上 下
13 / 40
第2章 内政

11話

しおりを挟む
現在 バトラ将軍視点

「98…99…100」
 
 昔の事を振り返りながら素振りをしていたら、一般兵が息を切らしてやって来た。

「たっ、大変です、森周辺に現れたバトルウルフに国民が襲われていると報告を受けまして……」

「なっ何だって⁉︎ 周辺をパトロールしている兵士は何をしてるんだ! 早く行くぞ!」

「それがですね……パトレシア様がすでに向かわれまして……」

「なっ何だって⁉︎ あんな小娘に何が出来るっていうんだ!」

 俺は馬小屋に向かい、たまたま目についた馬に乗ると、猛スピードで現場に向かった。

「ったく、面倒かけやがって……何かあったら俺の責任になるだろ!」

 認めたつもりはないが、あれでも一応アルバード王国の王妃である。王妃に何かあったら大問題だ。そうなる前になんとかしなければ……

「よし、もう少しだ、もっとスピードを出せ!」
 
 俺は手綱を握る手に力をこめると、ムチを打って馬を急かした。王宮からわずか数分で現場に辿り着いたのだが……

「何だ……? どうなっているんだ?」

 予想外の光景に空いた口が塞がらない。なんと2頭のバトルウルフがすでに討伐されていた。まさか……

「お姉ちゃんありがとう!」

 襲われていた少女が一人の女性に感謝を述べている。その女性は俺の方を振り返ると、驚いた表情で目を丸くした。

「どういたしまして……って、バトラ将軍⁉︎ どうしてここに?」

「それはこちらのセリフです。なぜ王妃自らが危険な場所に行くのですか⁉ 何かあったらどうするつもりなのですか?」

 少し強めの口調で忠告をすると、隣にいた黒馬のキングが鼻を鳴らして俺を睨む。まるで怒られている王妃を守るような態度だ。

「こら、キング、だめよ威嚇したら」

 今にも飛びついて来そうな雰囲気だったが、王妃に言われるとくるりと背を向けた。そして許しを請うように頭を下げる。

「よし、よし、素直で良い子ね。ここまで連れて来てくれてありがとね~」

 キングは「ヒヒーン!!」と嬉しそうに鳴いて王妃に大きな顔をすり寄せる。クレア妃以外には決して認めなかったあのキングをここまで手懐けるとは……この人は一体?

「………‼︎ バトラ将軍、何か来ます!」

 目の前の状況に頭を悩ませていたため、王妃の忠告に一瞬遅れてしまった。

「危ない!」

 俺は咄嗟に少女を抱き抱えてうずくまった。左腕に何かが掠っていき、火傷をしたようにヒリヒリと痛む。幸いそこまで傷口は深くない。

「どうやら……リーダーのお出ましですね」

 体長2メートルほどもある巨大なバトルウルフが鋭い牙を見せ、金色に輝く目で俺たちを睨む。

 俺は少女を守るように前に出ると、剣を抜いて構えた。隣では王妃も緊張した面持ちで剣を構える。その立ち姿が妙に様になっていた。

「パトレシア様、ここは俺が……」

「いいえ、私に任せて下さい。バトラ将軍は少女を守ってください!」

 バトルウルフが低く構えて唸り声をあげる。そして一直線に王妃の元に突っ込んで来た。でも、慌てる事なくひらりと右に避けた。その動きに合わせてふわりとスカートが舞う。

「そこよ!」

 ガラ空きの背中に鋭い一撃が入る。バトルウルフは低く唸ると振り向きながら鋭い爪を薙ぎ払った。しかし、王妃はもうそこにはいなかった。

 相手の攻撃を軽やかに避け、バックステップで距離を開けたと思ったら、大きく一歩前に出て反撃する。見事なカウンターが決まり確実にバトルウルフにダメージを与えていく。

 しかも、ただ強いだけではなく、しなやかな動きがとても美しかった。まるでダンスを踊っているように華やかで思わず見入ってしまう。

「グぉおおおおお!!!」

 バトルウルフは怒り狂った様に咆哮をあげると、目をギラギラと光らせて王妃に突進して来た。流石にあれは避けられない。俺の頭の中に警告音が鳴り響く。でも、王妃は冷静だった。

「これでもくらいなさい!」

 王妃は地面に生えている草を抜いて軽くほぐすと、バトルウルフに向かって投げ飛ばした。バトルウルフは目を抑えると、苦しそうに地面で転がり回る。

「この薬草は薬になるけど凄くしみるのよね~」

 王妃はちらっと愛馬のキングを見て合図を送る。すると、キングは力強く鳴いてバトルウルフに強烈な後ろ蹴りを放った。

「ナイス! これで止め!」

 王妃の突き刺した剣が深く刺さった。バトルウルフの瞳から光が消えて倒れる。

「よくやったねキング。お利口ね!」

 王妃が褒めるとキングは犬の様に長い尻尾をブンブンっと振って嬉しそうに鼻を鳴らす。まさか本当に倒すとは思わなかった。この方は本当に何者なんだ?



