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第1章
『一緒に』
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樫はそれから昨夜飛び出したっきりの小屋に戻り、なんとなく落ち着かない気持ちで過ごした。
不思議なことに、普段どうやって生活していたのかが思い出せない。
休みの日も1日中書き写しをしていたんだったか、外に出かけたりしていたんだったか…いったい蔦がいない時はどうしていたのだろうか。
小屋へ戻る時に蔦に持たされていた間食を口にしながら一連の出来事を思い返してみると、昨夜のことが心を騒々しくさせ、危うく反応してしまいそうになる。
窓から外を見れば蔦の家が見える。
別れたばかりだというのに、樫はすでに会いたい気持ちでいっぱいになっていた。
ーーーーー
夕方、着替えだけを持って蔦の家へ向かうと、すでに夕食のいい香りが満ちた中で出迎えられる。
充実したおかず達は母が作ってきてくれたのだと蔦は話した。
「あんなにしっかり父さん達と話したのはいつぶりだったかな…」
「そんなに?」
「医者はあちこち行ったりやることが多くて忙しいんだよ。俺の眠気が抜けてない時に会ってもきちんと話なんかできないし…全部ぼやけてて、何を話したかもはっきり覚えてないから」
「おまえ…今までずっとそうだったのか」
「まぁね。普通じゃないかもしれないけど、俺にとってはそれが普通だったんだよ」
食事を終え、片付けをし、入浴などを済ませるとあっという間に消灯のいい頃合いになる。
(そういえば、蔦の後ろの傷はどうなっただろうか)
樫は蔦の朝の様子を思い出し、「傷は大丈夫か?」と訊ねた。
血を滲ませてしまったという罪の意識を持っていることを悟ったらしい蔦は「大丈夫だよ」と軽い口調で言う。
「この薬はよく効くんだ、すぐに良くなる」
小瓶を手にして浴室へ向かおうとする蔦。
きっとこれから塗り直しにいくに違いないと思った樫はとっさにそれを引き止めていた。
「…俺が塗るよ、その薬」
「は…!?」
「自分じゃ見えないところだし、塗りづらいだろ」
蔦は目を瞬かせ、「君は…そういうの、嫌がりそうなのに」と呟く。
樫自身も少々戸惑いつつ、「俺も昨日から自分だと思えない1面を何度も見てる」と吐露すると、蔦は軽く笑って言った。
「じゃあ…これ、頼もうかな…」
ーーーーー
寝台の上に横になった蔦の下衣を下げると、形のいい尻や太ももが姿をあらわした。
わずかな灯りの中、樫は小瓶の中の軟膏を指で掬い、蔦の尻を手のひらでそっと押し上げて秘部をさらけ出させる。
小さなそこは赤く腫れていて、血が滲み出していたらしい部分は触れるのさえ躊躇してしまうほど痛々しい。
痛ませないよう注意しながら、樫はそこへ軟膏の付いた指をあてた。
「っ!」
「悪い…痛むか?」
「…大丈夫、初めだけ…」
秘部を縁取るシワの1本1本に至るまで、軟膏が行き渡るよう丁寧に塗りつける樫。
だが、どうやら裂傷は中の方にまであるようだ。
樫は軟膏の付いた指を慎重に中へと挿し込む。
「っ!よ、汚れるから、中はいい!」
「洗えばいいだろ」
「でもそれは…っ!!」
樫は中に一通り軟膏を塗り終えたら終わりにするつもりでいたのだが、塗り終わらないうちに、蔦は痛みとはあきらかに違う反応を示し始める。
「あっ…ちょっ、ちょっと…も、もういいって…ありがとう、もう、いいから…」
乱れていく呼吸、ヒクついた入口、うねって指に吸い付いてくるような秘部…。
昨夜聴いたものと似た吐息に確信を持った樫は「…気持ちいいのか」と問いかけていた。
「これが…気持ちいいのか」
「んっ…もっと…もっと腹の方…」
「…どこだ」
言われた通りに腹の方を指の腹で撫でるようにすると、蔦はある1点に触れた瞬間にピクリと体をはねさせる。
あまりにも官能的なそれは樫を危険なほどに刺激したが、蔦はさらに要求してきた。
「もっと強く…強くやってくれ…」
