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第3章 深まる愛編
25 カレンの恋、再び 中
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「ああ……。やらかしてしまいました……」
私の言葉足らずのせいで、カレンさんを怒らせてしまうことになるなんて……。
けして、カレンさんがディラン様との恋について、色々考える時間が無駄と言いたかったわけではないのです。
日本人なら『捕らぬ狸』を『捕れる狸』と言えば、ディラン様をガッチリ捕まえた上での計画を示唆していることに気づいてもらえたのでしょう。
ですが、カレンさんは生粋のこの世界の人です。
「記憶があっていい面は多々ありましたが、こんな時にはもどかしくなりますね……」
リアム様がお膳立てをしたとはいえ、ディラン様が自分を陥れようとしたゾイさんの連行を部下に任せてまで、カレンさんを家に送ったのは特別だと感じていました。
お祭りを見ていた時の二人も本当にお似合いでしたし、何よりカレンさんだけではなく、ディラン様のカレンさんに対する眼差しは、本当に温かく好意的なものでした。
「カレンさんとディラン様の恋を、応援している気持ちを伝えたかったのですが……」
充分カレンさんの恋に見込みはあるのだから、今、カレンさんが色々悩んでいることも、恋する素敵な時間だと思っていました。
それに、『鉄は熱いうちに打て』です。少しずつでも動いて行かないと、カレンさんの『恋魔力の暴発』も心配でしたから……。
女の友情って難しいですね。楽しくて口数が多くなるからこそ、誤解が生じてしまうことも増えてしまいます。
久しぶりの友人とのケンカに、なんだか心がショボショボです……。
「もうすぐ、リアム様が『天使のはしご』に見える頃……。でも、カレンさんの誤解をそのままにはできませんね……」
神様。やはり私は、大切な友人にも隠し事はしたくありません。カレンさんにも、私のことを知ってほしいです。
前世を隠した上でことわざの誤解を解こうとしても、どこかに綻びが生まれると思うのです。
「善は急げです!」
私はリアム様に書き置きを残し、カレンさんを追いかけることにしました。
そして、力のことも含めて、カレンさんに日本のことを話しましょう。
その上で、『狸』を捕らえるための話をキャッキャウフフとしたいのです!
「ようし!」
私は『天使のはしご』の扉を小気味良く開け、カレンさんを追いかけました――
間もなく仕事帰りの人々が行き交う時間。少しずつ街に人通りが増えていました。家路を急ぐ人、お夕飯の買い物を済ませた人、皆さん大切な方の待つ場所へ帰ってゆきます。
私は右に左に人々を避けながら、全速力でカレンさんを追いかけました。
「ヒイ――フウ――」
五十メートル十二秒。これが私の最大速度です……。
「カ……カレンさん!――待ってください!」
「セルマ!?」
もう、息も絶え絶え、足腰には力が入りません。立っていることがやっとです。
最後の力を振り絞り、姿を捉えたカレンさんになんとか声をかけました。
――ガラガラガラガラ――
「危ない!」
「馬車馬が暴走しているぞ!」
「道を開けろー!!」
両ひざに手をついて息を整えていた私の背後で、街の人たちが叫んでいます。
「セルマ後ろ! 早く逃げてぇっ!」
振り返った私の目に映ったのは、スローモーションで近づく興奮した馬でした。
「セルマぁー!!」
私の足は力が入らないほど使った後。暴走中のお馬さんを避けられそうにありません……。
頭で思い描いたとおり身体が動くのなら、運動会で張り切ったお父さん方が、盛大に転ぶことなどないのです。
「安定の巻き込まれですね……」
ごめんなさい、カレンさん……。誤解を解けないまま、私は、この世界でも終わりを迎えるみたいです……。
危ないからこちらには来ないでください……。
「いやああああー! セルマー!!」
馬の蹄で蹴られ、さらに車体も私にぶつかりました。
リアム様はやっと終業時間になるところでしょうか……。
カイさんたちは保護活動団体の方から、ご飯をもらっている時間ですね……。
泣かないでください、カレンさん……。悲しませてごめんなさい……。
力でなんとかしたいところですが、神様からいただいた力は自分に使えないのです……。
――ここで、私の意識がなくなりました――