* * *

「お姉ちゃん、お兄さん、助けてくれてありがとう!」

 襲われていた少女は俺たちにお礼を言うと、家に帰って行った。今後はもう少し森周辺のパトロールに人を配置するとしよう。

「もう1人で森の奥にくるなよ」

「は~い」

 子供は元気よく答えると、俺たちに手を降った。とりあえず無事で何よりだ……

「そういえばバトラ将軍、腕を怪我していましたよね?」

「これくらい大した事ありません」

「ダメです! ちょっと待っていて下さい」

 王妃はさっきバトルウルフに投げつけた薬草を抜くと、近くの小川でよく洗い、慣れた手つきですり潰した。

「少し痛いですけど我慢して下さいね」

「分かりました……」

 王妃は薬指にペースト状になった薬草をつけると、そっと傷口につけて薄く伸ばした。さらに包帯とガーゼを取り出して固定する。剣の腕も凄いが、薬草についての知識も持ち合わせているとは……

「これで終わりです。やっぱりバトラ将軍は子供に優しいのですね」

「別にそんな事は……子供は苦手です」

「あら、そうなの? でも盗んだパンを子供に分け与えていましたよね?」

「盗んだパンを渡す? どっ、どうしてそれを⁉︎」

「さぁ~ なぜでしょうね?」

 王妃はとぼけたフリをして誤魔化す。確かに俺は元々コソ泥をしていて、盗んだパンを子供にあげた事がある。でもそれを知っているのはクレア王妃だけのはず……

「パトレシア様、貴方は一体何者なのですか?」

 俺はずっと気になっていた事を思い切って尋ねてみた。この人からはただならぬ何かを感じる。

「えっ、私ですか?」

 王妃は腕を組んで考えるそぶりをすると、ニコッと笑みを浮かべた。

「実は……クレア妃の生まれ変わりなのよ」

「クレア妃の生まれ変わり⁉︎ はっはっはっ、それは面白い冗談ですね!」

 俺は腹を抱えると涙が出るくらい笑った。これほど笑ったのは久しぶりな気がする。

「では、クレア妃に捧げなれなかった分まで貴方に忠誠を尽くします」

 俺は膝をついて胸に手を当てると、一生この人について行くと誓った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

愛を知らない「頭巾被り」の令嬢は最強の騎士、「氷の辺境伯」に溺愛される

守次 奏
恋愛
「わたしは、このお方に出会えて、初めてこの世に産まれることができた」  貴族の間では忌み子の象徴である赤銅色の髪を持って生まれてきた少女、リリアーヌは常に家族から、妹であるマリアンヌからすらも蔑まれ、その髪を隠すように頭巾を被って生きてきた。  そんなリリアーヌは十五歳を迎えた折に、辺境領を収める「氷の辺境伯」「血まみれ辺境伯」の二つ名で呼ばれる、スターク・フォン・ピースレイヤーの元に嫁がされてしまう。  厄介払いのような結婚だったが、それは幸せという言葉を知らない、「頭巾被り」のリリアーヌの運命を変える、そして世界の運命をも揺るがしていく出会いの始まりに過ぎなかった。  これは、一人の少女が生まれた意味を探すために駆け抜けた日々の記録であり、とある幸せな夫婦の物語である。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」様にも短編という形で掲載しています。

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

冷酷非情の雷帝に嫁ぎます~妹の身代わりとして婚約者を押し付けられましたが、実は優しい男でした~

平山和人
恋愛
伯爵令嬢のフィーナは落ちこぼれと蔑まれながらも、希望だった魔法学校で奨学生として入学することができた。 ある日、妹のノエルが雷帝と恐れられるライトニング侯爵と婚約することになった。 ライトニング侯爵と結ばれたくないノエルは父に頼み、身代わりとしてフィーナを差し出すことにする。 保身第一な父、ワガママな妹と縁を切りたかったフィーナはこれを了承し、婚約者のもとへと嫁ぐ。 周りから恐れられているライトニング侯爵をフィーナは怖がらず、普通に妻として接する。 そんなフィーナの献身に始めは心を閉ざしていたライトニング侯爵は心を開いていく。 そしていつの間にか二人はラブラブになり、子宝にも恵まれ、ますます幸せになるのだった。

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました

平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。 王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。 ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。 しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。 ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?

処理中です...