上 下
29 / 40
第4章 戦いに向けて

27話

しおりを挟む
パトレシア視点

 まだ早朝の王宮の中庭で、私とララは木刀を構えて対峙していた。優しい朝日が2人を照らし、冷たい風が頬を撫でる。

「パトレシア様、全力で私に向かってきて下さい」

「分かったわ、行くわよ!」

 殺し屋のアモンと戦って感じたのは圧倒的な力の差だった。次に会った時は本当に殺されるかもしれない……

「はあっ!」

 私は掛け声と共に地面を蹴ると、一気に距離を詰めて木刀を振り下ろした。とにかく今やるべき事は剣の腕を磨くことね。
 
「そうです。その調子です。もっと素早く急所を狙って下さい!」

 ララは私の攻撃を防ぎながら的確に指示を出す。

「いいですよ。相手に休む暇を与えないで下さい!」

 ララの指導はとても分かりやすくて実践的だった。流石もと殺し屋ね……敵だと怖いけど、近衛兵になってくれて本当に心強いわ。

「次は防御です。剣筋をよく見て防いで下さい」

 ララの攻撃は、殺し屋のアモンとよく似ていた。木刀なのにまるで本物の剣のような殺気を感じる。

「そこです!」

 ララの鋭い突きが私の頬を掠める。さらに連続で攻撃をしてきた。これは防ぎきれない……一度下がる? でもすぐに詰められるわ……逃げているだけじゃアモンには勝てない!

「やああっ!」

 私は自分を奮い立たせると、一歩前に踏み出して反撃に出た。一か八かの一撃はララの持っていた木刀を弾き飛ばした。

「やられました……お見事です!」

 カラン、カラン、っと木刀が転がる音が響く。私は剣をしまうと、額に滲んだ汗を拭いた。

「ありがとう。ララの指導が分かりやすかったおかげよ」

「パトレシア様、次は攻撃の最中にフェイントを入れるのはどうでしょうか?」

「それいいわね。やってみるわ!」

 少し休憩をしながら2人で今の手合わせの反省をしていると、誰かが拍手をしながら現れた。

「さらに強くなりましたね、パトレシアお姉様」

「あら、ウィリアム! いらっしゃい」

 マルクスの弟であり第二王子のウィリアムが目を輝かせて私たちの元に駆け寄る。

「ねぇ、ウィリアムもララと手合わせをしてみたら?」

「そうですね、実はそのつもりで来ました。お手合わせしてもらえますか?」

 ウィリアムは木刀を構えると、真剣な表情でララと対峙した。

「分かりました。いつでもどうぞ」

 ララも木刀を構えると臨戦体制に入る。これは見ものね。

「はっ!」

 ウィリアムは掛け声を出しながらララに木刀を振り下ろした。カーンっと甲高い音が中庭に響き渡る。

「まだまだ!」

 ウィリアムの猛攻は休むことなく続くが、ララは器用に受け流していた。

「そこです!」

 ララの鋭い突きがウィリアムの腕に当たる。それでも猛攻は止まらずにジリジリとララが追い詰められていく。

「嘘……確かに手応えはあったのに……」

「うぐっ……ぐぅ……こんなの痛くない!」

 ウィリアムは顔をしかめて痛みを堪えると、追撃を続けた。

「………っ‼︎」

 流石にララも苦しそうに防戦一方になっている。もうここまでかしら?

「トドメだ!」

 ウィリアムの薙ぎ払いがララの首元を狙う。すかさずララも剣を振り上げて反撃しようとしたが……

「………えっ? いない⁉︎」

 ララが攻撃の瞬間にしゃがんだ事で、ウィリアムの薙ぎ払いは空を擦り、ブンっと風を切る音が聞こえる。まさかあのモーションから回避をするなんて……今のがフェイント? 騙されたわ。

「やぁあ!」

 そして、渾身の一撃がウィリアムの剣を弾き飛ばした。

「そこまでよ!」

 私は2人の間に割って入ると、戦いを止めた。

「大丈夫ですか? ウィリアム様?」

「これくらい平気です。ララさんでしたよね? 参りました……」

 ウィリアムは軽く土埃を払うと、右手を差し出してララと握手を交わした。

「2人とも凄い戦いだったわよ」

 どちらも本気の一騎打ちは見ていても迫力があった。私も負けていられないわね。

「ねぇ、ララ、さっきのフェイントはどうやるの? 教えてよ」

「はい、もちろんよろしいですよ」

 その後もララ先生による様々なテクニックを教わり、気がつくと昼近くになっていた。

「ふぅ~ 流石に疲れたわね」

 私は剣をしまうと、中庭にある椅子に腰を下ろした。最近寒くなって
きたけど、これだけ動くと暑い。昼食の前に汗を流そうかしら?

