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5 公爵令嬢の決断

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「モニカさん。放課後、生徒指導室まで来てください」
「はい」

 クラスメイトから無視され、それが学年、そして学園全体へと広がった辺りで、仏頂面をした担任に呼び出された。

 この時には、自分の身の回りで何が起きているのかを、読唇術と集音魔法を使いこなし大体把握していた。セオ兄様のことが好きなドロテアは、私の存在が邪魔だったらしい。
 私とセオ兄様の関係を誤解したドロテアは、留学で兄様がいないうちに私の評判を落とし、兄様と私が婚約しないよう画策していた。

(私を貶めるだけなら、まだ救いようもあったのに……)

 許せないことに、自分とセオ兄様が遠距離恋愛中で、逢えずとも交際は順風満帆だとうそぶいていた。

(私だけでなく、セオ兄様の事まで甘く見ているのね……。私とセオ兄様が婚約? あり得ない。思考回路が単純過ぎて滑稽だわ)

 実はセオ兄様、私よりも四つ年下で侯爵令嬢のエレナさんの事が好きなのだ。人懐こい大型犬の様な兄様は、愛くるしい小型犬の様なエレナさんにゾッコン。そして、可憐なエレナさんも剛健なセオ兄様を好いている。
 だが、互いの交友関係や学業を尊重するお二人は、けしてベタベタしたり、互いを束縛したりするような真似はしない。

(幼く見えるけれど、エレナさんは本当にしっかりしているわ。無鉄砲な兄様に相応しい御方よね。でも兄様がロリ趣味だなんて可笑しくなっちゃう)

 二人の事を思い出し、ささくれだった心が温かくなった。

 私を陥れた犯人のドロテアには、大事になる前に私とセオ兄様が単純に幼なじみであると伝えようか幾度か考えたが、兄様たちの恋愛にまで言及する事態になっては困る。
 誤解を解いて、今まで通りの学園生活を送りたい気持ちも小指の先位はあったが、不在の幼なじみの恋愛事情に言及してまで、そうする気にはなれなかった。

 第一そこまでして、またドロテアやクラスメイトたちと仲良くしたいとは思えなかったのだ。

(さて、先生方はどう出てくるかしら?)

 私は教師にも期待していなかった。彼らも、食堂の職員や生徒たちの根も葉もない噂話を真に受けていたから――



「この学舎は爵位や身分に関係なく、皆が平等に学べる場です。モニカさんは最終学年になって、勘違いが過ぎるようですね」
「何の事でしょうか? もっと具体的にお話しください」

 わざとらしく肩まで使って、大きく息を吐き出す担任。私を呼び出した理由くらいきちんと説明して欲しいものだが、事実無根の噂話をこの人はどのように伝えてくれるのだろう。

「とにかく、学園では公爵家の身分は関係ないと思ってください。私たち教職員は公正な判断をします。――しかし、まあ、いくら成績が優秀だとしても、品位に欠ける行いをするとは如何なものでしょうかねぇ……」

 この人は何が言いたいのだろう? まどろっこしい。

「私がドロテアさんを虐げているとでも言いたいのでしょうけれど、その証拠はあるのですか? そして、いつからドロテアさん側の話を聞いていたのですか? 学園内でその様な事態が横行していたとして、先生方は証拠一つ押さえられず、加害者とされる私を野放しにしていたのですか? 権威ある帝国学園の教職員が、なんたる不甲斐のなさでしょう」

 余りの馬鹿さ加減にちょっとカチンと来て、勢い良く言い返してしまった。でも、この時、私は変わったのかもしれない。品行方正な公爵令嬢がキャラ変? 上等じゃない。既に私には品位が無いらしいから。

 ――私の中で何かが切れた――

(どいつもこいつも、もういいわ。黙っていてもやられっぱなしになるだけだもの)

「……。学生は慎みある行動を取るよう、互いの認識を再確認したまでです……。ただ、私は人を顎で使い、ヒステリーを起こすような人間を心底軽蔑しますがね! もういいです。教室に戻ってください」

 担任も、私の何を見てきたのだ。いつ、私が人を顎で使った。食堂職員の下世話な世間話程度を小耳に挟み語っているのだろう。
 モニカ嬢は食堂の食事がクソ不味いと言っている。気に食わない事があると、ドロテア嬢を召使の様に扱って気晴らしする。そんな女らしい。

 それ以外には、乗馬服事件と云うモノが流行っている。モニカ嬢は、恋敵のドロテア嬢のキュロットをビリビリに破いたそうだ。

(私が気づいてないとでも思ったのか?)

 最近ブクブク太り出したドロテアのキュロットが、その尻圧ケツアツに耐え切れなくなって破れただけの話。そりゃあ当然だ。私が減らされた分のランチを、ドロテアがバクバク食べているのだから。
 あの時、私はどちらにせよ着替えるみたいだし、敢えて服の破れに言及しなくても良いと気遣ってあげたのに。

「おっしゃりたい事はそれだけですか? 私も真実を知ろうとせず、決めつけで物事を語る無知で無能な人間を心から侮蔑します。それでは、失礼いたします」

 ドロテアには、この先どうなって行くのか想像出来ないのだろうか。これが私からドロテアにあげる最後のチャンスだ。彼女と面と向かって話し合おう。これ以上馬鹿な真似は止めるようにと――



「ドロテアさん、少しお話し出来ませんか?」
「ドロテアさんにこれ以上近づかないで!」
「アニーさん、どうして貴女が私とドロテアさんの話に介入するのですか?」

 せっかく今まで通りの私を取り繕って声を掛けたのだが、外野がうるさい。

「白々しい。いい加減気づきなさいよ。誰もあんたとなんか話したくないの!」
「アニー、そんな奴は無視しろよ」
「そうね。ドロテアさん、あちらにいきましょう!」

 そのままアニーたちと逃げようとするドロテア。

「ドロテアさん? 貴女、このままで良いのですか?」
「ひっ!」

 周りに構わず私が話し続けると、わざとらしく瞳をウルウルさせ小刻みに震え出した。

「そう……、お話しする気はないのですね。分かりました。では皆様、御機嫌よう」
「「……」」

 顔を押さえてしゃがみ込み嘘泣きをはじめたドロテアを見て、より私に鋭い視線を向ける者。面倒事には関わりたくないとばかりに明後日を見る者。ドロテアを庇い慰める者と様々だ。
 ただ、ハッキリした。私を信用してくれる人は、誰一人としていない。いや、正確に言えば只一人、冷静な眼差しで私を見ている者はいた。平民出だが大変優秀なため、特待生として学園に入学していたサラだ。

 理知的な彼女は、公爵令嬢の私と必要以上に距離を詰めないだけで、客観的に今までの事を分析していたのだろう。私と目が合うと、「馬鹿な人たちですね」と口の形で伝えてきた。私が読唇術を会得したことにも気づいていたのだ。サラに軽く瞬きで同意し、私は教室から立ち去った。

(卒業パーティーまであと九ヶ月か……。もう、私に婚約を申し込んでくれる人は現れないでしょうね……)



 その日から、私は完全に孤立した――
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