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22 帰り道で二つの邂逅
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「今日も同期で同級生の子と外食?」
「はい。この前やっと会えたので、これからは時々ご飯を一緒することにしたんです」
「俺も一緒に連れてってぇー」
「係長、ノーラさん、お先に失礼します」
「ハッハッハッ。モニカもマサの扱いが上手くなったな。よし、待たせたら可哀想だ。早くあがれ」
私は引き続き、課内でノーラさんから事務作業を教わっていた。ユリアン様とは顔を合わせていない。
あちらから執務室に呼ばれることはなく、モヤモヤしながらも明るい先輩たちに助けられて、なんとか平常心でお勤めしていた。
「ごめん、モニカ。急な家の用事が入ったの。今度お詫びにご馳走するから、今日は行けない」
「残念だけど仕方がないわ。また次回を楽しみにしてるね」
たまにはこんな日もある。寮には外食すると話していたため、一人でサラさんに教えてもらったお店に来た。
「おや、今日は一人かい?」
「急な用事が入ったみたいなの。――ええと、今日のおすすめください」
「はいよ」
お店での注文方法も覚えて一瞬嬉しくなったが、やはり一人の食事は味気ない。
(ユリアン様の手料理、いつも美味しかったな)
私は料理をいただきながら、森のコテージでの日々を思い出していた。
「ちょいと、ねえ? あんた?」
「あっ、はい」
「そろそろ飲んだくれが増えてくる時間だ。お嬢さんは早めに帰った方が良いよ。店の中なら守ってやれるけど、外で何かあってもどうしようもないからね」
長い時間思い出に耽り、ボウッとしていた。私はいそいそとお会計を済ませ店を出る。
帝都の日照時間もだいぶ短くなった。日暮れから真っ暗になるまでが早い。
暗い夜道を寂しい気持ちで、一人とぼとぼと歩く。
「お嬢さん、そんな思い詰めた顔をして歩いていたら、人さらいが近づいて来ても気づきませんよ?」
「きゃっ!」
急に声をかけられ驚いて振り向くと、そこには卒業パーティーでご一緒したモーガンさんがいた。
「モーガンさん――でしたよね?」
「覚えてもらっていたようで光栄です。しかし、本当に考え事をしながら歩いていては危険ですよ? 寮に戻られるのであれば、ご一緒しましょう」
「確かに無用心でしたね。ありがとうございます」
私はお言葉に甘えて、モーガンさんと一緒に帰ることにした。同じ官僚仲間だし、これなら安心だ。
「しかし、モニカ嬢は恋でもしているのですか? ずいぶん思い悩んでいるようでしたね」
「表情で悩みの種類まで分かるものですか?」
ドンピシャで当てられてしまい、どぎまぎしてしまう。
「これでも私、人の機微や恋愛事情に詳しい方でしてね。多くの女性を見てきましたが、恋する乙女の顔なんて、すぐ分かってしまいますよ」
「そうでしたか。ご存知かと思いますが、今まで本当にその手の経験がなくて……。自分のしている事と気持ちがバラバラなんです」
卒業パーティーの時は、女性を見る目があるからこそ、卒業生を見定めに来ていたのだろう。生真面目そうに見えたのだが婚約者もいると言っていたし、モーガンさんは経験豊富なのかもしれない。
「皆、最初はそうですよ。余裕なんてない。少しずつ慣れていくのです。でも不思議な事に、慣れたと思っていても、相手によっては初めて恋する頃に戻ってしまったりして、本当にままならないものですね」
「難しいのですね。モーガンさんでもそうおっしゃるなら、私は気持ちに余裕を持たせるなど、到底無理な話かもしれません」
もて余すこの気持ちをどうにかするなんて、そもそも私には出来ないのかもしれない。心底そう感じてしまう。
(一生このままだったらどうしよう。苦しいわ)
「モニカ嬢がそれほど思い悩むとは……。どうでしょう、けして他言はしませんし、お相手も詮索しません。少し私に吐き出してはいかがでしょう?」