「ねぇ、ララ、一緒に湯浴みに行きましょう。このままだと風邪を引いてしまうわ」

「ご一緒させてもらってもよろしいのですか?」

「もちろんよ。ウィリアムも一緒にくる?」

 私は冗談ぽい口調で尋ねてみた。クレア妃だった頃はよく背中を洗ってあげたんだけど……

「なっ、何を言ってるんですか! 遠慮します!」

 ウィリアムは顔を真っ赤に染めて首を激しく横に振った。昔は喜んでついて来てくれたのに……

「そっか~ でもクレア妃とは一緒に入ったでしょ?」

「それはまだ僕が小さかった時の話で……ってどうしてその事を知ってるんですか⁉︎」

「ふふっ、秘密よ」

 ウィリアムは頬をぷくーっと膨らませて私を睨む。本当に可愛い弟ね。

「パトレシア様、意地悪はよくないですよ」

「ごめんなさい。つい弟が可愛くて……ララは先に向かっていて」

 私はララが離れていくのを確認すると、ウィリアムの耳元で囁いた。

「ねぇ、今の手合わせはララの実力を測るためでしょ?」

 ウィリアムは驚いた表情で目を見開くと、こっくりと頷いた。

「バレていましたか……実はパトレシアお姉様を守るだけの力があるかテストをしていました」

「そうだったのね。それで結果はどうだった?」

「合格です。ですが……ララは殺し屋なんですよね?」

「えっ、どうして知ってるの?」

「近衛兵は一番近くでお姉様を守る役目なんですよ。身元を調べるのは当然の事です」

「そうだったわね……安心して、ララはもう殺し屋ではないわ」

「でも……もし何かあったら、お兄様は立ち直れない……」

 ウィリアムはシュッと俯いて弱々しく呟いた。

「大丈夫よ。私はマルクスを置いて死んだりしないわ。約束する」

 私は自分の小指とウィリアムの小指を絡ませて指切りをした。

「それじゃあ、ララが待っているからもう行くね」

 私はウィリアムと別れて浴室に向かった。昔はあんなに小さかったのに、もうすっかり頼もしくなったわね。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

愛を知らない「頭巾被り」の令嬢は最強の騎士、「氷の辺境伯」に溺愛される

守次 奏
恋愛
「わたしは、このお方に出会えて、初めてこの世に産まれることができた」  貴族の間では忌み子の象徴である赤銅色の髪を持って生まれてきた少女、リリアーヌは常に家族から、妹であるマリアンヌからすらも蔑まれ、その髪を隠すように頭巾を被って生きてきた。  そんなリリアーヌは十五歳を迎えた折に、辺境領を収める「氷の辺境伯」「血まみれ辺境伯」の二つ名で呼ばれる、スターク・フォン・ピースレイヤーの元に嫁がされてしまう。  厄介払いのような結婚だったが、それは幸せという言葉を知らない、「頭巾被り」のリリアーヌの運命を変える、そして世界の運命をも揺るがしていく出会いの始まりに過ぎなかった。  これは、一人の少女が生まれた意味を探すために駆け抜けた日々の記録であり、とある幸せな夫婦の物語である。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」様にも短編という形で掲載しています。

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

冷酷非情の雷帝に嫁ぎます~妹の身代わりとして婚約者を押し付けられましたが、実は優しい男でした~

平山和人
恋愛
伯爵令嬢のフィーナは落ちこぼれと蔑まれながらも、希望だった魔法学校で奨学生として入学することができた。 ある日、妹のノエルが雷帝と恐れられるライトニング侯爵と婚約することになった。 ライトニング侯爵と結ばれたくないノエルは父に頼み、身代わりとしてフィーナを差し出すことにする。 保身第一な父、ワガママな妹と縁を切りたかったフィーナはこれを了承し、婚約者のもとへと嫁ぐ。 周りから恐れられているライトニング侯爵をフィーナは怖がらず、普通に妻として接する。 そんなフィーナの献身に始めは心を閉ざしていたライトニング侯爵は心を開いていく。 そしていつの間にか二人はラブラブになり、子宝にも恵まれ、ますます幸せになるのだった。

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました

平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。 王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。 ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。 しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。 ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?

処理中です...