上 下
13 / 35

13 第二皇子は手料理をご所望です

しおりを挟む
「おはよう、モニカ」
「おはようございます、ユリアン様」

 今朝も係長たちに急かされるように、ユリアン様の執務室へとやって来た。
 晴れて城勤めの官僚となって二週間、相変わらず公務をされている気配があまりないユリアン様と、そのペットのココと第二皇子の執務室で過ごす事が多かった。

「ココも元気そうだね」
「ミュ」

 最近は私がココと名付けた銀の毛玉に、二人で言葉を教えたり芸を仕込んだりしている。時に、私が夜コッソリ教えた得意技を披露してユリアン様を驚かせるのが面白い。ココが小さな羽をはためかせ初めて空を飛んだ日には、二人とも柄にもなく大きな声を上げて喜んだ。

 “試用期間で研修中の身だから、先ずは皇族の御気持ちに誠実に答える事を徹底しなさい”と、先輩方に言われれば、その通りだと思う。

 知識だけが仕事で活かされるのではないと痛感しながらも、ユリアン様の無茶振りを結果楽しんでいる自分がいて困惑したりもする。

「実はねモニカ。今朝食欲がないと思って朝食を抜いてしまって、そのせいか今日はなんだか調子が出ないよ。お腹が空いて来たのかもしれないね」
「それならば、お休みになられるか厨房に連絡を入れましょうか?」

 ユリアン様が力無さげに左右に首を振る。ココが心配そうにユリアン様に近づいて、手をペロペロと舐めた。
 だが、私は騙されない。甘えたような声を出した時は、無茶振りをする前兆だ。しかし、ここで何を言われても対応するのが第二皇子係の勤め。

「だからモニカが料理を作って」
「私が!? ですか?」
「そうだよ。モニカの手料理が食べたいんだ」

 この御方、私が公爵令嬢と知っているはず。厨房に立った経験などあるわけないのに。

(昨日、実家の料理長が寮に送ってくれた焼き菓子でも、空間収納魔法で出そうかな?)

 でも、ユリアン様は敢えて私に何か作って欲しいと言ったのだ。他人の料理を出すなど、はなから敗北宣言するようで悔しい。それに、今の私は官僚だ。主の期待に答えようともせず諦めるなど、もっての外だ。

(本を見ながら作れば大丈夫よね? プロの料理人なら才能が必要かもしれないけれど、栄養を摂るために作るのなら……)

「かしこまりました、今から厨房へ行って参ります」

 すると、楽しげな声で「私も行くよ」と、ユリアン様がついて来た。見られながら初めて料理をするのは気まずいけれど、こうなれば仕方がない。

 可哀想なのは調理部の職員たち。突然現れた第二皇子殿下に恐縮している。第二王子係の職員が、ユリアン様に慣れるところから開始するのは間違いではないのだろう。
 私は事情を説明し、食材を貰って厨房設備を借りた。

 人払いをしたのはユリアン様のためというより、大勢の人に見られる事を恥じらう気持ちと調理部の職員たちへの配慮があったから。ユリアン様はココを撫でながら、興味津々の御様子で大層御満悦そうだ。

(人の気も知らないで、無邪気過ぎるわね。さて、やってみますか。本に書いてあることを、そのままの手順でなぞれば良いのだから)



 けれど、そのままの手順を行う事が意外と難しい。
 指先と顔に、学生の時身に付けた保護魔法を掛けていなければ、私の指は第二関節まで詰められていただろう。

「モ、モニカ……。大丈夫かな?」
「はい、全く問題ありません。順調に食材を処理出来ています。次は火を通しますね」

 顔には火傷を負っていたかもしれない。火の属性を持つ私は道具を使わず火を起こせるので、取り敢えず自分の中のイメージで強火や弱火の調整をしたが、予想より火力が強かった。一部焦げた物もあるが、反対側は大丈夫、綺麗なままだ。

「モニカ……。申し訳ないけれど、お腹が空いていたのは気のせいだったかもしれない」
「出来上がりはもう少しの予定ですから、せっかくなので完成させてしまいます。多かったら残してください」

(今更気のせいとは、本当に自由な御方。初めての料理がやっと完成しそうなのだから、最後までやり遂げたいわ!)