「ここは……。前にも来ましたね」
私は、辺り一面真っ白な空間に再び来ていました。今世も二十歳で死んでしまいましたね。
『また来させることになって、すまないことをしました』
「この声は……。神様ですね?」
『本来なら、貴女は前世で生きることができなかった人生の分も加えて、今世では長い寿命をまっとうするはずでした』
日本人の寿命を加えたら、とても長そうですね。
『さすがに言い訳をさせてほしいのですが、前回も今回も、前世分の寿命すら終えていないので、まだ地球の神が貴女を守っている期間なのです』
「地球の神様のうっかりで、また私が巻き込まれたということでしょうか?」
『答えにくいのですが、そのとおりです』
声音は相変わらず神々しく美しいのですが、今はこちらが申し訳なくなるくらい、弱々しく感じます。
「また、本来の寿命で死んだのではないのですね……。ですが、あなた様が悪いのではないのなら、そんなに落ち込まないでください」
『ありがとう。貴女にも周りの人にも、痛ましい思いをさせてしまいました。早く待っている人たちの所へ、戻ってあげてください』
え? 私はまだ、セルマとして生きられるのでしょうか? それに、ずっと気になっていた力や前世のことを、大切な人たちに話してもいいのかを聞きたいです。
『貴女は引き続きセルマとして、前世と今世二つ分の寿命を生きることができます。セルマの身体は大丈夫。理由は戻れば分かるでしょう。そして、力のことは貴女に任せます。貴女にだからこそ、信用して与えた力ですから。ただ、これからも色々ありますから気をつけてください。さあ、大切な人たちが待っていますよ――』
「はい」
私はなにも言っていないのに、頭の中を完全に知られてしまっていたのですね。神様とはいえ、ちょっと恥ずかしいです。
でも……、これでリアム様たちにまた会えるのですね……。
やっと、カレンさんの誤解を解くことができます……――
「セルマ……、気がついたか……」
「……リアム様……」
リアム様が髭を生やしている姿なんて、初めて見ました。少し頬が痩けたでしょうか? お顔の色もよくないですね……。
いつも騎士然としているリアム様に、やつれるまで心配をかけてしまった申し訳なさと、また共に時を過ごすことができる喜びに、涙を堪えることができません。
「痛む所はないか? 苦しい感じはないか?」
「はい……。どこもなんともありません……」
「良かった……」
リアム様が布団の上から、そっと……、そおっと、どこにも圧をかけないように、私の身体を優しく抱きしめてくれました。
「リアム様……。本当にどこも痛みません……。もっと強く抱きしめてほしいです……」
「ああ……――」
「一週間も意識が戻らなかったんだ。ゆっくり身体を動かすといい。見ろ、たくさんの見舞いが届いている」
この世界のお見舞いは、千羽鶴のように紙でできた鳥を患者さんのベッドの周囲に置くのです。
『早く治って、ベッドから飛び立てますように。悪いモノを、鳥が運び去ってくれますように――』そんな願いが込められています。
治癒魔法が付与されていて、少しずつ身体を癒す効果もあります。
しかも、私の周りに置かれていたのは……、一番高い商品で、効果の強い物ばかりでした。
「すごい数ですね……。しかも、高い物ばかりです……」
「これはな、みんな『天使のはしご』で買われたものだ」
「えっ!?」
誰がお店を切り盛りしてくれたのかと、疑問が浮かんできます。
「カレン殿がな、学校が終わるとすぐに店を開けていたんだ。働けないセルマの代わりに、少しでも売上を上げておきたいと言ってな」
「カレンさん……」
学業があるのに、そんなことまでさせてしまったのですね。
「だがな、学校と店とセルマの見舞いと、だいぶ無理をしていた。外では気丈にしていたが、ここに来るとずっとセルマの隣で泣いていた……」
「……」
私は恋人だけでなく、親友にも恵まれていますね。
「ディランに来てもらって、軽い睡眠魔法をかけてもらった。今はディランが付き添って、別の部屋でやっと休んだところだ」
「そうでしたか……」
そういえば、この立派なお屋敷はどこでしょうか? 調度品も豪華ですが、品良い物ばかりですね。
私がキョロキョロ辺りを見渡していると、リアム様が答えてくれました。
「ここは私専用の屋敷だ。早く連れて来たかったんだが、その……」
