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第1章 恋人未満編
9 副隊長への憧れ ダン
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清々しい初夏、窓からそよそよと緑風が流れてくる季節となりました。
魔法雑貨屋『天使のはしご』には、今日も穏やかな時間が流れています。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは。こちらに『ダルマ』の置物があると聞いて来ました」
本日のお客さまは、小さい女の子連れのお母さんです。
「はい。ございますよ。ただ、売り物ではなく私が趣味で作った物ですから、どうぞ差し上げます」
「よろしいのですか? ありがとうございます。亡くなった友人が好きだったんです。あぁ、本当に『ダルマ』だわ……」
達磨のいい評判が流れているのでしょうか?
隊長さんにもお渡ししましたし、今のでカウンターに置いてある達磨以外なくなりました。
内職にはげみ、売り物にするのもいいかもしれませんね。
「お母さん、これ買ってちょうだい?」
おねだり上手な女の子ですね。お母さんも買ってあげそうな雰囲気です。
「そうね。雑貨屋のお姉さんに親切にしていただいたし、用足しもこれで終わりですもんね。頑張ってついてきてくれたから、ご褒美に買ってあげるわ。こぼさないで食べてね」
「はーい」
女の子が買ってもらった『七色キャンディー』は、水飴のような粘りけがある甘いお菓子で、開封してからは混ぜるたびに色が変わって、子どもたちに大人気のお菓子です。
色の素は虫なのですが、虫から着色している物は地球でもありましたからね。虫に驚きはありません。
あえてご説明はしませんが。
「はい、丁度あったわ。また来ます。ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
それでは今日から早速、隊長さんとお母さんに差し上げてなくなってしまった達磨作りを開始しましょう。
意外と人気が出るかもしれませんね。
そうしたら、カラフルな達磨も販売して――
「きゃあああ! お願いです! 乱暴は止めてください!!」
私が商魂たくましくなっていると、外から女性の悲鳴が聞こえてきました。事件の香りがプンプンです。
「おいおい、お嬢ちゃん。お兄さんのお高い服が、汚れちまったじゃねぇか?」
「申し訳ございませんでした! 洗濯代はお支払しますので!」
「はぁん? こんなのとれるわけねえだろぉが!」
私が外へ飛び出すと、先ほどのお母さんが道端に倒れ、ガタイのいい男の人が女の子の襟首を捕まえているところでした。
「うっ、うわあぁーん」
「うるせぇガキだな。泣いてねぇでしっかり謝れよ!」
男の人のお高い? 服には『七色キャンディー』が、ベッタリとくっついています。
まずいですね! 私は手を合わせて願いながら、一旦、店の中に戻りました――
『あのお母さんと娘さんを、無事お家に帰してください』
大急ぎで私が現場に戻ると、謝り続けるお母さんに、まだ男の人は怒鳴り散らしていました。
遠巻きに人々が眺める中、男の人に向かって行く人がいます。
「手を離せ」
「はぁ? あんたはなんなんだよ? って騎士か」
正義と人情の味方! 隊長さんです!!