 調味料の名前が本に書かれていても、どれが何と言う種類か分からなかった。仕方がないので少し舌に乗せ、塩辛さや甘さ、酸味などであたりを付け味をつけて行く。
 仕上げに香りがある調味料や香草で、なんとなく今まで食べてきた料理を再現してみた。
 焦げた部分を除けば、見た目はそれなりに上手く出来たと思う。

(上出来かもしれない。いい香りだわ)

 最初に焦がしてしまったので、以降どれくらい火に通せば良いのか分からなかったから、全ては見た目重視で作ってみた。料理とは本に書いてある通り行かなくても、オリジナリティーを出せてなかなか奥深く面白いかもしれない。

「ユリアン様、お待たせしました。どうぞ召し上がってください!」
「ああ、ここまで独創性のある料理は初めてだよ。ありがたくいただくね……」

 食事を摂れるよう空間が広がったマスクの下から器用にフォークを入れ、私が初めて作った料理を食べるユリアン様。
 マスクの下の表情は分からないが、私が料理を完成させた事に驚いているようだし、ゆっくり噛みしめながら味わって完食してくれた。

「ありがとうモニカ、これでしばらくは食欲を押さえられそうだ」
「ありがとうございます!」

 私が作った物で、一人の人が喜んでくれる。なんて幸せな感覚だろう。料理にハマってしまいそうだ。

「モニカ……、今日は一人でやりたい事があったのを忘れていたよ。ココと係に戻って、たまには皆と一緒にデスクワークをしていて」
「えっ? 左様でしたか。それではココを連れて係に戻ります」
「ああ、ご馳走様」

 係へ戻りながら私は考える。

(ゲームで人の裏や真意を見抜くための力を、命を預けココの世話と名付けで人柄を、料理で初めての事をどこまで真摯に対応するのかを。ユリアン様は私を見極めている最中なのかもしれない)

 私はドロテアの策に嵌まり苛められた。それなりに仕返しをした事もご存知だろう。公爵令嬢の立場にしがみ付いているかどうか、ユリアン様とすれば気になって当然だ。

(まだまだ信頼を得るには足りないという事ね。もっと頑張らないと!)




 第二皇子がフラつきながら執務室へと戻る。
 間を空けず、第二皇子係のレンがその部屋に入って行った。

「何か飲み物を御持ちしましょうか?」
「気遣いは不要だ。モニカの手料理だけ入った身体をしばらく堪能したい」
「殿下がドMとは存じませんでした」

 「何とでも言うが良い」と反論もせず、ユリアンは執務机の引き出しから書類の束を取り出し、目を通し始める。

「モニカ様でも不器用なところはあるもんですね。可愛らしいじゃあないですか」
「お前と喜びを共有したくはない。忘れろ。モニカの料理の腕前は私だけの秘密にする」
「はいはい。承知しました。溜まっていた書類の決済、よろしくお願いいたしますねぇ~。ハッハッハッ」

 豪快に笑いながら部屋を出たレンに構わず、ユリアンはひたすら書類を捌く。口と胃の中は若干気持ち悪く、レンが勧めた通り何か飲みたくもなった。が、モニカが一生懸命作った料理に他の物を混ぜたくはない。

「このままの日々が続けば良い……。でも、本当に私は我儘だな……。欲深いから物足りなくなってしまうよ……」

 マスカレードマスクを取り、自分の綺麗な唇に白く細長い指先を添え、整った眉を切なげに寄せるユリアン。

「うっ。き、気持ち悪い……」

 ユリアンはその日の午後、溜まりに溜まった公務をこなしながらも、吐き気と腹痛に襲われていた――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

