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第6章 記憶のダンジョン

32話

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「さあ、行きましょう」

「う、うん」

 ダンジョンの入り口は暗く、冷たい風が吹き込んでくる。岩肌がむき出しの壁は不気味な雰囲気を醸し出しており、奥から魔物の叫び声が微かに聞こえてきた。

 母親は先頭に立ち、葵を導くようにゆっくりと歩き出した。母親の姿は昔の記憶のままで、以前と変わらず優雅で穏やかなオーラを纏っている。

「大丈夫よ葵。お母さんが側にいるからね」

 2人が進むたびに、ダンジョンの空気が徐々に重くなり、圧迫感が増していく。だが、母親の存在が不思議と安心感を与えてくれた。葵はその後ろ姿を見つめながら、亡くなった時の記憶が頭をよぎった。


────母親が亡くなったのは突然だった。ダンジョン配信中に魔物に襲われている人を見つけ、助けようとしたらしい……当時の葵はまだ幼く、戦う術を身につけていなかった。

 自分の無力さを呪い、ひたすら泣き続けた。その悲しみは時間と共に心の奥深くに沈んでいき、忘れられない傷として残り続けた。

「葵、大丈夫?」

 母親の声が彼女を現実に引き戻す。葵は無理やり笑顔を作り、母親を安心させようとした。

「大丈夫だよ、お母さん」

 2人はダンジョンの奥へ進み、やがて広間にたどり着いた。天井が高く、石柱が立ち並ぶ広間の中央には、異様なモンスターが待ち構えていた。その姿は恐ろしく、巨大な体に鋭い爪と牙を持ち、目が赤く光っている。

「気をつけて葵、あれは強敵よ」

 母親の言葉に葵は緊張を覚えつつも、どこかワクワクしていた。これは自分の成長を見せる絶好のチャンスだ。葵は銀の槍を強く握りしめて構えた。

「来るわよ!」

 母親の声と同時に魔物が突進してきた。しかし葵は体を捻らせて反射的に回避をすると、魔物の背中に槍を突き刺した。

「やるじゃない!」

 母親は葵の元相棒だった自撮り棒を伸ばすと、畳み掛けるように魔物に攻撃を与えた。魔物の動きは素早く、油断をすれば一瞬でやられる。母親は魔物の注意を惹きつけると、葵に攻撃のチャンスを与えた。

「今よ、葵!」

 葵は全体重を乗せて槍を薙ぎ払った。魔物の防御は硬いが、何度も攻撃を重ねることで徐々にダメージを与えることができた。母親の援護もあって、2人の攻撃は次第に敵を追い詰めていく。

「グォおおおおお!!!!」

 魔物が突然叫び出して怒りに任せて暴れ出す。石柱をなぎ倒し、岩が降り注いでくるが、母親は葵を守るように自撮り棒を振り回して砕いていく。

「これで終わらせるわよ」

「うん!」

 母親の言葉に背中を押され、葵は槍に力を注ぎ込んだ。銀の槍は光を帯びて震え始める。葵は狙いを定めると最大級の一撃を放った。

「ホーリー・ランス!」
 
 セリナから見て学んだ技が炸裂する。魔物は嘆き声を上げ、やがて崩れ落ちた。静寂が広間に戻り葵は深く息をはいた。母親もほっとした表情で娘の元に近づいた。

「強くなったわね、葵……」

 その言葉を聞けて、胸が熱くなるのを感じる。葵は子供のように無邪気な笑みを浮かべて母親とハイタッチをした。しばらく勝利を喜んでいると、広間の一角に大きな音が響き渡った。