その一言は樫の中に残っていた最後の理性を完全にとばす。
膨らんだようなその1点の形を確かめるように指を押し付けながら動かすと、蔦は苦しげに身悶え、寝具を固く握りしめあ。
「はぁっ、はぁっ」という短かった呼吸は「はぁぁっ、あぁぁっ」という息を長く吐くようなものに変わっていく。
押したり撫でたり、突き上げたり…そうしているうちに、突如として蔦は体全体をビクつかせ始めた。
手や足から力が抜け、ぐったりとしているにもかかわらず中の収縮するような動きは収まらない。
さらに蔦の前のものが硬く勃っているのを見た樫は、蔦を仰向けにさせると、その上へ跨って自分のものと蔦のものとを同時に手で包み込んで擦っていた。
「はぁっ、あっ、はぁっ…」
互いの性急な息遣いだけが空間を満たし、まるで世界には2人しかいないような感覚にもなっていく。
手を速めることでさらに音を立てるそこは、人体とは思えないほど熱く、硬く拍動していて、敏感そのものだ。
蔦が握りしめる寝具から軋むような音が聞こえてそう経たないうちに、2人はほとんど同時に放った。
樫が先端の方を包み込むようにしたために互いの白濁はほとんど他へ飛び散ることなく、樫の手の中へ収まる。
「……」
しばらく余韻を感じた後、蔦は寝台のそばから手巾を手探りで取って渡してきた。
手や蔦の腹を拭い、寝台を降りようとする樫に蔦は呟く。
「俺…良く寝れそう、かも…」
目元を赤らめたその姿は、なんとも妖艶なものだった。
ーーーーー
薄く目を開けると、周りを包み込む朝の気配がよく感じられる。
いたって普通に目を覚ました樫。
すぐ横を見てみると、そこには樫の腕を軽く掴んで眠る蔦がいた。
黒く豊かな睫毛と瞼に薄く、長くある2重の線。
柔らかな弧を描く眉になめらかな鼻筋。
透き通るように白い頬とわずかに尖っている唇…。
いつもよりも幼さが感じられるその寝顔は、今まで感じていた蔦の魅力を何倍にもしてしまう。
「ん…」
「…蔦?」
瞼が微かに動き、蔦の目覚めを告げる。
瞬きをするごとに少しずつ目を開いていった蔦は、樫をまっすぐに見つめ、「うん…」と喉だけを使って声を出した。
「おはよう、蔦」
「ん……あさ…?」
「うん、朝だよ。見てみろ、あれは夕陽じゃない」
寝台の上に射し込んでいる1筋の暖かな色の光を見せると、蔦は「ほんとだ…」と手をかざす。
「また…朝に目覚めたんだ…」
「うん、俺が声をかけるまでもなく」
「………おはよ、樫」
安堵したように笑みを浮かべる蔦は、キラキラと光を反射しているかのように眩しかった。
着替えなどを済ませてしばらく経つと蔦の兄が食材の入ったかごを持って訪ねてきた。
蔦の兄は蔦が起きていることをとても喜び、蔦の目覚めには樫の存在が大きく関係しているという仮説にほとんど確信をもったようだ。
樫がここに泊まったという事実を知らない蔦の兄から「わざわざ起こしに来ていただいて、すみません」と言われた時はなんとも後ろめたく思ったものだが。
「お前の体質がそもそも改善されている、ということもあるかもしれない。明日は1人で起きてみるんだ、いいね?父さんと母さんには言っとくから」
蔦の兄は何度も「良かったなぁ」と言いながら帰っていった。
朝食を共にした後、図書塔で仕事をする樫に付いて来た蔦は植物画を描き進めたりして時間を過ごし、結局 朝から晩まで互いのすぐそばにいた。
夕食を蔦の家で食べ終えると、蔦は樫が聞く前から「く、薬は自分で塗るから、いい…」と顔を背けて言う。
今晩、樫は小屋に帰らなければならない。
なんとなく後ろ髪を引かれる思いで扉に手をかけると、蔦は「あのさ…」と言い出しづらそうにして声をかけてきた。
樫が「眠れそうにないのか?」と聞くと、蔦は小さく頷いたあとから「いや、なんでもない」と誤魔化す。
「引き留めて悪い、明日また…」
不安げで寂しそうにも思えるその姿に、樫は蔦を引き寄せて唇を重ね合わせると、「おやすみ、また明日な」とだけ言い残してそのまま家を出た。
振り返ればまた色々と始めてしまいそうだ。
