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第3章 深まる愛編
27 独立したい料理人 コナー
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街中を照りつけていたお日さまも沈みかけ、少しだけ暑さが和らぎはじめた夕方――
漂う空気に、夏の終わりの匂いを感じるようになってきました。
私は今、リアム様が来てくれるまでの間お店を閉めて、お見舞いをいただいたご近所の皆さんのところへ御礼に行った帰りです。
御礼に行ったはずなのに、なぜか逆に旬の夏野菜をたくさんいただいたりして、大きな荷物を抱えて『天使のはしご』へ戻っています。
「あらまあ」
ギュウギュウと袋に詰めていただいたので、見た目も味も茄子にそっくりなお野菜が一つ、転げ落ちてしまいました。
「おっと! 落ちちゃったね。って、ずいぶん大量じゃない?」
私やカレンさんと同じくらいの年頃の男性が拾ってくれて、そのまま野菜のたっぷり入った袋を持ってくれました。
「そこの『天使のはしご』の店主さんだよね? よく騎士隊長さんと一緒の姿は見かけていたよ」
「はい。セルマと申します。先日も、街のみなさんをお騒がせしてしまい、本当にすみませんでした。お野菜まで拾っていただき、ありがとうございます」
「怪我をしたばかりなんだ。俺がこのまま店まで持ってあげるよ。俺はコナーっていうんだ」
この方は、私がリアム様とお付き合いしていることも知っていますし、事故に遭ったばかりの私の体調を純粋に心配して、荷物を持ってくれたようです。
辺りを確認すると、野良猫さんたちの目もいたるところで光っていますし、お言葉に甘えても大丈夫でしょう。
初めて会った男性ですが、危険な人だったりして、リアム様を心配させることはなさそうです。
私はコナーさんと一緒に、『天使のはしご』へ向かうことにしました。
「まだ暑さが残る中、荷物を持っていただき本当にありがとうございました。冷たいお茶です。どうぞ一息ついてください。あと、おすそわけの夏野菜です。こちらに置いておきますね」
「ありがとう。新鮮な野菜だね! 俺、これでも料理人なんだ! なにを作ろうかなぁー?」
コナーさんは料理人でしたか。採れたて野菜に、目を輝かせて喜んでいます。
でも、少しすると肩を落としてなにかを考えているようでした。
「お野菜のこと、荷物になってしまいご迷惑でしたか?」
「違うよ! 野菜はすごく嬉しいんだ。新しい料理を試しに作りたくて、考えただけで楽しくなったよ! ただ……」
「ただ?」
私は、コナーさんの次の言葉を待ちました。
「……。今の店、十六歳の頃から働き続けて、もう丸六年になるんだ。自分ではなかなかいい料理人になってきたと思っているのに、試作さえ作らせてもらえないし、給料もたいして上がらない……」
「どのような形でも、評価をされないと不安になりますよね……」
言葉でもなんでもいいのでしょうが、やはり、生活に直結するお給料は一番気になるところです。
お金は二の次だなんて理想論だけでは、世の中生きていけないですものね……。
「そろそろ結婚だってしたいのに、こんな給料じゃ家族を養う自信も湧かないし……。あ、彼女はいないんだけどね……」
「先々のことを計画的に考えるのは、いいことだと思いますよ?」
考え過ぎてすくんでしまうのはよくないかもしれませんが、見通して打開策を練ろうとするのは素晴らしいと思います。
「オーナーには、新しいメニューも取り入れてもらって、色んな料理を作らせてほしいのに、お客さんからの注文をこなすだけで毎日が終わってさ……。俺、料理を作ることも好きだけど、新しい料理を考えるのが好きなんだ……」
どうやらコナーさん、お勤め先に対して不満が溜まっているようです。
やはり人生の中で多くの時間を費やす、お仕事への悩みを抱えている方は大勢いるのでしょう……。
「いっそ、独立でもしようかな……。俺がジャンジャン色んな料理を作って、ホールの子を雇ってさ……。あぁ、なんかそういうのっていいなぁ……」
確かに、自分のお店を構えることに皆さん憧れますよね。
それを目標にして修行に励んだり、独立開業資金を貯めたりするのでしょう。
でも、個人事業主は異世界でだって大変なことです。
経営者になれば、従業員の管理や経理も行わなければなりません。
衛生面や防災にまで気を回し、逆に、好きな料理に携われる時間が減るかもしれませんね。
こちらの世界では、労働保険や防火管理などの法がそこまで整ってはいませんが、人を雇う責任やお店を維持する責任が重いことに変わりありません。
余計なお世話かもしれませんが、独立するという目標に向かって歩んで来たというより、不満があるから独立したいという気持ちが出てきたという風に聞こえました。
きっかけはそれでいいのでしょうが、コナーさんがちゃんと成功するため、なにかお役に立てないでしょうか?
