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第5章 最後の戦い

36話

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「パトレシア、君はもう十分戦った。すぐに医療班の元に向かって手当てを……」

「大丈夫です。最後まで見届けさせてください」

 本当は今すぐ休みたい。身体中がボロボロで動くたびに激痛が走る。でも、王妃としてこの戦いを見届けないといけない! そんな思いが伝わったのか、渋々承諾してくれた。

「分かった。じゃあ、僕の側から絶対に離れないでね」

「うん、ありがとう」

 私はマルクスに支えられながら大広間を進み、扉に手を当てた。皆んなに見守られながら力をこめて開くと、年老いた白髪のおじさんが怯えていた。ついに追い詰めたわよ!

「グレイオス陛下、もう諦めて下さい!」

「何を言っておる、ここまで来て諦めるか! 衛兵たちこいつらを捕まえろ!」

 後ろの扉がしまって隠れていた兵士が一斉に現れる。廊下や大広間に1人も兵士がいなかったのは、ここで待ち伏せしていたからなのね。

「まずい、パトレシア! 扉を閉められてしまった」
 
 マルクスが必死に叫ぶ。まさか誘き寄せられたの?

「残念だったなパトレシア、お前たちはここで終わりだ!」

 グレイオス陛下は頬を歪ませて悪魔のような笑い声をあげた。

「さぁ、やれ!」

 ジリジリと敵兵に追い詰められる。犠牲が出るのを覚悟して反撃に出ようとすると……

「グレイオス、もう諦めろ」

 後ろの扉が勢いよく開いて、1人の男が入ってきた。えっ、どうして彼が?

「ちょっとアモン、どうして生きているのよ?」

 扉の向こうから現れたのは、なんとアモンだった。

「勝手に殺すなよ姫様……まぁ、瀕死状態なのは変わらねぇけどな」

 アモンは虚ろな目でニヤリと笑みを浮かべる。

「なぁ、姫様、悪いけど剣を貸してくれないか? さっきの戦いでガタがきてるんだよ」

「それは私も同じよ。携帯用のナイフならあるけど……それでいいの?」

「あぁ、構わねぇ」

 アモンはナイフを受け取ると、敵陣に向かって突進した。

「おい、何をしてるんだ!」

「もう俺たちの負けだ。悪あがきはやめろ」

「なんだと? クソ、あの男を殺せ!」

 グレイオス陛下の命令を受けて、兵士たちがアモンを取り押さえようと囲い込む。数本の剣が彼の背中に突き刺さり、大量の血が吹き出す。それでもアモンは止まらなかった。

「お前らは、何をモタモタしてるんだ! 早く仕留めろ!」

 歯軋りをしながらグレイオス陛下は喚き散らす。顔を真っ赤にして怒鳴る姿は、子供みたいに幼稚で滑稽に見えた。

「あんたはいつも命令ばっかりだな。自分の身くらい自分で守ったらどうだ? もう少し姫様を見習え」

「なっ、なんだと?」

 アモンは兵士の間をすり抜けて、グレイオス陛下と対峙した。

「くそ、使えない奴らだな! もうよい!」

 グレイオス陛下は剣を抜いて反撃に出た。普段のアモンなら避けられるはずだけど、手負いのせいか動きが鈍っていた。鋭い突きがアモンの胸に突き刺さる。

「お前は地獄に落ちろ!」

「それはお前も同じだろ!」

 アモンは胸に刺さった剣を抜こうともせず、むしろ前進して窓の方に向かって突進する。

「おい、待て、まさか……やめろ!!!!!」

 バリンっとガラスが割れる音が響き、アモンとグレイオス陛下が外に落下していく。悲痛な叫び声が耳に届き、少し遅れて地面に衝突する音が聞こえてきた。



* * *

「陛下……」

「グレイオス様……」

「あぁ……なんてことだ……」

 主人を失った近衛兵たちは力無く項垂れて床に膝を着く。

「今だ、全員捉えるんだ!」

 敵が怯んだ隙を見逃さず、マルクスはすぐに命令を出して敵兵を捉えていく。

「私たち……勝ったの?」

「あぁ、僕たちの勝利だ!」

 その言葉を聞いた瞬間、感極まった思いが爆発して、私はマルクスに抱きついた。

「もうこれで、パトレシアを狙う輩はいないからね」

 マルクスはギュッと私を抱きしめて長い髪を優しく撫でる。抱擁の中、2人の瞳から涙が溢れて頬を濡らす。その涙は安堵と喜びの混じったものだった。

「無事に勝利出来て本当によかったわ」

「全部君のおかげだよ。本当にパトレシアには助けられてばっかりだね」

「ふふっ、私1人の力じゃないわ。皆んなのおかげよ」

 私はそっと割れた窓ガラスの方に向かって外を見渡した。お城の周辺を警戒していた部隊が私に気づいて歓声を上げる。

「終わったのね……」

「うん、これで終わりだよ」

 私たちはもう一度抱きしめ合うと、戦いの終わりと勝利の喜びを分かち合った。雲の隙間から差し込む太陽の光が私たちを照らす。それは祝福されているみたいだった。
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