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第1章 黒領主の婚約者
7 ユージーン・ロシスター その1
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ユージーン・ロシスター
ロシスター侯爵家の三男として俺は生まれた。『天使の様』とよく例えられるめずらしい黄金の髪と瞳に、万人受けする甘めの顔が幼い頃からの自慢だ。
最近になってハイドの領民たちが『腹黒天使』などと呼んでくる。失敬な奴等だ。
俺とクローディアが出会ったのは、俺が十二歳でクローディアが十歳の時だった。子どもの頃のたった五日間の記憶だが、淡い思い出は年月を重ねる毎に、より鮮明になる……。
そう。俺は当時を鮮やかに覚えているのだが、彼女はもうとっくに俺のことを忘れていたのだろう……。切ない……。
クローディアの父、クライヴ・ハイド伯爵と、俺の父、オリバー・ロシスター侯爵が学生時代からの親友で、一度だけ伯爵領まで遊びに行った時に初めて彼女に会った。
「はじめまして。クローディアです」
俺とはまた別の意味で、めずらしいといわれる黒の髪と黒の瞳を持つ少女。一般的に良いイメージを持たれないとは知っていたが、実際目の当たりにすると、それは些末なことだと思った。
彼女はとても愛らしくて、慎ましやかな少女であった。仲良くなりたいと素直に思ったものだ。
だが、交流を重ねていくと、気になることがあった……。
「父上……。もしかすると、クローディアには母君が……」
クローディアは伯爵の話ばかりをし、母親の話題を一切してこなかった。疑問に思った俺の問いに、父は悲痛な面持ちで説明したのだ。
「クライヴの奥さんは遠い異国のお姫様で、今は国に帰っているんだよ。クローディアはユージーンよりも年下だし、まだそのことを知らないんだ。だから、クローディアの前ではけして、お母さんの話をしてはいけないよ」
本人も知らない秘密を知ってしまい、否が応なしにクローディアの存在を意識した。何も知らない無垢な彼女を、自分が守ってあげたいと思った。
気づいた時には、ほんのわずかな時間しか経たぬうちに、俺はクローディアから目が離せなくなっていたのだ。
切っ掛けなんてそんなもんだろう?
憐れみや同情もあったのかもしれない。でも、それすら抱けない他人が多いんだよな……。
――俺が太陽なら彼女は月――
イスティリア王国の者なら幼い頃必ず眠る前に聞かされる、お伽噺の「月と太陽」みたいだと夢想した。ませたガキだったと自分でも思うが、太陽のようにクローディアを自分のものにしたい衝動に駆られたりもした。
後々に、あれは運命だったと考えるようになることもあるが、その真只中に運命だと気づく場合も生きていれば稀にある。
クローディアとの出会いは俺にとって、正に後者の感覚だった。
「クローディアは、将来の夢とかあるの?」
「夢……? う~んとね、沢山の家族に囲まれて暮らすこと……」
きっと、伯爵にも言えない気持ちを、俺にだけ教えてくれたのだろう。恥ずかしそうに俯いたクローディアを思い切り抱きしめたかったが昂りを抑え、そっと彼女の手を握った。
「大丈夫。必ずきっと、その夢は叶うよ」
「ありがとう……」
驚きつつも、親指を微かに握り返してくれたクローディア……。彼女の隣には、小さなミュゲの白い花が風に揺られて綻んでいた――
どんな手を使ってでも、俺がそのささやかな夢を叶えようと心に決めた日――あの手の温もりとクローディアを中心とした美しい光景を、俺は忘れたことがない。
ロシスター領に帰る前日の夜、ハイド伯爵と父にクローディアと婚約させてほしいと願ったが、伯爵にこう返された。
「あの娘はとても内気でね。人一倍自分の気持ちを伝えるのが苦手な娘だ。私はクローディアに、好きになった人と結婚してほしいと思っている。だから、クローディアが成人を迎え、自分の意志で決められるまで、婚約者は決めないよ? きちんとクローディアが、ユージーン君を好きだと言えるようになるまで、待っていてくれないかな?」
「はい!」
無理強いするつもりも、家同士の繋がりのために婚約するつもりもなかった。伯爵の言葉に従い、俺はクローディアが成人するまで大人しく待つことにした。
父からは、ハイド伯爵領に婿に入りたいなら来年から留学し、四年間他国で学んでくると良いと提案された。
王都にあるイスティリア王国国立学園は、十三歳から十五歳の貴族の男子と領主になる予定の貴族の女子が、騎士科・魔法科・文官科・領地科の四つの科にわかれ、それぞれの科で三年間学ぶ。
俺も翌年から通う予定だったが、ロシスター侯爵家は騎士家系で、必ず騎士科に入らせられる。一年間クローディアと学園生活を送れるが、俺が領地科の生徒と関わることはほとんどない。
それなら留学して、クローディアの役に立つ知識を学びたかった。そもそも鍛錬は日課で、ロシスターの騎士たちと本格的に行っている。生意気だが大人にも負けない自信が当時からあった。
クローディアが成人する一年前にはイスティリア王国に戻れる。それから一年かけて俺のことを知ってもらおう。
彼女と再び交流すれば想ってもらえる自信があったし、不幸など身に振りかかったことのない俺は、意気揚々として留学した。