こんな時、少しでも役立つ物がここにあれば……。
「あ、よろしければこちらをお使いになりませんか? 先日、業者さんが見本品として置いていったのです」
「手帳? 今まで使ったことないけど、一人前みたいで嬉しいかも! 雇われだと店に行くだけの毎日だから手帳なんて必要ないけど、自分の店を持つなら必要だよね!」
この世界にスマホなんてありませんから、スケジュール管理はカレンダーや手帳を使う人が多いです。
そこで、私は前世の記憶から、手帳の活用術をコナーさんにお伝えしました。
「こちらにフリースペースがあります。独立までの目標や計画を書き込んで、達成した日付を書いてチェックしていくと、モチベーションが上がりますよ?」
「いいかもしれない! 俺、これでもマメなんだ。面白そうだしやってみるよ! セルマちゃん、ありがとう!」
日本人の手帳派の女の子たちは、カラフルなペンや付箋を駆使して、素敵な手帳にしていましたね。
ダイエットの目標や資格取得の計画を書いて、見事達成した人もいました。
きっと、そうやって書き込んで毎日確認をし、自身を管理していく姿勢が成功を引き寄せるのでしょう。
この魔法雑貨の手帳のいいところは、本人が設定すれば、いつでも見返しに必要な情報が浮かんでくるところです。
例えばその日のスケジュールと、夢の実現計画を書いたページと設定すれば、常に最初に目に入ります。
私はそのことをコナーさんにお伝えし、その場でコナーさんは、『試しに今やってみるよ』と、その場で設定していました。
「セルマ、ただい……」
「お疲れ様でした、リアム様」
ムムッ。リアム様の綺麗な眉が中央に寄っています。
「そちらの男性は? お客さんか?」
「あ、俺、料理人をしています。コナーです」
「コナーさんが、たくさんいただいたお野菜を落としてしまう私を見かねて、ここまで運んで来てくれたのです」
ムムムムッ。やはり、リアム様が微動だにしません。フリーズです……。これは……、もしや、嫉妬されているのかもしれませんね……。
「リアム様――」
「……いや、なんだ。店がクローズだったのに、お客がいたから少し驚いただけだ……」
そもそもリアム様は愛想を振りまくタイプではありませんが、明らかにムスっとしていますね。
「あ、今、店主さんにいい魔法雑貨を紹介してもらってました。もう終わったんで、お邪魔虫はお暇しますね」
「あ……、今日は本当に助かりました。後々でいいので、手帳を使用したご感想を聞かせてもらえると、業者さんにお伝えできるのでありがたいです」
「了解です。じゃ、野菜もいただいていきますねー」
コナーさんは少し気まずそうに、夏野菜と手帳を持って『天使のはしご』を出られました――
「セルマ……。もう少しだけでいいから、警戒心を持ってはくれないか?」
「えっ?」
私は充分、男性と二人でいることに対しても、防犯面でも、彼氏のリアム様に配慮をしていたと思っています。
野良猫さんたちの目が光っていましたし、私はリアム様を裏切りはしません。誓って、リアム様一筋です!
ここまで感性が合って、ずっと好きでいられるような人なんて、リアム様以外にいませんから!
「……」
そりゃあ、時々心配をかけた時はありましたけど、愛情の面で不安にさせるようなマネは一切していませんよ!
私だって商売人ですし、若い男性と二人きりでお話しすることもあります。
それくらいで嫉妬されても……。困りますから……。
「いや、そう膨れないでくれないか? もちろん最初は、俺より若い男と二人きりで閉店後の店にいたことに驚きもしたし、焼きもした……」
「やはり、嫉妬して怒っていたのですね?」
リアム様、分かりやす過ぎですよ!
