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7 公爵令嬢たちの反撃

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 こうして一年間耐え抜いた私は、とうとう卒業パーティーの日を迎えた――

 意中の人に想いを伝える男性陣は、緊張の面持ちでお相手の姿を探し、ここぞとばかりに着飾った女性陣は、少しでも条件の良い男の目に留まるよう、その姿を誇示している。

 相思相愛だった者たちはすんなり晴れて正式な婚約者となるが、大抵は目星を付け機会を伺っていた者たちで、会場内には男女の駆け引きと数多の思惑が渦巻く。
 その年の卒業生を想い続けてきた外部の男性も参戦し、年に一度の恋の戦場いくさばは異様な熱気に包まれていた。

「壁の花にもならない醜い毒花ね」
「ダメですよ。関わるとこちらまで腐ってしまいますわ」

 本来であれば、公爵家に生まれた私は早々に想い人と会場を抜け出すなり、大勢の男性のアプローチを受けお相手を見極めている最中のはずなのだが。

(ま、壁の毒花となっても、意外とダメージは少ないけれどね。ただ……)

 嫌味を言われながらも私は一人、会場の壁際で暇をもて余し、考え事をしながら時間が過ぎるのを待っていた。

 父と母に心配をかけたくない一心で、学生最後の一年間を家では普段通り過ごしてきた。帰れば嫁に行けない事が確定した娘に、両親は嘆き悲しむだろう。いや、私を慰めようとするはずだ。

(パーティーの後の方が辛いかな……)

 内密で貴族の次子や三子、平民に混じって、無事官僚試験を受験した。特待生のサラと互いを高め合いながら、最後まで学年トップの成績を維持した私は、レーヴァンダール帝国トップの成績を修め続けてきたと言っても過言ではない。
 官僚の採用試験の結果には自信がある。程なくして合格通知が家に届くはずだ。その時、官僚になる事を両親にカミングアウトする。

(結婚だけが女の幸せではないはずなのだけれど、やっぱり言い出し辛いわね)

 それでも自分の選択して来た事に悔いはないし、変な男に捕まらず済んだと思えば、いっそ清々しい思いさえしていた。



 私が物思いに耽っていると、眼鏡を掛けた知的な雰囲気の男性に声を掛けられた。

「モニカ様ですね? こんな壁際でどうされたのですか?」
「どなたか存じませんが、私と話していると貴方様の不名誉になりますよ? どうか私にお構い無く」

 明らかに年上で、学生ではない。今年の卒業生を狙って来た一人だろうか。学園内の事情には疎い御方なのだろう。

「おや? 一体どんな不名誉をいただけるのでしょうね。大変興味深く、是非とも賜りたいものです」
「ご覧の通り、私は学園の爪弾き者です。一緒にいると、貴方様の評判にも傷がついてしまいますよ?」

 婚約者を探しに来たのに、私なんかと話していて良いのだろうか。世間の目を気にしない変わり者だとしても、事情を知らない人を巻き込むのははばかられる……。

「私、ひねくれ者でして、全く気になりませんね。モーガンと申します。どうか、今宵は私とお過ごしください。あ、実は私、既に婚約者がおりまして、下心はありませんからご安心を」

(それなら逆に、私のような間違いが起きるはず無い人間と居た方が好都合なのかもしれないわね)

 この方の婚約者からすれば迷惑な話だが、身内のお相手でも見繕うため渋々参加しているのかもしれない。私としても暇をもて余さず良い。

「互いに利があるようですね。では、本日だけお相手ください。ただ、最後に少し騒ぎを起こしますので、その時はどうぞ距離を取ってくださいませ」

 モーガンさんは城勤めをしているそうだ。思わぬところで先輩になる人物と出会い、二人で談笑しながら食べたり飲んだりしている内に時間は過ぎていった。

(サラさんも式だけじゃなく、パーティーにも参加すれば良かったのに)

 サラは卒業式には出席したが、“パーティーは貴族が出ればいい”と参加しなかった。最後なのだし、こうして一緒に飲食するだけでも良かったのだが。

 ――その時、会場内から黄色い歓声が上がった――

「ドロテアさん! セオドア様がお見えになりましたわよ。卒業パーティーには間に合わないと聞いておりましたのに、ドロテアさんのために急いで戻られたのですね」
「留学から戻って来て、久しぶりに逢えた恋人たち……。なんて、素敵なのっ!」

 完全にセオ兄様とドロテアが相思相愛と思っている人たちがはしゃぎだす。が、兄様の戻りが予定通り半月後になると思っていたドロテアの顔色は悪い。

(そりゃそうか。婚約の申し入れは、セオ兄様が帰国したら受けると嘘をついてきたのだもの)

 私を貶め、どんなにアプローチしても兄様はドロテアに靡かない。それでも卒業パーティーさえ終わってしまえば、「前向きなお別れをしたの」だ何だと言って、有耶無耶に出来ると思っていたのだろうが……。


「わ、私に内緒で駆け付けてくれるなんて、本当にセオドア様ってば情熱家なんだから。あまりにも久しぶりで、なんだか緊張するわね」
「きゃあ! お熱いですわ!」

 私はドロテアと囃し立てる人々の会話を集音し、セオ兄様の耳元に届けて聞かせた。兄様の唇が、「クソッタレ」と下品な言葉を紡いでいる。

「早く行っていらして」
「そ、そうね」

 皆の手前、ドロテアはセオお兄様の所へ向かわねばならない。どうやって切り抜けるかで今は頭が一杯だろう。足の動きが鈍い。
 それでも皆に背を押され、兄様の前へとやって来た。

「セオドア様、お久しぶりです。ずっとお会いしたくて仕方なかったです。もしかして、無理をして急いで戻られたんですか?」

 無難な会話で収めたいみたいだけれど、セオ兄様は怒ると恐いのだ。

「ああ、無理無茶して急いで戻ったってのっ! いい加減にしろよ? あんたの嘘のせいで、俺の想い人がどれ程苦しんだと思っている!」
「ひっ!」

 いやいや。皆の視線がセオ兄様と私を行ったり来たりしているが、セオ兄様の想い人――それは私のことではない。
 ドロテアとセオ兄様の嘘の関係が、兄様の想い人のエレナさんの耳に入らない訳がない。兄様は留学中で自分の預かり知らぬ内に、ドロテアの嘘のせいでエレナさんとの関係がギクシャクしていた。
 はじめはセオ兄様の恋愛に関与する事を避けてきた私もその状況を知り、セオ兄様とエレナさんに詳細を説明したのだ。

「前から言いたかったんだけどさあっ、俺、あんたの事嫌いなんだわ」
「くっ」

 熱血漢のセオ兄様は怒り心頭である。危うくドロテアのせいで、大好きなエレナさんに嫌われるところだったのだ。
 さらに、幼なじみの私が置かれた状況にも心底腹を立てていた。

「ど、どうしたんですか!? そんな、セオドア様らしくないことをおっしゃって……。きっと長旅でお疲れなんですよね。早くお屋敷に戻って、ゆっくり休んでください」

 しかし、ドロテアはまだ切り抜けられると思っているのだろう。

(兄様から逃げるのは無理よ。私を貶めるだけなら、可愛いイタズラ返しで済んだのに……)

 セオ兄様の名前を出した時点で、ドロテアの行き着く末路は決まっていたのだ――
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