本当に俺は、世の中を知らない自惚れたガキだったんだよな――
ロシスター侯爵家の三男として俺は生まれた。『天使の様』とよく例えられるめずらしい黄金の髪と瞳に、万人受けする甘めの顔が幼い頃からの自慢だ。
最近になってハイドの領民たちが『腹黒天使』などと呼んでくる。失敬な奴等だ。
俺とクローディアが出会ったのは、俺が十二歳でクローディアが十歳の時だった。子どもの頃のたった五日間の記憶だが、淡い思い出は年月を重ねる毎に、より鮮明になる……。
そう。俺は当時を鮮やかに覚えているのだが、彼女はもうとっくに俺のことを忘れていたのだろう……。切ない……。
クローディアの父、クライヴ・ハイド伯爵と、俺の父、オリバー・ロシスター侯爵が学生時代からの親友で、一度だけ伯爵領まで遊びに行った時に初めて彼女に会った。
「はじめまして。クローディアです」
俺とはまた別の意味で、めずらしいといわれる黒の髪と黒の瞳を持つ少女。一般的に良いイメージを持たれないとは知っていたが、実際目の当たりにすると、それは些末なことだと思った。
彼女はとても愛らしくて、慎ましやかな少女であった。仲良くなりたいと素直に思ったものだ。
だが、交流を重ねていくと、気になることがあった……。
「父上……。もしかすると、クローディアには母君が……」
クローディアは伯爵の話ばかりをし、母親の話題を一切してこなかった。疑問に思った俺の問いに、父は悲痛な面持ちで説明したのだ。
「クライヴの奥さんは遠い異国のお姫様で、今は国に帰っているんだよ。クローディアはユージーンよりも年下だし、まだそのことを知らないんだ。だから、クローディアの前ではけして、お母さんの話をしてはいけないよ」
本人も知らない秘密を知ってしまい、否が応なしにクローディアの存在を意識した。何も知らない無垢な彼女を、自分が守ってあげたいと思った。
気づいた時には、ほんのわずかな時間しか経たぬうちに、俺はクローディアから目が離せなくなっていたのだ。
切っ掛けなんてそんなもんだろう?
憐れみや同情もあったのかもしれない。でも、それすら抱けない他人が多いんだよな……。
――俺が太陽なら彼女は月――
イスティリア王国の者なら幼い頃必ず眠る前に聞かされる、お伽噺の「月と太陽」みたいだと夢想した。ませたガキだったと自分でも思うが、太陽のようにクローディアを自分のものにしたい衝動に駆られたりもした。
後々に、あれは運命だったと考えるようになることもあるが、その真只中に運命だと気づく場合も生きていれば稀にある。
クローディアとの出会いは俺にとって、正に後者の感覚だった。
「クローディアは、将来の夢とかあるの?」
「夢……? う~んとね、沢山の家族に囲まれて暮らすこと……」
きっと、伯爵にも言えない気持ちを、俺にだけ教えてくれたのだろう。恥ずかしそうに俯いたクローディアを思い切り抱きしめたかったが昂りを抑え、そっと彼女の手を握った。
「大丈夫。必ずきっと、その夢は叶うよ」
「ありがとう……」
驚きつつも、親指を微かに握り返してくれたクローディア……。彼女の隣には、小さなミュゲの白い花が風に揺られて綻んでいた――
どんな手を使ってでも、俺がそのささやかな夢を叶えようと心に決めた日――あの手の温もりとクローディアを中心とした美しい光景を、俺は忘れたことがない。
ロシスター領に帰る前日の夜、ハイド伯爵と父にクローディアと婚約させてほしいと願ったが、伯爵にこう返された。
「あの娘はとても内気でね。人一倍自分の気持ちを伝えるのが苦手な娘だ。私はクローディアに、好きになった人と結婚してほしいと思っている。だから、クローディアが成人を迎え、自分の意志で決められるまで、婚約者は決めないよ? きちんとクローディアが、ユージーン君を好きだと言えるようになるまで、待っていてくれないかな?」
「はい!」
無理強いするつもりも、家同士の繋がりのために婚約するつもりもなかった。伯爵の言葉に従い、俺はクローディアが成人するまで大人しく待つことにした。
父からは、ハイド伯爵領に婿に入りたいなら来年から留学し、四年間他国で学んでくると良いと提案された。
王都にあるイスティリア王国国立学園は、十三歳から十五歳の貴族の男子と領主になる予定の貴族の女子が、騎士科・魔法科・文官科・領地科の四つの科にわかれ、それぞれの科で三年間学ぶ。
俺も翌年から通う予定だったが、ロシスター侯爵家は騎士家系で、必ず騎士科に入らせられる。一年間クローディアと学園生活を送れるが、俺が領地科の生徒と関わることはほとんどない。
それなら留学して、クローディアの役に立つ知識を学びたかった。そもそも鍛錬は日課で、ロシスターの騎士たちと本格的に行っている。生意気だが大人にも負けない自信が当時からあった。
クローディアが成人する一年前にはイスティリア王国に戻れる。それから一年かけて俺のことを知ってもらおう。
彼女と再び交流すれば想ってもらえる自信があったし、不幸など身に振りかかったことのない俺は、意気揚々として留学した。
本当に俺は、世の中を知らない自惚れたガキだったんだよな――
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