 魔物が倒れた場所に、地下へと続く階段が現れた。階段の下は暗くてどこまで続いているのかわからない。

「葵、行きましょう」

「えっ、でも一度帰らない? 連続で挑むのは危険だし……」
 
 葵は不安そうに提案するが、母親はニコッと微笑んで手を伸ばした。

「何を言っているの? ここからが本番よ。さぁ、行きましょう」

 母親の声はどこか不気味で、断ることのできないプレッシャーを感じた。それでも葵は催眠術にかかったような虚ろな目で頷くと、母親の手を掴もうとした。

「さあ、いい子だね。おいで」

 母親の手を掴もうとした瞬間、突然、誰かに背中を引っ張られた。あまりの強さに尻餅をついてしまい、ジンジンと鈍い痛みが走る。

「痛たた……何? ってセリナちゃん?」

 振り返ると、なぜかそこにはセリナが立っていた。何やら警戒した表情で母親を睨みつける。

「葵さんから離れてください!」

 セリナはまるで魔物を見るような怖い目で母親を睨みつける。

「セリナちゃん、大丈夫だよ。私のお母さんだからそんな風に睨みつけないで」

 葵はセリナを安心させるためにそう言って、母親に手を伸ばす。でも、セリナに抱きしめられて身動きが取れなくなった。

「どうしたの葵? こないの? じゃあ待っていてね」

「違うの、私も行くよ! セリナちゃんお願い放して!」

 葵はジタバタと必死に拘束を振り解こうとするが、セリナは一向に力を緩めなかった。むしろ手に力がこもる。

「ダメです葵さん! 惑わされないで下さい! お母様はもういません! あれは葵さんが作り出した幻です! これ以上ついて行ったら戻ってこれなくなります!」

「幻? 何を言ってるの⁉︎ だってそこにいるんだよ! お願い放して!」

 葵は涙を浮かべて必死に訴えかける。母親は悲しそうに眉を顰めながら階段を降りていく。

「さようなら……葵……」

 母親は葵に手を振ると背を向けて暗闇の中に降りていく。

「待って! お願い! 行かないで! セリナちゃん手を離して! お願い……離してよ……」

 完全に母親は消えて階段も消滅する。取り残された葵は地面に膝をつくと声が枯れるまで泣き叫んだ。せっかく会えたと思ったのに……

「セリナちゃんのバカ……バカ、バカ、バカ!︎ どうして!!!」

 葵はセリナを睨みつけると、吐き捨てるように罵倒し続けた。セリナは苦しそうに頷きながら静かに葵の背中を撫でる。

「葵さん……行きましょう……」

「……………うん……」

 泣き喚いて疲れたことでようやく葵に余裕が戻ってきた。セリナの言う通りこれは幻に違いない。もしあのまま一緒に行ってたら戻ってこれなかったと思う。

「セリナちゃん……酷いこと言ってごめんね……」

「大丈夫ですよ。さあ、行きましょう!」

「うん!」

 葵は涙を拭いて頷くと、ダンジョンの出口に向かって歩き出した。



* * *

「葵さん、起きで下さい、葵さん!」

「う~ん……あれ、セリナちゃん? ここはどこ?」

 目を覚ました葵は、まだ寝ぼけた目を擦りながら周辺を見渡した。でも、霧が濃くてほぼ何も見えない……

「私、寝ていたの?」

「はい、ダンジョンに入ってすぐ倒れて、うなされていましたよ。悪い夢でも見ていたのですか?」

 セリナは心配そうな表情で眉を顰めるが、葵は小さく首を振った。

「案外悪くない夢だったよ。それにセリナちゃんが夢の中で助けてくれたの。ありがとね」

 セリナは少し驚いたような表情を見せるが、何はともあれ葵が無事でほっと息をはいた。すると、霧の中から不気味な呻き声が聞こえてきた。

「うぅううぅううう!!!!」

 すぐに臨戦体制に入った葵とセリナは、恐る恐る声がした方に向かった。霧の中にぼんやりとシルエットが浮かび上がり、魔王がうなされていた。
 
「夢の中で何が起きてるのかな?」

 セリナが小さな声で呟き、葵も心配そうに魔王を見つめる。2人は魔王に近づき、名前を呼びながら肩を優しく揺さぶった。

「魔王、目を覚まして!」

「大丈夫ですよ、私たちはここにいますよ……」
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