樫は早足で小屋へと帰り、蔦の家の明かりが消えるのを悶々と見守った。
ーーーーー
「すみません、司書殿…やっぱり蔦が、その…」
「え」
翌朝、身支度を整え終えた樫の元に蔦の兄がやってきた。
蔦の兄は蔦が『起きているだろう、まだ眠っていたとしても声をかければ起きるだろう』と思っていたのだが、やはり、いくら声をかけても、体をいくら揺すっても起きる気配がないのだという。
朝の人通りが多くなりつつある道を歩いて蔦の家に向かうと、蔦は寝台で寝具にくるまり、あの無邪気な寝顔を見せていた。
蔦の兄が心配そうにする中、樫は寝台のそばまで行って「蔦…?」と声をかけてみる。
まったく、何一つ反応が返ってこないため、このまま声をかけずにいたら一生目を覚まさないのではないかと不安になり、樫は肩に手をかけてそっと揺すってみた。
「蔦…?」
「ん…」
「蔦、起きれないのか?」
「あえ…樫…?」
「うん、俺だよ」
「樫…」
のそのそと手を握ろうとしてくる蔦に(お前の兄さんもいるぞ、気をつけろよ)と注意する樫。
伸ばしかけていた手を止めた蔦は片手をついて起き上がり「…おはよ」と笑みを見せた。
だが完全に目を覚ましたというわけではないらしく、いつまで経ってもうつらうつらとしていて、隣で共に眠った後のような完全な目覚めとは様子が異なっている。
蔦の兄に「…もしかして」と探るような視線を向けられた樫は、ぎくりと身を強張らせた。
「司書殿は昨日の朝、蔦を起こしに来てくださったのではなくて…その前の日のように…?」
まさかこんな形でバレるとは。
気まずく思いながらも、樫は蔦の兄に頷いて白状する。
「ここに…泊まらせていただいていました」
ーーーーー
それからというもの、事はあっという間に進んでいった。
まず、蔦が普通の生活を送るには樫の存在が必要であり、それが1番良い方法だと結論づけた蔦の家族が「あの子のそばにいてやってもらえないだろうか」と直々に頼み込みに来たのだ。
もちろん樫は承諾するつもりでいたのだが、ちょうどそこへ時々偏った樫の食生活を心配して様子を見に来ていた樫の母親がやってきた。
樫の母親は樫が蔦にきちんとした食事を作ってもらっていたことを知り、感激しながら蔦と蔦の家族へ頭を下げる。
「なんと言ったらいいのか…本当にお世話になっておりまして…」
「いえいえ!こちらこそ、息子さんにお願いがあって来たのですよ」
「お願い、ですか?」
蔦の母親が事情を話すと、樫の母親は「あら!でしたら、一緒に暮らさせてはいかが?」と言い出した。
「まったくお恥ずかしい限りですけど、うちの子は食事も面倒くさがるもんですから、放っておくとろくなものを口にしないんですよ。蔦君に食事の世話をしていただけるなら、その他のことは全部この子にやらせたらいいです」
「あらあら!そうしていただけるとこちらとしてもとても助かるんですよ、うちの子には樫君が必要なようで…一緒に暮らしていただけるのなら、食事だのはうちの蔦がきちんとしますから!ですけど、樫君に良い人がいるならそうもいかないでしょうと思って…うちの蔦は結婚どころではない体質ですけど、樫君はそうではないでしょう?」
「いえいえ、良い人だなんてとんでもない!この子は字や本にばかり興味を向けているんです、外にも出ないし友達だって…こんなだからとっくに結婚だのは諦めていたんですよ!もう、いつまで私もこの子の生活を心配しなくちゃいけないのかと思っていましたから、ぜひ蔦君さえ良ければ…!」
(息子の俺の前でよくそんなことが言えるな…まぁ、その通りだから別に構わないけど)
なんとも言えない表情で自らの母親を見る樫。
2人の母親は手を取り合い、涙を流さんばかりに「どうぞよろしく」と頭を下げている。
それを遠い目に眺めていた樫に、蔦は「なぁ、樫」と口を開いた。
「なんか…一緒に暮らすってことになってる…よな」
「あぁ、みたいだな」
「その…俺の家に来ないか、樫。俺の家は広いし、すぐに風呂に入れるし、火もここよりは気を遣わなくて済む。こっちの小屋は仕事をするためだけの場所にして…」