モーガンさんとは、人生の節目で会う不思議なご縁があるのかもしれない。当たり障りのない範囲で話してみたくなった。
「最近、初めて人を好きになったと気づきました。多分、互いに想い合っているのだとは思います。私に気持ちがあるような事を言ってもらいましたから。ですが、その人とは家の事情で将来の約束ができません」
「家庭の事情ですか。その状況が変わることはないのですか?」
「可能性はありますが、ずっと何年も同じ状況みたいでしたから……。今後変わることは難しそうです」
「そうですか……」
モーガンさんは他人事なのに、真剣に考えてくれている。月明かりが照らす石畳の道を二人静かに歩く。もうすぐ寮に到着だ。
「モニカ嬢はどうなるのが一番良いと考えているのですか?」
「先日、学生の頃唯一私の事を理解してくれた友人と話しました。それで気がついたのです。相手の方には家の事も大切ですが、ご自身の幸せを選んで欲しいと」
モーガンさんの顔が苦しげに歪められた。
「モニカ嬢……。貴女って人は……。なぜ貴女自身の幸せや都合を考えないのです?」
「私はそもそも、帝国の恋愛事情から外れた人間です。それにその方が私を想って言ってくれた言葉の意味が、今になってやっと理解出来たのです」
『そして、モニカの初めてを一緒に過ごし、二人で笑い合う事は、自分への褒美でもあったんだ。同じように仮面を被って押さえ付けて来た私自身へのご褒美だと思った……』
ユリアン様がどんな気持ちを抱え、苦しみながらも私の幸せを願ってくれていたのかが、今になって身に染みてわかる。私よりもずっとずっと長い間苦しんでいたのに……。
私だって、ずっと仮面を被って帝国と皇族のために生きてきたユリアン様にご褒美を差し上げたい。喜ぶユリアン様を側で見続けることが出来たなら、それこそが私にとっての幸せにもなる……。
声を上げてはいけない。二度しか会った事のない異性に涙を見せてはいけない。そう思っても、ユリアン様を想うと感情が昂ってしまう。
「モニカ嬢……なんて顔をなされるのですか……」
モーガンさんの手が伸び、私の頬をつたった涙を拭おうと触れかけたその時――
――ゴツッ――
「くっ」
モーガンさんの腕に氷の礫が当たり、ゴロリと落ちた。
「ユリアン様!」
礫が放たれた方を見ると、そこにはいつものようにフルのマスカレードマスクを身につけたユリアン様が立っていた。
「女子寮の前で私の係の職員に手を出そうとは、感心しませんね、モーガン」
「誤解です、ユリアン様。私にも職務がありますゆえ、何卒ご理解ください」
「そうですか。しかし、逸脱はしないように。行きますよ、モーガン! ――モニカは早く寮に入ってください」
「はっ」
「はい……」
モーガンさんに礼をし、慌てて寮の扉へと向かう。チラっと振り返ったが、ユリアン様は私に背を向け、颯爽と城の方へと向かっていた。
「キュウッ」
久しぶりのユリアン様に、甘えるようにココが鳴く。でも、ユリアン様は黙って歩き続けられた。
(ユリアン様……振り返ってもくれない……)
無機質なマスクで表情もわからない。私が馴染んでしまったあの優しい口調でもない。
ただ、少し低い声音からして、不機嫌だったことは間違いない。
ずっと、私の方からユリアン様を避けていたのだ。怒っていて当然。しかも、夜寮を抜け出してモーガンさんと会っていたと思われても仕方のない状況。
モーガンさんにも悪いことをしてしまった……。
(ごめんなさい……)
はしたなくも、私は寮の自室まで駆け上がった。いつもなら充実した一日を振り返って、ココと一緒に温かな布団で眠るのに、今夜の布団は季節の変わり目だからか一際冷たい。
ココが不安げに鳴きながらすり寄って来ている気がするけれど、身体が動かない。
「ココもごめんね。不甲斐ない飼い主で……」
ユリアン様がどんな想いで私に接してくれていたのか分かったと思えた日なのに、初めてユリアン様から拒絶されたと感じた。ほんの数日前までは、森のコテージであんなに笑い合っていたのに。
(違う。執務室に顔を出さなくなったのは私の勝手で、好きな気持ちに翻弄されてうまく立ち回れない自分が悪い。当然の結果だわ)
