熊の魚〜オメガバース編〜

蓬屋 月餅

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登場人物について~全話読了後推奨~

『彼の両親』

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 とその姉の両親であり、元は陸国から遠く離れた余所の国生まれだった2人。
 幼馴染の2人はそれぞれ家の手伝いとして家族と共に漁船に乗り込んでいましたが、ある日嵐によって乗っていた船が沈没し、命かながら浮いていた板に乗って生き延びたという過去を持っています。
 何日も漂流し、命がいよいよ危うくなったところで陸国に流れ着いた2人は陸国の人々に保護されて漁業地域で暮らすようになりました。
 2人は互いに『自分達はこの国においては余所者だ』という意識が強く、そののようなものに結びつきを感じて夫婦となったことは事実ですが、子供達にもそんな意識をもって生きるよう強いていたようです。
 さらに悪いことに、おそらく両親が産まれた国では男性オメガへの偏見や扱いが手酷かったのでしょう。
 幼いながらも『男性オメガという性を持つ者は普通ではない』というようなことを見聞きしていた両親は、産まれた息子が実際に男性オメガだったと知って混乱し、どう接すればいいのかと戸惑った挙句あのような行動に出たようです。
 ちなみに、息子が男性オメガであるということは地域の医者も知らされていませんでした。
 オメガの娘と同じ反応を示しているということで感づいた両親が『うちの息子はすでにベータだと判明している』として医者に判定させなかったのです。
 息子の性を秘匿し、周りの人にとして厳しく接していました。

 陸国の人達は夫婦や一家に対して純粋に温かな心で接していましたが、それを「自分達が余所者だからだ」という風にしか思えなかった両親も…と言えるのかもしれません。
 しかし、彼らが娘と息子にしたことは一貫して間違っていたことはたしかです。


ーーーーー


 ある日の朝方のこと。
 漁業地域の作業場から1台の荷車が中央広場に向かって動き出していた。
 荷台に載せられているのは魚の干物など、漁業地域にある作業場で加工がされた食品類だ。
 通常は早朝の内に鮮魚などと共に配達されるものなのだが、急遽中央広場沿いにある食堂で追加分が必要になってしまったとの依頼を受け、改めて配達に向かっている。
 荷物は馬を使うまでもない量だ。
 この配達はとあるが担当することになり、夫が牽く荷車を妻が横から支える形で進んでいた。

 目的地は漁業地域を出てすぐの、中央広場沿いにある食堂だ。
 到着する頃にはすでに時刻が朝から移り変わり始めたくらいになっていて、人通りは随分と多くなっている。
 邪魔にならないようにと食堂から少し離れたところに置いた荷車から荷物を2、3度往復して運ぶと、配達はすぐに終わった。
 軽くなった荷車に空いた木箱などを積み直していく夫婦。
 すると何やら後ろの方から可愛らしい声が聞こえてきた。

「じぃじ!ばぁば!」

 雑踏の中からでもはっきりと聴こえる子供の声。
 振り返って見てみると、通りの真ん中辺りに立つ壮年の男性と女性に向かって走り寄っていく子供達がいる。

「じぃじ、ばぁば~!」
「まぁ、久しぶりね!もう…ちょっと会わないうちに こんなに大きくなって」

 勢いよく飛びついた子供2人を軽々と抱き上げる男性と、そばに駆け寄ってきた子供の頭を優しく撫でる女性。
 『じぃじ』に『ばぁば』。
 久しぶりに祖父母の元へ来たのであろうというそんな子供達の後ろからは、背の高い男ともう1人、肩ほどの長さの髪をすっきりと結った人物が姿を現す。

「久しぶり、母さん、父さん」
「お久しぶりです。お義父さん、お義母さん」

 揃って声をかける2人。
 壮年の夫婦に駆け寄っていった3人とは別に背の高い男はさらにもう1人小さな子を抱っこしている。
 どうやら4人の子供連れらしい。

 空き木箱を荷車に積んでいた妻は、思わず手を止めてその光景をじっと見つめていた。
 仲良さそうに会話しながら「さえみぞれ君も疲れたでしょ?農業地域のお家からここまでは本当に遠いものね」と声をかける壮年の女性。

「せっかく泊まるんだもの、ゆっくりしていきなさい。お姉ちゃん達もあなたと霙君にすごく会いたがっていたのよ、朝から張り切って料理もして」
「あははっ、知ってるよ。姉ちゃんから手紙が来てたから。ね、霙」
「そうだな」

 荷車のそばでは夫の方も妻と同じようにして少しの間その様子を見つめていたが、やがて「…帰ろうか」と言って荷車を引き、妻と共に漁業地域へ向けて歩き出した。
 徐々に大通りから離れていく荷車。
 妻は呟くようにして夫に話しかける。

「あなた…あの髪を結っていた子、あの子は…男性オメガだったわ」
「あぁ」
「あんなに普通にしてて…誰も気に留めてなかった。男性オメガなのに番がいて、子供も…」
「…そうだな」
「男性オメガ、なのに…」

 
 妻は言いかけたその一言を胸の奥にしまう。
 男性オメガが番と共に幸せそうにしている姿など幻想であり、あり得ないとさえ思っていたこの夫婦にとっては若いあの番達の様子が衝撃的ですらあったのだ。
 荷車の車輪が回る音に混じって「も、もしかしたらあんな風に誰かと…」という妻の声が聴こえたようだが、夫は姿勢を正して荷車を引く。

「帰ろう」
「…そうね」

 夫婦が何を思っているのか、その表情から窺い知ることはできない。
 行きよりも軽くなった荷車は中央広場の雑踏を後に、ゆっくりと漁業地域の中へと帰っていった。
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