上 下
32 / 44
第5章 神殿のダンジョン

30話

しおりを挟む
 おしゃれなカフェに入ると、コーヒーのよい香りと共に心地よい音楽が流れていた。2人はカウンター席を選ぶと、メニュー表を広げた。

「私はブラックコーヒーとパンケーキにしようかな?」

 葵が注文を済ませるとセリナは「じゃあ、私はサンドイッチとミルクティーにします!」と元気よく答えた。

 注文を済ませ、2人は今日の思い出を振り返るように談笑しながら料理が来るのを待った。やがて、ふわふわのパンケーキにクリームとシロップが乗った一皿と、新鮮な野菜がたっぷりと挟まれたサンドイッチが運ばれた。

「わぁ、すごく美味しそうですね!」
 
 セリナは目をキラキラと輝かせて感嘆の声を上げる。

「早速食べよっか!」

 葵はパンケーキを小さく切って口にして、ホットコーヒーを飲んで一息つく。セリナも大きく口を開いてサンドイッチを頬張りながら楽しんでいた。

「ねぇ、セリナちゃん、一口食べる?」

「えっ、いいのですか⁉︎」

 葵はパンケーキを一口大に切ると、クリームとシロップをたっぷりつけて、セリナの口元に近づけた。

「はい、あーんして」

 セリナは大きく口を開けて、一口でパンケーキを平らげると、満足そうな表情を見せた。

「これ、すごく美味しいです!」

 セリナが頬に手を当て微笑むと、葵も満足そうに頷いた。

「あっ、セリナちゃん、口にクリームがついているよ」

 セリナが慌てて拭こうとしたが、葵がそっと人差し指で取ると自分の口元に運んだ。

「あっ……ありがとうございます、葵さん」

 セリナは少し照れくさそうにお礼を言う。コメント欄ではそんな2人の甘ーいやり取りを見て熱狂する。


〈もうカップルじゃん!〉
〈早く付き合っちゃえよ!〉
〈美味しそうだな~〉
【5000円】〈もう最高……ありがとうございます……〉
【2500円】〈尊すぎ……一生見て入れれる」
【4000円】〈ご馳走様です。もっとイチャイチャしてほしい!〉
〈セリナちゃん、本当に食いしん坊だね(笑〉
〈いいな~ 久しぶりにカフェテリアにいきたいな~〉
【10000円】〈よければこれでまた2人でデートをして下さい!」
〈本当に2人は仲良しだよね~〉


「ふぅ~ 美味しかったです」

 セリナは満足そうにお腹を撫でて背もたれにもたれる。葵もコーヒを飲みほして席を立った。とりあえず会計を済ませて店を出ようとしたところ、ふと目の端に見慣れた人? がカウンターの隅に座っていた。

「ねぇ、セリナちゃん、あそこにいるのって魔王だよね?」

「えっ、あっ、本当ですね。何か考え事でもしてるのでしょか?」

 カウンター席の一番端で魔王が何やら腕を組んで唸っている。一応ツノと牙は隠してあるし、普段の黒マントではなくて、普通のシャツとジーパンをはいている。うん、意外とかっこいいかも……

「ねぇ、魔王だよね? 何してるの?」

 葵が声をかけると、魔王はビクッと体を震わせて振り返った。

「葵とセリナなのか? 随分とおしゃれな服を着ているな」

 魔王は葵とセリナのドレス姿を見て、微笑みながら頷く。

「魔王だっておしゃれだよ。どうしたの?」

「これは変装をしてきたつもりなんだがな……」

 魔王は自分の服装を見てため息をつく。

「バレバレだよ。ねぇ、セリナちゃん」

「はい、バレバレです。何か悩み事があるのですか?」

 葵とセリナが隣の席に座ると、魔王は言葉を選びながらゆっくりと話し始めた。

「ランベルトのことでな……あいつは昔の我に戻ってほしいらしい……力と恐怖だけで支配していた頃にな。しかし、それではダメだとこの世界に来てからわかったんだ」

 魔王は話を区切ると、葵のカメラに向かって続きを話した。

「お前たちは素直だからな。嫌なものは嫌だというし、良いものは心から評価する。力だけ示してもお前たちの心は動かない。恐怖で世界征服はできない」

 魔王は手を握りしめると、はっきりとした口調で断言した。

「視聴者の声をよく聞いて、人気を勝ち取り、影響力をつける。それこそが、この世界を征服する方法だ!」

 魔王の声には確かな自信と確信が込められていた。恐怖と力で民を苦しめていた魔王を知っているセリナは、あまりの変わりように目を丸くする。


〈やっぱり魔王様かっこいい!!!〉
〈ちゃんと寄り添う魔王様なら支配されてもいいよ!〉
〈力で征服しない魔王って新しいね(笑〉
〈影響力で世界征服。今の時代にあってるね!〉
〈魔王様ならきっと世界征服できるよ!〉
〈応援してます! 頑張って下さい!〉


「確かに力や恐怖で解決した方が簡単だと思うけど、本当の信頼は得られないよね」

 葵も納得した様子で頷きながら感想を述べる。

「きっとランベルトさんは昔の魔王の姿が懐かしいのかもしれません。でも今の魔王の方がずっと素晴らしいと思いますよ」

 セリナも穏やかな表情を浮かべて答える。

「……済まないな……お前たちにそう言ってもらえると少しは気が楽になる。ランベルトにも理解してもらえるよう。頑張ってみるとしよう……ところでお前たち、支払いは済んだか?」

「えっ、まだだけど……」

「なら、受け取ってくれ、話を聞いてくれたお礼だ。お釣りは持っていけ」

 魔王は財布から一万円札を取り出して葵に手渡した。葵とセリナは驚きながらも感謝を述べて受け取った。

「ありがとう魔王!」

「ご馳走様です!」


〈魔王様太っ腹!〉
〈魔王様大人だな~〉
〈魔王というか、紳士だね!〉
〈さすが魔王様! かっこいい!〉
〈しれっと奢るところが良いな~〉
〈2人とも嬉しそうでかわいいな~〉
〈またコラボ動画がみたい!〉


 会計を済ませて店を出ると、中央広場にある時計がもう5時を示していた。

「そろそろ帰ろっか」

「そうですね、今日はありがとうございました! とても楽しかったです!」

 葵とセリナは手を繋ぎ、ショッピングモールを後にした。夕暮れの街並みが美しく、心地よい風が吹き抜ける。この日は2人にとって忘れられない大切な思い出となった。



* * *

「これで完成だ……」

 静かな夜の橋の下で、ランベルトは慎重に魔法陣を描いていた。月明かりを頼りに最後の線を引き終わると、不気味な輝きを放ち始めた。

「さぁ、来い!」

 ランベルトが命令すると、その言葉に応じるかのように魔法陣から白い霧が立ち上がった。その霧は形を持たず、漂うように動いていた。

「お前が記憶を司るメモリスだな?」

「いかにも……召喚者よ何を望む?」

 メモリスの声が霧の中から低く響いた。ランベルトはその声を冷静に受け止めて目を細めた。

「昔の魔王様に戻ってほしい。そのために、残酷無慈悲だった頃の記憶を呼び戻してほしい」

 メモリスはしばらく沈黙したかのようだったが、突然、霧が渦を巻くように動き始めた。そして空間が裂けて巨大なゲートが現れた。

「ここに魔王を連れて来い」

 メモリスの言葉が響くと同時に、ゲートがさらに大きく開き、その先は白い霧で覆われていた。ランベルトはその光景を無言で見つめた後、静かに頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...