二度目の結婚は異世界で。~誰とも出会わずひっそり一人で生きたかったのに!!~

すずなり。
恋愛
夫から暴力を振るわれていた『小坂井 紗菜』は、ある日、夫の怒りを買って殺されてしまう。 そして目を開けた時、そこには知らない世界が広がっていて赤ちゃんの姿に・・・! 赤ちゃんの紗菜を拾ってくれた老婆に聞いたこの世界は『魔法』が存在する世界だった。 「お前の瞳は金色だろ?それはとても珍しいものなんだ。誰かに会うときはその色を変えるように。」 そう言われていたのに森でばったり人に出会ってしまってーーーー!? 「一生大事にする。だから俺と・・・・」 ※お話は全て想像の世界です。現実世界と何の関係もございません。 ※小説大賞に出すために書き始めた作品になります。貯文字は全くありませんので気長に更新を待っていただけたら幸いです。(完結までの道筋はできてるので完結はすると思います。) ※メンタルが薄氷の為、コメントを受け付けることができません。ご了承くださいませ。 ただただすずなり。の世界を楽しんでいただけたら幸いです。

【完結】野蛮な辺境の令嬢ですので。

❄️冬は つとめて
恋愛
その日は国王主催の舞踏会で、アルテミスは兄のエスコートで会場入りをした。兄が離れたその隙に、とんでもない事が起こるとは彼女は思いもよらなかった。 それは、婚約破棄&女の戦い?

悪役令嬢はお断りです

あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。 この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。 その小説は王子と侍女との切ない恋物語。 そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。 侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。 このまま進めば断罪コースは確定。 寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。 何とかしないと。 でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。 そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。 剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が 女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。 そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。 ●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ●毎日21時更新(サクサク進みます) ●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)  (第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。

半月後に死ぬと告げられたので、今まで苦しんだ分残りの人生は幸せになります!

八代奏多
恋愛
 侯爵令嬢のレティシアは恵まれていなかった。  両親には忌み子と言われ冷遇され、婚約者は浮気相手に夢中。  そしてトドメに、夢の中で「半月後に死ぬ」と余命宣告に等しい天啓を受けてしまう。  そんな状況でも、せめて最後くらいは幸せでいようと、レティシアは努力を辞めなかった。  すると不思議なことに、状況も運命も変わっていく。  そしてある時、冷徹と有名だけど優しい王子様に甘い言葉を囁かれるようになっていた。  それを知った両親が慌てて今までの扱いを謝るも、レティシアは許す気がなくて……。  恵まれない令嬢が運命を変え、幸せになるお話。 ※「小説家になろう」「カクヨム」でも公開しております。

【完結】 悪役令嬢は『壁』になりたい

tea
恋愛
愛読していた小説の推しが死んだ事にショックを受けていたら、おそらくなんやかんやあって、その小説で推しを殺した悪役令嬢に転生しました。 本来悪役令嬢が恋してヒロインに横恋慕していたヒーローである王太子には興味ないので、壁として推しを殺さぬよう陰から愛でたいと思っていたのですが……。 人を傷つける事に臆病で、『壁になりたい』と引いてしまう主人公と、彼女に助けられたことで強くなり主人公と共に生きたいと願う推しのお話☆ 本編ヒロイン視点は全8話でサクッと終わるハッピーエンド+番外編 第三章のイライアス編には、 『愛が重め故断罪された無罪の悪役令嬢は、助けてくれた元騎士の貧乏子爵様に勝手に楽しく尽くします』 のキャラクター、リュシアンも出てきます☆

転生先がヒロインに恋する悪役令息のモブ婚約者だったので、推しの為に身を引こうと思います

結城芙由奈 
恋愛
【だって、私はただのモブですから】 10歳になったある日のこと。「婚約者」として現れた少年を見て思い出した。彼はヒロインに恋するも報われない悪役令息で、私の推しだった。そして私は名も無いモブ婚約者。ゲームのストーリー通りに進めば、彼と共に私も破滅まっしぐら。それを防ぐにはヒロインと彼が結ばれるしか無い。そこで私はゲームの知識を利用して、彼とヒロインとの仲を取り持つことにした―― ※他サイトでも投稿中

悪役令嬢に仕立て上げられたので領地に引きこもります(長編版)

下菊みこと
恋愛
ギフトを駆使して領地経営! 小説家になろう様でも投稿しています。

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

処理中です...