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第5章 神殿のダンジョン

27話

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「セリナちゃんは後ろで見守っていて」

 ボス部屋の前に来た葵は、軽く準備運動をしてから扉を見つめた。

「本当に大丈夫ですか?」

 セリナは綺麗に整った眉毛を歪めて不安そうな声で尋ねる。

「うん、平気。強くなった私をこのボスに見せつけたいの!」

 そう語る葵いの目には確固たる決意が宿っていた。迷いはなく、その視線はまっすぐ前を見据えている。葵は一歩、また一歩と進み、巨大な扉に手を添えた。

「じゃあ、行くよ!」

 扉がゆっくりと開き、冷たい風が吹き抜ける。部屋の中には、不気味な闇の影が待ち構えていた。その影は鎧を身につけたアンデッドの戦士だった。

 以前の葵はこの魔物に敗れ、危うく死にかけた。幸いセリナのおかげでなんとかなったけど、もう負けるつもりはない。

「よく来たな小娘……」

 戦士の目が赤く輝き、その圧倒的な存在感が場を支配する。でも、葵は一歩も引かなかった。


〈葵ちゃん頑張れ!!!!〉
〈強くなった姿を見せてやれ!〉
〈葵ちゃんなら絶対に勝てるよ!〉
〈大丈夫! 自分を信じて!〉
〈ボスなんかやっつけちゃえ!〉
〈これは緊張する……目が離せない!〉
〈葵ちゃん、やばそうなら無理だけはしないでね!〉


 コメント欄でも応援する声と心配する声が入り乱れ、全員が固唾を飲んで葵の無事を願う。

「以前の私だと思わないでね!」

「いいだろう……行くぞ!」

 戦士が動き出し、暗黒のオーラが広がる。だが葵は怯まず、相棒の銀の槍を構えて力を解き放った。2人の戦いが始まり、閃光が闇を切り裂いた。

「はっあ!」

 葵が短く掛け声を上げて鋭い突きを放った。戦士も巨大な剣を振りかざして葵に襲いかかる。銀の槍と暗黒の剣が激しくぶつかり合い、火花が飛び散る。力と力のぶつかり合いが響き渡り周辺の空気が震える。

「ほぉ~ 少しはやるようだな」

「こんなの、まだまだよ!」

 葵はさらに力をこめて、攻撃を押し返しながら連続で突きを繰り出した。戦士は剣でそれらを巧みに受け流し、逆にカウンターを狙って鋭い一撃を放つ。

 2人の動きは高速で、剣と槍が何度も激突し、甲高い摩擦音が空気を切り裂いた。

「そこだ!」

 猛攻を潜り抜けて相打ち覚悟で繰り出した攻撃が戦士の肩を切り裂く。しかし、傷口から闇のエネルギーが吹き出して、戦士の持つ剣にまとわりつく。

「やるではないか。いいだろう。この一撃で楽にしてやる」

 戦士は剣を鞘に納めて居合の構えをとる。一段と場の空気が重くなり、瞬きも許されないような緊張感があたりを支配する。葵は深く息を吐くと、槍を握りしめて突きの構えをとった。

「終わりだ!」

 戦士が目にも止まらぬ速さで剣を抜く。それと同時に葵も最大級の一撃を放った。

「ホーリー・ランス!」

 葵が放った攻撃は、セリナの得意な技だった。光の属性を帯びた槍がさらに輝きを増し、聖なる光の柱が標的に向かって伸びていく。その光は戦士の体を貫いた。

「くそ……見事だ……」

 戦士は崩れ落ちるように膝をつくと、そのまま灰となってきていった。


〈すっすげ!!! 葵ちゃんめちゃくちゃ強くなってる!〉
〈葵ちゃん、かっこいい!〉
〈今の技ってセリナちゃんの技だよね?〉
〈えっ、いつの間に覚えたの⁉︎〉
〈やっぱり葵ちゃんも強い!〉
〈すごい戦いだった~ 見てる方も緊張したよ~〉
〈おめでとう葵ちゃん!〉


「ふっ……うまくいってよかった~」

 葵は額に浮かんだ汗を軽く拭いてセリナの方へ振り返った。

「葵さん、いつの間に私の技を身につけたのですか?」

「実はこっそり練習していたんだよ。成功するか不安だったけどね」

 葵はキラキラと輝く銀の槍を見つめながら答えた。

「さてと、無事にボスは倒したので、今日の配信はこれで終わりです。次回も楽しみにしていてね~」

 葵がドローンに向かって手を振って、セリナは最初と同じように律儀にお辞儀をする。今回の動画も多くの人に見られ、母親が目指していた登録者数100万人にまた一歩近づく事ができたのだった。



* * *

「ランベルトよ、今回のドッキリは少し乱暴じゃなかったか?」

 古びた安いアパートの一室に戻ってきた魔王は、早速ランベルトに問いかけた。

「バルケリオス様。奴らは敵です。魔王様がいずれこの世界を征服した時に邪魔となる存在です。ならば、殺せる時に殺しておくべきです!」

 ランベルトの言葉は鋭く、容赦のない冷酷さを帯びていた。魔王はランベルトの怒りと焦燥を感じ取りながらも、静かな眼差しで部下を見つめた。

「うむ……しかし我はこの世界に来て分かったのだが、勇者とも敵対せずにやっていける気がする」

「なっ、何をおっしゃるのですか? 気は確かですか⁉︎」

「ランベルトよ、お主はもう少し平和的に考えてみたらどうだ? 正直我は以前ほど戦いに興味がない。勇者との戦いも回避できるのならそれでいい。別に倒す必要もなかろう」

 ランベルトは困惑しながら魔王を凝視した。目の前の人物は、かつての冷酷無慈悲で力で全てを支配する魔王ではなく、心優しい穏やかなまるで勇者のような考え方をしていた。

「なっ、なぜですか……どうしてそれほどお変わりになられたのですか?」

「そうだな……ダンジョン配信をしてからじゃないか? 視聴者たちの期待に応えるのは悪くない。奴らが驚くような企画をして喜ぶ声が聞けるのは楽しいだろ?」

「なっ……なんてことだ……世界征服をするためにダンジョン配信をしていたのに……それが裏目に出るとは……」

 ランベルトは拳を握りしめ、歯を食いしばると、落胆した表情で部屋を出て行った。
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