樫は蔦が言い終わる前から頷いていた。
ーーーーーー
「…何見てるんだ」
竈で料理をよそいながら怪訝そうに言う蔦に、樫は「うん?いや、別になんでもないけど」と返す。
2人が一緒に暮らし始めて1年と少しが経ち、互いの姿がいつも視界にあるこの生活はもはやなくてはならないものになっている。
元々蔦からの依頼だった本の複製はつい先日ついにすべて完成したが、蔦は今では傷んだ本の挿絵の修復などもおこなうようになっていて、2人してほぼ毎日図書塔の隣にある小屋へ通って仕事をし、夕方にはまたこの家へ帰ってきて過ごすという日々を送っている。
安らぎのあるこの生活が始まったのはかなり突然のことだったが、これも全て起こるべくして起きたことだったのだろう。
あの時、2人の唇が触れ合わなかったら。
あの時、蔦が唇を離していたら。
あの時、樫がこの家へ来なかったら。
そして…想いを告げ合わなかったら。
あの晩に何も起きていなかったとしたら、きっと2人は今も平行線のまま、『夜の数時間だけの友人』だったような気がしてならない。
互いを想い、愛し合うことの幸福感を知ってしまった樫にしてみれば、そんな世界線などは寂しすぎる。
「早くこっちに来て食べな、冷める前に」
「ん、蔦」
「なんだ…」
振り返った蔦を抱きしめ、この生活が現実のものであると確かめるように唇を合わせると、蔦もそれに応じてきた。
絡みつくようなそれは樫にその気を起こさせるが、蔦はぱっと唇を離す。
「おい、今日は装丁まで済ませるんだろ?今はだめだ、早く食べて行くぞ」
「…先に絡めてきたのは蔦のくせに」
「あっ、こら…止まれなくなるだろ!始めたら確実に昼までヤり続けることになるぞ、今は止めとけ」
たしかに、朝からこうでは諸々よろしくないだろう。
諦めて手を下ろした樫の不満そうな表情を見た蔦は、ちゅっと軽く頬に口づけた。
「さっさと仕事して、早めに切り上げてこよう。な、樫」
早めに切り上げてきたあとにすることといえば1つしかない。
2人は揃って食卓につき、温かな湯気の立つ朝食を食べ始めた。
不思議なことに、普段どうやって生活していたのかが思い出せない。
休みの日も1日中書き写しをしていたんだったか、外に出かけたりしていたんだったか…いったい蔦がいない時はどうしていたのだろうか。
小屋へ戻る時に蔦に持たされていた間食を口にしながら一連の出来事を思い返してみると、昨夜のことが心を騒々しくさせ、危うく反応してしまいそうになる。
窓から外を見れば蔦の家が見える。
別れたばかりだというのに、樫はすでに会いたい気持ちでいっぱいになっていた。
ーーーーー
夕方、着替えだけを持って蔦の家へ向かうと、すでに夕食のいい香りが満ちた中で出迎えられる。
充実したおかず達は母が作ってきてくれたのだと蔦は話した。
「あんなにしっかり父さん達と話したのはいつぶりだったかな…」
「そんなに?」
「医者はあちこち行ったりやることが多くて忙しいんだよ。俺の眠気が抜けてない時に会ってもきちんと話なんかできないし…全部ぼやけてて、何を話したかもはっきり覚えてないから」
「おまえ…今までずっとそうだったのか」
「まぁね。普通じゃないかもしれないけど、俺にとってはそれが普通だったんだよ」
食事を終え、片付けをし、入浴などを済ませるとあっという間に消灯のいい頃合いになる。
(そういえば、蔦の後ろの傷はどうなっただろうか)
樫は蔦の朝の様子を思い出し、「傷は大丈夫か?」と訊ねた。
血を滲ませてしまったという罪の意識を持っていることを悟ったらしい蔦は「大丈夫だよ」と軽い口調で言う。
「この薬はよく効くんだ、すぐに良くなる」
小瓶を手にして浴室へ向かおうとする蔦。
きっとこれから塗り直しにいくに違いないと思った樫はとっさにそれを引き止めていた。
「…俺が塗るよ、その薬」
「は…!?」
「自分じゃ見えないところだし、塗りづらいだろ」
蔦は目を瞬かせ、「君は…そういうの、嫌がりそうなのに」と呟く。
