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第3章 建国祭と殺し屋

23話

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ララ視点

「はぁー 終わった~」

「今日も、キツかったな~」

 訓練が終わり、昨日と同じように食堂に向かうと、すでに何人かが酒を飲みながらワイワイ話していた。

 正直、この場所は苦手だ。酒の匂いが過去の嫌な記憶を連想させる……私はさっさと食事を済ませると、外に向かった。

「最近寒くなってきたよね? 隣に座ってもいい?」

 ぼんやりと空を眺めていると、ルークが隣に座ってきた。まだ『いいよ』と言っていないのに……

「ねぇ、どうしてララは近衛兵になりたいの?」

「どうしてって……」

 パトレシア妃を殺すために近衛兵になった……なんて言えないし……

「家族のためよ。家が貧しいからお金がいるの。近衛兵になればお給料もいいでしょ?」

「確かにそうだね。ララは凄いな~」

「貴方はどうして近衛兵になりたいの?」

「それはもちろんパトレシア妃を守るためだよ! 兵士として王妃を守る。これ以上の誇りある仕事はないからね」

 そう語るルークの目は本気だった。組み手をした時もそうだったけど、本気になった時の彼の表情にはドキッとさせるものがあった。

「じゃあもし、私が殺し屋で……パトレシア様を襲ったとしたらどうするの?」

 自分でもどうしてこんな事を聞いたのかよく分からない……でも、なぜか気になる……もしも正体がバレたら私はルークも殺さないといけない……

「もちろん戦うよ。でも……そんな事はしたくないな……」

「へぇ~ どうして?」

 なんとなく興味が湧いて聞いてみると、ルークはニカっと無邪気な笑みを浮かべた。

「決まってるよ。だってララは凄く可愛いんだから!」

「そう……えっ? 可愛い⁉︎」

 あまりにも予想外過ぎる理由に思わず聞き返してしまった。ずっと殺し屋の仕事をしていた私には刺激が強過ぎる。私が可愛い?
 
「本気で言ってるの?」

「もちろんだよ。まさかその見た目でバレないと思ったの?」

 ルークは呆れた顔でため息をつくと、クスッと微笑む。

「どっ、どうして分かったの⁉︎ ちゃんとカツラを付けて髪は隠してあるし、胸だって締め付けているのに!」

「何度も言ってるでしょ? ララが可愛いからだよ」

「うっ……そんなに可愛い、可愛いって言わないで!」

 鏡を見なくても自分の顔が赤く染まっているのが分かる。なんなのこいつ?

「大丈夫、他の人には言わないから安心して。男装してまで近衛兵になって、家族の為にお金を稼ぐなんて凄いや! 二人で絶対に合格しようね!」

 二人で合格……もしそうなったら、最悪、ルークと戦う事になるかもしれない……

「うん……そうね」

 口ではそう答えてみたが、私は密かにルークが不合格になる事を願った。



* * *

「今日は最終日だ。全員この俺と戦ってもらう。一人づつかかって来い!」

 バトラ将軍は年季の入った木刀を握りしめて構えた。なるほど……これは敵の力量を知る絶好のチャンスね。

「私にやらせて下さい」

 全員が顔を見合わせて誰が最初に行くかオロオロしている中、私は手を上げて前に出た。

「お前が最初の相手だな? 本気で来い!」

 相手は将軍……普通に戦ってもまず勝てない……最初の一撃で決める!

「お願いします!」

 私は剣を逆手に持ち変えると、地面を強く蹴って背後をとった。

「はぁっ!」

 短い掛け声と共に振り下ろした剣は吸い込まれるようにバトラ将軍の首元に向かっていく。でも、あと少しのところで受け止められてしまった……

「いきなり俺の背後を取りやがって……やるじゃねーか!」

 バトラ将軍は豪快に笑って剣を振り上げた。その瞬間嫌な予感がして私はバックステップで距離を開けた。

「ほぉ……今、本気で反撃しようと思ったんだけどな……勘のいい奴だな」

「いえ……そんな事は……」

 私は額に滲み出した汗を軽く拭いて剣を構え直した。剣先が小刻みに震えている。私は怯えているの? 今まで多くの人を殺してきたこの私が?

「どうして? そっちから来ないなら俺から行かせてもらうぜ!」

「………っ!!」

 バトラ将軍の一撃はルークとは比べものにならない威力を秘めていた。確かにガードをしたはずなのに腕が痺れる。しかも容赦無く連続で襲いかかってくる……

「ほら、どうした? 逃げてばっかりだと勝てねぇーぞ! もっと気合いを出せ!」

 そう言われても反撃の隙がない。それに気合いでどうにかなる事じゃないでしょ?

 ジリジリと追い詰められていき、逃げ場がなくなっていく。負けるのも時間の問題……私には勝てない。もう無理だと諦めかけた時だった……

「ララ! 頑張れ!」

 外で見学していたルークの声が耳に届いた。さらに他の見学者の声も聞こえる。
 
「ララ! 負けるな!」

「そこだいけ!」

「右だ! 右から来る!」

 みんなの応援が諦めかけていた私を引き止める。それは自分にとっても不思議な事だった。今までの戦いは一人でするものだった。命令に従って淡々と人を殺すのが私の仕事……

 でも今は違う。周りの応援が私を勇気づけてくれる。こんな気持ちで戦うのは初めてだった。

「さぁ、全力で来い!」

「はい!」

 私は自分を奮い立たせると、全体重と気持ちを乗せて剣を振り下ろした。バトラ将軍が使っていた年季の入った木刀が『バキッ』と音を立てて砕ける。

「ふっ……見事だ……俺の負けだ」

 バトラ将軍は負けを認めると、私に右手を差し出した。その手はまるで岩のように硬い。一体どれほど剣を振り下ろしたらこんな手になるの?

「いえ、バトラ様が新しい木刀を使っていたらあの程度の攻撃では砕けていません。その場合、反撃をくらって負けていたのは自分の方です」

「謙虚な奴だな。もっと喜べ。あいつらみたいにな」

 バトラ将軍がちらっと見学者の方に視線を送る。つられて見てみるとみんな笑顔で喜んでいた。

「すげー! あのバトラ将軍から一本取ったぞ!」

「やるじゃねーか、あんた凄いよ!」

 ルークはもちろん他の見学者たちも口を揃えて褒めてくれた。私たちはライバルのはず。それなのに自分の事みたいに喜ぶなんて……

(男って本当にバカね……)

 私は誰にも聞こえないような声で呟くと、生まれて初めて心の底から笑う事が出来た。
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