34 / 34
登場人物について~全話読了後推奨~
『彼の両親』
しおりを挟む
彼とその姉の両親であり、元は陸国から遠く離れた余所の国生まれだった2人。
幼馴染の2人はそれぞれ家の手伝いとして家族と共に漁船に乗り込んでいましたが、ある日嵐によって乗っていた船が沈没し、命かながら浮いていた板に乗って生き延びたという過去を持っています。
何日も漂流し、命がいよいよ危うくなったところで陸国に流れ着いた2人は陸国の人々に保護されて漁業地域で暮らすようになりました。
2人は互いに『自分達はこの国においては余所者だ』という意識が強く、その疎外感のようなものに結びつきを感じて夫婦となったことは事実ですが、子供達にもそんな意識をもって生きるよう強いていたようです。
さらに悪いことに、おそらく両親が産まれた国では男性オメガへの偏見や扱いが手酷かったのでしょう。
幼いながらも『男性オメガという性を持つ者は普通ではない』というようなことを見聞きしていた両親は、産まれた息子が実際に男性オメガだったと知って混乱し、どう接すればいいのかと戸惑った挙句あのような行動に出たようです。
ちなみに、息子が男性オメガであるということは地域の医者も知らされていませんでした。
オメガの娘と同じ反応を示しているということで感づいた両親が『うちの息子はすでにベータだと判明している』として医者に判定させなかったのです。
息子の性を秘匿し、周りの人に感づかれてはいけないとして厳しく接していました。
陸国の人達は夫婦や一家に対して純粋に温かな心で接していましたが、それを「自分達が余所者だからだ」という風にしか思えなかった両親も辛い境遇の被害者…と言えるのかもしれません。
しかし、彼らが娘と息子にしたことは一貫して間違っていたことはたしかです。
ーーーーー
ある日の朝方のこと。
漁業地域の作業場から1台の荷車が中央広場に向かって動き出していた。
荷台に載せられているのは魚の干物など、漁業地域にある作業場で加工がされた食品類だ。
通常は早朝の内に鮮魚などと共に配達されるものなのだが、急遽中央広場沿いにある食堂で追加分が必要になってしまったとの依頼を受け、改めて配達に向かっている。
荷物は馬を使うまでもない量だ。
この配達はとある一組の夫婦が担当することになり、夫が牽く荷車を妻が横から支える形で進んでいた。
目的地は漁業地域を出てすぐの、中央広場沿いにある食堂だ。
到着する頃にはすでに時刻が朝から移り変わり始めたくらいになっていて、人通りは随分と多くなっている。
邪魔にならないようにと食堂から少し離れたところに置いた荷車から荷物を2、3度往復して運ぶと、配達はすぐに終わった。
軽くなった荷車に空いた木箱などを積み直していく夫婦。
すると何やら後ろの方から可愛らしい声が聞こえてきた。
「じぃじ!ばぁば!」
雑踏の中からでもはっきりと聴こえる子供の声。
振り返って見てみると、通りの真ん中辺りに立つ壮年の男性と女性に向かって走り寄っていく子供達がいる。
「じぃじ、ばぁば~!」
「まぁ、久しぶりね!もう…ちょっと会わないうちに こんなに大きくなって」
勢いよく飛びついた子供2人を軽々と抱き上げる男性と、そばに駆け寄ってきた子供の頭を優しく撫でる女性。
『じぃじ』に『ばぁば』。
久しぶりに祖父母の元へ来たのであろうというそんな子供達の後ろからは、背の高い男ともう1人、肩ほどの長さの髪をすっきりと結った人物が姿を現す。
「久しぶり、母さん、父さん」
「お久しぶりです。お義父さん、お義母さん」
揃って声をかける2人。
壮年の夫婦に駆け寄っていった3人とは別に背の高い男はさらにもう1人小さな子を抱っこしている。
どうやら4人の子供連れらしい。
空き木箱を荷車に積んでいた妻は、思わず手を止めてその光景をじっと見つめていた。
仲良さそうに会話しながら「冴も霙君も疲れたでしょ?農業地域のお家からここまでは本当に遠いものね」と声をかける壮年の女性。
「せっかく泊まるんだもの、ゆっくりしていきなさい。お姉ちゃん達もあなたと霙君にすごく会いたがっていたのよ、朝から張り切って料理もして」