「もう一度言う。その子から手を離せ」
「はっ。騎士様は、服をダメにされた俺の味方はしてくれないんですかねぇ?」
怖いですが、隊長さんもいますし、私は現場に近づいて声をかけました。
「失礼しますっ!」
「おわっ! なんだ、ねぇちゃん!」
「セルマっ!」
私は男の人の服についた汚れに、とある物をペタリとくっつけました。
以前、見習い騎士のロイ君が、お給料日にお母さんのために買った洗剤の一つです。実はこの洗剤、食品のシミにはバッチリ効くのです。なぜなら――
「芋虫……」
「うわっ……」
「大丈夫ですよ。汚れも綺麗に落ちますし、その後がもっと綺麗なのです」
栄養を摂った芋虫は瞬時にサナギに変わり、羽化して飛んでいきました。芋虫に抵抗がある方が多いため売れ筋商品ではありませんが、使いきりの物だとしてもなかなか良い商品です。
「綺麗になったな」
「『魔蝶洗剤』です。いかがでしょうか?」
「…………。ふんっ! 迷惑料をいただきたいところだが、特別に勘弁してやるよ!」
ぼうっと蝶を眺めていた男の人が、逃げるように去って行きました。
「雑貨屋さん、そして隊長、本当にありがとうございました」
「とんでもないです」
「気をつけてお帰りくださ――」
「隊長……」
どうされたのでしょうか? お二人とも当惑され、気まずそうな表情をしています。
その時、なぜか私が隊長さんに差し上げた方の達磨が、隊長さんの足元に転がり落ちたのです。
しばらくコロコロと転がって、スクっと達磨が起き上がりました。
不思議ですね……。私が作った達磨は、起き上がり小法師の作りはしていません。
「『ダルマ』ですね……」
「はい」
私が先ほど差し上げた達磨を、お母さんが鞄から取り出し隊長さんに見せました。
「私も今、雑貨屋さんにいただいたところなんです」
「そうでしたか……」
お二人の表情が、少し柔らかくなった気がしました。
「隊長がお忙しいことを重々承知しておりますが、少しお時間よろしいですか?」
「はい」
現場から近いこともあって、お二人を『天使のはしご』にお連れしました。泣き疲れ眠ってしまった娘さんをソファに寝かせ、お母さんと隊長さんが向き合って座ります。
お茶をお出しした私は、娘さんの方に下がりました。
例え狭い店内で声が聞こえたとしても、私の姿が視界に入るのと入らないとでは、邪魔になる度合いが異なるでしょうから……。
「有名な騎士団王都部隊隊長リアム様のご活躍は、王都に住む者なら誰でも知っております。ご活躍を聞き誇らしく思うとともに、人気があるのにずっと独り身でいらっしゃることが気になっていました」
「それは……。お恥ずかしい話です。ご心配をかけました」
「ダンを忘れたわけではありませんが、自分が子どもにも恵まれ幸せに暮らしているのに、隊長は私が最後に言った言葉を気にされているのではと、勝手に悩んでいたのです……」
「けして貴女のせいではありません。仕事に打ち込んでいるうちに、婚期を逃しただけですから」
まさか、お母さんは……。この前隊長さんから聞いた……。
「あの日のことをずっと謝りたかったんです。でも、伯爵家ご出身の隊長に、私などが会いにいけるはずもなく……。ダンのご両親もご健在です。年に一回程度会うのですが、『副隊長さんは立派な方だった。やはり王都の隊長になったな』って、会う度に誇らしげに言っています」
「そうでしたか……」
前世が日本人で亡くなった方……。お母さんはその方の婚約者だったのですね。だから達磨を求めて『天使のはしご』にいらっしゃったのですか……。
「ダンは会う度に隊長の自慢をしていました、俺の憧れなんだと。せっかくの二人の時間が隊長の話だけで終わりそうになるので、よく妬いていたほどです」
「……」
「あの時は申し訳ございませんでした。感情的になり、心にもないことを言ってしまいました。――ずっとお見せしたい物があったんです」
お母さんは鞄から大切そうに、古くなった紙を一枚取り出しました。
「ダンが描いた達磨ですね……」
「はい。裏を見てください」
“リアム副隊長のような騎士になる!(女関係以外)”
「あいつ……」
「どうか、ずっとダンの憧れでいてください。リアム様のご活躍を、陰ながら祈っております」
「う~ん。お母さん?」
「ここにいるわ」
「ねえ、早く帰ろう? お手伝いをさせてくれる約束でしょ?」
「そうだったわね。帰ろっか? 雑貨屋さん、ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
手を繋いで、お母さんと女の子が帰っていきます。
隊長さんは扉の方を向いて、ずっと敬礼をしたまま動きません。
「「……」」
扉が完全に閉まったあとも、敬礼を続ける隊長さんの肩が小刻みに揺れています。
私は食堂にさがり、いつもより時間をかけてお茶を淹れました。
(ごゆっくりどうぞ)
ただ今、魔法雑貨屋『天使のはしご』には、哀傷に満ちた静穏な時間が流れています――
魔法雑貨屋『天使のはしご』には、今日も穏やかな時間が流れています。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは。こちらに『ダルマ』の置物があると聞いて来ました」
本日のお客さまは、小さい女の子連れのお母さんです。
「はい。ございますよ。ただ、売り物ではなく私が趣味で作った物ですから、どうぞ差し上げます」
「よろしいのですか? ありがとうございます。亡くなった友人が好きだったんです。あぁ、本当に『ダルマ』だわ……」
達磨のいい評判が流れているのでしょうか?