どうしたのでしょう? リアム様には珍しく、言葉を濁しています。
――コンコンコン――
私が意識を取り戻して間もなく、その理由が分かりました。
「リアム様、セルマ様、失礼致します。お声が聞こえたもので、セルマ様の意識が戻られたかと……。医師の手配やご入用の物がないか、確認に参りました」
「ジェイコブか、入れ」
「失礼いたします。セルマ様、私、この屋敷の執事をしております、ジェイコブと申します」
髪が完全に白い優しげなお顔のおじいさん執事さんと、使用人の方たちが部屋に入って来ました。
「ジェイコブさん、みなさん。色々とご迷惑をおかけしました」
「とんでもございません。この歳になって、やっとリアム様の選んだ方にお目にかかれるとは……。長生きはするものです……。――スン――使用人冥利に尽きますなぁ……――スン――」
「「グスッ」」
一番年配のジェイコブさんが泣き出し、続けて後ろに控えていた使用人の方たちもハンカチを取り出して、涙を拭いはじめました。
「もう思い残すことはありません。――スン――これでやっと妻のところへ心置きなく行けます――スン――」
「「グズ……ヒック」」
「これだから、セルマを連れて来れなかったんだ……。いいか、俺たちはゆっくり俺たちのペースでやって行く。余計な口出し手出しはするなよ?」
確かに、なにかのプレッシャーを感じますが、許容範囲内ですよ? 主思いのいい方たちが、リアム様のお屋敷で働いていることがよく分かります。
「ええ、ええ。わきまえておりますよ。御用を伺いましたらすぐに下がりますから、お二人でゆっくりお過ごしくださいませ」
「……」
とりあえず、胃に負担の少ない軽めの食事と、念のための医師の診察を明日お願いして、ジェイコブさんたち使用人の皆さんは去って行きました。
「本当に身体が痛まないのなら、布団越しではなくそのまま抱きしめてもいいか? ずっと呼吸の音を聞いて、セルマが生きていることを信じ耐えてきた……。セルマの温もりを直接感じたい……」
碧色の瞳が揺れています。私もリアム様の温もりを感じて、命ある世界に戻ったことを感じたいです。
私はゆっくりとベッドから起き上がり、両腕を差し出しました。
リアム様と私の温もりが混ざり合い、とても心地いいです。耳からは、リアム様の力強い鼓動を感じていました――
私の言葉足らずのせいで、カレンさんを怒らせてしまうことになるなんて……。
けして、カレンさんがディラン様との恋について、色々考える時間が無駄と言いたかったわけではないのです。
日本人なら『捕らぬ狸』を『捕れる狸』と言えば、ディラン様をガッチリ捕まえた上での計画を示唆していることに気づいてもらえたのでしょう。
ですが、カレンさんは生粋のこの世界の人です。
「記憶があっていい面は多々ありましたが、こんな時にはもどかしくなりますね……」
リアム様がお膳立てをしたとはいえ、ディラン様が自分を陥れようとしたゾイさんの連行を部下に任せてまで、カレンさんを家に送ったのは特別だと感じていました。
お祭りを見ていた時の二人も本当にお似合いでしたし、何よりカレンさんだけではなく、ディラン様のカレンさんに対する眼差しは、本当に温かく好意的なものでした。
「カレンさんとディラン様の恋を、応援している気持ちを伝えたかったのですが……」
充分カレンさんの恋に見込みはあるのだから、今、カレンさんが色々悩んでいることも、恋する素敵な時間だと思っていました。
それに、『鉄は熱いうちに打て』です。少しずつでも動いて行かないと、カレンさんの『恋魔力の暴発』も心配でしたから……。
女の友情って難しいですね。楽しくて口数が多くなるからこそ、誤解が生じてしまうことも増えてしまいます。
久しぶりの友人とのケンカに、なんだか心がショボショボです……。
「もうすぐ、リアム様が『天使のはしご』に見える頃……。でも、カレンさんの誤解をそのままにはできませんね……」
神様。やはり私は、大切な友人にも隠し事はしたくありません。カレンさんにも、私のことを知ってほしいです。
前世を隠した上でことわざの誤解を解こうとしても、どこかに綻びが生まれると思うのです。
「善は急げです!」
私はリアム様に書き置きを残し、カレンさんを追いかけることにしました。
そして、力のことも含めて、カレンさんに日本のことを話しましょう。
その上で、『狸』を捕らえるための話をキャッキャウフフとしたいのです!