「あははっ、知ってるよ。姉ちゃんから手紙が来てたから。ね、霙」
「そうだな」
荷車のそばでは夫の方も妻と同じようにして少しの間その様子を見つめていたが、やがて「…帰ろうか」と言って荷車を引き、妻と共に漁業地域へ向けて歩き出した。
徐々に大通りから離れていく荷車。
妻は呟くようにして夫に話しかける。
「あなた…あの髪を結っていた子、あの子は…男性オメガだったわ」
「あぁ」
「あんなに普通にしてて…誰も気に留めてなかった。男性オメガなのに番がいて、子供も…」
「…そうだな」
「男性オメガ、なのに…」
幸せそうだった。
妻は言いかけたその一言を胸の奥にしまう。
男性オメガが番と共に幸せそうにしている姿など幻想であり、あり得ないとさえ思っていたこの夫婦にとっては若いあの番達の様子が衝撃的ですらあったのだ。
荷車の車輪が回る音に混じって「あの子も、もしかしたらあんな風に誰かと…」という妻の声が聴こえたようだが、夫は姿勢を正して荷車を引く。
「帰ろう」
「…そうね」
夫婦が何を思っているのか、その表情から窺い知ることはできない。
行きよりも軽くなった荷車は中央広場の雑踏を後に、ゆっくりと漁業地域の中へと帰っていった。
幼馴染の2人はそれぞれ家の手伝いとして家族と共に漁船に乗り込んでいましたが、ある日嵐によって乗っていた船が沈没し、命かながら浮いていた板に乗って生き延びたという過去を持っています。
何日も漂流し、命がいよいよ危うくなったところで陸国に流れ着いた2人は陸国の人々に保護されて漁業地域で暮らすようになりました。
2人は互いに『自分達はこの国においては余所者だ』という意識が強く、その疎外感のようなものに結びつきを感じて夫婦となったことは事実ですが、子供達にもそんな意識をもって生きるよう強いていたようです。
さらに悪いことに、おそらく両親が産まれた国では男性オメガへの偏見や扱いが手酷かったのでしょう。
幼いながらも『男性オメガという性を持つ者は普通ではない』というようなことを見聞きしていた両親は、産まれた息子が実際に男性オメガだったと知って混乱し、どう接すればいいのかと戸惑った挙句あのような行動に出たようです。
ちなみに、息子が男性オメガであるということは地域の医者も知らされていませんでした。
オメガの娘と同じ反応を示しているということで感づいた両親が『うちの息子はすでにベータだと判明している』として医者に判定させなかったのです。
息子の性を秘匿し、周りの人に感づかれてはいけないとして厳しく接していました。
陸国の人達は夫婦や一家に対して純粋に温かな心で接していましたが、それを「自分達が余所者だからだ」という風にしか思えなかった両親も辛い境遇の被害者…と言えるのかもしれません。
しかし、彼らが娘と息子にしたことは一貫して間違っていたことはたしかです。
ーーーーー
ある日の朝方のこと。
漁業地域の作業場から1台の荷車が中央広場に向かって動き出していた。
荷台に載せられているのは魚の干物など、漁業地域にある作業場で加工がされた食品類だ。
通常は早朝の内に鮮魚などと共に配達されるものなのだが、急遽中央広場沿いにある食堂で追加分が必要になってしまったとの依頼を受け、改めて配達に向かっている。
荷物は馬を使うまでもない量だ。
この配達はとある一組の夫婦が担当することになり、夫が牽く荷車を妻が横から支える形で進んでいた。
目的地は漁業地域を出てすぐの、中央広場沿いにある食堂だ。
到着する頃にはすでに時刻が朝から移り変わり始めたくらいになっていて、人通りは随分と多くなっている。
邪魔にならないようにと食堂から少し離れたところに置いた荷車から荷物を2、3度往復して運ぶと、配達はすぐに終わった。
軽くなった荷車に空いた木箱などを積み直していく夫婦。
すると何やら後ろの方から可愛らしい声が聞こえてきた。
「じぃじ!ばぁば!」
雑踏の中からでもはっきりと聴こえる子供の声。
振り返って見てみると、通りの真ん中辺りに立つ壮年の男性と女性に向かって走り寄っていく子供達がいる。
「じぃじ、ばぁば~!」
