上 下
35 / 44
第6章 記憶のダンジョン

33話

しおりを挟む
「我はこの世界を征服するぞ!」

 魔王バルケリオスは王座の間で腕を組み、冷笑を浮かべていた。彼は魔物の王に相応しい悪事を計画し、部下達に命令を下した。

「人間どもを皆殺しにしろ! これで奴らは恐怖に怯え、我に従うだろう……」

 魔王の声は低く、威圧感が漂っていた。しかし、その声にはどこか違和感があった。胸の奥に小さな違和感が広がり、心の中には虚しさが忍び寄っていた。

「しかしなんなんだ……この感じは……」

 自分でも理由が分からないが、何かがいつもと違っていた。王座に座るその姿にはかつての覇気が感じられなかった。その時、ランベルトが恭しく現れた。

「バルケリオス様、ご命令通り、準備が整いました。しかし何かお気に召さないことでも……?」

 魔王は返答はしなかったが、その違和感がさらに強まるのを感じる。

「……なんでもない、続けろ」

 ランベルトは一瞬の戸惑いを見せたが、深く一礼をし、部下達に命令を伝えるために立ち去った。

「我は一体どうしたというのだ?」

 かつての熱意はどこかに消えて全てが同じ繰り返しに思えた。恐怖、破壊、残虐。それらはかつての彼を満足させたが、今は何かが欠けているように思えた。

 その時、突然、場内の警報が鳴り響き、ランベルトが駆けつけて来た。

「バルケリオス様! 勇者セリナとその仲間が1人こちらに向かって来ています!」

 突然、警報が鳴り響き、ランベルトが駆けつけてきた。 

「侵入者だと……?」

 魔王は戸惑いながら冷静さを取り戻し、すぐに対応しようとした。しかし、侵入者は部下の猛攻を跳ね除けながら王座の間でやって来た。

「バルケリオス……」

「勇者セリナか……我を止めに来たのか?」
 
 魔王は王座に座ったままセリナを睨みつける。その隣には銀の槍を持った女もいた。勇者の仲間だろうか? 仲間らしき女は訴えかけるような目で魔王を見上げる。

「ねえ、魔王、目を覚ましてよ!」

「目を覚ます? 何を言ってるんだ?」

 魔王は訳のわからない表情を浮かべて葵を睨む。しかし、どこか懐かしい気持ちが心の底から湧いてきた。

「バルケリオス様、ここは私が……」

「ランベルト、お前は下がっていろ」

 魔王は自分の中に感じた違和感を確かめるために葵とセリナの前に降り立った。

「行くぞ!」

 彼の姿は堂々としており、かつての威厳が戻ったかのように見えたが、その瞳には疑問が渦巻いていた。

 胸の奥に引っかかる謎の違和感……それを確かめるために、魔王は2人に向かって一言、低く響かせた。

「本気で行くぞ!」

 その言葉が放たれると同時に、魔王は闇の魔法を纏った手を振り下ろした。黒い稲妻が轟音と共に2人に襲いかかるが、葵は即座に反応し、その雷を交わし、セリナと共に反撃に向かった。

「魔王! 目を覚まして!」

 葵は叫びながら素早く接近して、鋭い突きの攻撃を繰り出した。セリナも拳を固めて魔王の防御を貫こうとするが、闇の力が2人の攻撃を受け流していく。

「貴方はこんな事をする人じゃない!」

 セリナも訴えかけながら連続攻撃を放ち、魔王を追い詰めていく。

「私たち、コラボをしながらダンジョン配信をしていたでしょ!」

 魔王はその言葉に動揺するかのように、一瞬だけ動きを止めた。しかし、それはほんの一瞬であり、再び攻撃を繰り出した。

「黙れ! 我は魔王! 全てを破壊し、恐怖で支配する存在だ!」

 葵も魔王の強烈な攻撃を受けながらも、諦めなかった。彼女は攻撃の合間に魔王の目を見つめ、真剣な声で語りかけた。

「本当にそう思っているの? 私の知ってる魔王はもっと楽しくて、優しかったよ!」

 魔王の攻撃は緩み、彼の表情が揺らいだ。葵の言葉はまるで彼の心の奥に触れたかのようだった。

「私は……私は魔王だ! 優しさなど必要ない!」

 魔王は迷いを振り解くように強力な闇の力を解き放った。彼の声は震えていたが、その目には覚悟が宿っていた。

「葵さん、危ない!」

 セリナは葵の前に立つと、防御の構えをして魔王の一撃を正面から受け止めた。しかし、ジリジリと押されていく。

「お願い、思い出して! 私たちが一緒に過ごした時間、みんなで笑った瞬間を! 魔王はただの暴君じゃない、視聴者の気持ちに寄り添う優しい心を持ってるでしょ!」

 葵は涙を浮かべながら訴えた。魔王の力は確かに強大だったが、彼女の言葉が彼の心に影響を与えた。魔王の攻撃は次第に勢いを失い、その瞳の奥には再び疑問の色が浮かび上がった。