隊長さんにもお渡ししましたし、今のでカウンターに置いてある達磨以外なくなりました。
内職にはげみ、売り物にするのもいいかもしれませんね。
「お母さん、これ買ってちょうだい?」
おねだり上手な女の子ですね。お母さんも買ってあげそうな雰囲気です。
「そうね。雑貨屋のお姉さんに親切にしていただいたし、用足しもこれで終わりですもんね。頑張ってついてきてくれたから、ご褒美に買ってあげるわ。こぼさないで食べてね」
「はーい」
女の子が買ってもらった『七色キャンディー』は、水飴のような粘りけがある甘いお菓子で、開封してからは混ぜるたびに色が変わって、子どもたちに大人気のお菓子です。
色の素は虫なのですが、虫から着色している物は地球でもありましたからね。虫に驚きはありません。
あえてご説明はしませんが。
「はい、丁度あったわ。また来ます。ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
それでは今日から早速、隊長さんとお母さんに差し上げてなくなってしまった達磨作りを開始しましょう。
意外と人気が出るかもしれませんね。
そうしたら、カラフルな達磨も販売して――
「きゃあああ! お願いです! 乱暴は止めてください!!」
私が商魂たくましくなっていると、外から女性の悲鳴が聞こえてきました。事件の香りがプンプンです。
「おいおい、お嬢ちゃん。お兄さんのお高い服が、汚れちまったじゃねぇか?」
「申し訳ございませんでした! 洗濯代はお支払しますので!」
「はぁん? こんなのとれるわけねえだろぉが!」
私が外へ飛び出すと、先ほどのお母さんが道端に倒れ、ガタイのいい男の人が女の子の襟首を捕まえているところでした。
「うっ、うわあぁーん」
「うるせぇガキだな。泣いてねぇでしっかり謝れよ!」
男の人のお高い? 服には『七色キャンディー』が、ベッタリとくっついています。
まずいですね! 私は手を合わせて願いながら、一旦、店の中に戻りました――
『あのお母さんと娘さんを、無事お家に帰してください』
大急ぎで私が現場に戻ると、謝り続けるお母さんに、まだ男の人は怒鳴り散らしていました。
遠巻きに人々が眺める中、男の人に向かって行く人がいます。
「手を離せ」
「はぁ? あんたはなんなんだよ? って騎士か」
正義と人情の味方! 隊長さんです!!