「まぁ、久しぶりね!もう…ちょっと会わないうちに こんなに大きくなって」
勢いよく飛びついた子供2人を軽々と抱き上げる男性と、そばに駆け寄ってきた子供の頭を優しく撫でる女性。
『じぃじ』に『ばぁば』。
久しぶりに祖父母の元へ来たのであろうというそんな子供達の後ろからは、背の高い男ともう1人、肩ほどの長さの髪をすっきりと結った人物が姿を現す。
「久しぶり、母さん、父さん」
「お久しぶりです。お義父さん、お義母さん」
揃って声をかける2人。
壮年の夫婦に駆け寄っていった3人とは別に背の高い男はさらにもう1人小さな子を抱っこしている。
どうやら4人の子供連れらしい。
空き木箱を荷車に積んでいた妻は、思わず手を止めてその光景をじっと見つめていた。
仲良さそうに会話しながら「冴も霙君も疲れたでしょ?農業地域のお家からここまでは本当に遠いものね」と声をかける壮年の女性。
「せっかく泊まるんだもの、ゆっくりしていきなさい。お姉ちゃん達もあなたと霙君にすごく会いたがっていたのよ、朝から張り切って料理もして」
「あははっ、知ってるよ。姉ちゃんから手紙が来てたから。ね、霙」
「そうだな」
荷車のそばでは夫の方も妻と同じようにして少しの間その様子を見つめていたが、やがて「…帰ろうか」と言って荷車を引き、妻と共に漁業地域へ向けて歩き出した。
徐々に大通りから離れていく荷車。
妻は呟くようにして夫に話しかける。
「あなた…あの髪を結っていた子、あの子は…男性オメガだったわ」
「あぁ」
「あんなに普通にしてて…誰も気に留めてなかった。男性オメガなのに番がいて、子供も…」
「…そうだな」
「男性オメガ、なのに…」
幸せそうだった。
妻は言いかけたその一言を胸の奥にしまう。
男性オメガが番と共に幸せそうにしている姿など幻想であり、あり得ないとさえ思っていたこの夫婦にとっては若いあの番達の様子が衝撃的ですらあったのだ。
荷車の車輪が回る音に混じって「あの子も、もしかしたらあんな風に誰かと…」という妻の声が聴こえたようだが、夫は姿勢を正して荷車を引く。
「帰ろう」
「…そうね」
夫婦が何を思っているのか、その表情から窺い知ることはできない。
行きよりも軽くなった荷車は中央広場の雑踏を後に、ゆっくりと漁業地域の中へと帰っていった。
10
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話
降魔 鬼灯
BL
ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。
両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。
しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。
コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
不器用なαと素直になれないΩ
万里
BL
美術大学に通う映画監督志望の碧人(あおと)は、珍しい男性Ωであり、その整った容姿から服飾科のモデルを頼まれることが多かった。ある日、撮影で写真学科の十和(とわ)と出会う。
十和は寡黙で近寄りがたい雰囲気を持ち、撮影中もぶっきらぼうな指示を出すが、その真剣な眼差しは碧人をただの「綺麗なモデル」としてではなく、一人の人間として捉えていた。碧人はその視線に強く心を揺さぶられる。
従順で可愛げがあるとされるΩ像に反発し、自分の意思で生きようとする碧人。そんな彼の反抗的な態度を十和は「悪くない」と認め、シャッターを切る。その瞬間、碧人の胸には歓喜と焦燥が入り混じった感情が走る。
撮影後、十和は碧人に写真を見せようとするが、碧人は素直になれず「どうでもいい」と答えてしまう。しかし十和は「素直じゃねえな」と呟き、碧人の本質を見抜いているように感じさせる。そのことに碧人は動揺し、彼への特別な感情を意識し始めるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる