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第2章 お付き合い編
18 旦那の気持ちと嫁の気持ち
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長く続いた雨降りの日々も、そろそろ終わりを迎える頃――
王都にある魔法雑貨屋『天使のはしご』には、晴れ間を待っていたお客様が大勢来てくれました。
よく働いたので、とてもいい疲労感です。
多くの人が買い物を済ませ人波がおさまりだしたあたりに、若いご夫婦が来店されました。
「お義母さんに預けて、ゆっくり買い物だなんて久しぶりね」
「うん。やっと二人で出掛けられたよ」
仲睦まじそうにするお二人は、新婚さんでしょうか? ベビーグッズを見ているので、赤ちゃんもいるのでしょう。
「これよこれ。これが欲しかったのよ」
商品を眺め、にこやかにしている奥さん。久しぶりのショッピングが、嬉しくて仕方ないのでしょう。
「あ、あとこれも今の時期に丁度いいわね」
店内のベビー用品をどんどん手にしていきます。爆買いしてくれそうで良いですね!
「あのさ。ちょっと買いすぎじゃない?」
一方の旦那さんは、最初は奥さんとのお出掛けを楽しそうにしていましたが、次々買い物しようとする奥さんを見て、なにやら不満そうに顔を曇らせていきました……。
「えっ……」
旦那さんにたしなめられ、ショックを受けたように奥さんは旦那さんを見上げています。
「でも、ずっと必要だと思っていたんだもの」
「本当によく考えたの? 僕はそう思わないんだけど」
魔法仕掛けの知育玩具や速乾スタイなどを手にしたまま、奥さんはとうとうフリーズしてしまいました。
「……。あなたが話を聞いてくれなかっただけで、ちゃんと考えていたよ?」
「あのさ。もう母親なんだし、そうやっていじけるのは止めなって。それに、どうせすぐ使わなくなるんだし、兄貴んとこのお下がりで充分じゃないの?」
「だって……、新しい物を買ってあげたいんだもの……」
ご夫婦の間に流れる空気が、どんどん不穏なものになってゆきます。
「僕だって今、仕事後に語学学校に通っているんだ。残業代も入らないんだし、少しは節約してよ」
「そんなの、あなたの趣味時間じゃない!? たまには私の話を聞いて欲しいのに、あなたは自分の事ばかりだわ!」
家で赤ちゃんのお世話をするのは母親で、外でお金を稼ぐのは父親。どうしても、母乳が出て、実際に出産するお母さんが家に残るのは、この世界の通例です。
旦那さんが仕事に行っている間、奥さんはワンオペ育児で大変だし心細いのでしょう。
「仕事で疲れてるあなたに、育児の手伝いをしてもらいたいって言ってるんじゃない。少しでも早く帰って来て欲しいだけなのよ!」
「なっ! 僕が外国語を習いたいって言った時には反対しなかったじゃないか!? 今さらそんなこと言われても困るって!」
「その時は、産後すぐであなたやお義母さんが側に居てくれて、色々相談したり話せていたからじゃない! 突然赤ちゃんと二人きりになって、初めての育児でこれでいいのか不安になるのよ。せめて後からでもいいから、『大丈夫だよ』って言って欲しい……」
「君が僕を、『今やっと眠ったんだから静かにして』って邪険にしたり、『こどものためにも元気で頑張って稼いでね』って言うから、それに合わせて努力してきたんだけどね」
それからも、お互いに主張を吐き出すばかりで、なかなか止みそうにありません。
これは困りました……。
私は元日本人なので、基本的には緑茶を愛飲していますが、今日はレモンバームのハーブティーを淹れましょう。
鎮静作用がありますから、落ち着いて話し合いができるといいのですが……。
ちょっとだけ、願いをこめておきましょう――
『旦那さんにも奥さんにも良い形で話が纏まって、心地よく終息しますように』
「お客さま。是非、私のお茶の時間にお付き合いください」
いきなり雑貨屋がお茶を飲みだしたので、ご夫婦は面食らって言い争いを止めました。呆気にとられながらも、喋りっぱなしで水分を欲していたのか、お二人とも椅子にかけて休んでくれました。
「おいしいわ」
「とてもスッキリしてますね」
「それはよかったです」
そして、私は魔法雑貨屋『天使のはしご』の店主として切り出しました。
「私は雑貨屋です。お客さまに沢山商品をご購入いただけたら大喜びしますし、皆さまの役に立つ品を仕入れるよう努めています。全て自分が選んだ自慢の商品ですが、その商品をご購入していただくかどうかでお二人が言い争いになるのなら、全く望むところではありません」
「「……」」
「それでも、私の店のせいでお二人がケンカをなされたのは事実。今後の参考にしたいので、奥様が商品を買いたい理由と、ご主人が買わない方が良いとする理由をお聞かせ願えませんか?」
店内でやらかしたなぁとは感じていただけているのでしょう。お二人とも気まずそうに目を伏せていましたが、旦那さんが口火を切ってくれました。
「店内で騒いですみません。けしてこちらの商品に魅力がなくて欲しくないのではありません。今は単純に、家計の支出を減らしたいと考えていたんです。それに、そもそもベビー用品に関しては成長も早いですし、お下がりも活用すべきだと僕は考えています」
「立ち入った事を伺いますが、語学学校へはキャリアアップのために?」
「ええ。いつでもどこでも、家族を守れるような仕事が出来るようになりたいと思って」
奥さんが驚いたように目を見開いています。なかなか二人で話せず、勘違いしていたのでしょう。
「そうだったのね。趣味だなんて言ってごめん。でも、貴方はしっかり私たちの生活を金銭面でも守ってくれているわ。だからそんなに切り詰めなくても……」
奥さんはそうおっしゃいますが、旦那さんはかぶりを振ります。
「違うんだ。俺が外国語を話せるようになれば、他国との取引に重宝されるはず。そうすればより家族に苦労はさせないだろうし、何より次のこどもを考えるなら、今以上の稼ぎが必要だしね」
「次の子って……。そこまで考えていてくれてたんだ……」
「当たり前だよ。プロポーズした時に、僕も君もこどもには兄弟が欲しいねって言っていただろう?」
「覚えていてくれたのね。でも、だからこそ私は今新しい物を買って、次に生まれる子にも使わせたいと思っていたのよ……」
そこで、旦那さんは悲しそうな顔をされました。
「僕は末っ子でしょ? ずっと兄貴たちのお下がりで、嫌だと思っていたんだ。だからこそ、上の子も下の子も平等に新品とお下がりで育てようと考えていた。君と話しもしないで、勝手に決めつけていてごめん」
「そっか。あなたの考えに賛成する。私こそごめんね。あなたは時間を作ろうとしてくれていたのに、私の方があなたの話を聞く余裕をなくしていたんだわ」
「そんなことないよ。君は自分の時間管理だけじゃなく、大切な息子の時間も見計らっていてくれたんだから。そんな事も判らず、自分の都合だけで生活していた僕の配慮が足りなかったんだよ」
「あなた……」
私はけして、盛り上げる薬草を使っていないのですが、いい雰囲気になってしまいましたね。これが力をちょっぴり使った効き目なのでしょうか?
ちょっと空気になっておきましょう――
それからご夫婦は厳選した数点をお買い求めくださり、来た時と同じく、いえ、それ以上に仲睦まじそうに寄り添って帰っていきました。
「ただいま、セルマ」
「リアム様、お疲れ様でした」
今日は最後に新婚さんにあてられたので、結婚などの将来を意識してしまいますね。私はこのまま、リアム様と――
いやです。妄想が大爆発しそうになりました。そんな未来のためには、今のこの一時一時リアム様との交流が大切なのです!
「ん? 今日は晴れ間も見えたし、忙しかったんだろう? そんなにニヤニヤして、ずいぶん繁盛したのか?」
「はい。お客さまもドッサリでしたし、最後に素敵な新婚さんが来てくれたので、とてもいい一日になりました」
私の何でもない報告に、瞳を細めるリアム様。今日あった良い事も悪い事も、こうして話して聞いてくれる人がいるという幸せを噛みしめませんとね。
「セルマはいつも充実してそうだな。セルマを見ていると、こちらまで楽しくて幸せな気分になる」
「ありがとうございます。私もリアム様とお会いするとホッとしますし、とても幸せですよ」
リアム様がいてくれて心が満たされているからこそ、穏やかで何気ない一日のありがたみを感じ、また頑張ることが出来るのです。
よし、明日もガンガン稼ぎますかね!
いつか今日いらっしゃったご夫婦が、『二人目の赤ちゃんができたので買い物に来ました』と訪れる日のため、私はここで雑貨屋を営み続けられるよう励みましょう――
「いらっしゃいませ」
今日も、魔法雑貨屋『天使のはしご』に、わけありっぽいお客さんがやって来ました――
王都にある魔法雑貨屋『天使のはしご』には、晴れ間を待っていたお客様が大勢来てくれました。
よく働いたので、とてもいい疲労感です。
多くの人が買い物を済ませ人波がおさまりだしたあたりに、若いご夫婦が来店されました。
「お義母さんに預けて、ゆっくり買い物だなんて久しぶりね」
「うん。やっと二人で出掛けられたよ」
仲睦まじそうにするお二人は、新婚さんでしょうか? ベビーグッズを見ているので、赤ちゃんもいるのでしょう。
「これよこれ。これが欲しかったのよ」
商品を眺め、にこやかにしている奥さん。久しぶりのショッピングが、嬉しくて仕方ないのでしょう。
「あ、あとこれも今の時期に丁度いいわね」
店内のベビー用品をどんどん手にしていきます。爆買いしてくれそうで良いですね!
「あのさ。ちょっと買いすぎじゃない?」
一方の旦那さんは、最初は奥さんとのお出掛けを楽しそうにしていましたが、次々買い物しようとする奥さんを見て、なにやら不満そうに顔を曇らせていきました……。
「えっ……」
旦那さんにたしなめられ、ショックを受けたように奥さんは旦那さんを見上げています。
「でも、ずっと必要だと思っていたんだもの」
「本当によく考えたの? 僕はそう思わないんだけど」
魔法仕掛けの知育玩具や速乾スタイなどを手にしたまま、奥さんはとうとうフリーズしてしまいました。
「……。あなたが話を聞いてくれなかっただけで、ちゃんと考えていたよ?」
「あのさ。もう母親なんだし、そうやっていじけるのは止めなって。それに、どうせすぐ使わなくなるんだし、兄貴んとこのお下がりで充分じゃないの?」
「だって……、新しい物を買ってあげたいんだもの……」
ご夫婦の間に流れる空気が、どんどん不穏なものになってゆきます。
「僕だって今、仕事後に語学学校に通っているんだ。残業代も入らないんだし、少しは節約してよ」
「そんなの、あなたの趣味時間じゃない!? たまには私の話を聞いて欲しいのに、あなたは自分の事ばかりだわ!」
家で赤ちゃんのお世話をするのは母親で、外でお金を稼ぐのは父親。どうしても、母乳が出て、実際に出産するお母さんが家に残るのは、この世界の通例です。
旦那さんが仕事に行っている間、奥さんはワンオペ育児で大変だし心細いのでしょう。
「仕事で疲れてるあなたに、育児の手伝いをしてもらいたいって言ってるんじゃない。少しでも早く帰って来て欲しいだけなのよ!」
「なっ! 僕が外国語を習いたいって言った時には反対しなかったじゃないか!? 今さらそんなこと言われても困るって!」
「その時は、産後すぐであなたやお義母さんが側に居てくれて、色々相談したり話せていたからじゃない! 突然赤ちゃんと二人きりになって、初めての育児でこれでいいのか不安になるのよ。せめて後からでもいいから、『大丈夫だよ』って言って欲しい……」
「君が僕を、『今やっと眠ったんだから静かにして』って邪険にしたり、『こどものためにも元気で頑張って稼いでね』って言うから、それに合わせて努力してきたんだけどね」
それからも、お互いに主張を吐き出すばかりで、なかなか止みそうにありません。
これは困りました……。
私は元日本人なので、基本的には緑茶を愛飲していますが、今日はレモンバームのハーブティーを淹れましょう。
鎮静作用がありますから、落ち着いて話し合いができるといいのですが……。
ちょっとだけ、願いをこめておきましょう――
『旦那さんにも奥さんにも良い形で話が纏まって、心地よく終息しますように』
「お客さま。是非、私のお茶の時間にお付き合いください」
いきなり雑貨屋がお茶を飲みだしたので、ご夫婦は面食らって言い争いを止めました。呆気にとられながらも、喋りっぱなしで水分を欲していたのか、お二人とも椅子にかけて休んでくれました。
「おいしいわ」
「とてもスッキリしてますね」
「それはよかったです」
そして、私は魔法雑貨屋『天使のはしご』の店主として切り出しました。
「私は雑貨屋です。お客さまに沢山商品をご購入いただけたら大喜びしますし、皆さまの役に立つ品を仕入れるよう努めています。全て自分が選んだ自慢の商品ですが、その商品をご購入していただくかどうかでお二人が言い争いになるのなら、全く望むところではありません」
「「……」」
「それでも、私の店のせいでお二人がケンカをなされたのは事実。今後の参考にしたいので、奥様が商品を買いたい理由と、ご主人が買わない方が良いとする理由をお聞かせ願えませんか?」
店内でやらかしたなぁとは感じていただけているのでしょう。お二人とも気まずそうに目を伏せていましたが、旦那さんが口火を切ってくれました。
「店内で騒いですみません。けしてこちらの商品に魅力がなくて欲しくないのではありません。今は単純に、家計の支出を減らしたいと考えていたんです。それに、そもそもベビー用品に関しては成長も早いですし、お下がりも活用すべきだと僕は考えています」
「立ち入った事を伺いますが、語学学校へはキャリアアップのために?」
「ええ。いつでもどこでも、家族を守れるような仕事が出来るようになりたいと思って」
奥さんが驚いたように目を見開いています。なかなか二人で話せず、勘違いしていたのでしょう。
「そうだったのね。趣味だなんて言ってごめん。でも、貴方はしっかり私たちの生活を金銭面でも守ってくれているわ。だからそんなに切り詰めなくても……」
奥さんはそうおっしゃいますが、旦那さんはかぶりを振ります。
「違うんだ。俺が外国語を話せるようになれば、他国との取引に重宝されるはず。そうすればより家族に苦労はさせないだろうし、何より次のこどもを考えるなら、今以上の稼ぎが必要だしね」
「次の子って……。そこまで考えていてくれてたんだ……」
「当たり前だよ。プロポーズした時に、僕も君もこどもには兄弟が欲しいねって言っていただろう?」
「覚えていてくれたのね。でも、だからこそ私は今新しい物を買って、次に生まれる子にも使わせたいと思っていたのよ……」
そこで、旦那さんは悲しそうな顔をされました。
「僕は末っ子でしょ? ずっと兄貴たちのお下がりで、嫌だと思っていたんだ。だからこそ、上の子も下の子も平等に新品とお下がりで育てようと考えていた。君と話しもしないで、勝手に決めつけていてごめん」
「そっか。あなたの考えに賛成する。私こそごめんね。あなたは時間を作ろうとしてくれていたのに、私の方があなたの話を聞く余裕をなくしていたんだわ」
「そんなことないよ。君は自分の時間管理だけじゃなく、大切な息子の時間も見計らっていてくれたんだから。そんな事も判らず、自分の都合だけで生活していた僕の配慮が足りなかったんだよ」
「あなた……」
私はけして、盛り上げる薬草を使っていないのですが、いい雰囲気になってしまいましたね。これが力をちょっぴり使った効き目なのでしょうか?
ちょっと空気になっておきましょう――
それからご夫婦は厳選した数点をお買い求めくださり、来た時と同じく、いえ、それ以上に仲睦まじそうに寄り添って帰っていきました。
「ただいま、セルマ」
「リアム様、お疲れ様でした」
今日は最後に新婚さんにあてられたので、結婚などの将来を意識してしまいますね。私はこのまま、リアム様と――
いやです。妄想が大爆発しそうになりました。そんな未来のためには、今のこの一時一時リアム様との交流が大切なのです!
「ん? 今日は晴れ間も見えたし、忙しかったんだろう? そんなにニヤニヤして、ずいぶん繁盛したのか?」
「はい。お客さまもドッサリでしたし、最後に素敵な新婚さんが来てくれたので、とてもいい一日になりました」
私の何でもない報告に、瞳を細めるリアム様。今日あった良い事も悪い事も、こうして話して聞いてくれる人がいるという幸せを噛みしめませんとね。
「セルマはいつも充実してそうだな。セルマを見ていると、こちらまで楽しくて幸せな気分になる」
「ありがとうございます。私もリアム様とお会いするとホッとしますし、とても幸せですよ」
リアム様がいてくれて心が満たされているからこそ、穏やかで何気ない一日のありがたみを感じ、また頑張ることが出来るのです。
よし、明日もガンガン稼ぎますかね!
いつか今日いらっしゃったご夫婦が、『二人目の赤ちゃんができたので買い物に来ました』と訪れる日のため、私はここで雑貨屋を営み続けられるよう励みましょう――
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