嫌われ黒領主の旦那様~侯爵家の三男に一途に愛されていました~

めもぐあい

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第2章 黒領主の旦那様

24 クライヴとレイラ その1

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 ウィンドラ公の一人娘レイラ・ウィンドラ。その人生はちょっと窮屈。
 父からは毎日のように『そろそろ婿をとれ。早く後を任せたい』とつつかれるようになっていた。
 確かに私も二十歳。いい加減、身を固めなくてはならないんだけれど……。そんな気にはなれないでいた。

 当時、公国騎士団の副団長をしていたコンラッドと侍女のニナを伴い、騎士団で有名なイスティリア王国に一年間視察に行くことが決まった。公になる前の最後の視察となるだろう。
 羽を伸ばす大切な時間を過ごそうだなんて思っていた。

 王国から紹介されたのは、ロシスター騎士団だった。王国騎士団の元となった歴史ある騎士団で、領主の館側にある騎士団には騎士学校が併設されており、今も多くの騎士がロシスター騎士団から王都に派遣されている。

 脅えるニナを無理矢理飛竜の背に乗せ、私たちはイスティリア王国ロシスター侯爵領に向かった。


 ***


「「ようこそレイラ様」」
「快く視察を引き受けてくれてありがとう! ここでは一騎士のレイラとして扱ってちょうだい!」

「了解したよ、騎士レイラ」

 跳ねっ返りの私に驚きつつも、どこか楽しげな次期ロシスター侯爵のオリバーとその奥方ソフィアに迎えられた。その際、私はとある男を紹介された。

「クライヴ・ハイドと申します。オリバーの悪友です」

 涼やかな濃紺の髪と瞳のクライヴは、落ち着いた雰囲気の中に少年を持ち合わせたような人好きのする男だった。

「クライヴもよろしく。レイラと呼んでね」

 イスティリア王国では闇属性の者への迫害意識が特に強いと聞いていたのに、歳が近いこともあってか、私たち四人はすぐ意気投合した。
 四人で過ごす機会が多くなり、オリバーとソフィアが二人の世界に浸り始めると、おのずとクライヴと話している時間が増えた。


 熱情に身を焦がすような恋ではなかった。じわりじわりとクライヴに引き寄せられていて、一緒に過ごすのが当たり前になっていた。

「ずっとこのままで居られたらいいのに」
「もうそろそろ、血相を変えたコンラッドが登場する頃だね」
「あいつってば目ざといのよ」

 膨らませた頬をクライヴの指先で潰される。
 私はクライヴとの間に生まれる心地よい空気が好きで、その空間に身をゆだねるようになっていた……。

 そして、私とクライヴは恋人の関係になった。

 クライヴを愛しても、添い遂げることは出来ないと分かっている。私は公国の公となるし、クライヴは伯爵領を継ぐから。
 公国も民も捨てることはしない。でも……。公女でいる間に。自由が利くうちに……。最後に一度だけで良い……。クライヴだけの、愛した人のものになりたい……。

 最初で最後の愛する男に全てを捧げた。

 若気の至りとは思わないし、今後クライヴ以外に身をゆだねられる男など現れはしない。その時、私がした覚悟については、一切後悔していない。


 ***


「うっ――」
「レイラ様!? まさか……、ご懐妊されているのでは?」

 月のモノが途絶えていた。あと二月でウィンドラ公国に帰るのに。だが、側に居るニナは知られてしまった。

「お願い、ニナ。まだ誰にも言わないで。この子をどうしても生みたいの」

 愛するクライヴの子を産める機会に恵まれたのだ。誰にも邪魔立てなどさせない。

「私はレイラ様の侍女で、いついかなる時にも貴女様の味方です。コンラッドに知られるのを限りなく延ばしましょう」
「ニナがいてくれて心強いわ……」


 その日、私はクライヴに妊娠したことを告げた。驚くことも嫌がることも困ることさえもなく、クライヴはただ心静かに私とお腹の中の子を受け入れてくれた。

「俺の子を身籠ってくれてありがとう。身体を大事にしていかないとならないな? 騎士に交じって訓練するのもほどほどにしなさい」

 そう言ってお腹に手を触れ、少年のような笑みを見せた後、私を優しく抱きしめてくれた。




 しかし、もともと痩せぎみだった私の体型の変化に、あの粘着質なコンラッドが気づかないはずがなかった。

「公より書状が届いております」

 とうとう父にばれたのだ。コンラッドは悪い奴ではない。職務に忠実な男なのだ。彼は事実を父に報告しただけ。私は恐る恐る父からの手紙を開いた。

“子を生む事は仕方がない。だが、生んで三月経ったらお前だけで戻ってこい。即位の準備を進めておく。子を連れ帰る事は許さん。次の公となる者がどこの馬の骨とも分からん未婚の子を生むなど言語道断。国民に悟られるわけにはいかん。お前の身体を考えて苦渋の決断をした事を、ゆめゆめ忘れるな”

 父の精一杯の落としどころだったと思う。生ませてくれるだけでもありがたかった。私は二月後、ロシスター騎士団の視察を終え、目立ち始めたお腹でクライヴの待つハイド領に向かった。
 クライヴが先にハイド領に行き、出産の準備を整えてくれていた。

「元気な赤ちゃんを産んでね。心配な事があれば手紙をちょうだい! ハイドならすぐに行けるから!」
「生まれたら必ず会いに行くからな。クライヴにも伝えてくれ」

 オリバーとソフィアは心からの友。生涯の絆を結べた夫婦ともお別れだ。

「男の子ならロシスターで鍛えてもらいたいわ。女の子なら……。三騎士の誰かのお嫁さんかしら?」
「家の息子たちは、将来優良物件になるわよー」

 賢そうなウォルトに逞しいブルーノ。そして――
 私たち大人が別れを惜しんでいると、オリバーとソフィアの三男でまだ少し前に歩き始めたばかりのユージーン君が、覚束ない足どりで私の所にトタトタとやって来た。

「ふへへっ」

 フワフワとした柔らかい金の髪に金のつぶらな瞳。宗教画から飛び出した可愛い天使が、小さな手で私のお腹に振れた。

「ユージーン君。生まれたらこの子をよろしくお願いね」

 仕掛人形のようにカクカクと、大きな頭を振って頷いている。たった一歳でも、私の気持ちが伝わっているのだろう。赤子とは不思議なものだ。

「ありがとう……。オリバーもソフィアも元気で。またいつか会いましょう!」

 これがオリバーとソフィアに会った最後だった。ソフィアとはこんなにも早く、二度と会うことが叶わなくなるなんて……。考えもしていなかった……。
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