「ようし!」
私は『天使のはしご』の扉を小気味良く開け、カレンさんを追いかけました――
間もなく仕事帰りの人々が行き交う時間。少しずつ街に人通りが増えていました。家路を急ぐ人、お夕飯の買い物を済ませた人、皆さん大切な方の待つ場所へ帰ってゆきます。
私は右に左に人々を避けながら、全速力でカレンさんを追いかけました。
「ヒイ――フウ――」
五十メートル十二秒。これが私の最大速度です……。
「カ……カレンさん!――待ってください!」
「セルマ!?」
もう、息も絶え絶え、足腰には力が入りません。立っていることがやっとです。
最後の力を振り絞り、姿を捉えたカレンさんになんとか声をかけました。
――ガラガラガラガラ――
「危ない!」
「馬車馬が暴走しているぞ!」
「道を開けろー!!」
両ひざに手をついて息を整えていた私の背後で、街の人たちが叫んでいます。
「セルマ後ろ! 早く逃げてぇっ!」
振り返った私の目に映ったのは、スローモーションで近づく興奮した馬でした。
「セルマぁー!!」
私の足は力が入らないほど使った後。暴走中のお馬さんを避けられそうにありません……。
頭で思い描いたとおり身体が動くのなら、運動会で張り切ったお父さん方が、盛大に転ぶことなどないのです。
「安定の巻き込まれですね……」
ごめんなさい、カレンさん……。誤解を解けないまま、私は、この世界でも終わりを迎えるみたいです……。
危ないからこちらには来ないでください……。
「いやああああー! セルマー!!」
馬の蹄で蹴られ、さらに車体も私にぶつかりました。
リアム様はやっと終業時間になるところでしょうか……。
カイさんたちは保護活動団体の方から、ご飯をもらっている時間ですね……。
泣かないでください、カレンさん……。悲しませてごめんなさい……。
力でなんとかしたいところですが、神様からいただいた力は自分に使えないのです……。
――ここで、私の意識がなくなりました――
「ここは……。前にも来ましたね」
私は、辺り一面真っ白な空間に再び来ていました。今世も二十歳で死んでしまいましたね。
『また来させることになって、すまないことをしました』
「この声は……。神様ですね?」
『本来なら、貴女は前世で生きることができなかった人生の分も加えて、今世では長い寿命をまっとうするはずでした』
日本人の寿命を加えたら、とても長そうですね。
『さすがに言い訳をさせてほしいのですが、前回も今回も、前世分の寿命すら終えていないので、まだ地球の神が貴女を守っている期間なのです』
「地球の神様のうっかりで、また私が巻き込まれたということでしょうか?」
『答えにくいのですが、そのとおりです』
声音は相変わらず神々しく美しいのですが、今はこちらが申し訳なくなるくらい、弱々しく感じます。
「また、本来の寿命で死んだのではないのですね……。ですが、あなた様が悪いのではないのなら、そんなに落ち込まないでください」
『ありがとう。貴女にも周りの人にも、痛ましい思いをさせてしまいました。早く待っている人たちの所へ、戻ってあげてください』
え? 私はまだ、セルマとして生きられるのでしょうか? それに、ずっと気になっていた力や前世のことを、大切な人たちに話してもいいのかを聞きたいです。
『貴女は引き続きセルマとして、前世と今世二つ分の寿命を生きることができます。セルマの身体は大丈夫。理由は戻れば分かるでしょう。そして、力のことは貴女に任せます。貴女にだからこそ、信用して与えた力ですから。ただ、これからも色々ありますから気をつけてください。さあ、大切な人たちが待っていますよ――』
「はい」
私はなにも言っていないのに、頭の中を完全に知られてしまっていたのですね。神様とはいえ、ちょっと恥ずかしいです。
でも……、これでリアム様たちにまた会えるのですね……。
やっと、カレンさんの誤解を解くことができます……――
「セルマ……、気がついたか……」
「……リアム様……」
リアム様が髭を生やしている姿なんて、初めて見ました。少し頬が痩けたでしょうか? お顔の色もよくないですね……。
いつも騎士然としているリアム様に、やつれるまで心配をかけてしまった申し訳なさと、また共に時を過ごすことができる喜びに、涙を堪えることができません。
「痛む所はないか? 苦しい感じはないか?」
「はい……。どこもなんともありません……」