「ほんの一瞬だ……。セルマは、浮ついた行動をするような女ではないとすぐ思い直した……。それに、万が一セルマが他の男に気が向いたのなら、きちんと先に俺に言ってくるだろう?」
「うーん……。有り得ないことですが、私がリアム様以外の男性に惹かれた時には、必ずそのことをリアム様に謝罪し、お別れをしてからその男性に心を寄せますね……」
「……だろうな……」
あ、思考を口に出していました! もう……、そんなにテンションを下げないでください。
「ですが、私は前世も合わせて四十年生きてきましたけれど、リアム様以上の男性と出会ったことはありませんよ? それに、今までこれほど恋愛で感情が動かされたことはありません。リアム様は極上のいい男だと、毎日実感しています」
「セルマ……」
あっ……。久しぶりにリアム様が盛大に照れていますね。
大きな手で目元を押さえ顔を隠そうとしていますが、はみ出ている耳が真っ赤かです。
見ているこちらまで恥ずかしくなりますよ?
「オヤジの若い男へ対する嫉妬だと思って、許してくれないか? すぐにセルマを信じることができたんだ。な?」
「大丈夫です。私を信じてくれたリアム様が、ますます愛おしいです。誓って私は、リアム様一筋ですからね」
犬も食わないどころか、ケンカになる前に治まってしまい、なんだか申し訳ありません……。
これがリアム様と私なのです……。
その後のコナーさんですが、『目標を決めたら、仕事を嫌だと思う気持ちがなくなったよ』と、街でお会いした時に言っていました。
多分、今まで嫌だと感じていた事柄が改善されたわけではないのです。
視点が変わり、考えることだらけで気にならなくなったというところでしょうか。
店主の目線になって、オーナーさんやお店を見はじめた。学びたいことが増え、時間を有効に使い始めた。
気持ちが変化することになった、様々な要因があったのでしょう。
不思議なものです。同じ仕事をしているのに自分が経営者になったらと考えると、オーナーさんの悪いところもお店の状況もただ耐える嫌な部分ではなく、反面教師に変わったそうです。
そんな風に見える景色が変わるきっかけは、夢や目標を定める以外にも、案外色々なところに転がっているのかもしれませんね。
私も、そんな変化をしてみたいものです。
「いらっしゃいませ」
魔法雑貨屋『天使のはしご』に、今日もわけありっぽいお客さんがやって来ました――
漂う空気に、夏の終わりの匂いを感じるようになってきました。
私は今、リアム様が来てくれるまでの間お店を閉めて、お見舞いをいただいたご近所の皆さんのところへ御礼に行った帰りです。
御礼に行ったはずなのに、なぜか逆に旬の夏野菜をたくさんいただいたりして、大きな荷物を抱えて『天使のはしご』へ戻っています。
「あらまあ」
ギュウギュウと袋に詰めていただいたので、見た目も味も茄子にそっくりなお野菜が一つ、転げ落ちてしまいました。
「おっと! 落ちちゃったね。って、ずいぶん大量じゃない?」
私やカレンさんと同じくらいの年頃の男性が拾ってくれて、そのまま野菜のたっぷり入った袋を持ってくれました。
「そこの『天使のはしご』の店主さんだよね? よく騎士隊長さんと一緒の姿は見かけていたよ」
「はい。セルマと申します。先日も、街のみなさんをお騒がせしてしまい、本当にすみませんでした。お野菜まで拾っていただき、ありがとうございます」
「怪我をしたばかりなんだ。俺がこのまま店まで持ってあげるよ。俺はコナーっていうんだ」
この方は、私がリアム様とお付き合いしていることも知っていますし、事故に遭ったばかりの私の体調を純粋に心配して、荷物を持ってくれたようです。
辺りを確認すると、野良猫さんたちの目もいたるところで光っていますし、お言葉に甘えても大丈夫でしょう。
初めて会った男性ですが、危険な人だったりして、リアム様を心配させることはなさそうです。
私はコナーさんと一緒に、『天使のはしご』へ向かうことにしました。
「まだ暑さが残る中、荷物を持っていただき本当にありがとうございました。冷たいお茶です。どうぞ一息ついてください。あと、おすそわけの夏野菜です。こちらに置いておきますね」
「ありがとう。新鮮な野菜だね! 俺、これでも料理人なんだ! なにを作ろうかなぁー?」
コナーさんは料理人でしたか。採れたて野菜に、目を輝かせて喜んでいます。
