇る前ではあるのだが。)
 朝 目覚めた霙と冴はそのまま寝具の中で体を寄せ合いながら言葉もなくぼぅっと過ごしたり、一日のそれぞれの作業予定などについて話しながら完全に目が覚めるのを待ち、その後さらに目を覚ますために軽く湯を浴びる。
 まず霙が湯を用意しながら温かくなりきっていないぬるま湯を浴び、きちんと湯の支度が出来上がった頃になると冴が浴室に入るのだ。
 冴が湯を浴びている間に、霙は昨晩母屋から帰ってくるときに持たされた料理を温め直して朝食の仕度をする。
 そうして2人がそれぞれ湯を浴び終えた頃になるとちょうど子供達が起き出してくるので、朝食を取ったら母屋に移り、母屋で寝泊まりしている2人の子供達や霙の父母と合流して仕事などに向かう。
 これが彼らの一日だ。
 …つまり。
 霙と冴は《シてもシていなくても毎朝湯で体を流している》のだった。


 今日も霙は濡れた髪を浴布で拭いながら、2階で寝台を整えていた冴に浴室の支度ができたことを知らせる。
 冴の発情から1か月半が過ぎているが、未だ冴の体には何の兆候もなく、穏やかな日々が流れていた。
 それぞれ口にはしていないものの、子供がすでに4人いるということは、つまり十分《こうしたこと》はあり得るということだ。
 はじめはいつが現れるかとソワソワしていた冴も、次第に諦めの意識をもつようになっていた。
 むしろ彼は以前から徐々に次の発情までの期間が長くなり、【香り】も弱くなってきていることを感じてもいる。
 それがどういうことかも分かっているからこそ、冴と霙はそれまで以上に互いとの触れ合いを大切にし、2人だけで過ごす夜の睦み合う時間をただただ幸福感だけで満たすために過ごしていた。
 冴から誘うこともあれば、霙が抱き寄せてくることもある。
 けっして激しくはないが、【香り】を感じながら囁き合って過ごす夜の素晴らしさは十分に満足するものだ。

 いつでも自らの番と目が合えば自然と胸が温かくなり、微笑みがこぼれる。

 冴は湯の支度ができたことを知らせに来た霙の頬にちゅっと口づけると、取り替えた寝具を持って階下の浴室へ向かった。



「父さん、おとう、おはよぅ~…」

 寝ぼけ眼をこすりながら子供部屋から出てきた三男のしゅう
 朝食の用意を終えた霙と浴室から出てきたばかりの冴が「おはよう、しゅう」と応えるも、髪があちこちにぴょんぴょんと跳ねているしゅうは小さく頷くだけで、あまり起きているとはいえない様子だ。
 霙由来の寝癖の付きやすい髪質は冴との4人の子供達全員に受け継がれているらしく、母屋では毎朝長男と次男がそれを直すためにあれこれと試しているらしい。
 霙はしゅうの芸術的なまでに跳ねた髪を手のひらで撫でつけてやりながら「今日も元気な寝癖だな」と笑う。

「冴に似ればこんなに癖はつかなかったのに」
「ふふっ、そうかもね。まったく…毎朝毎朝どうしてこんなに立派な寝癖がついちゃうの、この子達は」
「冴の髪質が羨ましいよ」

 あははと笑いあう霙と冴。
 だがそんな2人の間でぼぅっとしていたしゅうは、不意に「あれ…?」と目を瞬かせた。

「ねぇ、おとう
「うん?」

 じっと冴を見つめるしゅう
 どうしたのかと思っていると、なんとしゅうは驚くべきことを言い出した。

「ね、赤ちゃん、いるの?」
「え」
「おとうのお腹、赤ちゃんいるね?赤ちゃん…赤ちゃんだ!弟!?僕、これから2人の弟のお兄ちゃんになるの?わぁっ!ほんとにぃーっ!?」