樫自身も少々戸惑いつつ、「俺も昨日から自分だと思えない1面を何度も見てる」と吐露すると、蔦は軽く笑って言った。
「じゃあ…これ、頼もうかな…」
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寝台の上に横になった蔦の下衣を下げると、形のいい尻や太ももが姿をあらわした。
わずかな灯りの中、樫は小瓶の中の軟膏を指で掬い、蔦の尻を手のひらでそっと押し上げて秘部をさらけ出させる。
小さなそこは赤く腫れていて、血が滲み出していたらしい部分は触れるのさえ躊躇してしまうほど痛々しい。
痛ませないよう注意しながら、樫はそこへ軟膏の付いた指をあてた。
「っ!」
「悪い…痛むか?」
「…大丈夫、初めだけ…」
秘部を縁取るシワの1本1本に至るまで、軟膏が行き渡るよう丁寧に塗りつける樫。
だが、どうやら裂傷は中の方にまであるようだ。
樫は軟膏の付いた指を慎重に中へと挿し込む。
「っ!よ、汚れるから、中はいい!」
「洗えばいいだろ」
「でもそれは…っ!!」
樫は中に一通り軟膏を塗り終えたら終わりにするつもりでいたのだが、塗り終わらないうちに、蔦は痛みとはあきらかに違う反応を示し始める。
「あっ…ちょっ、ちょっと…も、もういいって…ありがとう、もう、いいから…」
乱れていく呼吸、ヒクついた入口、うねって指に吸い付いてくるような秘部…。
昨夜聴いたものと似た吐息に確信を持った樫は「…気持ちいいのか」と問いかけていた。
「これが…気持ちいいのか」
「んっ…もっと…もっと腹の方…」
「…どこだ」
言われた通りに腹の方を指の腹で撫でるようにすると、蔦はある1点に触れた瞬間にピクリと体をはねさせる。
あまりにも官能的なそれは樫を危険なほどに刺激したが、蔦はさらに要求してきた。
「もっと強く…強くやってくれ…」
その一言は樫の中に残っていた最後の理性を完全にとばす。
膨らんだようなその1点の形を確かめるように指を押し付けながら動かすと、蔦は苦しげに身悶え、寝具を固く握りしめあ。
「はぁっ、はぁっ」という短かった呼吸は「はぁぁっ、あぁぁっ」という息を長く吐くようなものに変わっていく。
押したり撫でたり、突き上げたり…そうしているうちに、突如として蔦は体全体をビクつかせ始めた。
手や足から力が抜け、ぐったりとしているにもかかわらず中の収縮するような動きは収まらない。
さらに蔦の前のものが硬く勃っているのを見た樫は、蔦を仰向けにさせると、その上へ跨って自分のものと蔦のものとを同時に手で包み込んで擦っていた。
「はぁっ、あっ、はぁっ…」
互いの性急な息遣いだけが空間を満たし、まるで世界には2人しかいないような感覚にもなっていく。
手を速めることでさらに音を立てるそこは、人体とは思えないほど熱く、硬く拍動していて、敏感そのものだ。
蔦が握りしめる寝具から軋むような音が聞こえてそう経たないうちに、2人はほとんど同時に放った。
樫が先端の方を包み込むようにしたために互いの白濁はほとんど他へ飛び散ることなく、樫の手の中へ収まる。
「……」
しばらく余韻を感じた後、蔦は寝台のそばから手巾を手探りで取って渡してきた。
手や蔦の腹を拭い、寝台を降りようとする樫に蔦は呟く。
「俺…良く寝れそう、かも…」
目元を赤らめたその姿は、なんとも妖艶なものだった。
ーーーーー
薄く目を開けると、周りを包み込む朝の気配がよく感じられる。
いたって普通に目を覚ました樫。
すぐ横を見てみると、そこには樫の腕を軽く掴んで眠る蔦がいた。
黒く豊かな睫毛と瞼に薄く、長くある2重の線。
柔らかな弧を描く眉になめらかな鼻筋。
透き通るように白い頬とわずかに尖っている唇…。
いつもよりも幼さが感じられるその寝顔は、今まで感じていた蔦の魅力を何倍にもしてしまう。
「ん…」
「…蔦?」
瞼が微かに動き、蔦の目覚めを告げる。
瞬きをするごとに少しずつ目を開いていった蔦は、樫をまっすぐに見つめ、「うん…」と喉だけを使って声を出した。