「もう一度言う。その子から手を離せ」
「はっ。騎士様は、服をダメにされた俺の味方はしてくれないんですかねぇ?」
怖いですが、隊長さんもいますし、私は現場に近づいて声をかけました。
「失礼しますっ!」
「おわっ! なんだ、ねぇちゃん!」
「セルマっ!」
私は男の人の服についた汚れに、とある物をペタリとくっつけました。
以前、見習い騎士のロイ君が、お給料日にお母さんのために買った洗剤の一つです。実はこの洗剤、食品のシミにはバッチリ効くのです。なぜなら――
「芋虫……」
「うわっ……」
「大丈夫ですよ。汚れも綺麗に落ちますし、その後がもっと綺麗なのです」
栄養を摂った芋虫は瞬時にサナギに変わり、羽化して飛んでいきました。芋虫に抵抗がある方が多いため売れ筋商品ではありませんが、使いきりの物だとしてもなかなか良い商品です。
「綺麗になったな」
「『魔蝶洗剤』です。いかがでしょうか?」
「…………。ふんっ! 迷惑料をいただきたいところだが、特別に勘弁してやるよ!」
ぼうっと蝶を眺めていた男の人が、逃げるように去って行きました。
「雑貨屋さん、そして隊長、本当にありがとうございました」
「とんでもないです」
「気をつけてお帰りくださ――」
「隊長……」
どうされたのでしょうか? お二人とも当惑され、気まずそうな表情をしています。
その時、なぜか私が隊長さんに差し上げた方の達磨が、隊長さんの足元に転がり落ちたのです。
しばらくコロコロと転がって、スクっと達磨が起き上がりました。
不思議ですね……。私が作った達磨は、起き上がり小法師の作りはしていません。
「『ダルマ』ですね……」
「はい」
私が先ほど差し上げた達磨を、お母さんが鞄から取り出し隊長さんに見せました。
「私も今、雑貨屋さんにいただいたところなんです」
「そうでしたか……」
お二人の表情が、少し柔らかくなった気がしました。
「隊長がお忙しいことを重々承知しておりますが、少しお時間よろしいですか?」
「はい」
現場から近いこともあって、お二人を『天使のはしご』にお連れしました。泣き疲れ眠ってしまった娘さんをソファに寝かせ、お母さんと隊長さんが向き合って座ります。
お茶をお出しした私は、娘さんの方に下がりました。
例え狭い店内で声が聞こえたとしても、私の姿が視界に入るのと入らないとでは、邪魔になる度合いが異なるでしょうから……。
「有名な騎士団王都部隊隊長リアム様のご活躍は、王都に住む者なら誰でも知っております。ご活躍を聞き誇らしく思うとともに、人気があるのにずっと独り身でいらっしゃることが気になっていました」
「それは……。お恥ずかしい話です。ご心配をかけました」
「ダンを忘れたわけではありませんが、自分が子どもにも恵まれ幸せに暮らしているのに、隊長は私が最後に言った言葉を気にされているのではと、勝手に悩んでいたのです……」
「けして貴女のせいではありません。仕事に打ち込んでいるうちに、婚期を逃しただけですから」
まさか、お母さんは……。この前隊長さんから聞いた……。
「あの日のことをずっと謝りたかったんです。でも、伯爵家ご出身の隊長に、私などが会いにいけるはずもなく……。ダンのご両親もご健在です。年に一回程度会うのですが、『副隊長さんは立派な方だった。やはり王都の隊長になったな』って、会う度に誇らしげに言っています」
「そうでしたか……」
前世が日本人で亡くなった方……。お母さんはその方の婚約者だったのですね。だから達磨を求めて『天使のはしご』にいらっしゃったのですか……。
「ダンは会う度に隊長の自慢をしていました、俺の憧れなんだと。せっかくの二人の時間が隊長の話だけで終わりそうになるので、よく妬いていたほどです」
「……」
「あの時は申し訳ございませんでした。感情的になり、心にもないことを言ってしまいました。――ずっとお見せしたい物があったんです」
お母さんは鞄から大切そうに、古くなった紙を一枚取り出しました。
「ダンが描いた達磨ですね……」
「はい。裏を見てください」
“リアム副隊長のような騎士になる!(女関係以外)”
「あいつ……」
「どうか、ずっとダンの憧れでいてください。リアム様のご活躍を、陰ながら祈っております」
「う~ん。お母さん?」
「ここにいるわ」
「ねえ、早く帰ろう? お手伝いをさせてくれる約束でしょ?」
「そうだったわね。帰ろっか? 雑貨屋さん、ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
手を繋いで、お母さんと女の子が帰っていきます。
隊長さんは扉の方を向いて、ずっと敬礼をしたまま動きません。
「「……」」
扉が完全に閉まったあとも、敬礼を続ける隊長さんの肩が小刻みに揺れています。
私は食堂にさがり、いつもより時間をかけてお茶を淹れました。
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