そう納得させようとしても、心がメリメリと潰されるかのように痛んだ。
その日、私は生まれて初めて、着替えもせず布団に突っ伏したまま泣き疲れ眠った――
「はい。この前やっと会えたので、これからは時々ご飯を一緒することにしたんです」
「俺も一緒に連れてってぇー」
「係長、ノーラさん、お先に失礼します」
「ハッハッハッ。モニカもマサの扱いが上手くなったな。よし、待たせたら可哀想だ。早くあがれ」
私は引き続き、課内でノーラさんから事務作業を教わっていた。ユリアン様とは顔を合わせていない。
あちらから執務室に呼ばれることはなく、モヤモヤしながらも明るい先輩たちに助けられて、なんとか平常心でお勤めしていた。
「ごめん、モニカ。急な家の用事が入ったの。今度お詫びにご馳走するから、今日は行けない」
「残念だけど仕方がないわ。また次回を楽しみにしてるね」
たまにはこんな日もある。寮には外食すると話していたため、一人でサラさんに教えてもらったお店に来た。
「おや、今日は一人かい?」
「急な用事が入ったみたいなの。――ええと、今日のおすすめください」
「はいよ」
お店での注文方法も覚えて一瞬嬉しくなったが、やはり一人の食事は味気ない。
(ユリアン様の手料理、いつも美味しかったな)
私は料理をいただきながら、森のコテージでの日々を思い出していた。
「ちょいと、ねえ? あんた?」
「あっ、はい」
「そろそろ飲んだくれが増えてくる時間だ。お嬢さんは早めに帰った方が良いよ。店の中なら守ってやれるけど、外で何かあってもどうしようもないからね」
長い時間思い出に耽り、ボウッとしていた。私はいそいそとお会計を済ませ店を出る。
帝都の日照時間もだいぶ短くなった。日暮れから真っ暗になるまでが早い。
暗い夜道を寂しい気持ちで、一人とぼとぼと歩く。
「お嬢さん、そんな思い詰めた顔をして歩いていたら、人さらいが近づいて来ても気づきませんよ?」
「きゃっ!」
急に声をかけられ驚いて振り向くと、そこには卒業パーティーでご一緒したモーガンさんがいた。
「モーガンさん――でしたよね?」
「覚えてもらっていたようで光栄です。しかし、本当に考え事をしながら歩いていては危険ですよ? 寮に戻られるのであれば、ご一緒しましょう」
「確かに無用心でしたね。ありがとうございます」
私はお言葉に甘えて、モーガンさんと一緒に帰ることにした。同じ官僚仲間だし、これなら安心だ。
「しかし、モニカ嬢は恋でもしているのですか? ずいぶん思い悩んでいるようでしたね」
「表情で悩みの種類まで分かるものですか?」
ドンピシャで当てられてしまい、どぎまぎしてしまう。
「これでも私、人の機微や恋愛事情に詳しい方でしてね。多くの女性を見てきましたが、恋する乙女の顔なんて、すぐ分かってしまいますよ」
「そうでしたか。ご存知かと思いますが、今まで本当にその手の経験がなくて……。自分のしている事と気持ちがバラバラなんです」
卒業パーティーの時は、女性を見る目があるからこそ、卒業生を見定めに来ていたのだろう。生真面目そうに見えたのだが婚約者もいると言っていたし、モーガンさんは経験豊富なのかもしれない。
「皆、最初はそうですよ。余裕なんてない。少しずつ慣れていくのです。でも不思議な事に、慣れたと思っていても、相手によっては初めて恋する頃に戻ってしまったりして、本当にままならないものですね」
「難しいのですね。モーガンさんでもそうおっしゃるなら、私は気持ちに余裕を持たせるなど、到底無理な話かもしれません」
もて余すこの気持ちをどうにかするなんて、そもそも私には出来ないのかもしれない。心底そう感じてしまう。
(一生このままだったらどうしよう。苦しいわ)
「モニカ嬢がそれほど思い悩むとは……。どうでしょう、けして他言はしませんし、お相手も詮索しません。少し私に吐き出してはいかがでしょう?」
モーガンさんとは、人生の節目で会う不思議なご縁があるのかもしれない。当たり障りのない範囲で話してみたくなった。