 キラキラと目を輝かせるしゅうを前にして、冴は瞬きも忘れて固まってしまう。
 まさか、まさか。
 霙にも目を向けてみるが、やはり同じように目を丸くしている。

「………」

 しばらくの間の後、冴はしゅうに「えっと…分かるの?」と問いかけた。

「お父のお腹に赤ちゃん、いるかな」
「うん!」
「男の子…しゅうの弟が?」
「うん、僕の弟!」
「へぇ…男の子の…赤ちゃんが…?」

 すっかり目が覚めたようで嬉しそうに「僕、またお兄ちゃん!」としきりに言うしゅうが、なんだか可愛くて不思議でたまらない。
 霙がそんなしゅうに「その話、もっと詳しく聞きたいな…だからまずは1人でもできる朝の仕度を済ませておいで」と語りかけると、寝間着姿のままだったしゅうは「うん!」と答え、飛び跳ねるような足取りで上機嫌のまま部屋へ戻っていった。
 居間に残った霙と冴は、顔を見合わせて驚きの表情を向け合う。

「あれ、ほんとなのかな…やけに確信めいて言ってなかった?」

 そう首をかしげる冴に霙も同意する。

「まさかな…でも、だとすると前に冴が発情した時だろ?あれからもう一か月半は経ってる…そうだ、巣作り…巣作りは?」

 【巣作り】とは男性オメガが妊娠初期に見せる特徴的な行動だ。
 しかし冴は首を横に振る。

「別に、それらしいことは何も…だってそんな、僕はもう4人も産んでるんだよ?さすがに巣作りしてたら分かる、し……あっ」

 ふと思い浮かんだ《あること》に「そういえば…」ともらす冴。
 【巣作り】とは、妊娠初期の不安定な時期を番のアルファの【香り】を感じることで乗り越えようとする本能的な行動のことだ。
 『番のアルファの【香り】を感じようとする』
 それはつまり…。

「最近の僕…やたらと霙とシたがってなかったっ…け…?」
「え」
「いや、もしかしたら、それも意味合い的には【巣作り】と同じことになるんじゃないの…かな。多分、分からないけど、きっとそういう…うん…」

 その小さな気づきは、やがて大きな確信へと繋がっていく。

「巣作りって、アルファの【香り】が欲しくなるんだよ。うん…だから【香り】が付いてるようなものを集めたりしたくなるんだよね?ってことはさ…ってのも、ただ単にアルファの【香り】をってことだとしたら…?」

(もしかしたら、本当に…?)

 思わず腹部に手を当てた冴は霙をまっすぐに見つめながら「あの、さ…霙…」と口を開いた。

「分かんないよ?分かんないんだけど、でも…でも、もしかしたら僕…」

「妊娠…してる、の、かも…?」

 冴はほとんど自分に言い聞かせるようにして話す。

「だって、考えれば考えるほどそうじゃない?お腹にいたっておかしくないよね?巣作りらしくはないけど、霙の【香り】を欲しがってたのは間違いないんだし…【香り】が弱くなってるのだって、もうお腹にいるからじゃないの?ね、そうやって考えたら…なんかそうとしか思えない、んだけど…」

 まだ確実にそうと決まっているわけではない。
 だが、すでに2人は心の底から溢れ出してくる笑みを抑えられなくなっていた。

「まだ決まったわけじゃない、違うかもしれないよ?でも、でもさ…可能性はある、よね?」

 肩をすくめ、両手を口元に当てつつ隠しきれない嬉しさを表現する冴を、霙はぱっと抱きしめていた。
 2人共『まだ喜ぶのは早い』と思ってはいるものの、諦めていたところに訪れたこの予感には嬉しさを隠すことができない。
 「医者に診てもらわないと、とにかく診てもらわないと」という霙の弾む声に、冴も「うん…!」と頷いて応えた。

「ちょうど今日ね、常備薬の確認をしに来るはずなんだ、先生が。その時に訊いてみる、訊いてみるよ…!」

 枝葉が風にそよぐ音と小鳥のさえずりが心地よい農業地域の爽やかな朝。
 今日はそこに一組の番の嬉しそうな声も重なっていた。



後に霙と冴はさらに『绿ろく』と『せい』という2人の男の子を授かり、そして6人兄弟の親となったのだった。
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