「良かった……」
リアム様が布団の上から、そっと……、そおっと、どこにも圧をかけないように、私の身体を優しく抱きしめてくれました。
「リアム様……。本当にどこも痛みません……。もっと強く抱きしめてほしいです……」
「ああ……――」
「一週間も意識が戻らなかったんだ。ゆっくり身体を動かすといい。見ろ、たくさんの見舞いが届いている」
この世界のお見舞いは、千羽鶴のように紙でできた鳥を患者さんのベッドの周囲に置くのです。
『早く治って、ベッドから飛び立てますように。悪いモノを、鳥が運び去ってくれますように――』そんな願いが込められています。
治癒魔法が付与されていて、少しずつ身体を癒す効果もあります。
しかも、私の周りに置かれていたのは……、一番高い商品で、効果の強い物ばかりでした。
「すごい数ですね……。しかも、高い物ばかりです……」
「これはな、みんな『天使のはしご』で買われたものだ」
「えっ!?」
誰がお店を切り盛りしてくれたのかと、疑問が浮かんできます。
「カレン殿がな、学校が終わるとすぐに店を開けていたんだ。働けないセルマの代わりに、少しでも売上を上げておきたいと言ってな」
「カレンさん……」
学業があるのに、そんなことまでさせてしまったのですね。
「だがな、学校と店とセルマの見舞いと、だいぶ無理をしていた。外では気丈にしていたが、ここに来るとずっとセルマの隣で泣いていた……」
「……」
私は恋人だけでなく、親友にも恵まれていますね。
「ディランに来てもらって、軽い睡眠魔法をかけてもらった。今はディランが付き添って、別の部屋でやっと休んだところだ」
「そうでしたか……」
そういえば、この立派なお屋敷はどこでしょうか? 調度品も豪華ですが、品良い物ばかりですね。
私がキョロキョロ辺りを見渡していると、リアム様が答えてくれました。
「ここは私専用の屋敷だ。早く連れて来たかったんだが、その……」
どうしたのでしょう? リアム様には珍しく、言葉を濁しています。
――コンコンコン――
私が意識を取り戻して間もなく、その理由が分かりました。
「リアム様、セルマ様、失礼致します。お声が聞こえたもので、セルマ様の意識が戻られたかと……。医師の手配やご入用の物がないか、確認に参りました」
「ジェイコブか、入れ」
「失礼いたします。セルマ様、私、この屋敷の執事をしております、ジェイコブと申します」
髪が完全に白い優しげなお顔のおじいさん執事さんと、使用人の方たちが部屋に入って来ました。
「ジェイコブさん、みなさん。色々とご迷惑をおかけしました」
「とんでもございません。この歳になって、やっとリアム様の選んだ方にお目にかかれるとは……。長生きはするものです……。――スン――使用人冥利に尽きますなぁ……――スン――」
「「グスッ」」
一番年配のジェイコブさんが泣き出し、続けて後ろに控えていた使用人の方たちもハンカチを取り出して、涙を拭いはじめました。
「もう思い残すことはありません。――スン――これでやっと妻のところへ心置きなく行けます――スン――」
「「グズ……ヒック」」
「これだから、セルマを連れて来れなかったんだ……。いいか、俺たちはゆっくり俺たちのペースでやって行く。余計な口出し手出しはするなよ?」
確かに、なにかのプレッシャーを感じますが、許容範囲内ですよ? 主思いのいい方たちが、リアム様のお屋敷で働いていることがよく分かります。
「ええ、ええ。わきまえておりますよ。御用を伺いましたらすぐに下がりますから、お二人でゆっくりお過ごしくださいませ」
「……」
とりあえず、胃に負担の少ない軽めの食事と、念のための医師の診察を明日お願いして、ジェイコブさんたち使用人の皆さんは去って行きました。
「本当に身体が痛まないのなら、布団越しではなくそのまま抱きしめてもいいか? ずっと呼吸の音を聞いて、セルマが生きていることを信じ耐えてきた……。セルマの温もりを直接感じたい……」
碧色の瞳が揺れています。私もリアム様の温もりを感じて、命ある世界に戻ったことを感じたいです。
私はゆっくりとベッドから起き上がり、両腕を差し出しました。
リアム様と私の温もりが混ざり合い、とても心地いいです。耳からは、リアム様の力強い鼓動を感じていました――
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