「最近、初めて人を好きになったと気づきました。多分、互いに想い合っているのだとは思います。私に気持ちがあるような事を言ってもらいましたから。ですが、その人とは家の事情で将来の約束ができません」
「家庭の事情ですか。その状況が変わることはないのですか?」
「可能性はありますが、ずっと何年も同じ状況みたいでしたから……。今後変わることは難しそうです」
「そうですか……」
モーガンさんは他人事なのに、真剣に考えてくれている。月明かりが照らす石畳の道を二人静かに歩く。もうすぐ寮に到着だ。
「モニカ嬢はどうなるのが一番良いと考えているのですか?」
「先日、学生の頃唯一私の事を理解してくれた友人と話しました。それで気がついたのです。相手の方には家の事も大切ですが、ご自身の幸せを選んで欲しいと」
モーガンさんの顔が苦しげに歪められた。
「モニカ嬢……。貴女って人は……。なぜ貴女自身の幸せや都合を考えないのです?」
「私はそもそも、帝国の恋愛事情から外れた人間です。それにその方が私を想って言ってくれた言葉の意味が、今になってやっと理解出来たのです」
『そして、モニカの初めてを一緒に過ごし、二人で笑い合う事は、自分への褒美でもあったんだ。同じように仮面を被って押さえ付けて来た私自身へのご褒美だと思った……』
ユリアン様がどんな気持ちを抱え、苦しみながらも私の幸せを願ってくれていたのかが、今になって身に染みてわかる。私よりもずっとずっと長い間苦しんでいたのに……。
私だって、ずっと仮面を被って帝国と皇族のために生きてきたユリアン様にご褒美を差し上げたい。喜ぶユリアン様を側で見続けることが出来たなら、それこそが私にとっての幸せにもなる……。
声を上げてはいけない。二度しか会った事のない異性に涙を見せてはいけない。そう思っても、ユリアン様を想うと感情が昂ってしまう。
「モニカ嬢……なんて顔をなされるのですか……」
モーガンさんの手が伸び、私の頬をつたった涙を拭おうと触れかけたその時――
――ゴツッ――
「くっ」
モーガンさんの腕に氷の礫が当たり、ゴロリと落ちた。
「ユリアン様!」
礫が放たれた方を見ると、そこにはいつものようにフルのマスカレードマスクを身につけたユリアン様が立っていた。
「女子寮の前で私の係の職員に手を出そうとは、感心しませんね、モーガン」
「誤解です、ユリアン様。私にも職務がありますゆえ、何卒ご理解ください」
「そうですか。しかし、逸脱はしないように。行きますよ、モーガン! ――モニカは早く寮に入ってください」
「はっ」
「はい……」
モーガンさんに礼をし、慌てて寮の扉へと向かう。チラっと振り返ったが、ユリアン様は私に背を向け、颯爽と城の方へと向かっていた。
「キュウッ」
久しぶりのユリアン様に、甘えるようにココが鳴く。でも、ユリアン様は黙って歩き続けられた。
(ユリアン様……振り返ってもくれない……)
無機質なマスクで表情もわからない。私が馴染んでしまったあの優しい口調でもない。
ただ、少し低い声音からして、不機嫌だったことは間違いない。
ずっと、私の方からユリアン様を避けていたのだ。怒っていて当然。しかも、夜寮を抜け出してモーガンさんと会っていたと思われても仕方のない状況。
モーガンさんにも悪いことをしてしまった……。
(ごめんなさい……)
はしたなくも、私は寮の自室まで駆け上がった。いつもなら充実した一日を振り返って、ココと一緒に温かな布団で眠るのに、今夜の布団は季節の変わり目だからか一際冷たい。
ココが不安げに鳴きながらすり寄って来ている気がするけれど、身体が動かない。
「ココもごめんね。不甲斐ない飼い主で……」
ユリアン様がどんな想いで私に接してくれていたのか分かったと思えた日なのに、初めてユリアン様から拒絶されたと感じた。ほんの数日前までは、森のコテージであんなに笑い合っていたのに。
(違う。執務室に顔を出さなくなったのは私の勝手で、好きな気持ちに翻弄されてうまく立ち回れない自分が悪い。当然の結果だわ)
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