「我は……我は……そうだ……ダンジョン配信者だ!」

 ついに魔王は膝をつき、闇の魔法が消えていく。葵とセリナは安堵のため息をつくと彼に手を伸ばした。

「私たちと帰りましょう」

 セリナが優しい声で魔王に笑顔を見せ、隣にいた葵も力強く頷く。

「また、コラボ配信をしよ!」

 魔王はその手を見つめ、一瞬の迷いを見せたが、やがて2人の手を取り、深く息をついた。

「そうだったな……我はダンジョン配信者だ。一番有名な配信者となって世界を征服する。力や恐怖で支配しても意味がない!」

 そう語る魔王の姿はイキイキとしており、豪快な笑い声を上げた。しかし、ランベルトは忌々しそうに葵とセリナを睨みつけ、魔王に訴えかけるように叫んだ。

「お待ち下さい! そんな戯言を聞く必要がありません。バルケリオス様はこれまで通り恐怖で愚かな人間どもを支配すればよろしいのです!」

 魔王はちらっとランベルトの方を見ると、彼の肩を軽く叩き、首を横に振った。

「ランベルトよ。それではダメだ。そんな事をしても視聴者は認めない。彼らにも認められてこそ世界征服が実現するのだ。そのためにも彼らの喜ぶ企画を考え、全力で配信をするべきじゃないか?」

 ランベルトはまだ何か言いたげな表情をしていたが、魔王の真剣な眼差しをみて力無く首を振った。そして何も言わずに闇の中に消えていった。

「すまなかったな2人とも……お主らのおかげで目が覚めた。今度お礼をさせてもらう」

 葵とセリナはお礼をすると聞いて目を輝かせた。

「じゃあ、パンケーキが食べたい!」

「私はサンドイッチがいいです!」

 2人はニコッと微笑んで魔王の顔を見上げた。魔王はその無邪気なお願いに一瞬驚いたが、やがて柔らかい笑みを浮かべて頷いた。

「よかろう。好きなだけ食べればいい」

 葵とセリナは喜びの声をあげ、軽やかに飛び跳ねた。

「ありがとう魔王様!」

「ご馳走様です!」

 2人は手を取り合って満面の笑みをうかべる。魔王はそんな彼女たちの姿を見ながら、微笑みを浮かべた。彼の胸の中には、かつて感じていた虚しさが消え去り、暖かい気持ちが広がっていくのを感じた。

 闇の支配者であることよりも、こうした小さな幸せが大切なのかもしれない……そんな思いが、魔王の心に静かに根付いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

男女比がおかしい世界に来たのでVtuberになろうかと思う

月乃糸
大衆娯楽
男女比が1:720という世界に転生主人公、都道幸一改め天野大知。 男に生まれたという事で悠々自適な生活を送ろうとしていたが、ふとVtuberを思い出しVtuberになろうと考えだす。 ブラコンの姉妹に囲まれながら楽しく活動!

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

神様のミスで女に転生したようです

結城はる
ファンタジー
 34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。  いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。  目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。  美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい  死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。  気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。  ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。  え……。  神様、私女になってるんですけどーーーー!!!  小説家になろうでも掲載しています。  URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」

さくらと遥香

youmery
恋愛
国民的な人気を誇る女性アイドルグループの4期生として活動する、さくらと遥香(=かっきー)。 さくら視点で描かれる、かっきーとの百合恋愛ストーリーです。 ◆あらすじ さくらと遥香は、同じアイドルグループで活動する同期の2人。 さくらは"さくちゃん"、 遥香は名字にちなんで"かっきー"の愛称でメンバーやファンから愛されている。 同期の中で、加入当時から選抜メンバーに選ばれ続けているのはさくらと遥香だけ。 ときに"4期生のダブルエース"とも呼ばれる2人は、お互いに支え合いながら数々の試練を乗り越えてきた。 同期、仲間、戦友、コンビ。 2人の関係を表すにはどんな言葉がふさわしいか。それは2人にしか分からない。 そんな2人の関係に大きな変化が訪れたのは2022年2月、46時間の生配信番組の最中。 イラストを描くのが得意な遥香は、生配信中にメンバー全員の似顔絵を描き上げる企画に挑戦していた。 配信スタジオの一角を使って、休む間も惜しんで似顔絵を描き続ける遥香。 さくらは、眠そうな顔で頑張る遥香の姿を心配そうに見つめていた。 2日目の配信が終わった夜、さくらが遥香の様子を見に行くと誰もいないスタジオで2人きりに。 遥香の力になりたいさくらは、 「私に出来ることがあればなんでも言ってほしい」 と申し出る。 そこで、遥香から目をつむるように言われて待っていると、さくらは唇に柔らかい感触を感じて… ◆章構成と主な展開 ・46時間TV編[完結] (初キス、告白、両想い) ・付き合い始めた2人編[完結] (交際スタート、グループ内での距離感の変化) ・かっきー1st写真集編[完結] (少し大人なキス、肌と肌の触れ合い) ・お泊まり温泉旅行編[完結] (お風呂、もう少し大人な関係へ) ・かっきー2回目のセンター編[完結] (かっきーの誕生日お祝い) ・飛鳥さん卒コン編[完結] (大好きな先輩に2人の関係を伝える) ・さくら1st写真集編[完結] (お風呂で♡♡) ・Wセンター編[不定期更新中] ※女の子同士のキスやハグといった百合要素があります。抵抗のない方だけお楽しみください。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

処理中です...