でも、少しすると肩を落としてなにかを考えているようでした。
「お野菜のこと、荷物になってしまいご迷惑でしたか?」
「違うよ! 野菜はすごく嬉しいんだ。新しい料理を試しに作りたくて、考えただけで楽しくなったよ! ただ……」
「ただ?」
私は、コナーさんの次の言葉を待ちました。
「……。今の店、十六歳の頃から働き続けて、もう丸六年になるんだ。自分ではなかなかいい料理人になってきたと思っているのに、試作さえ作らせてもらえないし、給料もたいして上がらない……」
「どのような形でも、評価をされないと不安になりますよね……」
言葉でもなんでもいいのでしょうが、やはり、生活に直結するお給料は一番気になるところです。
お金は二の次だなんて理想論だけでは、世の中生きていけないですものね……。
「そろそろ結婚だってしたいのに、こんな給料じゃ家族を養う自信も湧かないし……。あ、彼女はいないんだけどね……」
「先々のことを計画的に考えるのは、いいことだと思いますよ?」
考え過ぎてすくんでしまうのはよくないかもしれませんが、見通して打開策を練ろうとするのは素晴らしいと思います。
「オーナーには、新しいメニューも取り入れてもらって、色んな料理を作らせてほしいのに、お客さんからの注文をこなすだけで毎日が終わってさ……。俺、料理を作ることも好きだけど、新しい料理を考えるのが好きなんだ……」
どうやらコナーさん、お勤め先に対して不満が溜まっているようです。
やはり人生の中で多くの時間を費やす、お仕事への悩みを抱えている方は大勢いるのでしょう……。
「いっそ、独立でもしようかな……。俺がジャンジャン色んな料理を作って、ホールの子を雇ってさ……。あぁ、なんかそういうのっていいなぁ……」
確かに、自分のお店を構えることに皆さん憧れますよね。
それを目標にして修行に励んだり、独立開業資金を貯めたりするのでしょう。
でも、個人事業主は異世界でだって大変なことです。
経営者になれば、従業員の管理や経理も行わなければなりません。
衛生面や防災にまで気を回し、逆に、好きな料理に携われる時間が減るかもしれませんね。
こちらの世界では、労働保険や防火管理などの法がそこまで整ってはいませんが、人を雇う責任やお店を維持する責任が重いことに変わりありません。
余計なお世話かもしれませんが、独立するという目標に向かって歩んで来たというより、不満があるから独立したいという気持ちが出てきたという風に聞こえました。
きっかけはそれでいいのでしょうが、コナーさんがちゃんと成功するため、なにかお役に立てないでしょうか?
こんな時、少しでも役立つ物がここにあれば……。
「あ、よろしければこちらをお使いになりませんか? 先日、業者さんが見本品として置いていったのです」
「手帳? 今まで使ったことないけど、一人前みたいで嬉しいかも! 雇われだと店に行くだけの毎日だから手帳なんて必要ないけど、自分の店を持つなら必要だよね!」
この世界にスマホなんてありませんから、スケジュール管理はカレンダーや手帳を使う人が多いです。
そこで、私は前世の記憶から、手帳の活用術をコナーさんにお伝えしました。
「こちらにフリースペースがあります。独立までの目標や計画を書き込んで、達成した日付を書いてチェックしていくと、モチベーションが上がりますよ?」
「いいかもしれない! 俺、これでもマメなんだ。面白そうだしやってみるよ! セルマちゃん、ありがとう!」
日本人の手帳派の女の子たちは、カラフルなペンや付箋を駆使して、素敵な手帳にしていましたね。
ダイエットの目標や資格取得の計画を書いて、見事達成した人もいました。
きっと、そうやって書き込んで毎日確認をし、自身を管理していく姿勢が成功を引き寄せるのでしょう。
この魔法雑貨の手帳のいいところは、本人が設定すれば、いつでも見返しに必要な情報が浮かんでくるところです。
例えばその日のスケジュールと、夢の実現計画を書いたページと設定すれば、常に最初に目に入ります。
私はそのことをコナーさんにお伝えし、その場でコナーさんは、『試しに今やってみるよ』と、その場で設定していました。
「セルマ、ただい……」
「お疲れ様でした、リアム様」
ムムッ。リアム様の綺麗な眉が中央に寄っています。
「そちらの男性は? お客さんか?」
「あ、俺、料理人をしています。コナーです」