「おはよう、蔦」
「ん……あさ…?」
「うん、朝だよ。見てみろ、あれは夕陽じゃない」
寝台の上に射し込んでいる1筋の暖かな色の光を見せると、蔦は「ほんとだ…」と手をかざす。
「また…朝に目覚めたんだ…」
「うん、俺が声をかけるまでもなく」
「………おはよ、樫」
安堵したように笑みを浮かべる蔦は、キラキラと光を反射しているかのように眩しかった。
着替えなどを済ませてしばらく経つと蔦の兄が食材の入ったかごを持って訪ねてきた。
蔦の兄は蔦が起きていることをとても喜び、蔦の目覚めには樫の存在が大きく関係しているという仮説にほとんど確信をもったようだ。
樫がここに泊まったという事実を知らない蔦の兄から「わざわざ起こしに来ていただいて、すみません」と言われた時はなんとも後ろめたく思ったものだが。
「お前の体質がそもそも改善されている、ということもあるかもしれない。明日は1人で起きてみるんだ、いいね?父さんと母さんには言っとくから」
蔦の兄は何度も「良かったなぁ」と言いながら帰っていった。
朝食を共にした後、図書塔で仕事をする樫に付いて来た蔦は植物画を描き進めたりして時間を過ごし、結局 朝から晩まで互いのすぐそばにいた。
夕食を蔦の家で食べ終えると、蔦は樫が聞く前から「く、薬は自分で塗るから、いい…」と顔を背けて言う。
今晩、樫は小屋に帰らなければならない。
なんとなく後ろ髪を引かれる思いで扉に手をかけると、蔦は「あのさ…」と言い出しづらそうにして声をかけてきた。
樫が「眠れそうにないのか?」と聞くと、蔦は小さく頷いたあとから「いや、なんでもない」と誤魔化す。
「引き留めて悪い、明日また…」
不安げで寂しそうにも思えるその姿に、樫は蔦を引き寄せて唇を重ね合わせると、「おやすみ、また明日な」とだけ言い残してそのまま家を出た。
振り返ればまた色々と始めてしまいそうだ。
樫は早足で小屋へと帰り、蔦の家の明かりが消えるのを悶々と見守った。
ーーーーー
「すみません、司書殿…やっぱり蔦が、その…」
「え」
翌朝、身支度を整え終えた樫の元に蔦の兄がやってきた。
蔦の兄は蔦が『起きているだろう、まだ眠っていたとしても声をかければ起きるだろう』と思っていたのだが、やはり、いくら声をかけても、体をいくら揺すっても起きる気配がないのだという。
朝の人通りが多くなりつつある道を歩いて蔦の家に向かうと、蔦は寝台で寝具にくるまり、あの無邪気な寝顔を見せていた。
蔦の兄が心配そうにする中、樫は寝台のそばまで行って「蔦…?」と声をかけてみる。
まったく、何一つ反応が返ってこないため、このまま声をかけずにいたら一生目を覚まさないのではないかと不安になり、樫は肩に手をかけてそっと揺すってみた。
「蔦…?」
「ん…」
「蔦、起きれないのか?」
「あえ…樫…?」
「うん、俺だよ」
「樫…」
のそのそと手を握ろうとしてくる蔦に(お前の兄さんもいるぞ、気をつけろよ)と注意する樫。
伸ばしかけていた手を止めた蔦は片手をついて起き上がり「…おはよ」と笑みを見せた。
だが完全に目を覚ましたというわけではないらしく、いつまで経ってもうつらうつらとしていて、隣で共に眠った後のような完全な目覚めとは様子が異なっている。
蔦の兄に「…もしかして」と探るような視線を向けられた樫は、ぎくりと身を強張らせた。
「司書殿は昨日の朝、蔦を起こしに来てくださったのではなくて…その前の日のように…?」
まさかこんな形でバレるとは。
気まずく思いながらも、樫は蔦の兄に頷いて白状する。
「ここに…泊まらせていただいていました」
ーーーーー
それからというもの、事はあっという間に進んでいった。
まず、蔦が普通の生活を送るには樫の存在が必要であり、それが1番良い方法だと結論づけた蔦の家族が「あの子のそばにいてやってもらえないだろうか」と直々に頼み込みに来たのだ。
もちろん樫は承諾するつもりでいたのだが、ちょうどそこへ時々偏った樫の食生活を心配して様子を見に来ていた樫の母親がやってきた。