「コナーさんが、たくさんいただいたお野菜を落としてしまう私を見かねて、ここまで運んで来てくれたのです」
ムムムムッ。やはり、リアム様が微動だにしません。フリーズです……。これは……、もしや、嫉妬されているのかもしれませんね……。
「リアム様――」
「……いや、なんだ。店がクローズだったのに、お客がいたから少し驚いただけだ……」
そもそもリアム様は愛想を振りまくタイプではありませんが、明らかにムスっとしていますね。
「あ、今、店主さんにいい魔法雑貨を紹介してもらってました。もう終わったんで、お邪魔虫はお暇しますね」
「あ……、今日は本当に助かりました。後々でいいので、手帳を使用したご感想を聞かせてもらえると、業者さんにお伝えできるのでありがたいです」
「了解です。じゃ、野菜もいただいていきますねー」
コナーさんは少し気まずそうに、夏野菜と手帳を持って『天使のはしご』を出られました――
「セルマ……。もう少しだけでいいから、警戒心を持ってはくれないか?」
「えっ?」
私は充分、男性と二人でいることに対しても、防犯面でも、彼氏のリアム様に配慮をしていたと思っています。
野良猫さんたちの目が光っていましたし、私はリアム様を裏切りはしません。誓って、リアム様一筋です!
ここまで感性が合って、ずっと好きでいられるような人なんて、リアム様以外にいませんから!
「……」
そりゃあ、時々心配をかけた時はありましたけど、愛情の面で不安にさせるようなマネは一切していませんよ!
私だって商売人ですし、若い男性と二人きりでお話しすることもあります。
それくらいで嫉妬されても……。困りますから……。
「いや、そう膨れないでくれないか? もちろん最初は、俺より若い男と二人きりで閉店後の店にいたことに驚きもしたし、焼きもした……」
「やはり、嫉妬して怒っていたのですね?」
リアム様、分かりやす過ぎですよ!
「ほんの一瞬だ……。セルマは、浮ついた行動をするような女ではないとすぐ思い直した……。それに、万が一セルマが他の男に気が向いたのなら、きちんと先に俺に言ってくるだろう?」
「うーん……。有り得ないことですが、私がリアム様以外の男性に惹かれた時には、必ずそのことをリアム様に謝罪し、お別れをしてからその男性に心を寄せますね……」
「……だろうな……」
あ、思考を口に出していました! もう……、そんなにテンションを下げないでください。
「ですが、私は前世も合わせて四十年生きてきましたけれど、リアム様以上の男性と出会ったことはありませんよ? それに、今までこれほど恋愛で感情が動かされたことはありません。リアム様は極上のいい男だと、毎日実感しています」
「セルマ……」
あっ……。久しぶりにリアム様が盛大に照れていますね。
大きな手で目元を押さえ顔を隠そうとしていますが、はみ出ている耳が真っ赤かです。
見ているこちらまで恥ずかしくなりますよ?
「オヤジの若い男へ対する嫉妬だと思って、許してくれないか? すぐにセルマを信じることができたんだ。な?」
「大丈夫です。私を信じてくれたリアム様が、ますます愛おしいです。誓って私は、リアム様一筋ですからね」
犬も食わないどころか、ケンカになる前に治まってしまい、なんだか申し訳ありません……。
これがリアム様と私なのです……。
その後のコナーさんですが、『目標を決めたら、仕事を嫌だと思う気持ちがなくなったよ』と、街でお会いした時に言っていました。
多分、今まで嫌だと感じていた事柄が改善されたわけではないのです。
視点が変わり、考えることだらけで気にならなくなったというところでしょうか。
店主の目線になって、オーナーさんやお店を見はじめた。学びたいことが増え、時間を有効に使い始めた。
気持ちが変化することになった、様々な要因があったのでしょう。
不思議なものです。同じ仕事をしているのに自分が経営者になったらと考えると、オーナーさんの悪いところもお店の状況もただ耐える嫌な部分ではなく、反面教師に変わったそうです。
そんな風に見える景色が変わるきっかけは、夢や目標を定める以外にも、案外色々なところに転がっているのかもしれませんね。
私も、そんな変化をしてみたいものです。
「いらっしゃいませ」
魔法雑貨屋『天使のはしご』に、今日もわけありっぽいお客さんがやって来ました――
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