樫の母親は樫が蔦にきちんとした食事を作ってもらっていたことを知り、感激しながら蔦と蔦の家族へ頭を下げる。
「なんと言ったらいいのか…本当にお世話になっておりまして…」
「いえいえ!こちらこそ、息子さんにお願いがあって来たのですよ」
「お願い、ですか?」
蔦の母親が事情を話すと、樫の母親は「あら!でしたら、一緒に暮らさせてはいかが?」と言い出した。
「まったくお恥ずかしい限りですけど、うちの子は食事も面倒くさがるもんですから、放っておくとろくなものを口にしないんですよ。蔦君に食事の世話をしていただけるなら、その他のことは全部この子にやらせたらいいです」
「あらあら!そうしていただけるとこちらとしてもとても助かるんですよ、うちの子には樫君が必要なようで…一緒に暮らしていただけるのなら、食事だのはうちの蔦がきちんとしますから!ですけど、樫君に良い人がいるならそうもいかないでしょうと思って…うちの蔦は結婚どころではない体質ですけど、樫君はそうではないでしょう?」
「いえいえ、良い人だなんてとんでもない!この子は字や本にばかり興味を向けているんです、外にも出ないし友達だって…こんなだからとっくに結婚だのは諦めていたんですよ!もう、いつまで私もこの子の生活を心配しなくちゃいけないのかと思っていましたから、ぜひ蔦君さえ良ければ…!」
(息子の俺の前でよくそんなことが言えるな…まぁ、その通りだから別に構わないけど)
なんとも言えない表情で自らの母親を見る樫。
2人の母親は手を取り合い、涙を流さんばかりに「どうぞよろしく」と頭を下げている。
それを遠い目に眺めていた樫に、蔦は「なぁ、樫」と口を開いた。
「なんか…一緒に暮らすってことになってる…よな」
「あぁ、みたいだな」
「その…俺の家に来ないか、樫。俺の家は広いし、すぐに風呂に入れるし、火もここよりは気を遣わなくて済む。こっちの小屋は仕事をするためだけの場所にして…」
樫は蔦が言い終わる前から頷いていた。
ーーーーーー
「…何見てるんだ」
竈で料理をよそいながら怪訝そうに言う蔦に、樫は「うん?いや、別になんでもないけど」と返す。
2人が一緒に暮らし始めて1年と少しが経ち、互いの姿がいつも視界にあるこの生活はもはやなくてはならないものになっている。
元々蔦からの依頼だった本の複製はつい先日ついにすべて完成したが、蔦は今では傷んだ本の挿絵の修復などもおこなうようになっていて、2人してほぼ毎日図書塔の隣にある小屋へ通って仕事をし、夕方にはまたこの家へ帰ってきて過ごすという日々を送っている。
安らぎのあるこの生活が始まったのはかなり突然のことだったが、これも全て起こるべくして起きたことだったのだろう。
あの時、2人の唇が触れ合わなかったら。
あの時、蔦が唇を離していたら。
あの時、樫がこの家へ来なかったら。
そして…想いを告げ合わなかったら。
あの晩に何も起きていなかったとしたら、きっと2人は今も平行線のまま、『夜の数時間だけの友人』だったような気がしてならない。
互いを想い、愛し合うことの幸福感を知ってしまった樫にしてみれば、そんな世界線などは寂しすぎる。
「早くこっちに来て食べな、冷める前に」
「ん、蔦」
「なんだ…」
振り返った蔦を抱きしめ、この生活が現実のものであると確かめるように唇を合わせると、蔦もそれに応じてきた。
絡みつくようなそれは樫にその気を起こさせるが、蔦はぱっと唇を離す。
「おい、今日は装丁まで済ませるんだろ?今はだめだ、早く食べて行くぞ」
「…先に絡めてきたのは蔦のくせに」
「あっ、こら…止まれなくなるだろ!始めたら確実に昼までヤり続けることになるぞ、今は止めとけ」
たしかに、朝からこうでは諸々よろしくないだろう。
諦めて手を下ろした樫の不満そうな表情を見た蔦は、ちゅっと軽く頬に口づけた。
「さっさと仕事して、早めに切り上げてこよう。な、樫」
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